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【高校編】分岐・鹿王院樹
恋に落ちる
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デパートへ行く道すがら、車の中で俺は青百合の"伝統"について説明した。
「もともと青百合は女子校だったらしいんだ」
「え、そうなの」
華は意外そうな顔をした。
「戦前までな」
「戦後に共学に?」
「系列の男子校と戦後すぐ合併したらしい」
「へえ?」
「それで始まったのがイースターだ」
「そこがよくわからないんだけど」
華は不思議そうな顔で言う。
「なんでお見合い?」
「要は」
俺は苦笑いする。
「さっさと相手を見つけさせたかったんだろう」
「えー?」
「今より結婚も早かったからな」
「それにしたって……ああ、それでパートナーは自分で探すって決まりなの?」
「まぁ占領下というのもあって、自由恋愛の機運が高まっていたらしくてだな」
俺は少し言い淀む。俺と華だって、側から見たら"決められた許婚"なのだ。俺がどれだけ華に惚れていようと、華がそれに応えてくれようと。
「そのあたりの感情も加味しつつ、何処の馬の骨とも分からない人間と恋愛なぞされる前にくっつけてしまおうという、まぁ大雑把に言えばそういうことらしい」
大義名分こそ別にあるものの、青百合のイースターの始まりはそんな俗な理由だ。まぁ卒業生である祖母が言っていたのだから、概ねその通りなのだろう。
「今でこそ門戸も広がっているが、当時の入学基準はそれこそ家柄重視だったらしいからな、学内の恋愛なら安心だという判断もあったんだろう」
「そういうものかなぁ」
華は少し不服顔。
そして少し遠い目で言う。
「恋なんて、突然に落ちてしまうものだと思うけど」
どれだけ釣り合わなくたって、と小さく続けた。
含みのある言い方のような気がした。
どういう意味か、と聞きかけて、聞けなかった。目的地に着いてしまったから。
横浜のデパート、特別室でウチの担当の外商、諫早さんが待機してくれていた。三つ揃いのスーツ、いつ見てもキッチリした人だ。
「こちらからお伺いしますのに」
「ごめんなさい、色々見たかったから」
俺の隣で華が微笑む。諫早さんもにこりと笑い返した。
そして華は俺を見上げて少し迷うそぶりをした。
「どうした」
「考えたんだけどね」
華は悪戯っぽく、笑う。
「樹くん、ここで待っててくれる?」
すぐ選ぶから、という華。
「? 手伝うぞ」
というか、色んなドレスを着る華が見たい。似合うだろうなぁ、どれを着ても。
「ええとね、当日まで秘密にしようかなぁって」
「秘密?」
「そー。えへ、じゃあね」
コンシェルジュの女性と部屋を出て行ってしまう。俺はぽかんとそれを見送った。
ふふ、と諫早さんが笑う。
「……見られたくないんでしょうか」
さっきの華の言葉を思い出す。恋なんて突然落ちる。
(誰と?)
ほんの少し、気弱な声になったかもしれない。諫早さんはほんの少し驚いた顔をして、それからまた笑った。
「いじらしいではないですか、お可愛らしい許婚さんですね、相変わらず」
「? どういうことです」
「当日に見せて、樹様に驚いてもらいたいんですよ」
「?」
「綺麗だ、と」
「今日着ても綺麗でしょうに」
「それはこう、女心というやつでしょう」
諫早さんは苦笑する。
「髪もセットされるでしょうし、もともとお綺麗ですけどお化粧もなさるんじゃないですか? 完璧に仕上げてから見せたいんですよ」
「そういうものでしょうか」
「そりゃあそうでしょう」
諫早さんは俺にソファを勧めながら笑った。
「特に、好きな方相手にはそう思われるんではないでしょうか」
「……」
俺は1人で難しい顔になっているのを自覚した。単に、照れているだけなのだが。
「……俺は」
つい、反省が口をつく。
「はぁ」
諫早さんは首を傾げた。
「少しは大人になっているつもりだったのですが」
「?」
「好きな人の感情も良くわかりません」
諫早さんはしばしぽかん、としたあと楽しそうに笑った。
「いや、失礼しました。私も結婚して20年ほどになりますが、未だに連れ合いの気持ちは読めません」
「そういうものでしょうか」
「そういうものですよ」
穏やかに笑う諫早さんを見て思う。
(20年もそばにいる、というのはどんなものなのだろう)
一つ間違いなく言えるのは、俺は20年後だろうが100年後だろうが、華を愛しているということだ。
他人が聞けば笑うだろうなと思う。
しばらくして、やや大騒ぎしながら2人が帰ってきた。
「樹様、華様がご自分でお支払いになると」
「だって自分のだし!」
俺は苦笑いして立ち上がった。
「俺が来た意味がないじゃないか」
「え、あ、ごめん、ひとりで」
これば良かったよね、とシュンとしてしまったので俺はまた言葉選びを間違ったらしい。
「違う華、俺がプレゼントしたいんだ」
「樹くん」
「本当は選ぶのも手伝いたかった」
少し拗ねた顔をしてみせると、華は「えへへ」と笑った。
「ごめんね、でも当日に見せたいんだもん。ちゃんとして」
髪なんか触りながら少し頬を赤くして言うから、俺の眉間の皺は益々深くなる。それを見て華は笑った。
「あは、照れてる」
「照れてなど」
うふふ、と華が嬉しそうだから俺も頬を緩めた。
「ねえどこか行って帰ろう」
「いいぞ。どこへ行きたい」
「どこでも」
樹くんと一緒ならどこでもいいよ、そう言って笑う華の髪にサラリと触れる。
「まったく華はワガママだ。どこでもいいが一番困る」
「だって」
華は俺の服の裾を、遠慮気味に掴んだ。
「最近構ってもらってなかったんだもん」
身長差があるから、どうしても自然と上目遣いになる。
(ああ)
俺は華を抱きしめそうになって、なんとか耐えた。
華の目、少し赤い頬、甘えた口調、ほんの少しの可愛らしいワガママ、全部が俺に向いている。それはとても幸せなことだ。
(唐突に恋に落ちる)
華の言葉を思い出す。
少なくとも俺は、毎日毎日、華との恋に落ち続けている。それは唐突でも偶然でもなく、必然だと強く思う。
「もともと青百合は女子校だったらしいんだ」
「え、そうなの」
華は意外そうな顔をした。
「戦前までな」
「戦後に共学に?」
「系列の男子校と戦後すぐ合併したらしい」
「へえ?」
「それで始まったのがイースターだ」
「そこがよくわからないんだけど」
華は不思議そうな顔で言う。
「なんでお見合い?」
「要は」
俺は苦笑いする。
「さっさと相手を見つけさせたかったんだろう」
「えー?」
「今より結婚も早かったからな」
「それにしたって……ああ、それでパートナーは自分で探すって決まりなの?」
「まぁ占領下というのもあって、自由恋愛の機運が高まっていたらしくてだな」
俺は少し言い淀む。俺と華だって、側から見たら"決められた許婚"なのだ。俺がどれだけ華に惚れていようと、華がそれに応えてくれようと。
「そのあたりの感情も加味しつつ、何処の馬の骨とも分からない人間と恋愛なぞされる前にくっつけてしまおうという、まぁ大雑把に言えばそういうことらしい」
大義名分こそ別にあるものの、青百合のイースターの始まりはそんな俗な理由だ。まぁ卒業生である祖母が言っていたのだから、概ねその通りなのだろう。
「今でこそ門戸も広がっているが、当時の入学基準はそれこそ家柄重視だったらしいからな、学内の恋愛なら安心だという判断もあったんだろう」
「そういうものかなぁ」
華は少し不服顔。
そして少し遠い目で言う。
「恋なんて、突然に落ちてしまうものだと思うけど」
どれだけ釣り合わなくたって、と小さく続けた。
含みのある言い方のような気がした。
どういう意味か、と聞きかけて、聞けなかった。目的地に着いてしまったから。
横浜のデパート、特別室でウチの担当の外商、諫早さんが待機してくれていた。三つ揃いのスーツ、いつ見てもキッチリした人だ。
「こちらからお伺いしますのに」
「ごめんなさい、色々見たかったから」
俺の隣で華が微笑む。諫早さんもにこりと笑い返した。
そして華は俺を見上げて少し迷うそぶりをした。
「どうした」
「考えたんだけどね」
華は悪戯っぽく、笑う。
「樹くん、ここで待っててくれる?」
すぐ選ぶから、という華。
「? 手伝うぞ」
というか、色んなドレスを着る華が見たい。似合うだろうなぁ、どれを着ても。
「ええとね、当日まで秘密にしようかなぁって」
「秘密?」
「そー。えへ、じゃあね」
コンシェルジュの女性と部屋を出て行ってしまう。俺はぽかんとそれを見送った。
ふふ、と諫早さんが笑う。
「……見られたくないんでしょうか」
さっきの華の言葉を思い出す。恋なんて突然落ちる。
(誰と?)
ほんの少し、気弱な声になったかもしれない。諫早さんはほんの少し驚いた顔をして、それからまた笑った。
「いじらしいではないですか、お可愛らしい許婚さんですね、相変わらず」
「? どういうことです」
「当日に見せて、樹様に驚いてもらいたいんですよ」
「?」
「綺麗だ、と」
「今日着ても綺麗でしょうに」
「それはこう、女心というやつでしょう」
諫早さんは苦笑する。
「髪もセットされるでしょうし、もともとお綺麗ですけどお化粧もなさるんじゃないですか? 完璧に仕上げてから見せたいんですよ」
「そういうものでしょうか」
「そりゃあそうでしょう」
諫早さんは俺にソファを勧めながら笑った。
「特に、好きな方相手にはそう思われるんではないでしょうか」
「……」
俺は1人で難しい顔になっているのを自覚した。単に、照れているだけなのだが。
「……俺は」
つい、反省が口をつく。
「はぁ」
諫早さんは首を傾げた。
「少しは大人になっているつもりだったのですが」
「?」
「好きな人の感情も良くわかりません」
諫早さんはしばしぽかん、としたあと楽しそうに笑った。
「いや、失礼しました。私も結婚して20年ほどになりますが、未だに連れ合いの気持ちは読めません」
「そういうものでしょうか」
「そういうものですよ」
穏やかに笑う諫早さんを見て思う。
(20年もそばにいる、というのはどんなものなのだろう)
一つ間違いなく言えるのは、俺は20年後だろうが100年後だろうが、華を愛しているということだ。
他人が聞けば笑うだろうなと思う。
しばらくして、やや大騒ぎしながら2人が帰ってきた。
「樹様、華様がご自分でお支払いになると」
「だって自分のだし!」
俺は苦笑いして立ち上がった。
「俺が来た意味がないじゃないか」
「え、あ、ごめん、ひとりで」
これば良かったよね、とシュンとしてしまったので俺はまた言葉選びを間違ったらしい。
「違う華、俺がプレゼントしたいんだ」
「樹くん」
「本当は選ぶのも手伝いたかった」
少し拗ねた顔をしてみせると、華は「えへへ」と笑った。
「ごめんね、でも当日に見せたいんだもん。ちゃんとして」
髪なんか触りながら少し頬を赤くして言うから、俺の眉間の皺は益々深くなる。それを見て華は笑った。
「あは、照れてる」
「照れてなど」
うふふ、と華が嬉しそうだから俺も頬を緩めた。
「ねえどこか行って帰ろう」
「いいぞ。どこへ行きたい」
「どこでも」
樹くんと一緒ならどこでもいいよ、そう言って笑う華の髪にサラリと触れる。
「まったく華はワガママだ。どこでもいいが一番困る」
「だって」
華は俺の服の裾を、遠慮気味に掴んだ。
「最近構ってもらってなかったんだもん」
身長差があるから、どうしても自然と上目遣いになる。
(ああ)
俺は華を抱きしめそうになって、なんとか耐えた。
華の目、少し赤い頬、甘えた口調、ほんの少しの可愛らしいワガママ、全部が俺に向いている。それはとても幸せなことだ。
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華の言葉を思い出す。
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