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【高校編】分岐・黒田健
邂逅
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「うわぁ国会議事堂」
初めて見た、と黒田くんを見上げると「俺は社会科見学で来たな」と返された。
「何年の時?」
「四年」
「一年遅かったか」
ふふ、と見上げる。私が転校してきたのは小5だったから。
なぜ永田町なんかに来たのか。それは、国立国会図書館へ来るためだ。
この図書館は、日本国内で出版されたすべての出版物が保存してある。すべて、だ。
「新聞報道がねーなら、週刊誌とか当たってみるしかねぇな」
という黒田くんの言葉で、私たちははるばる、永田町まで来た。まぁそんなに遠くはないんだけど。乗り換え1回だけだし。
道中、黒田くんは「大して調べられてねーけど」と言いながら事件について教えてくれた。おおまかに、だけど。
「きつくねぇのか」
「あの夢が」
私は被せるように、電話と同じことを言い返す。
「本当のことなのか、調べたいの」
「どんな夢なんだ」
「ええと」
私は口を濁らせた。
「……いーよ。無理すんな」
「うん」
私は黒田くんの手を握る。
黒田くんと歩き出してすぐ、スーツの男性とすれ違う。
(あれ?)
見たことのある人だった。正確には、「見たことがあるような気がする人」だろうか……。
(でも、どこで?)
不思議に思いながら振り返る。
「え」
思わずそう言ってしまった。向こうも、私を見て呆然としていたから。
「……知り合いか」
黒田くんの低い声。
「わかんない」
小さく答えて、私はその人に向かって一歩踏み出した。
「あの、すみませ」
言い切らないうちに、男の人は走り出してしまった。
「あの!?」
「どうする、追いかけるか」
「ううん、……本当に知ってる人か確証ないし」
(でも)
変なもやもやがある。
(見覚えが、ある?)
あるような、ないような。
「……変なやつじゃねーだろうな」
「変なやつってなに?」
「つきまとわれてたとか」
「それはない、よ」
さすがにそれだったら覚えているだろうし……ほんとに誰だろう。
少し心配気な黒田くんに、私は笑って「思い出したらちゃんと言うよ」と伝えた。
「そうしてくれ」
心配だから、とそっぽをむいて言われて、私は頷く。ほんと、いつも心配かけてるなぁ……。
「とりあえず図書館いこ!」
切り替えるように私は言って、黒田くんも頷いた。
だけれど。
「恐ろしいくらい報道ねぇな」
「……ね」
私たちは閲覧室の大きな机で、大量の週刊誌や雑誌を積んで途方にくれていた。全然見つからない。
「うーん」
「……設楽は」
「なに?」
黒田くんの声に顔を上げる。
「その、見てる夢とかが本当にあったことだとして、どうするんだ」
「どうするって」
「犯人は捕まってる。塀の中だ」
黒田くんは新聞の記事を見せてくる。
「神戸ストーカー殺人、無期懲役で刑が確定」そこにはそうあった。しかし、とても小さな扱いだ。
「復讐か」
「え」
私はじっと黒田くんを見つめた。
「なにがしたい、設楽」
「私は」
ぽつり、と私は呟いた。
「私は、……悲しみたい」
「悲しむ?」
「私、……、事件より前の記憶がほとんど、なくて」
黒田くんは黙って聞いてくれている。
「だから、……この人が」
急に報道が下火になる前の新聞記事(事件が起きてすぐ)に載っている、女性の写真。"華の母親"の写真。
「もういないことが、そこまで悲しくないの」
ひとつ、息をつく。
「きちんと知れたら、それが何かきっかけになるかもって」
あの日、目覚めた神戸の病院で、"華の母親"が死んだことを知っても、私はほとんど何も感じなかった。
あの罪悪感は、少しずつ大きくなっている。
「そうか」
黒田くんはそう言って、私に雑誌を渡した。
「38ページ」
「?」
言われた通りにそれを開く。法律系の雑誌だった。
「中身はまだ、……読まねーほうがいいと思う」
「これって」
「判例だとさ」
あの事件の裁判内容が、おおまかだけれど載っていた。
「複写してもらおう。落ち着けるとこで読め。それから、」
すっ、と指でとある人名を指す。
「これ」
「……山ノ内?」
検事名が並んだそこに、知ってる苗字。
「あいつの父親検事なんだろ。山ノ内なんか、珍しかねぇけどありふれてる名前って訳でもねー。当たってみる価値は十分ある」
「……アキラくんのお父さん」
私はじっとその名前を見つめた。もしかしたら、直接話が聞けるかも知れない。
複写願いを出し、それを待つ間、黒田くんが外でアキラくんに電話をかけてくれた。
「おう中3……なんでだよラブラブだわボケ」
「?」
一体なんの話でラブラブってでたんだろ。てか、黒田くんがラブラブって。似合わない。
ふすす、とこっそり笑っていると、軽く頭を小突かれた。
二言三言話した後、ハンズフリーにしてくれた。
『よう華! こないだ試合見に来てくれたぶりやな。俺のスリーポイントかっこよかったやろ?』
「うん! あれすごいよねぇ」
『せやろせやろ? やからそんな無愛想男とはさっさと別れてやな』
「てめー余計なこと言ってないでさっさと本題入りやがれ」
『そっちから頼んできたくせになんやねん! と言いたいとこやけど、華の頼みやからな~』
「ごめんね、忙しいのに」
『ええねんええねん、華のためならエーンヤコラやで! で、やな。その山ノ内雅貴言う検事な、同姓同名やなかったらウチのおとんで間違い無いわ』
電話の向こうで、アキラくんの声が少し低くなった。
『何があったん?』
初めて見た、と黒田くんを見上げると「俺は社会科見学で来たな」と返された。
「何年の時?」
「四年」
「一年遅かったか」
ふふ、と見上げる。私が転校してきたのは小5だったから。
なぜ永田町なんかに来たのか。それは、国立国会図書館へ来るためだ。
この図書館は、日本国内で出版されたすべての出版物が保存してある。すべて、だ。
「新聞報道がねーなら、週刊誌とか当たってみるしかねぇな」
という黒田くんの言葉で、私たちははるばる、永田町まで来た。まぁそんなに遠くはないんだけど。乗り換え1回だけだし。
道中、黒田くんは「大して調べられてねーけど」と言いながら事件について教えてくれた。おおまかに、だけど。
「きつくねぇのか」
「あの夢が」
私は被せるように、電話と同じことを言い返す。
「本当のことなのか、調べたいの」
「どんな夢なんだ」
「ええと」
私は口を濁らせた。
「……いーよ。無理すんな」
「うん」
私は黒田くんの手を握る。
黒田くんと歩き出してすぐ、スーツの男性とすれ違う。
(あれ?)
見たことのある人だった。正確には、「見たことがあるような気がする人」だろうか……。
(でも、どこで?)
不思議に思いながら振り返る。
「え」
思わずそう言ってしまった。向こうも、私を見て呆然としていたから。
「……知り合いか」
黒田くんの低い声。
「わかんない」
小さく答えて、私はその人に向かって一歩踏み出した。
「あの、すみませ」
言い切らないうちに、男の人は走り出してしまった。
「あの!?」
「どうする、追いかけるか」
「ううん、……本当に知ってる人か確証ないし」
(でも)
変なもやもやがある。
(見覚えが、ある?)
あるような、ないような。
「……変なやつじゃねーだろうな」
「変なやつってなに?」
「つきまとわれてたとか」
「それはない、よ」
さすがにそれだったら覚えているだろうし……ほんとに誰だろう。
少し心配気な黒田くんに、私は笑って「思い出したらちゃんと言うよ」と伝えた。
「そうしてくれ」
心配だから、とそっぽをむいて言われて、私は頷く。ほんと、いつも心配かけてるなぁ……。
「とりあえず図書館いこ!」
切り替えるように私は言って、黒田くんも頷いた。
だけれど。
「恐ろしいくらい報道ねぇな」
「……ね」
私たちは閲覧室の大きな机で、大量の週刊誌や雑誌を積んで途方にくれていた。全然見つからない。
「うーん」
「……設楽は」
「なに?」
黒田くんの声に顔を上げる。
「その、見てる夢とかが本当にあったことだとして、どうするんだ」
「どうするって」
「犯人は捕まってる。塀の中だ」
黒田くんは新聞の記事を見せてくる。
「神戸ストーカー殺人、無期懲役で刑が確定」そこにはそうあった。しかし、とても小さな扱いだ。
「復讐か」
「え」
私はじっと黒田くんを見つめた。
「なにがしたい、設楽」
「私は」
ぽつり、と私は呟いた。
「私は、……悲しみたい」
「悲しむ?」
「私、……、事件より前の記憶がほとんど、なくて」
黒田くんは黙って聞いてくれている。
「だから、……この人が」
急に報道が下火になる前の新聞記事(事件が起きてすぐ)に載っている、女性の写真。"華の母親"の写真。
「もういないことが、そこまで悲しくないの」
ひとつ、息をつく。
「きちんと知れたら、それが何かきっかけになるかもって」
あの日、目覚めた神戸の病院で、"華の母親"が死んだことを知っても、私はほとんど何も感じなかった。
あの罪悪感は、少しずつ大きくなっている。
「そうか」
黒田くんはそう言って、私に雑誌を渡した。
「38ページ」
「?」
言われた通りにそれを開く。法律系の雑誌だった。
「中身はまだ、……読まねーほうがいいと思う」
「これって」
「判例だとさ」
あの事件の裁判内容が、おおまかだけれど載っていた。
「複写してもらおう。落ち着けるとこで読め。それから、」
すっ、と指でとある人名を指す。
「これ」
「……山ノ内?」
検事名が並んだそこに、知ってる苗字。
「あいつの父親検事なんだろ。山ノ内なんか、珍しかねぇけどありふれてる名前って訳でもねー。当たってみる価値は十分ある」
「……アキラくんのお父さん」
私はじっとその名前を見つめた。もしかしたら、直接話が聞けるかも知れない。
複写願いを出し、それを待つ間、黒田くんが外でアキラくんに電話をかけてくれた。
「おう中3……なんでだよラブラブだわボケ」
「?」
一体なんの話でラブラブってでたんだろ。てか、黒田くんがラブラブって。似合わない。
ふすす、とこっそり笑っていると、軽く頭を小突かれた。
二言三言話した後、ハンズフリーにしてくれた。
『よう華! こないだ試合見に来てくれたぶりやな。俺のスリーポイントかっこよかったやろ?』
「うん! あれすごいよねぇ」
『せやろせやろ? やからそんな無愛想男とはさっさと別れてやな』
「てめー余計なこと言ってないでさっさと本題入りやがれ」
『そっちから頼んできたくせになんやねん! と言いたいとこやけど、華の頼みやからな~』
「ごめんね、忙しいのに」
『ええねんええねん、華のためならエーンヤコラやで! で、やな。その山ノ内雅貴言う検事な、同姓同名やなかったらウチのおとんで間違い無いわ』
電話の向こうで、アキラくんの声が少し低くなった。
『何があったん?』
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