【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
440 / 702
【高校編】分岐・黒田健

イントネーション(side健)

しおりを挟む
 設楽は、「母親の記憶がほとんどない」と言った。「悲しくない」とも。

(じゃあ)

 俺はほんの少しだけ疑問に思う。

("おまじない"は誰との記憶だ?)

 新聞に載っていた、設楽の母親のはずの女性を見て設楽は「この人」と言った。
 昔、設楽が「自分の母親」について話したことがある。"おまじない"もその流れで教えてもらったものだ。
 あの時の表情は、確かに愛情を抱いている相手を思い出してる時のものだった。
 だから、作り話なんかじゃない。
 そして、その相手に対して「この人」なんて形容も相応しくない。
 俺の家に来た時の、「前こんな家に住んでた」っていう発言も。

(……ま、いいか)

 そのうち話してくれんだろ、と俺は切り替えた。そんなことは大きな問題じゃねーんだ、少なくとも、俺と設楽の間では。
 隣を歩く設楽を見下ろす。少し緊張してるみてーだけど、いつも通りの表情だ。
 指定された、東京駅近くの商業ビル。エスカレーターに乗って約束のカフェに向かった。

「ここかな」

 設楽がそう言って、店内を見回す。少し奥まった席で、手を挙げた男性がひとり。

「設楽さん?」
「あ、はいそうです、すみませんお忙しいところ」

 設楽に続いて、俺は軽く頭を下げた。その人、アキラの父親がいるテーブルへ向かう。
 店内はなんつうのか、明治だか大正だかの雰囲気。
 店に入った時、設楽がぽそっと「大正ロマンってかんじ」と言っていたので、多分そんな感じなんだろう。

「日曜日もお仕事なんですか」
「まぁ少し立て込んでいてね」

 座りながら設楽が聞くと、山ノ内さんはそう肩をすくめた。

「ええと、そっちは黒田くんだね」
「うす。よろしくお願いします」
「話は聞いてるよ。えーと、脳筋」
「……おたくの息子さん次会ったらシメるっす」
「あはは、勘弁してあげて」

 山ノ内さんは軽く笑った後に、「で、どこから話せばいいのかな」と小さく言った。
 
「単刀直入に聞きます。私の母親の事件を担当したのは、山ノ内さんですか?」

 山ノ内さんは少し目を細めて「そうですね」と答えた。

「教えて頂けませんか。事件について」
「それは難しいかな」

 山ノ内さんは小さくいった。

「なぜです」
「ちょっと、事情があって」
「事情?」
「そう」

 どうあっても言わないぞという表情の山ノ内さんに、設楽は「それなら」と言った。

「それなら、私が覚えていることを話すので、それが事実かどうか、それだけを教えてください」

 山ノ内さんは少し考える表情になって、それから「わかった」と頷いた。

「季節は、多分冬だったと思います」
「冬?」
「違いましたか」

 設楽が問い返す。

「雪が降っていたので」
「あってるよ」

 山ノ内さんは静かに答えた。

「時間は早朝、まだ夜だったかも。4時前とか、それくらい」

 今度は山ノ内さんは聞き返さなかった。静かに紅茶を口に運ぶ。

「アパートに住んでたと思うんです」

(やっぱり)

 俺の家に来たときの「前住んでいた」は少なくともこの母親と、じゃない。

「寝室で寝てて、リビングから物音がして」

 設楽は思い返すように言う。

「なんやろうと思って、」

 唐突にでたその設楽の言葉に、俺は驚いて彼女の顔をそっと窺った。

(関西弁)

 設楽の表情は変わらない。

(気づいていないのか?)

 山ノ内さんはじっと設楽を見ていた。

「音がして、私、襖開けたんです」

 関西のイントネーション。

「そしたら、お母さんが変な男の人に馬乗りになられよって、そんで、その男の人、包丁持っとって。びっくりして、私、思わず叫んでしまって」

 設楽は必死で言葉を紡ぐ。

「その人、私の方見て。そしたらお母さん、その人に掴みかかって、華、逃げなさい言うから、でも私、お母さん置いて逃げられんって思って、その人引っ掻いたんです」

 山ノ内さんはぴくりと反応した。

「引っ掻いた、んだね」
「はい、引っ掻きました」

 設楽ははっきり頷く。

「そしたらその人、なんか叫んで、立ち上がって私の方に。包丁振り上げてきたから、あかん思って、ベランダの方に逃げて、お母さんがその人の足にしがみついて。そこでもみ合いになって、私、ベランダから落ちたんです」

 山ノ内さんは小さくうなずく。合っているよ、というように。

「多分2階とかやなかったかなと思います。落ちた時、なんか麻痺してたんか、あんま痛くなくて、でも空から落ちてくる粉雪の様子ははっきり見えてて。綺麗やな、って思ったんです」

 そこで、設楽ははあと息を吐いた。

「これで全部です」

 そう言って「あってましたか?」という口調はいつも通り。どこにも関西のイントネーションはなかった。

(そうだ)

 設楽は転校してきたとき「神戸から来ました」と言った。
 そのあと聞かれた「関西弁しゃべれる?」に「話せない」とも答えていた。

(だけどさっきのは、関西の言葉だった)

 設楽本人は全く気が付いていないけど。

「ねえ設楽さん」

 山ノ内さんは真剣な目をして言う。

「その犯人の顔、覚えてる?」
「あ、はい、あ」

 設楽は急に口を手で押さえた。そして真っ青な表情で俺を見る。

「黒田君」
「どうした」
「さっきすれ違った男の人」
「おう」

 地下鉄の駅から上がってきてすぐにすれ違った、あの変な奴。

「あの人、同じ顔してた。お母さんを殺した人と」
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...