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分岐・鍋島真
花火
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樹くんに厳重注意を受けた。とにかく真さんには気をつけろ、油断するな、隙を見せるな、と。
(……言いにくい)
勉強教えてもらってる、なんて。心配かけちゃう。
その上、あまつさえ、今日は一緒にお食事だなんて。
「あ、これお礼です」
ラッピングされた月の写真集を渡すと、真さんはぱちりと目を瞬いた。その場で開封されてしまう。
真さんは、なぜだかじっくりその写真集を眺めた。ぱらぱらページをめくったり、表紙を撫でてみたり。なぜに。
「なんですか」
「いや、……大事にするよ。ありがと」
ゆったりと微笑む表情は、あんまり知らない顔。私は首を傾げた。こんな笑い方する人だっけ?
横浜市内のホテルのレストラン。花火が見えるということで満席だ。花火はあんまり関係ないのかもだけど。
「あとこれ、敦子さんから」
「なんで?」
「勉強教えてくださって、って」
「あは、気にしなくていいのに」
敦子さん、真さんの本性知らなさそうだもんな。むしろ好青年だと思ってるよあの反応は……。
そんな訳で用意されてたプレゼント。
「あ、コーヒー豆だ」
箱には瓶に入ったコーヒー豆、三種類。
「なんかおススメらしいですよ」
紅茶派の敦子さんだけど、コーヒーも嫌いじゃないのだ。
「これ好きなやつ。ふつうに嬉しい」
頬を緩めるのを見て、なーんだそっち方面のが嬉しかったのかなぁ、なんて少し思った。
(?)
私は不思議に思う。別に敦子さんのプレゼントの方喜んでくれてたって、何の支障もないのに。
「どうしたの?」
「いえ?」
にこりと笑う。真さんは不思議そうに私を見つめた。
花火が始まる。少し遠くに上がる花火。
「わぁ」
「綺麗なもんだね」
「たーまやー、でしたっけ」
花火の時はそんな掛け声らしい。
「玉屋と鍵屋だね」
真さんは花火を見ながら言う。
「江戸期の有名な花火屋だよ。もっとも、玉屋のほうはもうないけれど」
「へぇ」
花火は上がっては消えていく。一瞬の世界。
レストランは中華で、コースが予約されていた。
(……誰と来るつもりだったんだろ)
わざわざこんなデートプランにするなんて、年上とか? きっとそうだ。
(千晶ちゃんが基本年上だって言ってたもんな)
ちらりと真さんを窺う。なんだかムダに綺麗な顔立ちだし、たしかにお姉様方にモテそうだ。
「なに? 僕が綺麗すぎて見とれた?」
「いえそれはないです」
言いながら、前菜の盛り合わせをもぐもぐと口に運ぶ。美味しい。花火が二の次になってしまう。すみません、花火より海老の冷製なんです、私は。
「……煮こごりが天才的な美味しさ」
「キミ、味音痴なのに美味しさはちゃんと分かるんだ」
意外そうな目で言われた。失礼な!
「まぁなに食べさせてもウマイしか言わなさそうだよね、キミは」
「味のストライクゾーンが広いんですう」
「なにそのストライクゾーンって」
真さんは楽しそうに笑う。こういう笑い方は高校生らしくていいと思う。
(うん、健康的)
私の中の大人がほっこりしていると、真さんは少し探るような目で私を見た。
「ねぇ、そういう顔の時ってさ、なに考えてるの」
「? 何と言われましても」
うーん、そんな変な顔してたかなぁ……。
「なんといいますか」
「うん」
「そういう笑い方の方が、好きです、私」
「笑い方」
真さんは不思議そうに窓ガラスを見た。花火は相変わらず夜空を彩る。しかし、今私の目には残念ながら蒸し鶏しか目に入っていない。美味しい。
「あのね」
「はぁ」
ホタテのXO醤を箸でつまみながら返事をした。
「結局用意できてないんだけど」
「何がですか」
「給料3ヶ月分のダイヤモンド」
「……は?」
またその話か。蒸し返すなぁ。
「僕のお嫁さんになってくれない?」
「だから、嫌ですって」
というか、謝ってくれたばかりではないですか。
むう、とした顔をして真さんを見上げると思ったより真剣な顔をしていて、私はあんぐりと口を開けた。
「ど、どうしちゃったんですか真さん」
「どうもしないよ」
拗ねた口調で返される。
「どうもしない顔ではないんですが」
「じゃあせめて付き合って」
「いやそれも無理です」
「ちぇ」
拗ねた顔で前菜をぱくぱく食べていく真さんがなぜだか可愛らしく見えて、私はほんの少しだけ、首を傾げた。
窓の外、くらい濃紺の空には花火が打ち上がっては消えていく。
「真さん」
「なぁに」
「花火、綺麗ですね」
「うん」
真さんは食べるのをやめて、窓の外を見た。
「とても綺麗」
「誰かの代わりにかもですけど、誘ってくれてありがとうございました」
「ん?」
「ご飯美味しいし、花火特等席だし、ラッキーでした」
「華」
真さんは透明な目で私を見た。
「最初から僕は華しか誘うつもりなかったよ」
「そうですか」
私はくすりと笑ってまた目線を花火に向けた。
「どうにも信用してもらえてないなぁ」
「過去の言動を省みたらどうです」
「過去の自分を殺したいよ」
「はぁ」
何気なく真さんに目をやって、目線がぶつかる。
「? 真さん」
「ちがうな、僕は」
にこり、と真さんは綺麗に笑った。思わずぞくりとした。あまりに完璧な笑顔で。
「僕は、どうせならキミに殺されたい」
(……言いにくい)
勉強教えてもらってる、なんて。心配かけちゃう。
その上、あまつさえ、今日は一緒にお食事だなんて。
「あ、これお礼です」
ラッピングされた月の写真集を渡すと、真さんはぱちりと目を瞬いた。その場で開封されてしまう。
真さんは、なぜだかじっくりその写真集を眺めた。ぱらぱらページをめくったり、表紙を撫でてみたり。なぜに。
「なんですか」
「いや、……大事にするよ。ありがと」
ゆったりと微笑む表情は、あんまり知らない顔。私は首を傾げた。こんな笑い方する人だっけ?
横浜市内のホテルのレストラン。花火が見えるということで満席だ。花火はあんまり関係ないのかもだけど。
「あとこれ、敦子さんから」
「なんで?」
「勉強教えてくださって、って」
「あは、気にしなくていいのに」
敦子さん、真さんの本性知らなさそうだもんな。むしろ好青年だと思ってるよあの反応は……。
そんな訳で用意されてたプレゼント。
「あ、コーヒー豆だ」
箱には瓶に入ったコーヒー豆、三種類。
「なんかおススメらしいですよ」
紅茶派の敦子さんだけど、コーヒーも嫌いじゃないのだ。
「これ好きなやつ。ふつうに嬉しい」
頬を緩めるのを見て、なーんだそっち方面のが嬉しかったのかなぁ、なんて少し思った。
(?)
私は不思議に思う。別に敦子さんのプレゼントの方喜んでくれてたって、何の支障もないのに。
「どうしたの?」
「いえ?」
にこりと笑う。真さんは不思議そうに私を見つめた。
花火が始まる。少し遠くに上がる花火。
「わぁ」
「綺麗なもんだね」
「たーまやー、でしたっけ」
花火の時はそんな掛け声らしい。
「玉屋と鍵屋だね」
真さんは花火を見ながら言う。
「江戸期の有名な花火屋だよ。もっとも、玉屋のほうはもうないけれど」
「へぇ」
花火は上がっては消えていく。一瞬の世界。
レストランは中華で、コースが予約されていた。
(……誰と来るつもりだったんだろ)
わざわざこんなデートプランにするなんて、年上とか? きっとそうだ。
(千晶ちゃんが基本年上だって言ってたもんな)
ちらりと真さんを窺う。なんだかムダに綺麗な顔立ちだし、たしかにお姉様方にモテそうだ。
「なに? 僕が綺麗すぎて見とれた?」
「いえそれはないです」
言いながら、前菜の盛り合わせをもぐもぐと口に運ぶ。美味しい。花火が二の次になってしまう。すみません、花火より海老の冷製なんです、私は。
「……煮こごりが天才的な美味しさ」
「キミ、味音痴なのに美味しさはちゃんと分かるんだ」
意外そうな目で言われた。失礼な!
「まぁなに食べさせてもウマイしか言わなさそうだよね、キミは」
「味のストライクゾーンが広いんですう」
「なにそのストライクゾーンって」
真さんは楽しそうに笑う。こういう笑い方は高校生らしくていいと思う。
(うん、健康的)
私の中の大人がほっこりしていると、真さんは少し探るような目で私を見た。
「ねぇ、そういう顔の時ってさ、なに考えてるの」
「? 何と言われましても」
うーん、そんな変な顔してたかなぁ……。
「なんといいますか」
「うん」
「そういう笑い方の方が、好きです、私」
「笑い方」
真さんは不思議そうに窓ガラスを見た。花火は相変わらず夜空を彩る。しかし、今私の目には残念ながら蒸し鶏しか目に入っていない。美味しい。
「あのね」
「はぁ」
ホタテのXO醤を箸でつまみながら返事をした。
「結局用意できてないんだけど」
「何がですか」
「給料3ヶ月分のダイヤモンド」
「……は?」
またその話か。蒸し返すなぁ。
「僕のお嫁さんになってくれない?」
「だから、嫌ですって」
というか、謝ってくれたばかりではないですか。
むう、とした顔をして真さんを見上げると思ったより真剣な顔をしていて、私はあんぐりと口を開けた。
「ど、どうしちゃったんですか真さん」
「どうもしないよ」
拗ねた口調で返される。
「どうもしない顔ではないんですが」
「じゃあせめて付き合って」
「いやそれも無理です」
「ちぇ」
拗ねた顔で前菜をぱくぱく食べていく真さんがなぜだか可愛らしく見えて、私はほんの少しだけ、首を傾げた。
窓の外、くらい濃紺の空には花火が打ち上がっては消えていく。
「真さん」
「なぁに」
「花火、綺麗ですね」
「うん」
真さんは食べるのをやめて、窓の外を見た。
「とても綺麗」
「誰かの代わりにかもですけど、誘ってくれてありがとうございました」
「ん?」
「ご飯美味しいし、花火特等席だし、ラッキーでした」
「華」
真さんは透明な目で私を見た。
「最初から僕は華しか誘うつもりなかったよ」
「そうですか」
私はくすりと笑ってまた目線を花火に向けた。
「どうにも信用してもらえてないなぁ」
「過去の言動を省みたらどうです」
「過去の自分を殺したいよ」
「はぁ」
何気なく真さんに目をやって、目線がぶつかる。
「? 真さん」
「ちがうな、僕は」
にこり、と真さんは綺麗に笑った。思わずぞくりとした。あまりに完璧な笑顔で。
「僕は、どうせならキミに殺されたい」
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