259 / 702
分岐・鍋島真
芍薬(side真)
しおりを挟む
少し肌寒くなってきたなぁって頃、ふらりと参考書買いに行った先のデパート、そこの一階の花屋で僕は立ち止まった。
「これ綺麗ですね」
微笑んで話しかけると、店員さんはほんの少し頬を染めた。僕はとても綺麗なので、大抵こんな反応を返される。とっても便利。
「綺麗ですよね、赤なんですけど、可愛らしい色味で」
可愛らしい。たしかに真紅というよりは、唐紅。
似合うだろうなと思った。あの子に。
「……、これ、ブーケにしてもらえますか」
「かしこまりました」
ほかに何か、と聞かれたので「それだけで」と返した。
出来上がった花束片手に、僕は「なにしてるんだろ」と思う。思うけど足は華の家方面。今日は車ナシなので、電車に乗る。いろんな視線が僕に向いた。花束もあるし余計に目立ってる。まぁ、慣れてるから別に構わない。
駅からの道、僕はぐるぐる考えていた。なにを? 僕にもよく分からない。
インターフォンを押す時緊張して、僕は自嘲した。小学生じゃあるまいし!
「あら、真さん。お久しぶりね」
家にいたのは敦子さんだけで、僕は少し気が抜けた。
「華さんは?」
「今日はおでかけ」
家に上げてくれながら、敦子さんは笑った。
「圭と樹くんと、美術展に」
「……仲がいいんですね」
「そうねぇ」
敦子さんは笑った。
「仲良くしてくれてるわ」
「そうですか」
そうですか。
勧められるままに、ソファに座る。お手伝いさんは休みらしくて、敦子さんがコーヒーを淹れてくれた。
「先日はありがとうございました」
コーヒー、と言うと敦子さんは笑う。
「あまり飲まないから、人に勧められたのを買ったのだけど」
「美味しかったです」
「良かったわ」
ローテーブルに置かれたホットコーヒー、苦味も渋みも僕好み。
「ところで、今日は」
「ああ、これを」
「ピオニーね」
とてもいい香り、と敦子さんは笑う。
「華に?」
「……模試の結果が良かったので」
取ってつけたように理由を作る。
「かなり良かったみたいね、真さんに勉強見てもらえて良かったわ」
敦子さんに花束を渡す。
「渡しておきます」
「はい」
「真さんはそのまま内部進学?」
「いえ、」
僕は一拍おいて続けた。
「外部を受けます」
「あら、じゃあ受験じゃない」
華の勉強なんか見ている暇ないんじゃないの、と言われて肩をすくめた。
「あれくらいで成績落とすようなことはないので」
「あら優秀なのねぇ」
返事はせず、少し微笑んでコーヒーを含んだ。
「お父様はお元気?」
「おかげさまで」
「そろそろ国政に出られるのかしら」
「、ええ」
小さく返事をした。
「そのつもりのようです」
「お祖父様の地盤を?」
「いえ、落下傘で」
「あらじゃあ大変ねぇ」
僕は静かに笑った。父親は政党の方針で、国政選挙に落下傘候補として挑む。北関東の割と広い選挙区。
(そうなれば家にあまり帰ってこなくなるな)
それはとても嬉しいことだ。とても。
「……あなたのお父様とは色々あったけれど」
敦子さんの言葉に、僕はうなずく。
「ご存知だと思うけれど」
「笑さんのことは存じ上げています」
華の母親、笑。
かつての父親の許婚。でも、その結婚話が進む一方で、父親は愛人に僕を産ませていた。
(僕が鍋島の家に引き取られたのは、笑さんが駆け落ちしたからだ)
彼女の駆け落ち直後に、あの人はムンプスウイルスに感染した。
まぁ端的に言えばおたふく風邪で、よく言われる話だけど「大人のおたふく風邪はヤバイ」。
(予防接種って大事だよねぇ)
僕はコーヒーに目を落とした。
父親は生殖能力を失って、致し方なく僕を引き取った。後継のために。
(さすがに、笑さんと結婚してたら僕を引き取るって選択肢はなかったよね)
その時はどうしていたんだろう。親戚の子とでも嘘をついて、結局引き取られていたのかもしれない。
現実は、僕の養育係として(ただそのためだけに)ほとんど無理矢理、遠縁の女性を妻に迎えた。
もちろんそんな風な結婚が幸せな訳がない。
その人は恋人と逢引を重ねて、結果千晶が生まれ、さすがに家を出てどこかへ行った。
世間体のため、そのためだけに千晶は父親が引き取った。
2人の間に、どんな話し合いがあってそうなったのか、詳しいことは僕でも知らない。
そんな訳で、僕には血の繋がりがあるんだかないんだか(遠縁のヒトらしいから、なんとなくはあるんだろうけど)な妹ができた。
(千晶は知らない)
教える気もない。
知る必要がないからだ。血の繋がりがあろうがなかろうが、千晶が妹だっていうのは変わりないんだから。
「あの頃はゴタゴタしたけれど、華はあなたとも千晶さんとも仲良くしてるみたいで」
良かったわ、と微笑む敦子さんに、僕もにこりと笑う。
「では僕は、この辺で」
「じきに帰ってくるわよ」
「いえ」
他の男とデートした後の華に(義理の弟くんも一緒みたいだけど)あまり会いたくなかった。きっと楽しかっただろうから。
玄関先まで、敦子さんが送ってくれた。
「お花ほんとうにありがとうね。華からもまた連絡させます」
「いえ、お気遣いなく」
では、と玄関を出ようとした矢先、ふと敦子さんが言った。
「赤の芍薬の花言葉は、誠実、だったかしら」
「そうですか」
誠実。
僕には似合わない言葉だろうか?
(きっと華はそう言うだろう)
似合いませんね、十中八九、そう言う。笑いながらだろうか? それとも特に表情もなく?
その時、僕はどう返せばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。
分からないまま、僕は歩く。
(君に会いたい)
「これ綺麗ですね」
微笑んで話しかけると、店員さんはほんの少し頬を染めた。僕はとても綺麗なので、大抵こんな反応を返される。とっても便利。
「綺麗ですよね、赤なんですけど、可愛らしい色味で」
可愛らしい。たしかに真紅というよりは、唐紅。
似合うだろうなと思った。あの子に。
「……、これ、ブーケにしてもらえますか」
「かしこまりました」
ほかに何か、と聞かれたので「それだけで」と返した。
出来上がった花束片手に、僕は「なにしてるんだろ」と思う。思うけど足は華の家方面。今日は車ナシなので、電車に乗る。いろんな視線が僕に向いた。花束もあるし余計に目立ってる。まぁ、慣れてるから別に構わない。
駅からの道、僕はぐるぐる考えていた。なにを? 僕にもよく分からない。
インターフォンを押す時緊張して、僕は自嘲した。小学生じゃあるまいし!
「あら、真さん。お久しぶりね」
家にいたのは敦子さんだけで、僕は少し気が抜けた。
「華さんは?」
「今日はおでかけ」
家に上げてくれながら、敦子さんは笑った。
「圭と樹くんと、美術展に」
「……仲がいいんですね」
「そうねぇ」
敦子さんは笑った。
「仲良くしてくれてるわ」
「そうですか」
そうですか。
勧められるままに、ソファに座る。お手伝いさんは休みらしくて、敦子さんがコーヒーを淹れてくれた。
「先日はありがとうございました」
コーヒー、と言うと敦子さんは笑う。
「あまり飲まないから、人に勧められたのを買ったのだけど」
「美味しかったです」
「良かったわ」
ローテーブルに置かれたホットコーヒー、苦味も渋みも僕好み。
「ところで、今日は」
「ああ、これを」
「ピオニーね」
とてもいい香り、と敦子さんは笑う。
「華に?」
「……模試の結果が良かったので」
取ってつけたように理由を作る。
「かなり良かったみたいね、真さんに勉強見てもらえて良かったわ」
敦子さんに花束を渡す。
「渡しておきます」
「はい」
「真さんはそのまま内部進学?」
「いえ、」
僕は一拍おいて続けた。
「外部を受けます」
「あら、じゃあ受験じゃない」
華の勉強なんか見ている暇ないんじゃないの、と言われて肩をすくめた。
「あれくらいで成績落とすようなことはないので」
「あら優秀なのねぇ」
返事はせず、少し微笑んでコーヒーを含んだ。
「お父様はお元気?」
「おかげさまで」
「そろそろ国政に出られるのかしら」
「、ええ」
小さく返事をした。
「そのつもりのようです」
「お祖父様の地盤を?」
「いえ、落下傘で」
「あらじゃあ大変ねぇ」
僕は静かに笑った。父親は政党の方針で、国政選挙に落下傘候補として挑む。北関東の割と広い選挙区。
(そうなれば家にあまり帰ってこなくなるな)
それはとても嬉しいことだ。とても。
「……あなたのお父様とは色々あったけれど」
敦子さんの言葉に、僕はうなずく。
「ご存知だと思うけれど」
「笑さんのことは存じ上げています」
華の母親、笑。
かつての父親の許婚。でも、その結婚話が進む一方で、父親は愛人に僕を産ませていた。
(僕が鍋島の家に引き取られたのは、笑さんが駆け落ちしたからだ)
彼女の駆け落ち直後に、あの人はムンプスウイルスに感染した。
まぁ端的に言えばおたふく風邪で、よく言われる話だけど「大人のおたふく風邪はヤバイ」。
(予防接種って大事だよねぇ)
僕はコーヒーに目を落とした。
父親は生殖能力を失って、致し方なく僕を引き取った。後継のために。
(さすがに、笑さんと結婚してたら僕を引き取るって選択肢はなかったよね)
その時はどうしていたんだろう。親戚の子とでも嘘をついて、結局引き取られていたのかもしれない。
現実は、僕の養育係として(ただそのためだけに)ほとんど無理矢理、遠縁の女性を妻に迎えた。
もちろんそんな風な結婚が幸せな訳がない。
その人は恋人と逢引を重ねて、結果千晶が生まれ、さすがに家を出てどこかへ行った。
世間体のため、そのためだけに千晶は父親が引き取った。
2人の間に、どんな話し合いがあってそうなったのか、詳しいことは僕でも知らない。
そんな訳で、僕には血の繋がりがあるんだかないんだか(遠縁のヒトらしいから、なんとなくはあるんだろうけど)な妹ができた。
(千晶は知らない)
教える気もない。
知る必要がないからだ。血の繋がりがあろうがなかろうが、千晶が妹だっていうのは変わりないんだから。
「あの頃はゴタゴタしたけれど、華はあなたとも千晶さんとも仲良くしてるみたいで」
良かったわ、と微笑む敦子さんに、僕もにこりと笑う。
「では僕は、この辺で」
「じきに帰ってくるわよ」
「いえ」
他の男とデートした後の華に(義理の弟くんも一緒みたいだけど)あまり会いたくなかった。きっと楽しかっただろうから。
玄関先まで、敦子さんが送ってくれた。
「お花ほんとうにありがとうね。華からもまた連絡させます」
「いえ、お気遣いなく」
では、と玄関を出ようとした矢先、ふと敦子さんが言った。
「赤の芍薬の花言葉は、誠実、だったかしら」
「そうですか」
誠実。
僕には似合わない言葉だろうか?
(きっと華はそう言うだろう)
似合いませんね、十中八九、そう言う。笑いながらだろうか? それとも特に表情もなく?
その時、僕はどう返せばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。
分からないまま、僕は歩く。
(君に会いたい)
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる