【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鍋島真

冬の蜂(side真)

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 "冬蜂の 死にどころなく 歩きけり"とは言うけれど、この雀蜂は少なくとも死に場所をここに定めたらしい。
 ウチの庭の片隅。木枯らしが吹き始めた11月のはじめ、秋薔薇がまだ咲いているその根元に、その雀蜂は死んでいた。
 凶暴そうな顎も、恐ろしい羽音を出していた羽も、ぴくりとも動かない。

(最期に)

 薔薇の蜜を欲したのか。
 単に死んだ場所がここだっただけなのか。
 僕がじっとそれを見下ろしていると、ぽん、と背中を叩かれた。

「どうしたんですか?」
「……やぁ、華」

 僕はノロノロと返事をした。華は不思議そうに僕を見上げる。

「受験ノイローゼです?」
「そんなタマに見える?」
「いいえぇ」

 華はクスクス笑った。

「先生がそんなヤワだとは思ってません」

 華は最近、ふざけて僕を先生、なんて呼ぶことがある。それはそれで、なんだか変な妄想が捗って大変ヨロシイのだけど、名前で呼ばれる方が僕は嬉しかったりする。
 まぁいいんだけどさ。

「今日は千晶?」
「美味しいシュークリームが入手できたので、おすそ分けに」

 嬉しそうに目の前にかざす、白い箱。

「……結構大きいけど何個入り? 2人でそれ全部消費するの?」
「あーあーあー聞こえない」

 華はふざけて耳を軽く塞ぐ仕草をして、笑った。

「食欲の秋なんですう」
「……そうですか」
「で、なにしてたんですか」

 ひょい、と僕の前を覗き込んで「あ、雀蜂」と華は小さく言った。

「死んでます?」
「みたいだね」
「めっきり冷え込んできましたからねぇ」

 華は言う。僕は口を開く。

「……ねぇ、可哀想だと思う?」
「蜂ですか?」
「そう」

 僕は地面の雀蜂を見ながら言う。

「コレを哀れに、少しでも思う?」
「そりゃあ、少しは」

 嫌いな虫ですけど、と華は言った。

「こうなってるのを見たら、可哀想だなとは思いますよ」
「そう? こんなに醜い虫でも?」
「醜い?」

 華は少し驚いたように言った。

「むしろ、カッコいいとか、美しいとかの範疇なんじゃないですか、蜂の造形って」
「そうかな。僕はグロテスクに思う」
「はぁ」

 華は屈み込んだ。雀蜂をまじまじと見る。

「どこへ行くんでしょうね」
「なにが?」
「魂が」

 華は少し遠い目をした。

「死んだら、命はどこへ行くんでしょう」
「死んだらそこで終わりだよ」

 何もない。真っ黒な黒い穴にサヨウナラだ。
 華は笑った。

「そうとも限りませんよ」
「え、なに、スピリチュアルな話は苦手なんだけど」
「じゃあやめときます……埋めます?」
「ん?」
「この子」
「蜂?」
「はあ」

 華は屈み込んだまま、僕を見上げる。

「だって真さん、悲しそうだから」
「僕が?」
「はい」

 せめて埋葬してあげましょう、と華は言った。
 薔薇の根元に、2人で小さな穴を掘る。濃い桃色の薔薇。

「……絶対死んでますよね?」
「多分ね」

 僕は言いながら、そっと雀蜂を掴んで、その穴に入れた。微動だにしない。土をかぶせる。

「……少しはこの薔薇の栄養になるかな」
「どうでしょうねぇ」

 あんまり栄養とかなさそうですよねぇ、と華は言う。

「でも蜂の子とかアレじゃん、滋養強壮にいいとか」
「あー」

 華は手を合わせながら言った。

「じゃあ来年はもっと綺麗に咲きますかね」
「そうなるといいな」

 僕は華の手をそっと握る。お互い、土のついた指先。
 華は抵抗しなかった。ただ、あの不思議な目で僕を見る。透明な目線。子供を見る目。
 僕が黙っていると、華は少し笑った。

「……次の模試、成績上がってたら何かプレゼントするよ」
「え、そんな、悪いです。こないだ綺麗なお花もらったのに」

 華は首を振った。

「僕があげたいだけ」
「なんでですか」
「……好きだからだって」
「はぁ」

 そうですか、と呆れた口調の華は少し考えるそぶりをした。

「別に何もいらないですけど」
「じゃあ勝手になにかあげる」
「……うーん、じゃあ、ロールケーキ食べたいです」
「ロールケーキ?」
「関西限定の」
「買いに行けって?」
「はい」

 ふふ、と笑う華に僕はうなずく。

「いいよ」
「え、うそ、冗談ですよ」
「その代わり」

 僕は微笑む。

「僕の成績も上がってたら、その買いに行くの一緒に行くからね」
「え、」

 華は僕を驚いて見上げる。嫌かな。嫌でも連れて行くけど。

「いや、真さん、成績維持するだけでも大変なんじゃ、……、寝てます?」

 そこを心配してくれたらしい。僕はすっかり嬉しくなる。

「寝てる寝てる。15時間くらい寝てるから心配しないで」
「えー、それは嘘でしょ」

 華は心配気に、僕の頭に触れた。耳のあたり。土がつかないように、少し指を曲げて、手の甲あたりで。

「睡眠不足っぽい顔ですけど」
「……大丈夫」

 僕は少し華から目をそらした。これくらいで照れるなんて。僕が?

「でも、そうだな、少しチャージさせて」
「何をですか」
「元気」

 僕は華をそっと抱きしめた。

「……これチャージなるんです?」
「すっごい充電できてるよ」
「へー」

 華はぽんぽん、と僕の背を叩いた。

「無理しちゃいけませんよ」

 子供を諭すように言う。

「真さんはもう十分頑張ってますからね。あ、でもこれは真さんがこう言っても受験勉強から手を抜かないという信頼の元で言ってるのであって、油断しちゃダメですよ……あっでもほんとに無理はしちゃダメですよ」

 あれ何が言いたいんだろ私、なんて華が不思議そうに言うから、僕は吹き出してしまう。

「あー、もう、バカにしてます?」
「違う違う、ほんと」

 僕は華の肩口に顔を埋めた。

「君はすごいなぁって思っただけだよ」

 僕の死に場所が、君の横ならいいのに。華の髪は優しい香りがして、僕はそれを嗅ぎながらそう思った。
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