【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

謝罪

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「ごめんなさい」

 樹くんが"犯人"を連れてくるまでもなく、ひとりの女の子が数人の女子を連れて謝りに来てくれた。昼休みだ。学食から戻ってきて、大村さんとのんびり話していた時。

「えと」
「靴箱、生ゴミ、わたしたちです」

 申し訳なさそうにいう女子たち。

「あ、はぁ」

 気の抜けた返事しかできない。

「あのう……、差し支えなければ、理由をお聞かせいただければと」

 私はなぜこんなに低姿勢なのでしょうか。

「設楽さん、ごめんなさい」

 ひとりの女の子が、頭を下げた。

「わたしのせいなんです」
「あなたの?」
「はい」

 女の子は、気まずそうに言った。

「わたし……昨日、鹿王院くんと、その、お話してて」
「はぁ」
「あなたの悪口を言っちゃったんです」
「え」

 私はじっと女の子を見る。
 えーと、えーと?

(……どうしよ、覚えてない!)

 へんな汗が出た。やばいやばい、全然覚えてないけど、悪口言われるくらいだもんなぁ、何かとんでもないこと、しでかしちゃってるんだろう。

「ごめんなさい、私、何かしちゃってたみたいですか? その、私、あなたのこと覚えてなくて、……ごめんなさい」

 立ち上がって、頭を下げた。

「ちゃんと謝りたいから、何しでかしたか教えてもらっていいでしょうか……」

 ほ、ほんとすみません……。
 女の子は一瞬、ぽかんとした後、慌てて手を振った。

「ち、違うんです、その、噂を真に受けて」
「噂?」

 私は首を傾げた。

(噂になりそうなことって……うっそ、毎回学食で日替わり定食完食してることくらい?)

 この学校の日替わり定食は、運動部男子向けの側面があり、まぁ、結構な量なのだ。
 それを毎日毎日女子が食べていたら、噂にもなろうというものですよね……。

(やーいお前の許婚、エンゲル係数おばけ、とか)

 いやそんなこと言いそうにないぞ、この子。でもまぁそれに近しいこと?

「あの、気にしてないんで」

 乙女の恥じらいでは、腹は膨らまぬのです。お腹が空くと悲しくなるのです。
 そう思いつつ微笑んだ。女の子は、ますます申し訳なさそうな顔になる。
 (精神的には)かなり年下の女の子にそんな顔をさせてしまって、ちょっと申し訳ない。

「そんな顔しないでください、せっかく可愛らしいのに」
「え、」
「女の子は笑ったほうがいいですよ、ね?」

 女の子の顔を覗き込む。あっという間にくしゃくしゃに歪んだ。

「え、え、え」

 うそ、泣かせた! なんで!?
 女の子が連れてきていた女子たちも、友達泣かせて怒るかと思いきや、申し訳ないモードっぽい表情。
 戸惑っていると、女の子は泣きながら話をしてくれた。

「そ、それで、わたし、設楽さんの悪口言って、鹿王院くんに結構怒られて」
「えー」

 まぁ、悪口の対象が私じゃなくても怒ってたと思うけど。樹くん、そういうの嫌いだからなぁ……。

「ごめんね、あの人目つきがちょっと厳しいし、言葉もあんま選ばないから」

 女の子は首を振った。

「わ、わたしが悪かったんですけど……でも、それがちょっとショックで、ついこの子たちに話して。わたしもショックで上手く話せなかったせいか、設楽さんのせいみたいになってたみたいで」
「あー、そういうこと」

 誤解が誤解を招くみたいな?

「ほんとにすみませんでした」

 女の子が頭を下げて、他の子達も下げてくれた。

「あ、はい」

 私は頷いた。

「わかりました」
「……え、それだけ?」

 そう言ったのは、隣の席で全てを聞いていた大村さん。

「いいの? 靴箱、めっちゃくちゃだったし、スリッパも」
「あ、スリッパ」

 私は「それだけ弁償してもらえますか?」と女の子たちに聞く。

「え、それだけでいいんですか」
「いいよ」
「怒って……ないんですか」
「うん、怒ってはないけど……、あ」

 思い出して手を叩く。

「この子にも謝ってもらえますか」

 隣の席の、大村さんを指差す。

「え、わたし!?」
「だって一緒に掃除してくれたし。あとスポクラの黒田くんと、相良先生と、それから清掃の方! お仕事増やしちゃってるんですよみなさん」
「あ、はい」

 少しぽかん、としてその子は言った。それから皆で大村さんに頭を下げて「ごめんなさい」と言う。

「い、いえいえ、その」

 大村さんも少し困り顔だけど、謝ってもらえて良かった。

「なんか、変な噂とかになるとアレだし、相良先生に話して、黒田くんと清掃の方に謝る場を作ってもらってね」

 わざわざ探しに行ったら、目立つだろうし。てか、既に目立ってるんだけど。

(いいのかなぁ)

 あの子達、靴箱に生ゴミいれてたらしいよ、なんて言われたら可哀想だ。いや、実際のことではあるんだけど。
 ちょっと心配になって女の子を見ると、小さく頷いた。

「あの、ほんと気にしてないから」

 私は、少し大きめの声で言う。周りに聞こえるように。
 せめて、和解アピールだけはしておこう……。

「ね!」

 にこりと微笑んで、女の子の手を握った。
 女の子たちが教室の前の扉から出て行って、そこで私はやっと樹くんが後ろの扉のところからこちらを見ていたことに気がついた。スタスタとこちらにやって来る。

「あれ、いつからいたの」
「割と始めだ」

 樹くんは指で自分の目尻にぐりぐりと触れた。

「目つき悪いか?」
「あは、違う違う、ええと精悍な目つき?」
「取ってつけたように」

 樹くんは笑って私の鼻をつまんだ。

「やめてよう」
「ふ、変な声」
「もう!」

 鼻なんか摘むからじゃん!

「すまん、結局なにもしてない」

 私の鼻から手を離して、樹くんは言う。

「いーのいーの、なんか誤解なんでしょ良くわかんないけど」

 樹くんは肩をすくめた。

「でも、友達に、泣いちゃうくらい厳しい言い方しちゃダメだよー」
「……反省している」
「ちなみに何て言ったの?」
「耳障りだから口を閉じてくれないか」

 私はぽかんと樹くんを見上げた。口を抑える。え?

「ちがう、華、昨日俺がそう言ったんだ、その女子に」
「え、それは言い過ぎだよ」
「言い過ぎではない」
「絶対言い過ぎ」

 たかだか許婚をちょっとバカにされたくらいでさ、と思うけど、私も樹くんのこと悪く言われたら怒るもんね……。多分、恋愛感情抜きに。

「まぁ、その、怒ってくれてありがとう」
「いや、……もう一度謝っておく。きつい言葉を選んでしまったことを」

 だが、と樹くんは続けた。

「俺は華を悪く言われて黙っていることはないぞ、今後も」
「ある程度スルーしてもいいと思うけどね」
「華は大人だな」
「大人ですから」

 冗談めかしてうそぶいてから、樹くんを見上げると、樹くんは優しく笑ってくれた。

(今更だけど)

 私は心がほんのり、暖かくなる。

(怒ってくれたんだ)

 それってやっぱり、ちょっと嬉しい。
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