【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

湯けむり旅情

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「はぁ、しみる」

 ついババくさい感じの言葉が出てしまうのは、中身年齢的に仕方のないことなのではないでしょうか。
 私は明るいお昼間のうちから、少しぬるりとした肌触りの露天の温泉に浸かりつつ、雪空を見上げていた。

「温泉、サイコー」

 年明け早々、またもや私のワガママで、樹くんに温泉に連れてきてもらった。どうしても温泉でノンビリしたい、と駄々をこねたのた。
 樹くんは「分かった」とひとこと、1時間後には空港だ。
 わーい。温泉温泉!
 そんな訳でやってきたのがこの温泉だ。九州は熊本県。

「うう、これで日本酒とか飲めたら最高なんだけど」

 カラダが16歳である以上、それは無理だ。でもうっとりと考える。あったかい露天風呂、ぬるめの熱燗……。

(20歳になったら絶対しよ)

 そう決意をして、十分温まってから脱衣所へ戻る。ハタと気づいた。

(しまったお金、部屋だっ)

 温泉上がりは瓶入りコーヒー牛乳を飲まねばなのにっ!
 さっさと服を着てお金を取りに部屋に戻る。ふた部屋とってあるけど、とりあえずは樹くんの部屋に荷物も置いてある。寝るとき移動するのだ。寂しいけど、さすがに男女の高校生2人同室ってわけにはいかないだろう。
 そして私は固まった。

「華?」
「い、樹くん、浴衣っ」
「? ああ、あったから」

 きょとんと返された。
 似合う。どうしよう、似合う。
 ちょっと厚手の紺色の浴衣。
 私は無言でお子様スマホを樹くんに向けた。ぱしゃり。
 不思議そうな樹くん。

「どうした?」
「いえいえ」

 和服初めてかも。えへへ。
 その時、樹くんのスマホが鳴る。

「圭だ」
「圭くん?」
「もしもし」

 通話に出る。

「!? ああ、わかってる、いや、すまん。うん。大丈夫、ふた部屋とってある、するかバカ、うん」

 なにか怒られてる。
 座卓を挟んで反対側にすわって、その様子を眺めた。

「……華」

 樹くんにスマホを渡される。

「もしもし?」
『あ、華、寝るときは自分の部屋、ちゃんと鍵かけるんだよ』
「え、あ、うん」

 そりゃかけるけど。

『あと夜更かししないで早めに布団に入ること! ひとりで!』
「? うん」

 中学生に世話を焼かれる中身大人。

「心配しなくても夜更かしも寝坊も気をつけるよ~。樹くんいるし」
『そーれーが! 心配なの』
「あはは、大丈夫だよ樹くん寝坊しない人だし」
『……まぁいいや、何かあったら連絡してね』
「はーい、お土産楽しみにしててね。卒展準備頑張ってね」

 通話を切る。
 圭くんはこのところ、中等部の卒業制作で忙しい。まぁ卒業制作といっても、ほとんどが高等部にそのまま進学するのであんまり卒業感はないらしいけど。

「なんと言っていた?」
「ん? 部屋に鍵かけろって」
「あいつは」

 樹くんは苦笑いした。そして立ち上がる。

「散歩にでも行くか」
「うん」

 並んで部屋を出る。

「華は浴衣着ないのか」
「夜は着るかもだけど」

 ロビーに差し掛かったとき、フロントで外国人観光客の方と旅館の人が何か英語で話し合っていた。お互い困ってる感じ……。

(聞き取れないなぁ)

 苦手なんだよね、リスニング……。
 樹くんを見上げて「なんて言ってるの?」と聞いた。お仕事で使うので、英語だけは樹くんのほうが得意だ。

「どうやら予約の日取りを間違えていたらしい」
「え」
「1日ズレていたらしいんだな。明日からの一泊で予約してしまっていたらしいんだが、実際今日着いてしまって困っているというところか」
「ずらせないのかな」
「満室だと言っている」
「ぎゃー」

 私は責任を感じて軽く叫んでしまった。

「私がワガママ言ったせいじゃん!」
「ん?」
「私が今日温泉行きたーいとかアホなこと言わなかったら、ふた部屋空いてたんだよねっ」
「うむ、まぁ。それは」
「一部屋譲ろう、樹くん」
「……は?」
「樹くん寝室に寝たらいいじゃん。私本間に寝るから」
「いや、それは逆でいいが」

 圭に怒られるぞ、と樹くんはぽつりと言った。

「そう? でも困ってるよ」
「まぁなぁ……」

 樹くんはフロントの方に歩き始める。私は後ろにちょろちょろついて行った。
 樹くんが一部屋譲る、という話をするとめちゃくちゃ喜んで樹くんをハグしていた。
 ガタイのいい感じの西洋の人っぽい感じの男性二人組。
 樹くんに紹介されてぺこりと頭を下げると、ものすごい勢いで握手された。

「あは、あはは」

 とりあえず笑ってしまう日本人の性。
 そのあと中庭をお散歩。苔庭になってて、そこに雪がチラチラ降っていてとても綺麗。

「和だ! 和だよ! 樹くんそこ立って」
「そんなに喜ぶならいつも和服でいてもいいくらいだ」

 樹くんは苦笑いしながら、私の言う通り南天の木の横に立ってくれた。スマホでぱしゃり。

「うう、ちゃんとしたカメラ持ってきたらよかったよ」
「じゃあまた来よう」

 樹くんが言ってくれて、私もにこりと頷いた。

「そうだ華、南十字星を観に行く話は覚えているか?」
「うん、西表島」
「3月くらいに行ってみるか」
「え、ほんと!?」

 私は樹くんを見上げる。

「うむ、約束だからな」
「うん、約束約束」

 私は笑いながら樹くんの手を取った。

「楽しみだなぁ」

 樹くんが手を握り返してくれる。何も言わなかったけれど、とても嬉しそうにしてくれて私の胸はきゅんきゅんとして仕方ない。
 どうしよう、やっぱめっちゃ好きだ。
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