【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・相良仁

雨垂れ

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 窓の外の雨が、少し強くなっている。

「で、だな。ボディーガードなんてしてるのは、」

 言っていいのか。
 俺は少し逡巡する。軍人だったことは誇りだ。
 自分探しみたいな、曖昧な理由で入隊したし、好きな女、つか華を探すためにさっさと除隊した。それでも学んだことは大きいし、誰かを守る仕事をできたことは誇りだ。

(でも俺は、ヒトを殺した。何人も)

 それは言い訳できない。
 軍人である以上、前線でヒトを殺すことにためらいはなかった。
 上官の一言でオートマティックに指が引き鉄を引く、そんな風になるよう訓練を受ける。迷いとか人道とかそんなことを思い浮かべる間も無く引き鉄を引く。ヒトを殺す。

(そうしなければ、殺されるから)

 自分ではなく、仲間も諸共。
 善人を殺したわけではない。相手はテロリストだ。
 一般市民を巻き込み殺し、そして生かしておけばまた同じことをするようなヤツらだ。

(でも、ヒトだ)

 同じ人間だ。
 俺はヒト殺しだ。
 そのことを、華に知られたくなかった。
 口ごもる俺に、華は「ごめん」と笑った。

「知られたくないこともあるよね」
「……嫌われたくないんだ」
「嫌わないよ」

 華はふう、とため息をついた。

「今更嫌ったりしない」

 そしてフワリと笑った。

「いつか話せるときに話して」

 俺は華を強く抱きしめる。
 ……抵抗はされない。

「なぁ」
「ん?」

 腕の中で首をかしげる華。

(なぁ、そんな風にされたら)

「俺のこと好きなのかなとか、思っちゃうんだけど」
「好きだよ」

 華の言葉に、俺はフリーズする。

「好き、うん。多分……?」
「ちょっと待ってなんで疑問形、でも、え!?」
「なに? 今更いやなの?」
「そんなわけ、え」

 まじか。まじか。まじか。

(ずっと欲しかった言葉が)

 夢? 夢なのか?

「夢なら覚めないでほしい」
「現実だよ」

 華は淡々と言う。

「でも、」
「ん?」
「仁と今後の人生どうこう、はきっと無理かな」
「え、なに、それ」

 どういうことだよ。

「なに? 俺振られた? いや諦めないけどもう」

 だって好きって言ったじゃねーか。

「だってねぇー」

 華は子猫みたいに、俺に身体を擦り付けてきた。

(うわ)

 可愛い。どうにかなりそう。

「私ね、敦子さんに恩があるわけ」
「恩?」
「ほとんど天涯孤独なわけよ、私って」
「ん?」
「敦子さんは、私の実のおばあちゃんのイトコらしくて」

 えっ違うけど、と言うのを飲み込む。そういやあの人、隠したがってたな。

(なんだっけ、いざという時に華を自由にするためだとかなんだとか)

 華が自分に未練を残さないようにできるだけ他人でいたいのよ、と雇い主さんは言っていたけれど。

(無理だろ)

 こいつ情に厚いオンナだもん。

「でね、敦子さんはウチの大叔父だかなんだかよく分からない妖怪と戦ってんのよ」
「あのジイサンなぁ」

 元気だ。全然一線を退く気はなさそう。海千山千の妖怪ジジイ。

「私が"鹿王院の息子"と許婚であることが、敦子さんの武器になってるの」
「んー」

 そうらしい、というのは聞いている。鹿王院との提携を見据えて雇い主側に付くやつも増えてきているらしい、とは。

「だから、……仁のこと好きだけど、でも、忘れたい。てか忘れなきゃなの」
「無理」
「なんか勢いで気持ち言っちゃったなぁ。失敗した」
「あのな、……そんなこと言うなよ。俺は嬉しかったのに」

 ぎゅうっと抱きしめる。

(じゃあ……、あのジイサンさえどうにかしたらいいのか)

 でもなにができる? 俺に。

「あのね、……樹くんにはね、好きな人できたっぽいから手とか繋げないって言ったの」
「うん」
「そしたら、恋をする努力をしてくれないかって。お互いに」

 バカ真面目だよね、と笑う華。

「いい人なんだあ」

 伏せられた瞳。
 誰を思い描いている?

(無理)

 嫉妬心がやばい。
 腕に力が入る。華は一瞬痛そうな顔をしたけれど、なにも言わなかった。

「華」
「なに」
「キスしていい」
「ロリコン」
「違います」

 俺の口を、華の手が塞ぐ。揺れる瞳。

「ねえ私どうしたらいいのかな」

 切なそうなカオ、苦しそうな声。

「キスなんかしたら後戻りできなくなっちゃう」
「なればいいじゃん」

 そうなってくれよ。

「あのさ、私。仁のこと多分、ちゃんと好きだから、ほかの人と手とか繋げないの。樹くんは、大事な大事な友達だけど、それでもダメなの。でも、私が樹くんと恋をしなきゃ、みんなが不幸せになっちゃうの」

 悲しげに淡々という。

「大混乱だよ」
「……そのジイサンどうにかしたらいいんだよな」
「そうだけど、でも」
「あのさ、華。しばらく離れるけど不安になるなよ」
「なにが?」
「すぐ帰るから」
「仁?」

 不安げな華の額に、俺はそっと口付けた。

(使えるものは親でも使え、って言うけど)

 使えるものは何でも使ってやる。
 地位でも権力でも。それが俺ではなくて、俺の父親に付随するものであったとしても。
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