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【高校編】分岐・相良仁
虹
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雨は降り続く。
日曜日、私は自分の部屋の、窓の外を見る。厚い雲からは飽きもせず水が滴り落ちていた。
(あの日)
社会科準備室でつい涙がこぼれた日、私はやっと、仁に対する気持ちが「ちゃんとした好き」だと自覚した。
(今更)
本当に、今更だ。
あの日から仁から接触はない。学校も休んでる。
ひとつため息をついて、リビングへ行く。圭くんがリビングの大きな掃き出し窓の前にぺたりと座り、外の風景をスケッチしていた。庭の向こうには、灰色の海。
「や、ハナ」
「海描いてるの?」
「うん」
私はソファに座って、ぼけっと圭くんがスケッチしてるところを眺めていた。
ばたばたと足音をさせて、敦子さんが自室から飛び出てきた。この人がこんなに物音をさせるのは珍しい。
「華、圭、あたしちょっと出るから」
「仕事?」
ソファからだらりとした格好のまま聞く。
「華、もう、だらしがない……そう仕事」
敦子さんは自分で経営してるエステ系の会社だけじゃなくて、このところ常盤本家のほうの経営にも多岐にわたって参加している。
(意欲的、ともなんか違うな)
なにか、考えがあって動いているような。
「じゃ、行ってきますから」
「行ってらっしゃあい。……敦子さん」
「なに?」
「無理しないでね」
だらだらしたまま、そう言った。敦子さんはほんの少し、微笑んだ。
「ありがと」
ぱたん、と扉が閉じて、私はまた灰色の海を見る。圭くんの背中の向こう、ガラス越しに降る雨と、荒れた海。
気がついたら眠っていたらしい。
「ハナ」
「ん、うわ、寝てた?」
「よだれ出てるよ」
「うっそ」
なんの夢見てたんだっけ。なんか美味しい夢だったような……。
「チアキから電話鳴ってたよ」
「うそ」
ごめん、と言ってローテーブルの上のお子様スマホを手に取った。着信あり。
タップして掛け直す。
「もしもし千晶ちゃん?」
たまたま用事でこの辺りまで来ているらしい。カフェでお茶でもどう? とのことで、私は快諾した。暇だし、気持ちもくさくさしていたのだ。色々お話しして気分転換でもはかろう!
いつものカフェ。傘を閉じると、千晶ちゃんがテーブルから手を振ってくれた。
「雨、続くねぇ」
「やだよねー」
アイスレモンティーを注文して、なんとなく無言になる。千晶ちゃんがふと口を開いた。
「知ってる? 常盤のね、うえのほう。今ごたついてるの」
「え、そうなの」
私はきょとんと千晶ちゃんをみつめた。敦子さんが最近忙しそうなのも、そのせいかな。
「欧州で計画されてた原発やら高速鉄道やら、相次いで撤退を余儀なくされてるらしくて」
「撤退?」
そもそも常盤のみなさんて、そんな仕事してたんだなぁ、なんて今更思う。
「シェアがガリガリ削られてる感じらしくて……そもそも"御前"の独裁みたいなとこあったから。経営手腕に疑問視する声が上がってる、って新聞に」
「新聞沙汰なの!?」
「そだよ」
千晶ちゃんは軽く肩をすくめる。
「半分くらい、国策だもん。常盤の海外進出って。それが相次いでポシャるのはけっこうデカい」
「ほえー」
私はぱちぱちと目を瞬かせた。
「さすがに御前も終わりかもって」
千晶ちゃんは肩をすくめた。
「次の株主総会、荒れるんじゃないかって。少なくとも、常盤の主幹、重工の会長職は解かれるんじゃないかな」
「へぇ」
私はぽかんと御前の顔を思い浮かべた。
「あれだね、年取っていつまでも役職にしがみついてたらだめってことね」
「老兵は死なずただ去りゆくのみ、ね」
「誰だっけ」
「ダグラス・マッカーサー。彼レベルでそう言わしめるんだから、一般人はなおのことよね」
前世、社会の先生だった千晶ちゃんらしい締めかたをして、それから微笑んだ。
「さて」
「なあに?」
「聞こうと思ってたの。それ」
千晶ちゃんは指差した。私の耳、というかピアス? 仁にもらったピアスがついてる。
「それ、どうしたの」
「え、開けた」
「わたしにも言えない?」
千晶ちゃんに見つめられて、私はぽつりと口を開いた。
「仁に開けてもらった」
「……なに高校生カップルみたいなことしてるの」
「うう、でも」
私はピアスに触れる。
「嬉しかったんだもん……変?」
「似合うけど」
千晶ちゃんはほんの少し、眉をひそめた。
「たとえ中身はオトナでも、華ちゃんは生徒で相良先生は教師だよ」
「それは、うん」
「考えた? 世間はきっと白い目で見るよ」
「あー、うん……」
「いいの」
「大丈夫、俺、そのうち教師辞めるから」
乱入してきた声に、私と千晶ちゃんはその声の主を見上げた。
好きな声……好きな人の、声。
「……仁」
「ただいま。これ、土産」
仁は「ごく普通」な表情で、私と千晶ちゃんに紙袋を渡してくれた。ミントグリーンの、紅茶缶。
首を傾げていると、千晶ちゃんは「ロンドンへ?」と仁に尋ねた。
「そう。正確にはストラッドフォード」
「……そうですね。愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿になりなさい、ですか」
「かもね」
私はついていけない。なに? なんの話?
「お前は心配しなくていいよ」
「? だからなにが」
私はむう、と顔をしかめた。また仲間はずれだ!
仁は楽しそうに笑って(その頬に触れたいと思った)、千晶ちゃんは諦めたみたいな顔をして「あ、ブレックファースト。好きですこれ。ありがとうございます」なんて話してる。
少し拗ねて窓の外を見る。
ちょっと久しぶりなのに。会えて嬉しいの、私だけなのかな。
窓ガラスの向こうでは、雨が止みかけて、本当にごくうっすらと、虹がかかっていた。
日曜日、私は自分の部屋の、窓の外を見る。厚い雲からは飽きもせず水が滴り落ちていた。
(あの日)
社会科準備室でつい涙がこぼれた日、私はやっと、仁に対する気持ちが「ちゃんとした好き」だと自覚した。
(今更)
本当に、今更だ。
あの日から仁から接触はない。学校も休んでる。
ひとつため息をついて、リビングへ行く。圭くんがリビングの大きな掃き出し窓の前にぺたりと座り、外の風景をスケッチしていた。庭の向こうには、灰色の海。
「や、ハナ」
「海描いてるの?」
「うん」
私はソファに座って、ぼけっと圭くんがスケッチしてるところを眺めていた。
ばたばたと足音をさせて、敦子さんが自室から飛び出てきた。この人がこんなに物音をさせるのは珍しい。
「華、圭、あたしちょっと出るから」
「仕事?」
ソファからだらりとした格好のまま聞く。
「華、もう、だらしがない……そう仕事」
敦子さんは自分で経営してるエステ系の会社だけじゃなくて、このところ常盤本家のほうの経営にも多岐にわたって参加している。
(意欲的、ともなんか違うな)
なにか、考えがあって動いているような。
「じゃ、行ってきますから」
「行ってらっしゃあい。……敦子さん」
「なに?」
「無理しないでね」
だらだらしたまま、そう言った。敦子さんはほんの少し、微笑んだ。
「ありがと」
ぱたん、と扉が閉じて、私はまた灰色の海を見る。圭くんの背中の向こう、ガラス越しに降る雨と、荒れた海。
気がついたら眠っていたらしい。
「ハナ」
「ん、うわ、寝てた?」
「よだれ出てるよ」
「うっそ」
なんの夢見てたんだっけ。なんか美味しい夢だったような……。
「チアキから電話鳴ってたよ」
「うそ」
ごめん、と言ってローテーブルの上のお子様スマホを手に取った。着信あり。
タップして掛け直す。
「もしもし千晶ちゃん?」
たまたま用事でこの辺りまで来ているらしい。カフェでお茶でもどう? とのことで、私は快諾した。暇だし、気持ちもくさくさしていたのだ。色々お話しして気分転換でもはかろう!
いつものカフェ。傘を閉じると、千晶ちゃんがテーブルから手を振ってくれた。
「雨、続くねぇ」
「やだよねー」
アイスレモンティーを注文して、なんとなく無言になる。千晶ちゃんがふと口を開いた。
「知ってる? 常盤のね、うえのほう。今ごたついてるの」
「え、そうなの」
私はきょとんと千晶ちゃんをみつめた。敦子さんが最近忙しそうなのも、そのせいかな。
「欧州で計画されてた原発やら高速鉄道やら、相次いで撤退を余儀なくされてるらしくて」
「撤退?」
そもそも常盤のみなさんて、そんな仕事してたんだなぁ、なんて今更思う。
「シェアがガリガリ削られてる感じらしくて……そもそも"御前"の独裁みたいなとこあったから。経営手腕に疑問視する声が上がってる、って新聞に」
「新聞沙汰なの!?」
「そだよ」
千晶ちゃんは軽く肩をすくめる。
「半分くらい、国策だもん。常盤の海外進出って。それが相次いでポシャるのはけっこうデカい」
「ほえー」
私はぱちぱちと目を瞬かせた。
「さすがに御前も終わりかもって」
千晶ちゃんは肩をすくめた。
「次の株主総会、荒れるんじゃないかって。少なくとも、常盤の主幹、重工の会長職は解かれるんじゃないかな」
「へぇ」
私はぽかんと御前の顔を思い浮かべた。
「あれだね、年取っていつまでも役職にしがみついてたらだめってことね」
「老兵は死なずただ去りゆくのみ、ね」
「誰だっけ」
「ダグラス・マッカーサー。彼レベルでそう言わしめるんだから、一般人はなおのことよね」
前世、社会の先生だった千晶ちゃんらしい締めかたをして、それから微笑んだ。
「さて」
「なあに?」
「聞こうと思ってたの。それ」
千晶ちゃんは指差した。私の耳、というかピアス? 仁にもらったピアスがついてる。
「それ、どうしたの」
「え、開けた」
「わたしにも言えない?」
千晶ちゃんに見つめられて、私はぽつりと口を開いた。
「仁に開けてもらった」
「……なに高校生カップルみたいなことしてるの」
「うう、でも」
私はピアスに触れる。
「嬉しかったんだもん……変?」
「似合うけど」
千晶ちゃんはほんの少し、眉をひそめた。
「たとえ中身はオトナでも、華ちゃんは生徒で相良先生は教師だよ」
「それは、うん」
「考えた? 世間はきっと白い目で見るよ」
「あー、うん……」
「いいの」
「大丈夫、俺、そのうち教師辞めるから」
乱入してきた声に、私と千晶ちゃんはその声の主を見上げた。
好きな声……好きな人の、声。
「……仁」
「ただいま。これ、土産」
仁は「ごく普通」な表情で、私と千晶ちゃんに紙袋を渡してくれた。ミントグリーンの、紅茶缶。
首を傾げていると、千晶ちゃんは「ロンドンへ?」と仁に尋ねた。
「そう。正確にはストラッドフォード」
「……そうですね。愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿になりなさい、ですか」
「かもね」
私はついていけない。なに? なんの話?
「お前は心配しなくていいよ」
「? だからなにが」
私はむう、と顔をしかめた。また仲間はずれだ!
仁は楽しそうに笑って(その頬に触れたいと思った)、千晶ちゃんは諦めたみたいな顔をして「あ、ブレックファースト。好きですこれ。ありがとうございます」なんて話してる。
少し拗ねて窓の外を見る。
ちょっと久しぶりなのに。会えて嬉しいの、私だけなのかな。
窓ガラスの向こうでは、雨が止みかけて、本当にごくうっすらと、虹がかかっていた。
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