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【高校編】分岐・鹿王院樹
運命から外れたら
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結局、U20の代表メンバーに樹くんは選ばれなかった。
桜も満開になった、四月の初め。
「そういえばさ、代表。残念だったね」
「いや、合宿に呼んでもらえただけでありがたかった」
水槽を泳ぐ魚を見ながら、淡々と樹くんは言う。
「楽しかったし、勉強にもなった」
私は樹くんを見上げて微笑む。
(樹くんは)
私も視線を水槽にうつす。青く透明な水と、そこを泳ぐ魚ーー淡水エイ。
(樹くんは、こういうとこがかっこいい)
背も高くて顔も整ってて、割とそこに目が行きがちかもなんだけど、樹くんのかっこよさの本質は、一本気の通った中身なんだと思ってるんだけど。
(まぁ好きだからね、なんでもかっこよく見えるんだよね~)
恋は盲目ですから。
なんなら今腕組みをして水槽を見てる、その様さえ胸がきゅんきゅんして仕方ない。
まぁ、どうせ水槽のレイアウトか、中層が空いてるから何か飼いたいな~くらいのことしか(生体増やすなんて、樹くんのおばあさまーー静子さんにバレたら激怒モノだ)考えてないのは知ってるんだけど。
「ところで、結局コオロギはさわれたのか」
「無理だった~」
樹くんの合宿中、魚たちのご飯を頼まれていたのだ。
人工餌でいい、って言われてたけど、自分だったら生きのいい(?)ご飯のほうがいいよなぁ、って、思ったけど思っただけだった。虫、苦手。
樹くんは苦笑した。
「俺だって普段は人工餌だぞ、生き餌は調子悪そうな時だけだ」
「でもな~」
そのほうがよく食べるかなあと思ったんだもん、と見上げるとキスされた。唐突。
「……急ですね?」
「可愛かったから、つい」
今の会話のどこに可愛さがあったのかは不明なんだけど、私は照れて俯いた。
「……お友達なのになぁ」
「友達なのにか」
からかうように笑って、樹くんは私をそっと撫でる。撫でられるのは好きなので、ちょっと甘えるように目を細めた。
「そんな顔を、」
樹くんがそう言って私の頬をつねる。ごく軽くーーどんな顔してるんだろ、と思ったその時、樹くんのスマホが震えた。
「……監督だ」
サッカーの?
「はい」
樹くんが電話に出て、私はまた水槽を眺めて遊んだ。相変わらずウーパールーパーはふよふよしている。
ぷかりと浮かび、エアーポンプの泡を追うような仕草をするウーパーちゃんは相変わらずの緩い顔……。
笑ってるような顔に見えるから、それが余計に可愛い。
なんてことを考えていたら、電話を終わらせた樹くんが「華」と私を呼んだ。
「なに?」
「追加招集された」
「ん?」
追加? なに?
きょとんと樹くんを見上げる。
「国外でやる予定のU20の練習試合、選手がひとり怪我で離脱するらしい。代わりに呼ばれた」
「、え」
私は息を吸って、吐いて、もう一度すって、それからやっと「ええええ!?」と驚くことができた。
「うわ、ほんと!? ほんとに!? おめでとう」
「いや、怪我人がいるからあまり素直には喜べないのだが」
「いやそれはそうだけど」
そうなんだけど!
「で、でもチャンスだよね!?」
「いい機会をいただけたとは思う」
真剣にうなずく樹くん。
「というわけで、今から出かける」
「あ、はい、わかりました」
出かける、って、そんな近所に買い物じゃないんだから。
やや呆然としながら、私は頷いた。
てきぱき準備する樹くんを、私は黙ってみつめた。
(なんか、ほんとどんどん遠い人になっちゃうなぁ……)
嬉しくもあり、寂しくもあり。もちろん100パーセント応援してるんだけど。
「あ、ねえ、それっていつまで?」
わざわざ海外まで行って一試合ってことはないだろう。
「来週までだな」
「ふうん」
返事をしながら、私は「あれ?」と思う。
(あれ?)
カレンダーに目をやる。
(てことは、……入学式に、樹くんはいない?)
私たちの入学式じゃない。
"ヒロインちゃん"が学園にやってくる、その入学式、だ。
(出会いイベント、それ自体がない)
私は不思議な気持ちで、その事実を受け止めた。
翌日、千晶ちゃんと近所のカフェで待ち合わせした。このことについて聞きたかったのだ。
「あ。うん、そうなんだと思う」
千晶ちゃんはうなずく。
「出会いイベントは入学式で間違いなかったと思うよ」
「あ、やっぱりか。ありがとう、記憶薄くて」
「しょうがないよ、ずいぶん昔の記憶になると思うし」
千晶ちゃんはそう言いながら、ゆっくりとホットレモンティーに口をつけた。茶葉はアールグレイ、らしい……うーん、相変わらず茶葉はよく分からないや。
「完全に"ゲームのシナリオ"からは外れたね。運命とは違う道、みたいな?」
「そう、なのかな」
私はぽつりとつぶやいて、眼前にある自分のカフェオレの、薄い茶色を見つめる。
「そうだといいな」
できればヒロインちゃんにも、あんまり関わりたくないや……。
「あのね」
千晶ちゃんは、私の手をきゅっと握った。
「華ちゃんと、樹くんなら大丈夫」
「……大丈夫?」
「そう」
ふふ、と千晶ちゃんは笑う。
「たとえ"ゲームの強制力"みたいなものがあったとしても、華ちゃんと樹くんなら乗り越えられるから」
じっと私を見る千晶ちゃんの瞳から、私は目をそらせない。
「心配しないで。樹くんは、絶対にずっと華ちゃんを想ってくれてるから」
「そう、かな」
自信なさげな声になってしまった。樹くんの気持ちを疑ってるわけでは、絶対にないんだけど。
「自信持って、背筋のばして。そんなオドオドしてる悪役令嬢、いる!?」
「ここにおります……」
「揚げ足取らない」
べしりと額を叩かれた。痛い。
抑えながら千晶ちゃんを見て、私は苦笑いしてお礼を言った。
(そうだった、私、悪役令嬢なんだった)
カッコ悪い悪役令嬢じゃサマにならない。たとえ悪役令嬢としての運命からは逃れられていたとしても、それでもーー"かっこいい"樹くんの許婚がオドオドしてたんじゃ、それこそサマにならないよね。
(堂々としてよう)
私は愛されてるんだって、許婚なんだって、一番特別な"友達"なんだって。
そう思って、そう胸を張って、ヒロインちゃんの入学を迎えようーーそう決めたのでした。
桜も満開になった、四月の初め。
「そういえばさ、代表。残念だったね」
「いや、合宿に呼んでもらえただけでありがたかった」
水槽を泳ぐ魚を見ながら、淡々と樹くんは言う。
「楽しかったし、勉強にもなった」
私は樹くんを見上げて微笑む。
(樹くんは)
私も視線を水槽にうつす。青く透明な水と、そこを泳ぐ魚ーー淡水エイ。
(樹くんは、こういうとこがかっこいい)
背も高くて顔も整ってて、割とそこに目が行きがちかもなんだけど、樹くんのかっこよさの本質は、一本気の通った中身なんだと思ってるんだけど。
(まぁ好きだからね、なんでもかっこよく見えるんだよね~)
恋は盲目ですから。
なんなら今腕組みをして水槽を見てる、その様さえ胸がきゅんきゅんして仕方ない。
まぁ、どうせ水槽のレイアウトか、中層が空いてるから何か飼いたいな~くらいのことしか(生体増やすなんて、樹くんのおばあさまーー静子さんにバレたら激怒モノだ)考えてないのは知ってるんだけど。
「ところで、結局コオロギはさわれたのか」
「無理だった~」
樹くんの合宿中、魚たちのご飯を頼まれていたのだ。
人工餌でいい、って言われてたけど、自分だったら生きのいい(?)ご飯のほうがいいよなぁ、って、思ったけど思っただけだった。虫、苦手。
樹くんは苦笑した。
「俺だって普段は人工餌だぞ、生き餌は調子悪そうな時だけだ」
「でもな~」
そのほうがよく食べるかなあと思ったんだもん、と見上げるとキスされた。唐突。
「……急ですね?」
「可愛かったから、つい」
今の会話のどこに可愛さがあったのかは不明なんだけど、私は照れて俯いた。
「……お友達なのになぁ」
「友達なのにか」
からかうように笑って、樹くんは私をそっと撫でる。撫でられるのは好きなので、ちょっと甘えるように目を細めた。
「そんな顔を、」
樹くんがそう言って私の頬をつねる。ごく軽くーーどんな顔してるんだろ、と思ったその時、樹くんのスマホが震えた。
「……監督だ」
サッカーの?
「はい」
樹くんが電話に出て、私はまた水槽を眺めて遊んだ。相変わらずウーパールーパーはふよふよしている。
ぷかりと浮かび、エアーポンプの泡を追うような仕草をするウーパーちゃんは相変わらずの緩い顔……。
笑ってるような顔に見えるから、それが余計に可愛い。
なんてことを考えていたら、電話を終わらせた樹くんが「華」と私を呼んだ。
「なに?」
「追加招集された」
「ん?」
追加? なに?
きょとんと樹くんを見上げる。
「国外でやる予定のU20の練習試合、選手がひとり怪我で離脱するらしい。代わりに呼ばれた」
「、え」
私は息を吸って、吐いて、もう一度すって、それからやっと「ええええ!?」と驚くことができた。
「うわ、ほんと!? ほんとに!? おめでとう」
「いや、怪我人がいるからあまり素直には喜べないのだが」
「いやそれはそうだけど」
そうなんだけど!
「で、でもチャンスだよね!?」
「いい機会をいただけたとは思う」
真剣にうなずく樹くん。
「というわけで、今から出かける」
「あ、はい、わかりました」
出かける、って、そんな近所に買い物じゃないんだから。
やや呆然としながら、私は頷いた。
てきぱき準備する樹くんを、私は黙ってみつめた。
(なんか、ほんとどんどん遠い人になっちゃうなぁ……)
嬉しくもあり、寂しくもあり。もちろん100パーセント応援してるんだけど。
「あ、ねえ、それっていつまで?」
わざわざ海外まで行って一試合ってことはないだろう。
「来週までだな」
「ふうん」
返事をしながら、私は「あれ?」と思う。
(あれ?)
カレンダーに目をやる。
(てことは、……入学式に、樹くんはいない?)
私たちの入学式じゃない。
"ヒロインちゃん"が学園にやってくる、その入学式、だ。
(出会いイベント、それ自体がない)
私は不思議な気持ちで、その事実を受け止めた。
翌日、千晶ちゃんと近所のカフェで待ち合わせした。このことについて聞きたかったのだ。
「あ。うん、そうなんだと思う」
千晶ちゃんはうなずく。
「出会いイベントは入学式で間違いなかったと思うよ」
「あ、やっぱりか。ありがとう、記憶薄くて」
「しょうがないよ、ずいぶん昔の記憶になると思うし」
千晶ちゃんはそう言いながら、ゆっくりとホットレモンティーに口をつけた。茶葉はアールグレイ、らしい……うーん、相変わらず茶葉はよく分からないや。
「完全に"ゲームのシナリオ"からは外れたね。運命とは違う道、みたいな?」
「そう、なのかな」
私はぽつりとつぶやいて、眼前にある自分のカフェオレの、薄い茶色を見つめる。
「そうだといいな」
できればヒロインちゃんにも、あんまり関わりたくないや……。
「あのね」
千晶ちゃんは、私の手をきゅっと握った。
「華ちゃんと、樹くんなら大丈夫」
「……大丈夫?」
「そう」
ふふ、と千晶ちゃんは笑う。
「たとえ"ゲームの強制力"みたいなものがあったとしても、華ちゃんと樹くんなら乗り越えられるから」
じっと私を見る千晶ちゃんの瞳から、私は目をそらせない。
「心配しないで。樹くんは、絶対にずっと華ちゃんを想ってくれてるから」
「そう、かな」
自信なさげな声になってしまった。樹くんの気持ちを疑ってるわけでは、絶対にないんだけど。
「自信持って、背筋のばして。そんなオドオドしてる悪役令嬢、いる!?」
「ここにおります……」
「揚げ足取らない」
べしりと額を叩かれた。痛い。
抑えながら千晶ちゃんを見て、私は苦笑いしてお礼を言った。
(そうだった、私、悪役令嬢なんだった)
カッコ悪い悪役令嬢じゃサマにならない。たとえ悪役令嬢としての運命からは逃れられていたとしても、それでもーー"かっこいい"樹くんの許婚がオドオドしてたんじゃ、それこそサマにならないよね。
(堂々としてよう)
私は愛されてるんだって、許婚なんだって、一番特別な"友達"なんだって。
そう思って、そう胸を張って、ヒロインちゃんの入学を迎えようーーそう決めたのでした。
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