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分岐・鍋島真
慈雨のような(side真)
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結局のところ、探せる範囲なんてたかが知れてる。
そもそもこの辺りには夜通し空いているような施設なんかないのだ。数少ないコンビニは探し終えた。
「……街中をふらついてる可能性は低いと思う」
傘を閉じながら、僕は呟いた。
「そうじゃなきゃ、とっくに補導されてる」
千晶の容姿は明らかに「まじめな中学生」だ。仮に横浜か藤沢まで出たとして、街中をうろついていてスルーされるとは思わない。警察も動いている。国会議員の孫娘、県会議員の子供だ。それなりに人数を割いてくれているらしい。
普通は中学生が一日いなくなったくらいで警察はそこまで動かない。悔しいが、そこは父親と祖父の名前に感謝すべき、なのだろう。
「明日……って、もう今日ですね、私、学校行ってみます。友達とかにも聞いてみます」
「頼むよ」
僕の方でも、転校生とやらを探ってみようと思う。
「……いくらなんでも、君を帰さなきゃ」
敦子さんも心配しているだろうと思う。
「ですかね……あ、千晶ちゃんの部屋、手紙とかなかったんですか」
それだけ見て帰ります、と華は言った。
「……それは」
見ていない。
2人で千晶の部屋に入る。探すけれど、家出や失踪を仄めかすものはない。
僕はふ、と息を吐いて、とりあえず華に椅子を勧めた。何も言わないけれど、相当疲れてると思う。
「……千晶がいなくなったらどうしよう」
千晶の机の前で立ち尽くして、僕は思わずそう言った。
「千晶がいなくなったら、僕はどうやっていきていけばいいか分からない」
この家で唯一、僕に感情をくれた妹。
「だ、」
華が立ち上がって、僕のところまで来る。
「大丈夫です、きっと大丈夫です。ちゃんと帰ってきますよ」
「ほんとうに」
僕は華を見る。華はしっかり頷いたけれど、その目はやっぱり心配気に揺れている。
そっとその頬に手を置いた。
「冷えてるね」
「ああ、寒いですよね」
雨も降っていましたし、という華をそっと抱きしめた。
「寒いね」
「寒いですね」
優しく華は僕の背中を撫でた。
(苦しい)
寒い。悲しい。……怖い。
華にしがみつく。僕は震えている。華は何も言わない。
「少し眠ってください、真さん。きっと大丈夫ですから」
「眠れない」
「先に真さんが参ってしまいます」
「……、君を」
僕は縋るように華を見た。
「抱きしめて眠ってもいい?」
この子を帰さなきゃ、ってのは完全に頭から消えていた。そばにいてほしい。そうじゃなきゃ、僕は恐怖で消えて無くなりそうだった。
「いいですよ」
間髪いれずに、華は笑って言った。
「あのさ、なにかされるなんて思わないの」
「そんな人でないと、思ってますから」
僕はしばらく呆然とした。いつのまに、僕はそんなに君から信頼してもらえていたんだろう?
僕の部屋で、僕は華を抱きしめたまま眠る。正直な話、僕の体は思いっきり反応しちゃったけど華は気づいていたんだかいないんだか。
華は無言で僕の頭を撫でていた。
(あたたかいな)
ゆっくりと、眠気が僕を襲う。
「おやすみなさい」
染み込む声。慈雨のような。僕の耳朶にじわりと染み込んだ。
そんな優しい声を、聞いたような、聞かなかったような。
とにかく目を覚ますと、まだ外は暗かった。時計は4時前。
僕の腕の中で、華はぐーすか眠っていた。
「危機感がない」
僕はその長い睫毛の向こうの、長毛種の猫のような瞳を思い出しながら言った。警戒心がない。
なんだかムカついて思い切り鼻をつまむ。
「ふぐ!?」
変な声を出して起きたから、僕は思わず笑ってしまう。
「ま、真さん!? えっとなんで、あ、そっか」
僕の腕の中から抜け出し、起き上がってきょろきょろする華。
僕は腕の中のぬくもりがなくなって、胸がぎゅうと痛んだ。……僕の胸って痛むんだ。意外。
だから起き上がって、僕はもう一度彼女を腕に閉じ込める。
「大丈夫です、今日にはきっとみつかります」
華はぽんぽん、と僕の背中を撫でてくれた。
「うん」
「……あの、離れて」
いただけませんかね、と気まずそうな華。まぁベッドの上で好きな子抱きしめて反応しないなんてことはないからね、華も気がついてるか。
「いや生理的なものだとは思うのですが」
「違うよ」
僕は即答する。
「好きな子を抱きしめてるから、こうなってる」
「いや、あのですね」
やっぱり華は困ったように言う。好きな子、ってのはスルーされた。
「でも我慢する。なんで我慢するかわかる?」
「いや、それはそれがヒトの倫理でしょうよ」
お付き合いもしてないのに、と華は言う。
「付き合ったらさせてくれるの」
「そう言う目的でのお付き合いはご遠慮させて頂いております」
「そうじゃないよ、華が」
僕は少し必死だ。誤解されたなら嫌だ。
「華が望むなら、華が僕を欲しいと思うまで手を出さない」
「はぁ」
「それくらい、君が好き」
「……そうなんですか?」
華は少し、訝しげに僕を見た。
「嘘ついたら切り落としていいよ」
「それはまた……その、好きって」
「君のことをお嫁さんにしたい、好き」
華は困ったように僕を見る。
「あの、そのう」
華が何か言おうとした瞬間に、スマホが鳴った。一瞬華と顔を見合わせて、それに出る。
千晶のスマートフォンが、駅のトイレで見つかったという連絡だった。
そもそもこの辺りには夜通し空いているような施設なんかないのだ。数少ないコンビニは探し終えた。
「……街中をふらついてる可能性は低いと思う」
傘を閉じながら、僕は呟いた。
「そうじゃなきゃ、とっくに補導されてる」
千晶の容姿は明らかに「まじめな中学生」だ。仮に横浜か藤沢まで出たとして、街中をうろついていてスルーされるとは思わない。警察も動いている。国会議員の孫娘、県会議員の子供だ。それなりに人数を割いてくれているらしい。
普通は中学生が一日いなくなったくらいで警察はそこまで動かない。悔しいが、そこは父親と祖父の名前に感謝すべき、なのだろう。
「明日……って、もう今日ですね、私、学校行ってみます。友達とかにも聞いてみます」
「頼むよ」
僕の方でも、転校生とやらを探ってみようと思う。
「……いくらなんでも、君を帰さなきゃ」
敦子さんも心配しているだろうと思う。
「ですかね……あ、千晶ちゃんの部屋、手紙とかなかったんですか」
それだけ見て帰ります、と華は言った。
「……それは」
見ていない。
2人で千晶の部屋に入る。探すけれど、家出や失踪を仄めかすものはない。
僕はふ、と息を吐いて、とりあえず華に椅子を勧めた。何も言わないけれど、相当疲れてると思う。
「……千晶がいなくなったらどうしよう」
千晶の机の前で立ち尽くして、僕は思わずそう言った。
「千晶がいなくなったら、僕はどうやっていきていけばいいか分からない」
この家で唯一、僕に感情をくれた妹。
「だ、」
華が立ち上がって、僕のところまで来る。
「大丈夫です、きっと大丈夫です。ちゃんと帰ってきますよ」
「ほんとうに」
僕は華を見る。華はしっかり頷いたけれど、その目はやっぱり心配気に揺れている。
そっとその頬に手を置いた。
「冷えてるね」
「ああ、寒いですよね」
雨も降っていましたし、という華をそっと抱きしめた。
「寒いね」
「寒いですね」
優しく華は僕の背中を撫でた。
(苦しい)
寒い。悲しい。……怖い。
華にしがみつく。僕は震えている。華は何も言わない。
「少し眠ってください、真さん。きっと大丈夫ですから」
「眠れない」
「先に真さんが参ってしまいます」
「……、君を」
僕は縋るように華を見た。
「抱きしめて眠ってもいい?」
この子を帰さなきゃ、ってのは完全に頭から消えていた。そばにいてほしい。そうじゃなきゃ、僕は恐怖で消えて無くなりそうだった。
「いいですよ」
間髪いれずに、華は笑って言った。
「あのさ、なにかされるなんて思わないの」
「そんな人でないと、思ってますから」
僕はしばらく呆然とした。いつのまに、僕はそんなに君から信頼してもらえていたんだろう?
僕の部屋で、僕は華を抱きしめたまま眠る。正直な話、僕の体は思いっきり反応しちゃったけど華は気づいていたんだかいないんだか。
華は無言で僕の頭を撫でていた。
(あたたかいな)
ゆっくりと、眠気が僕を襲う。
「おやすみなさい」
染み込む声。慈雨のような。僕の耳朶にじわりと染み込んだ。
そんな優しい声を、聞いたような、聞かなかったような。
とにかく目を覚ますと、まだ外は暗かった。時計は4時前。
僕の腕の中で、華はぐーすか眠っていた。
「危機感がない」
僕はその長い睫毛の向こうの、長毛種の猫のような瞳を思い出しながら言った。警戒心がない。
なんだかムカついて思い切り鼻をつまむ。
「ふぐ!?」
変な声を出して起きたから、僕は思わず笑ってしまう。
「ま、真さん!? えっとなんで、あ、そっか」
僕の腕の中から抜け出し、起き上がってきょろきょろする華。
僕は腕の中のぬくもりがなくなって、胸がぎゅうと痛んだ。……僕の胸って痛むんだ。意外。
だから起き上がって、僕はもう一度彼女を腕に閉じ込める。
「大丈夫です、今日にはきっとみつかります」
華はぽんぽん、と僕の背中を撫でてくれた。
「うん」
「……あの、離れて」
いただけませんかね、と気まずそうな華。まぁベッドの上で好きな子抱きしめて反応しないなんてことはないからね、華も気がついてるか。
「いや生理的なものだとは思うのですが」
「違うよ」
僕は即答する。
「好きな子を抱きしめてるから、こうなってる」
「いや、あのですね」
やっぱり華は困ったように言う。好きな子、ってのはスルーされた。
「でも我慢する。なんで我慢するかわかる?」
「いや、それはそれがヒトの倫理でしょうよ」
お付き合いもしてないのに、と華は言う。
「付き合ったらさせてくれるの」
「そう言う目的でのお付き合いはご遠慮させて頂いております」
「そうじゃないよ、華が」
僕は少し必死だ。誤解されたなら嫌だ。
「華が望むなら、華が僕を欲しいと思うまで手を出さない」
「はぁ」
「それくらい、君が好き」
「……そうなんですか?」
華は少し、訝しげに僕を見た。
「嘘ついたら切り落としていいよ」
「それはまた……その、好きって」
「君のことをお嫁さんにしたい、好き」
華は困ったように僕を見る。
「あの、そのう」
華が何か言おうとした瞬間に、スマホが鳴った。一瞬華と顔を見合わせて、それに出る。
千晶のスマートフォンが、駅のトイレで見つかったという連絡だった。
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