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分岐・鍋島真
星の子(side真)
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「? いいでしょう」
女は笑った。
「いま、とても機嫌がいいから」
「じゃあ聞きますね~。ぶっちゃけなんでアナタが救世主産めるなんて思ってるの?」
「ふ、」
彼女は僕をバカにしたように笑った。あんまりこういう目線を他人から向けられることないから、少し新鮮だ。この人、周りのことなんか何も見えてないんだろうなぁ。
「なぜならわたくしには記憶があるから」
「なんの?」
「空にいる頃の」
「……へぇ~」
腕の中で、華がなぜかぴくりと動いた。前も前世がどうのとか言ってたな、この子。
「どんな?」
「空から……わたくしは地上を見ておりました。そして、ひとりの女性を選んでその胎内に宿り、そして産まれたのです」
肥満した自意識って感じだね、とは言わなかった。
「そして、わたくしは数年前にその記憶があることに気がついたの。そして考えたーーこれは、神が与えもうたチャンスなのだと」
「はぁ」
思い込みが激しいタイプの人かな?
「天にいた頃の記憶……、それは人々を導くために思い出したのだと気づいたのです。そしてそれが、この世界を救うことなのだと」
「へーえ」
「本来なら、皆覚えているはずなのです。空の上にいた時のことを。そして誰かを選んで生まれてくるということを。もちろん、あなたも」
慈愛(の欺瞞ようなもの)に満ちた微笑みを浮かべて、彼女は僕にその白い手を伸ばした。
僕は返事しなかった。
できる? 僕が、あの親を選んで生まれてきたって? いまあの女、そう言った?
華は、僕の腕にそっと触れた。厳しい顔で彼女を見てる。
少しだけ、救われた気持ちになった。
「ヨハネの黙示録に、こうあります……"日の出る方から来る王たち"と。"東方の日出づる国"は、ヘブライ語で"ミズホラ"と呼ぶのです。日本の古名は、豊葦原瑞穂の国。さらに"大和"は"ヤ・マト"であり、神の民をあらわすのです」
「……わーお」
「世界を救うには、わたくし達日本人が動かねばなりません」
「そうですかー。で、なんでその子の血がいるの?」
「同物同治、ご存知?」
「病気と同じところを食べることで病気を治そうってやつ?」
「そうです。わたくしは、すでに大人の女性の身。それでは、神の子を産めません。なので」
女は石宮を指差した。
「その娘は神がわたくしたちに示された子。前世の記憶があり、処女で、まだ月の物もない」
石宮はヒィと息を飲んだ。
「その子の首を切り血を飲み、子宮を食べます」
「あっは、焼肉的にはコブクロだね!」
ホルモンはあんまり好きじゃないんだよなー。
「いやいやいや……、なに言ってるんですか」
華が震えた声で言う。
「そんなこと、本気で」
「本気よ。そうじゃなくては、なぜ神はわたくしに空の上の記憶など与えたのです」
「それは、記憶は、……あるのか、分からないけれど」
なぜか華は口ごもる。
「あはは、下賎なあなた方には分かるまい!」
高笑いする教祖サン。お話すんの、しんどくなってきたなー。でもまだ、もう少し。
「じゃあ今度は僕がお話する番です」
「? まぁいいでしょう、お話しなさい」
偉そうだな、と思うけどまぁいいや。
「では宇宙の始まりの話を、簡単に」
「? なんの話」
「量子とは」
僕は一方的に話し出す。
「粒子と波の性質をあわせ持つ、原子、陽子、中性子、それから光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなんかの素粒子も量子に含まれます」
「? 何の話を」
「神の話を」
僕は微笑んだ。
「僕の、神の話を」
「理解できないわ」
「信仰としては」
僕は腕の中の華を見る。不思議そうな華に、僕はにっこりと笑ってみせた。
「信仰としては、僕のこの子に対する感情が一番近いかと思うのですが」
「気持ちはわかるわ」
女はうなずく。
「信仰とは、神に恋することだもの」
理解されてしまった。ちなみに華は「は?」って顔して僕を見ている。なにそれ本気なのにね? 僕は肩をすくめた。
「ですが、それと同じくらい、僕の背骨を作っているモノの話をします」
「信じているもの?」
「いえ、信じているわけではありません」
女は不思議そうな顔をする。
「知りたいだけです」
「時間の無駄ね」
女は微笑んだ。
「世界は神が作りました」
「ふうん? お話してくれると言ったのは嘘ですか?」
「……、嘘はつきません」
「ではもう少し。今から138億年前の話です。その時宇宙は、"無"から生まれました」
華が僕を見上げる。不思議そうにしてるけど、僕はそれも無視して続ける。たぶん、もう少し。
「しかし量子物理学的に、"無"は存在しえません。常に無数の粒子が反粒子とともに生まれ、そしてその瞬間には、消滅していたと考えられています。これが宇宙の最初の状態」
華は僕の腕の中で首をひねった。あとでたっぷり解説してあげよう。嫌がってもなにしても。
「138億年前、このバランスが崩れました。崩れた次の瞬間、具体的には10のマイナス34乗秒後には、宇宙は無限大にまで広がりーーもっとも、今も広がり続けていますが。そしてその38万年後、やっと原子が生まれました」
僕は微笑む。
「僕らの身体を構成してる水素のほとんどは、この時に生まれた水素原子です。そんなことまで、分かっている」
「つまり?」
「ヒトは神が創りたもうたものではない」
女は僕を睨む。
「勘違いしないでください。僕はあなたの神を否定している訳ではないんです。単に、僕が信じる"神"はこう言っているだけ」
僕は階段の上、一階で足音がしたのを確認する。相良さんも目をちらりと向けて、それから僕を見て軽く眉を上げた。お前ほんとムカつくわって顔をしててちょっと笑える。
僕は女に目線を戻す。
「僕ら人間は、ほんの少し、粒子がバランスを崩したから作られた。ただの偶然の産物で、それ以上でもそれ以下でもない、と」
女は笑った。
「いま、とても機嫌がいいから」
「じゃあ聞きますね~。ぶっちゃけなんでアナタが救世主産めるなんて思ってるの?」
「ふ、」
彼女は僕をバカにしたように笑った。あんまりこういう目線を他人から向けられることないから、少し新鮮だ。この人、周りのことなんか何も見えてないんだろうなぁ。
「なぜならわたくしには記憶があるから」
「なんの?」
「空にいる頃の」
「……へぇ~」
腕の中で、華がなぜかぴくりと動いた。前も前世がどうのとか言ってたな、この子。
「どんな?」
「空から……わたくしは地上を見ておりました。そして、ひとりの女性を選んでその胎内に宿り、そして産まれたのです」
肥満した自意識って感じだね、とは言わなかった。
「そして、わたくしは数年前にその記憶があることに気がついたの。そして考えたーーこれは、神が与えもうたチャンスなのだと」
「はぁ」
思い込みが激しいタイプの人かな?
「天にいた頃の記憶……、それは人々を導くために思い出したのだと気づいたのです。そしてそれが、この世界を救うことなのだと」
「へーえ」
「本来なら、皆覚えているはずなのです。空の上にいた時のことを。そして誰かを選んで生まれてくるということを。もちろん、あなたも」
慈愛(の欺瞞ようなもの)に満ちた微笑みを浮かべて、彼女は僕にその白い手を伸ばした。
僕は返事しなかった。
できる? 僕が、あの親を選んで生まれてきたって? いまあの女、そう言った?
華は、僕の腕にそっと触れた。厳しい顔で彼女を見てる。
少しだけ、救われた気持ちになった。
「ヨハネの黙示録に、こうあります……"日の出る方から来る王たち"と。"東方の日出づる国"は、ヘブライ語で"ミズホラ"と呼ぶのです。日本の古名は、豊葦原瑞穂の国。さらに"大和"は"ヤ・マト"であり、神の民をあらわすのです」
「……わーお」
「世界を救うには、わたくし達日本人が動かねばなりません」
「そうですかー。で、なんでその子の血がいるの?」
「同物同治、ご存知?」
「病気と同じところを食べることで病気を治そうってやつ?」
「そうです。わたくしは、すでに大人の女性の身。それでは、神の子を産めません。なので」
女は石宮を指差した。
「その娘は神がわたくしたちに示された子。前世の記憶があり、処女で、まだ月の物もない」
石宮はヒィと息を飲んだ。
「その子の首を切り血を飲み、子宮を食べます」
「あっは、焼肉的にはコブクロだね!」
ホルモンはあんまり好きじゃないんだよなー。
「いやいやいや……、なに言ってるんですか」
華が震えた声で言う。
「そんなこと、本気で」
「本気よ。そうじゃなくては、なぜ神はわたくしに空の上の記憶など与えたのです」
「それは、記憶は、……あるのか、分からないけれど」
なぜか華は口ごもる。
「あはは、下賎なあなた方には分かるまい!」
高笑いする教祖サン。お話すんの、しんどくなってきたなー。でもまだ、もう少し。
「じゃあ今度は僕がお話する番です」
「? まぁいいでしょう、お話しなさい」
偉そうだな、と思うけどまぁいいや。
「では宇宙の始まりの話を、簡単に」
「? なんの話」
「量子とは」
僕は一方的に話し出す。
「粒子と波の性質をあわせ持つ、原子、陽子、中性子、それから光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなんかの素粒子も量子に含まれます」
「? 何の話を」
「神の話を」
僕は微笑んだ。
「僕の、神の話を」
「理解できないわ」
「信仰としては」
僕は腕の中の華を見る。不思議そうな華に、僕はにっこりと笑ってみせた。
「信仰としては、僕のこの子に対する感情が一番近いかと思うのですが」
「気持ちはわかるわ」
女はうなずく。
「信仰とは、神に恋することだもの」
理解されてしまった。ちなみに華は「は?」って顔して僕を見ている。なにそれ本気なのにね? 僕は肩をすくめた。
「ですが、それと同じくらい、僕の背骨を作っているモノの話をします」
「信じているもの?」
「いえ、信じているわけではありません」
女は不思議そうな顔をする。
「知りたいだけです」
「時間の無駄ね」
女は微笑んだ。
「世界は神が作りました」
「ふうん? お話してくれると言ったのは嘘ですか?」
「……、嘘はつきません」
「ではもう少し。今から138億年前の話です。その時宇宙は、"無"から生まれました」
華が僕を見上げる。不思議そうにしてるけど、僕はそれも無視して続ける。たぶん、もう少し。
「しかし量子物理学的に、"無"は存在しえません。常に無数の粒子が反粒子とともに生まれ、そしてその瞬間には、消滅していたと考えられています。これが宇宙の最初の状態」
華は僕の腕の中で首をひねった。あとでたっぷり解説してあげよう。嫌がってもなにしても。
「138億年前、このバランスが崩れました。崩れた次の瞬間、具体的には10のマイナス34乗秒後には、宇宙は無限大にまで広がりーーもっとも、今も広がり続けていますが。そしてその38万年後、やっと原子が生まれました」
僕は微笑む。
「僕らの身体を構成してる水素のほとんどは、この時に生まれた水素原子です。そんなことまで、分かっている」
「つまり?」
「ヒトは神が創りたもうたものではない」
女は僕を睨む。
「勘違いしないでください。僕はあなたの神を否定している訳ではないんです。単に、僕が信じる"神"はこう言っているだけ」
僕は階段の上、一階で足音がしたのを確認する。相良さんも目をちらりと向けて、それから僕を見て軽く眉を上げた。お前ほんとムカつくわって顔をしててちょっと笑える。
僕は女に目線を戻す。
「僕ら人間は、ほんの少し、粒子がバランスを崩したから作られた。ただの偶然の産物で、それ以上でもそれ以下でもない、と」
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