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分岐・鍋島真
君が好き
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真さんが何が何だかよく分からない話を(これまた何が何だか分からない話をしていた)教祖とかいう女の人としている時に、大きな怒号と足音が地下へなだれ込んできた。
「警察だ! 動くな!!」
教祖さんは、一気に青ざめた。青ざめたまま、石宮さんを腕に閉じ込める。
「く、来るな」
「その子を離しなさい」
じりじりと近づく警官隊に、教祖さんは悲鳴のような声で叫ぶ。
「ならば、せめて血だけでもーー!」
「いやぁぁぁあ!」
石宮さんが、叫ぶ。私はぱっ、と真さんの腕から抜け出した。
「!? 華!」
石宮さんに噛み付こうとしていた、教祖さんの口、そこに腕を伸ばす。
「っ痛う」
手のひらをきつくきつく噛まれる。眼前で、石宮さんが信じられないように私を見た。
「華っ!!!」
警官より先に、真さんが駆け寄ってきた。なんの迷いもないような動作で、教祖さんを石宮さんごと蹴り倒す。
「華、華」
こんなに慌ててる真さん初めて見た。
ぱちくり、と目を見開いて真さんを見つめる。驚きすぎて痛みなんか感じなかった。
「あの、真さん」
真さんは何も言わずに、私の手に優しく触れる。
(?)
なんでだろう。なんでこのひと、こんな目をしてるんだろう。
不思議に思っている間に、まだ暴れていた教祖さんの腕を相良先生がひねり上げていた。
解放された石宮さんが、ふらふらとこちらに近寄ってくる。
「ま、真さぁん、た、助けてくれて」
石宮さんの言葉を完全に無視して、真さんは言った。
「華、痛む?」
「え、あ、まぁ、多少は」
私は手に目を落とす。じわじわと湧いてくる血。見てると痛みが増してくる。……見なきゃよかった。
ふ、とそこで色んな考えがまとまる。
「あ、あの! 小西先生が!」
「なにがあったの設楽さん」
教祖さんを警官に引き渡しながら、相良先生が言う。
「女性の先生ですか? 白衣の」
その警官が言う。
白衣。最後に見たとき、あのときーー白衣は真っ赤になっていた。先生の血で。私は必死で頷いた。
「先ほど病院に搬送されたそうですーー容体は、分かりませんが」
「そ、うですか」
警官の言葉に、とりあえずは息をつく。なにができるわけでもないけれど、……。
(先生)
ぎゅっと目を閉じる。
(死なないで)
先生は、私を庇ったのだーー。
「華」
真さんの言葉に、私はハッと顔を上げた。
「病院へ行こう。たてる?」
「あ、はい」
「やっぱり連れて行く」
真さんは私をお姫様抱っこのように抱き上げた。
「あの、歩けます!」
「いいから。千晶も行こう。こんなところにいても仕方がない」
はっ、と気がついたように千晶ちゃんが駆け寄ってくる。みるみるうちに、その大きな瞳が涙で濡れた。
「華ちゃ、華ちゃん、ごめんね、巻き込んでごめん」
「千晶ちゃん、無事で良かった」
千晶ちゃんが私に触れる。ほっと安心感が広がった。良かった、怪我もないみたいだ。
「ま、待って」
警官に支えられた石宮さんが、ふらつくように歩いてきた。
「な、なんで、瑠璃より悪役令嬢、なんですかっ」
真さんにだろうけれど、真さんは視線すら向けなかった。
石宮さんは立ち尽くして、それから小さく呟いた。
「なんで?」
何度も、何度も。ただ、それだけを繰り返していた。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
ほとんど無表情で、そう繰り返す。
思わずゾクリとする。石宮さんに付いていた警官も、思わず身を引いている。
真さんは対照的に、興味すら抱いていない。徹底的に無視している。
「……あの、真さん。ちょっと、下ろしてください」
「"ちょっと"でいいんだね?」
「……」
しまった。ふつうに「下ろしてください」で良かったのに。
「ちょっと、ならどうぞ」
「うう」
言い間違い(?)を悔やみながら、ふらりと歩いて石宮さんに近づく。
石宮さんは繰り言を言うのを止めて、私を見つめた。
「見て」
「?」
石宮さんに、私は自分の身体を示した。血まみれの制服。
「血だらけなの」
「……? 誰の」
「小西先生」
「……え?」
「あなたが、私を連れてこいなんて言うから」
私はぽろぽろと泣いてしまう。
「先生、せ、せんせい、は」
「もういいよ華、ねぇ」
真さんは言う。
「華って、部屋に虫が出たときに虫に話しかける? 出てってくださいって言う? 言わないよね? ただ排除するだけでしょ」
一定のトーンで言われて、私はただ真さんを見つめた。
「虫、って」
「ソレ」
真さんは視界に石宮さんを入れようともせず、淡々と言う。
「そうとでも思わないと殺しちゃうから」
「……それは」
さっきの真さんを思い出して、背筋が冷えた。あれは本気だった。
(よく止められたよなぁ……)
ブチ切れ真さん。今も冷静に見えるけど、本当はそんなことないのかもしれない。
「虫とお話ししてないで、さ、行こう」
「……はい」
今度は振り返らない。真さんは何も言わず、また私を抱き上げた。抵抗せずに、身をまかせる。
「ま、待って! 瑠璃は!? 瑠璃を置いていかないで! 瑠璃はヒロインだよ!? ヒロインなんだよ!」
悲しい声で、石宮さんは繰り返す。
真さんは、やっぱりなんの反応もしない。
悲しくて、私は真さんの胸に顔を埋めた。その白い制服のブレザーは、私が小西先生の血まみれだったせいで赤く汚れている。
「泣いてるの?」
私は答えない。
「なんで? 先生が心配? あの子が虫だから可哀想?」
「それもありますけど、でも」
私は顔を埋めたまま、小さく言った。
「真さんが泣かないから」
「?」
「色々……」
苦しくないのかな。ヒトを、害虫のように本気で思うことは、この人にとって苦しくなったりすることじゃ、ないのだろうか?
……なんでこの人、そうなんだろう。そう思うけど、それはきっとこの人が自分を守るために……千晶ちゃんを守るために削ぎ落とした部分なんだと思う。
(私は勝手だ)
そんなこと、頼まれてもないのに。勝手に想像して、同調して同情して泣いている。真さんにとってはいい迷惑でしかないと思うのに。
なのに、真さんは「ふふ」と笑った。
顔を上げる。至近距離に整い過ぎた、そのかんばせ。長い睫毛、綺麗な瞳が私を見る。その黒猫のような目が細くなって、真さんは「君が好きだよ」と優しく言った。
「警察だ! 動くな!!」
教祖さんは、一気に青ざめた。青ざめたまま、石宮さんを腕に閉じ込める。
「く、来るな」
「その子を離しなさい」
じりじりと近づく警官隊に、教祖さんは悲鳴のような声で叫ぶ。
「ならば、せめて血だけでもーー!」
「いやぁぁぁあ!」
石宮さんが、叫ぶ。私はぱっ、と真さんの腕から抜け出した。
「!? 華!」
石宮さんに噛み付こうとしていた、教祖さんの口、そこに腕を伸ばす。
「っ痛う」
手のひらをきつくきつく噛まれる。眼前で、石宮さんが信じられないように私を見た。
「華っ!!!」
警官より先に、真さんが駆け寄ってきた。なんの迷いもないような動作で、教祖さんを石宮さんごと蹴り倒す。
「華、華」
こんなに慌ててる真さん初めて見た。
ぱちくり、と目を見開いて真さんを見つめる。驚きすぎて痛みなんか感じなかった。
「あの、真さん」
真さんは何も言わずに、私の手に優しく触れる。
(?)
なんでだろう。なんでこのひと、こんな目をしてるんだろう。
不思議に思っている間に、まだ暴れていた教祖さんの腕を相良先生がひねり上げていた。
解放された石宮さんが、ふらふらとこちらに近寄ってくる。
「ま、真さぁん、た、助けてくれて」
石宮さんの言葉を完全に無視して、真さんは言った。
「華、痛む?」
「え、あ、まぁ、多少は」
私は手に目を落とす。じわじわと湧いてくる血。見てると痛みが増してくる。……見なきゃよかった。
ふ、とそこで色んな考えがまとまる。
「あ、あの! 小西先生が!」
「なにがあったの設楽さん」
教祖さんを警官に引き渡しながら、相良先生が言う。
「女性の先生ですか? 白衣の」
その警官が言う。
白衣。最後に見たとき、あのときーー白衣は真っ赤になっていた。先生の血で。私は必死で頷いた。
「先ほど病院に搬送されたそうですーー容体は、分かりませんが」
「そ、うですか」
警官の言葉に、とりあえずは息をつく。なにができるわけでもないけれど、……。
(先生)
ぎゅっと目を閉じる。
(死なないで)
先生は、私を庇ったのだーー。
「華」
真さんの言葉に、私はハッと顔を上げた。
「病院へ行こう。たてる?」
「あ、はい」
「やっぱり連れて行く」
真さんは私をお姫様抱っこのように抱き上げた。
「あの、歩けます!」
「いいから。千晶も行こう。こんなところにいても仕方がない」
はっ、と気がついたように千晶ちゃんが駆け寄ってくる。みるみるうちに、その大きな瞳が涙で濡れた。
「華ちゃ、華ちゃん、ごめんね、巻き込んでごめん」
「千晶ちゃん、無事で良かった」
千晶ちゃんが私に触れる。ほっと安心感が広がった。良かった、怪我もないみたいだ。
「ま、待って」
警官に支えられた石宮さんが、ふらつくように歩いてきた。
「な、なんで、瑠璃より悪役令嬢、なんですかっ」
真さんにだろうけれど、真さんは視線すら向けなかった。
石宮さんは立ち尽くして、それから小さく呟いた。
「なんで?」
何度も、何度も。ただ、それだけを繰り返していた。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
ほとんど無表情で、そう繰り返す。
思わずゾクリとする。石宮さんに付いていた警官も、思わず身を引いている。
真さんは対照的に、興味すら抱いていない。徹底的に無視している。
「……あの、真さん。ちょっと、下ろしてください」
「"ちょっと"でいいんだね?」
「……」
しまった。ふつうに「下ろしてください」で良かったのに。
「ちょっと、ならどうぞ」
「うう」
言い間違い(?)を悔やみながら、ふらりと歩いて石宮さんに近づく。
石宮さんは繰り言を言うのを止めて、私を見つめた。
「見て」
「?」
石宮さんに、私は自分の身体を示した。血まみれの制服。
「血だらけなの」
「……? 誰の」
「小西先生」
「……え?」
「あなたが、私を連れてこいなんて言うから」
私はぽろぽろと泣いてしまう。
「先生、せ、せんせい、は」
「もういいよ華、ねぇ」
真さんは言う。
「華って、部屋に虫が出たときに虫に話しかける? 出てってくださいって言う? 言わないよね? ただ排除するだけでしょ」
一定のトーンで言われて、私はただ真さんを見つめた。
「虫、って」
「ソレ」
真さんは視界に石宮さんを入れようともせず、淡々と言う。
「そうとでも思わないと殺しちゃうから」
「……それは」
さっきの真さんを思い出して、背筋が冷えた。あれは本気だった。
(よく止められたよなぁ……)
ブチ切れ真さん。今も冷静に見えるけど、本当はそんなことないのかもしれない。
「虫とお話ししてないで、さ、行こう」
「……はい」
今度は振り返らない。真さんは何も言わず、また私を抱き上げた。抵抗せずに、身をまかせる。
「ま、待って! 瑠璃は!? 瑠璃を置いていかないで! 瑠璃はヒロインだよ!? ヒロインなんだよ!」
悲しい声で、石宮さんは繰り返す。
真さんは、やっぱりなんの反応もしない。
悲しくて、私は真さんの胸に顔を埋めた。その白い制服のブレザーは、私が小西先生の血まみれだったせいで赤く汚れている。
「泣いてるの?」
私は答えない。
「なんで? 先生が心配? あの子が虫だから可哀想?」
「それもありますけど、でも」
私は顔を埋めたまま、小さく言った。
「真さんが泣かないから」
「?」
「色々……」
苦しくないのかな。ヒトを、害虫のように本気で思うことは、この人にとって苦しくなったりすることじゃ、ないのだろうか?
……なんでこの人、そうなんだろう。そう思うけど、それはきっとこの人が自分を守るために……千晶ちゃんを守るために削ぎ落とした部分なんだと思う。
(私は勝手だ)
そんなこと、頼まれてもないのに。勝手に想像して、同調して同情して泣いている。真さんにとってはいい迷惑でしかないと思うのに。
なのに、真さんは「ふふ」と笑った。
顔を上げる。至近距離に整い過ぎた、そのかんばせ。長い睫毛、綺麗な瞳が私を見る。その黒猫のような目が細くなって、真さんは「君が好きだよ」と優しく言った。
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