【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

ゴールゴールゴールゴールゴール!

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「あ、ほら千晶ちゃん、あの子」
「ほんとに有名な人だったのね」

 ピッチに入場してきたフランス代表の男の子を、私は指差した。リュカ・メフシィ、金髪碧眼な男の子。樹くんの友達で、私がピンチな時に助けてくれた恩人だ。

「全然記憶ないけど、幼稚園が一緒だったんだって」
「へえ、数奇なかんじ」
「ねー」

 そう返事をしながら、私は背番号12の樹くんをじっと見た。あんまり調子が良くないらしい背番号1正キーパーの代わりに、グループリーグ2戦目からスタメン出場している。

(が、頑張って)

 ふと、目があった気がする。気のせいかもなんだけど、でもどきりとした。

(? なんだか、うん、精悍)

 いつもより気合いが入ってる感じもするなぁ、なんて思った。
 ……まぁぶっちゃけ、かっこいい。世界中に叫びたい、私の恋人はこんなにかっこいいんですよ、なんて。

(実際はそんな勇気ないんだけどね)

 心の中で、そっとため息をつく。だって私、未だに自分が樹くんに相応しいなんて思えないしさ。釣り合ってないよね。ちぇ。

 試合展開はサッカーど素人の私でもわかるくらい、均衡したものだった。

「おー、リュカくん、上手なんだね」

 千晶ちゃんが感心したように言った。

「ねー」

 全然知らなかったけれど。でも今のところ無失点! 失点イコール、キーパーのミスではないけれど(キッカーの方が有利だよね、そりゃ)無失点なのは安心する。
 試合は後半になっても0ー0のまま。
 ぽたり、と、頬に触れた水分に、ふと空を見上げた。

「あー、降ってきちゃったね」
「ね」

 予報は出ていたのだ。雨になるらしい、とは。私たちは持参していたレインコートを着る。

「中止とかにはならないのかな」
「どうなんだろう?」

 結構降ってきてるし、ボールも蹴りにくそうだと思う。滑るだろうし。
 そんな最中、日本はファールを取られた。直接FKを取られるーー距離はあるけれど。樹くんが集中してるのがわかった。応援の声もかけられず、ただ祈る。

「あ、あの子蹴るんだ」
「リュカくん」

 リュカくんともう一人の選手が、FKを蹴る準備をしている。雨はどんどん強くなる。ざあざあと言う音。
 審判の笛がなる。
 ボールを蹴ったのはリュカくんで、ボールは壁を超えて正確にゴール右隅へーーでも樹くんの手が届いた。弾かれたボールはピッチの外へ。

「……華ちゃん!?」

 千晶ちゃんの声で、私ははふうと息を吐いた。緊張して息を止めてしまっていた。はぁはぁと息を吸い込む。

「セルフ窒息死するとこだった……」
「もう、息くらいちゃんとしてよ!」

 危ないなあ、と背中をさすられた。いやはや、ご迷惑おかけして……。
 そのまま、延長戦が終わっても、スコアは変わらず。

「えーと、もうトーナメントだからPK戦になるのかな」
「みたいだね」

 どきどきしながら、それを見守る。
 5人が蹴る。それ以降はサドンデス方式で、日本は後攻みたいだった。

「PKってキッカー有利なんだよね」
「もちろん駆け引きはあるんだろうけどね……」

 成功率は75パーセント、らしい。つまり25パーセントは止められる。
 私は返事をしながらただ祈る。

「ち、直視できない……」

 心臓がどきどきして落ち着かない。
 当の樹くんは落ち着いているように見えた。軽く目を閉じて、ふう、と大きく呼吸するのが見える。ゆっくりと目を開く。眼光がすごい。

「かっこいいね」

 千晶ちゃんが言う。私はうんうんと頷くけど声が出ない。緊張しすぎてる!

「え、息してる?」

 またもうんうんと無言で頷くと、千晶ちゃんが笑った。
 ひとりめ。思わず目を閉じそうになるのを耐えて目を見開く。

「ひゃあ、」

 ボールがネットを揺らす。樹くんは少し悔しそうにしたけれど、落ち着いて交代した。
 後攻の日本側もきっちり決めて、2人目、3人目も同じように続いていく。

「やば、変な汗出てる……、って華ちゃん、息! 息!」

 言われて、慌てて息をし直した。
 そして4人め。
 笛がなり響き、キッカーがボールを蹴る。きれいなインステップキック。
 横っ飛びに、樹くんがボールを弾いた。歓声が上がる。日の丸が揺れた。

「やったあっ」

 私は叫んで、千晶ちゃんと手を叩きあう。雨なんか気にならない。顔が濡れてるけれど、涙かもしれないし雨かもしれない。
 けれど、後攻のこちらのボールも止められてしまう。
 次が5人め。もし同点ならサドンデス突入だ。
 樹くんはふうっと息を吐いた。
 雨がざあざあと降り続く。

(からだ、冷えてないかな)

 冷えてるよね、と思う。でも樹くんはそんなそぶりを見せず、ただしっかりとゴール前に立った。
 ボールはゴールを大きく外れた。雨で滑ったのかもしれない。

「うう、決めてー……」

 私たちは祈る。ピッチの樹くんたちも、肩を組んでキッカーを見守る。
 けれど、ボールは止められてしまった。落胆のような声が周りからもれる。

(サドンデス、か)

 樹くんが止めて、日本が決めたらそこで勝利。でも、逆ならそこで試合終了ーー。
 緊張がすごい。心臓が口から飛び出そうだ。きゅう、と千晶ちゃんの手を握った。
 雨の中、樹くんはちらりとこちらを一瞬見た、ような気がした。それからすっと正面を向く。
 6人めのキッカーは、リュカくんだ。なにかを微笑んで、樹くんに言っているようだった。樹くんも挑戦的に笑い返す。遠くてなにも聞こえないけれど。
 審判が笛を吹いて、ボールが蹴られる。樹くんはインパクトと同時に動いて、そしてボールをきっちりと弾いた。
 上がる歓声。
 樹くんは手を挙げて応えた。うう、かっこいいよー。
 そして6人めの日本のキッカーは、なんと樹くんだった。

「え!? 樹くん!?」

 私は千晶ちゃんにしがみつく。樹くんなの!? 蹴るの!?
 ペナルティマークに置かれたボール。樹くんは数歩下がって、背筋を伸ばした。
 まっすぐの弾道ーー。
 ぱさりとネットを揺らした。割れるような歓声、チームメイトに揉みくちゃにされる樹くん。
 揉みくちゃにされながら、樹くんは左手の薬指に口付けて私の方をイタズラっぽく見て笑う。

(あ! これか!)

 出国する前に言ってたやつ。"試合ちゃんと見ておけよ"

(うわぁあ)

 頬に熱が集まる。嬉しい、恥ずかしい、嬉しい! さっきと違うドキドキで思わず身を縮めた。

「あらー、らぶらぶね」

 からかうように千晶ちゃんが笑った。

「まだ17だろ、鹿王院、ませてんな」
「しかしよく決めたなー」

 前の席のひとたちが楽しげに笑う。

「ゆりかごダンスも近かったりして」
「あはは」

 初めて聞いた単語で、首を傾げた。

(ゆりかごダンス?)

 千晶ちゃんがクスクス笑った。

「赤ちゃん産まれてすぐのゴールで、お祝いにするパフォーマンスみたいだよ」
「あ、赤ちゃ」

 私は一人で赤くなる。

「楽しみにしてるね」
「やめてよう」

 からかう千晶ちゃんの声に、ピッチで手を振る樹くんの顔がまともに見られない。
 からかわれて気恥ずかしってだけじゃなくて、うん、だって、雨でべしょべしょの樹くんが、いつも以上にかっこよく見えるんだもん!
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