【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

風紀委員

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 帰国したら周りの視線が生ぬるかった。
 樹くんの「ゴール後薬指にちゅーパフォーマンス」、動画が生徒間で出回っているらしくて、ですね……。

「だってさ、あんなラブラブなの見せつけられて、他にどんな目で設楽さん見たらいいの」
「ふつうに……ふつーでお願いします……」

 昼休み、私は机に突っ伏して大村さんに懇願した。大村さんはくすくす笑う。

「ふふ、今だけだよきっと」
「だといいんだけど……」

 というか、来年にはけけけ、結婚なんかしちゃうので、さらに生温い視線で見られること必須なんですけど……とりあえず黙っておこう。まだ。

「ベスト16か~、すごいんじゃないの?」
「よくわかんないけど、ベスト4はいけたはずだって」

 樹くんは悔しがってた。フランス戦の次の試合、1-0で惜敗しちゃったのだ。

「てか、設楽さんも大変だね。帰国早々、明日から風紀週間でしょ」
「風紀週間……風紀週間!? 忘れてたっ」

 私はガバリと身を起こす。

「飛行機でマニュアル暗記するつもりだったのにっ」

 ファーストクラスって、なんであんなに居心地いいんだろう。もはや部屋だよ。美味しいものたくさん食べて、ぐうぐう寝てたらもう日本に着いちゃってたんだもの!
 明日からは風紀週間なのだ。今年度から風紀委員になった私は、明日は朝っぱらから校門前に立って口うるさくあーだこーだ言わなくてはならないのである。

「めんどうくさいよう」
「まぁ、大体でいいんじゃない? 大体で。ここ、そうそう違反者いないし」
「そうなんだけどー、……問題児が身内に」
「あは、あのバスケ部の金髪の子ね。入学早々から活躍してるみたいだけど」
「らしいよねー……」

 アキラくんだ。ほんとに部活に関してはさすがだし、ゲームでも金髪だったし、金髪なのはしょうがないかなぁとも思うんだけど。

「こうなったら、ほんとに黒田くんに押さえつけてもらって」
「きゃーデンジャラス」

 そんな会話を交わした翌日、私は予定通り校門前で立ち尽くしていた。

「……そんなわけで、部活で、塩素で色が抜けてしまっていて」
「そっかあ」

 私はうんうん、と頷く。
 目の前にいるショートカット女の子は、一年生になったばかりの子だ。スポーツ推薦で入学してきて、まだこの学校に慣れてなくて、みたいな話を聞かされている。
 要は今日はこの髪色、見逃してほしいってことなんだけど。

(明るいっちゃ、明るいんだけどね)

 痛んだ髪。水泳部で間違いないのは、さっき荷物を見せてもらっている。

(でもなぁ)

 こんなに痛んでる髪の子に、「明日までに黒染めしてきてください」なんて言えないよ。

「……わかった。ほんとはダメなんだけど、」

 てかこの学校の校則が変なんだけどね! どうしたって、色が抜けやすい子はいる。でも染めてるのとは違う色だと思うし、どーしてこう融通がきかないかなあ。

(男子はいいのに)

 これくらいの髪色なら、男子はたとえ意図的な染髪でもスルーされると思う。なんだかなぁ、だよほんとに。

「今日は見逃します……って言い方は偉そうかな。もし何か先生方に言われたら、風紀の設楽からオッケーもらいましたって伝えて」

 今年が初めてなので分かりませんでしたー、とか適当に誤魔化すからさ、と微笑むと、その女の子はホッとしたように微笑んだ。

「ありがとうございます、助かります。あたし、結構な癖っ毛で。ストパーだけでも結構お金かかってて」
「あー、だよね」

 黒髪ストレートな私には分からない苦労で、ちょっと申し訳なくなる。

「黒髪ストレートだけが髪じゃないんだけどね」

 なんなんだろうな、今時古めかしい「良妻賢母」とやらを掲げてるこの女子の校則だけど、「良妻賢母」とやらには黒髪ストレートじゃないとなれないモンなんでしょうかね?
 私が肩をすくめたとき、突然背後から大声が上がった。

「そ、そういうの、いけないと思いますけど!?」
「げっ」

 桜澤青花。私を指差して、ぷるぷると震えている。

「その子、設楽さんの取り巻きかなんかですか!?」
「は!?」

 取り巻き!?

(なんで急にそんなこと)

 少し呆然と見つめていると、青花は勝ち誇ったようにさらに言葉を紡いだ。

「だって、そうじゃなきゃそんな明るい髪色を見逃すなんて有り得ないじゃない!」
「えーと、桜澤さん? 彼女は水泳部で、塩素で髪の色が」
「関係ないですよね!? 色は色でしょ! 自分の取り巻きだからって、優遇していいんでしょうか!?」

 なにそれ、取り巻き前提なの……?
 怯える水泳部ちゃん(仮)を、少し庇うようにして立つ。ざわざわと人が集まってきた。うう、目立ちたくはないよう……。

「ゆ、優遇しているつもりはありません」
「優遇じゃない! 自分の権力を傘にきて! 卑劣ですっ! 他の人の気持ちも考えなさいよ!」

 むふう、と鼻息荒く言い立てる青花……少しカチンと来た。たしかに優遇、なのかもだけどさ。ちょっとの融通もきかせられないの?
 それに。

「……権力、って言った?」
「言ったわよ!」

 青花は鼻息荒く言い返してきた。

「学園長の親戚で、常盤コンツェルンの有力者の孫娘で、形だけだけど鹿王院樹くんの許婚で、学園で逆らえる人がいないワガママ悪役令嬢! それがあなたでしょ!」
「へぇ」

 私は笑う。そんなにすごい存在じゃないのに、なるほどそれだけ聞くと、たしかに私って"権力"とやらがすごいのかもしれない。学園長と直接話したことなんか、ないけれどね。

(ていうか、形だけ、って言ったよねこの子!)

 樹くんとのこと。
 ほんとに失礼。

「では! 優遇だ優遇だと言うのなら! 学園長の親戚で常盤コンツェルンの有力者の孫娘で? それでもって、鹿王院樹くんのちょーらぶらぶな許婚の私が提案します! 明らかな不可抗力の髪型髪色は、風紀委員会が取り締まる対象から外す! いかがでしょうか委員長!? それから皆さん!?」

 くるりと振り向く。不可解そうに私たちを見ていた委員長は、他の委員と顔を見合わせた後、「ええと? ……では今後はそれで」と頷いた。案外あっさりだな!? いや、明らかに私の勢いに負けていたけれど……まぁいいや!

「では、細かなガイドラインは、今後委員会で設定します! それでよろしいですね!?」

 頷く委員長たちを視界におさめて頭を下げて「はい皆さん今日は解散! 桜澤さんも!」と、ぱん、と手を打った。
 ぱちぱちぱち、と拍手がまばらに上がる。何人かの女の子たちだった。水泳部ちゃん(仮)も、キラキラした目で私を見てくれている。
 青花はきょろきょろを周りを見渡している。
 それを見ていて、ふと我に返った。

(……私っ、今なにを!?)

 暴走した。思い切り暴走しましたね、私!?
 ぽん、と頭を軽く叩かれる。
 見上げると、樹くんがーー爆笑していた。

「い、いいいいい樹くん」
「ふは、華、楽しそうだな」
「いや楽しいわけでは!?」

 さらりと髪を撫でられる。

「ちょーらぶらぶな許婚、なのだったか?」
「聞いてたのっ」
「聞こえたんだ」

 嬉しそうに樹くんが言った時、またもや大きな声がした。

「い、樹くん!? 青花はこっちだよ!?」
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