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【高校編】分岐・相良仁

君を守るということ(side仁)

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 華を車に押し込んで、俺は路地に戻った。

「ヒイ!」
「ヒイってなんだよ」

 思わず笑う。そんな、ベタな。

「なぁ」

 俺はさっきまで腕で締め上げていた男の前に屈み込んだ。

「改めて聞くけど、誰に依頼されたの?」
「や、その、ほんと、誰かは知らなくて」
「じゃあどうやって?」
「その、……こういうサイトで」

 男が差し出したスマホの画面には、いわゆる「闇サイト」ってやつだろうか、……一見明るくて健全な仕事募集サイトのような作りだけど、よく見るとどれもアヤシそうな内容だ。

「ここで、女子高生拉致るだけの簡単なお仕事って募集が。5万円で」
「……ほーん? なぁ参考までに聞くけど、5万でそれモトとれんの」
「や、攫ったあとはご自由にって。それで」

 下卑た笑みを浮かべる男。

「5万もらった上に、女子高生自由にできるなんて」
「5万円もらって、あいつ攫って? 何しよーとしてたの」
「ええと」

 男は逡巡する。俺はそいつの髪を掴む。

「なにしようとしてたの?」
「その、……マワそ」

 最後まで言わせなかった。髪をひっ摑んだまま、アスファルトの地面に叩きつける。汚い声を上げて、男はのたうちまわる。鼻くらいは折れてるかもしれない。

「あ」

 血だまりの中に、白いもの。

「歯、歯ぁ、オレの歯っ」
「大げさだなぁ、牛乳につけて歯医者に持ってけよ」

 男は血だまりから必死に歯を拾い上げていた。

(華を、)

 華をそんな目で見て、そんな想像をしたと思うと華が汚された気分になる。怒りが腹のなかで渦巻く。
 ひとつ、深呼吸。

「このスマホ借りるね」
「え、あ、は、すま、すまほ」

 男は歯を持ったまま、追いすがろうとする。

「心配しなくても調べ物済んだら家に送ってあげるから」
「え、あれ、は?」
「キミらの名前も住所もその他もろもろも、すーぐ分かるんだよ、お理解り?」

 男を見下ろす。びくり、と男は身を引いた。

「いいかおしゃぶり野郎コックサッカー、次にあいつに近づいてみろ、てめーのその皮被った薄汚ねーウインナー切り落としてその歯欠けの口に突っ込んでやるからな」
「ひ、ひぃ」
「返事がねーな。ケツの穴のほうがいいか?」

 男はぶんぶんと首を振った。とりあえずはこれでもう、華に近寄ることはないだろうと思う。5万円でこれはやってらんないだろう。
 ちらり、と奥の2人にも目をやる。1人はまだ気絶してるけど、まぁ手加減したからすぐに起きるだろう。もう1人は必死に俺を見て頷いている。ヨシ。

「じゃあなボクちゃんたち、オッサンと遊んでくれてありがとう」

 言いながら苦笑する。根に持ってるらしい、俺は。
 車に戻って、スマホを小西に預ける。降りてもらって、華は後部座席なまま車を走らせた。
 後部座席で、華はひとり泣いている。

(当たり前だ、バカ)

 散々言ったのに。それでも行くなんてーーいや、こいつの性格的に、見張ってなかった俺も悪かったか。
 少し考えて、俺は道を少し変更した。泣いてる華は気づかない。
 車を適当に走らせて、少し郊外の、ラブホの駐車場に入れた。
 華が不思議そうに顔を上げる。

「心配しなくてもヤんねーよ」
「へ!? あ、いや、どこ……?」

 キョドってる華に、一応マスクで顔隠させて腕をひく。カメラはあったけど、ロビーは無人で助かった。適当に部屋を選ぶ。別に何かするわけじゃない。単に落ち着いて、2人で話したいだけ。

(まだ、)

 俺は思う。

(頭に血が上ってる)

 華は無言だった。
 部屋に入って、華をベッドに放り投げるみたいに座らせた。

「うう」
「お前さ、自分がなにしたか分かってんの」
「ごめんなさ、」

 華はまた、ぽろぽろと泣き始める。
 のしかかるように、華の身体を押さえつけた。

「なにしたか、言ってみろ」
「わ、罠だって、言われてたのに」
「危ないとこだったよな? お前、あのままだったらヤられてたんだぞ」

 それどころか、という言葉を飲み込んだ。

(殺されてたかもしれないんだぞ?)

 また、お前を喪うかもしれなかった。恐怖心でいっぱいになる。

 あの青い空。
 煙がまっすぐ上がっていく。
 白い骨。

「う、うん」

 華は頷いた。

「ごめんなさい、ありがと、ごめ……」

 大きくしゃくりあげて、それからオレを見た。

「き、嫌いに、なった……?」
「は?」

 想定外すぎる言葉に、俺は一瞬、ぽかんとなる。

「私のこと、嫌いに」
「なれたら!」

 かちんと来て、俺は少し大声を出した。

「嫌いになれたら、どんなに楽にだったか!」

 前世でも、ずっとずっとお前を見て、お前だけしか見えなくて、でもお前は俺を見てくれなくて。

「仁」

 涙で濡れた頬に唇を落とす。

「何があっても愛してるよ」

 少し、落ち着いたトーンで言う。

「だから、怒ってる……ごめん」

 ぎゅう、と華を抱きしめる。

「無事でよかった」
「仁、じん、ごめんなさい、好き」

 華も俺を抱きしめ返す。

「もう、黙ってあんなとこ、行ったりしない」
「……そうしてくれ」

 なんだかやたらとトラブル体質なんだから、と俺は思う。少しだけ身体を離して、柔らかな頬を撫でる。華は少し、気持ちよさそうに目を細めた。

(可愛い)

 何もなくて、本当に良かったーー。

「どこ触られた?」
「?」
「あいつらに」
「え、手。手首、だけ」

 手首ね。
 俺は華の手首に唇を落とし、舌を這わせた。

「消毒」
「? しょうど、……んっ」

 華の甘い声。
 はたと気がついた。

(……これ、やばくね?)

 ベッドに好きな子を押し倒してて、なんなら抱きしめてて、俺の腕の中でその子は幸せそうにしてて、ついでに、俺はその子の手首を舐めている。

(たいへんおヤバイです)

 俺は慌てて起き上がる。ヤバイヤバイ。とてもヤバイ。

「仁?」
「華、あのさあ、……このままだとヤっちゃうから離れてよう」

 こんなとこに連れこんどいて、なんだけどさ!

「ふうん?」

 華は首を傾げた。

「いいのに」
「ダメなの!」

 バカか!

「さすがに16歳抱けねーでしょう!」
「そういうもんなのかなぁ。中身はいいオトナだよ」
「そういう問題じゃない……!」

 華は起き上がって、少しイタズラっぽく笑う。その顔が楽しそうだったから、俺はようやく安心した。

(守れた)

 今度は。今度も。

(なにがあろうと、)

 そっと華の手を取る。少し驚いたような顔。その手の甲に、静かに唇を落とした。
 改めて、誓う。

(今度こそ)

 今度こそ、死ぬまで守り切ってみせる。
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