【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
292 / 702
【高校編】分岐・鍋島真

少年

しおりを挟む
 車で送ってもらいながら、ポツポツと話をした。

「てか、車あるのにバイクの免許も取ったんですね」
「うん。てか、バイクが先だよ。高校の時にね」

 え、そんなに前。

(また、)

 私は思う。

(知らなかったな)

 真さんが剣道してるのも、最近知ったくらいだ。ずっとしてたらしいのに。
 私、真さんのこと、何も知らない。重度のシスコンってことは知ってる。

「なんでですか?」
「え、だって」

 運転しながら、不思議そうに真さんは言う。

「カッコいいじゃん」

 その回答に、私は笑ってしまった。

「なんで笑うの」
「だって、だって真さん、少年なんだもの」
「少年?」
「はい、男の子」
「……かな?」

 真さんは不思議そうだけど、私は少しだけ胸があったかくなる。
 真さんは多分、色んなものを捨ててきたけど、でも多分中身はずっと少年だったんだろうな、なんて思ってーー。

「バイク、楽しかった?」
「はい」

 私は素直に返事をした。

「風が気持ち良かったです」
「初めて乗った?」
「はい」
「そー」

 真さんは嬉しそうに答えた。

「どこか行こう」
「バイクで、ですか?」
「うん、でも危ないから近場で」

 交通量多くないとこで、と真さんは言う。

「考えとくから、行こう」

 私は言葉に詰まる。

(行く、って言っていいのかな)

 私は、どうしたいんだろう?

「……深く考えてくれなくていいよ。また誘うね」

 真さんはそう言った。

 家について、玄関先まで送ってもらう。部屋の中は暗くて、やっぱりまだ誰も帰っていないみたいだった。

(敦子さん、最近忙しさ増してるんだよなー……)

 常盤の本家の事業にもどんどん参加してってるみたいだった。よく知らないけれど。
 圭くんは画塾かな、と思う。まぁあの子は絵を描いてると、寝食をまじで忘れる子だからなぁ。
 そんなことを考えながら、ぱたりと閉じた扉を私はじっと眺めた。エンジン音が遠ざかる。少しさみしい。

(さみしい?)

 自分の感情に、戸惑う。

(さみしい、なんて思ってるの私?)

 ぎゅう、と胸が痛くなる。

(……わかんないよー)

 上がり框に座り込む。

(もー全然わかんない……)

 とりあえず、部屋でベッドの上に転がる。ふとスマホが震える。
 岩手さんからメールが(メアドをさっき交換してた)届いていた。

「あ。写真」

 何枚か来ていた。写真を開きながら、ふと思う。これ、私のスマホに保存される、初めての真さんの写真だ。

「……恥ずっ」

 思わず呟いた。だって、私、今日のパーティ(だかなんなんだか)ずっと真さんに膝の上で抱っこされてたんだもんね……なんつう写真だ。

「……真さん」

 一緒に写ってる真さんが、どれもこれも甘い顔で驚く。

『真くんがこんな顔するの見れて面白かったです! また遊んでね!』

 岩手さんからのメッセージ。

「こ、こんな顔」

 してたんだ。してたんですね。
 顔が見える姿勢じゃなかったから、この時は気がつかなかったのだ。

「うー」

 なんか、胸がぎゅうとなって痛い。

(これはまじで)

 私は確信する。

(なんか病気っぽいかもだぞー!?)

 翌朝。
 胸が痛い。不正脈みたいになる。食欲もないし、なんだかいつも微熱があるみたい、なんて敦子さんに軽く言ったら、その日のうちに都内の循環器内科まで連れていかれた。
 なんだかラグジュアリーな空間……え、おセレブは病院もこんなとこなの? みたいな。
 問診票を見ながら、先生は不思議そうな顔をする。

「ええと、今朝の食事ーーご飯、ナスと茗荷のお味噌汁、鰆の西京焼きに生姜、冷奴、温泉卵? ……美味しそうですね」

 端的に言われた。ちなみに、圭くん作。

「先生、この子、食欲がないんです」
「ほう。残したんですか?」
「いえ、おかわりしなかったんです」

 敦子さんと先生の会話ーー私は顔から火が出そうだった。うう、どうせいつもおかわりしてますよ。ええ。

「そ……うですか」

 先生はうんうん、と頷いた。そして電子カルテ、もといパソコンに打ち込む。

「食欲不振、……と」

 やめて。やめてください。

「それから、不正脈というのは?」
「あの、なんか、急に理由もなくドキドキして、息が」

 それは私が答える。

「……たとえば、どんな時に? 横になったときだとか、まったく関係なく、ですとか」
「ああ」

 私は端的に返した。

「とある人といるとき、もしくは思い出したときです」
「……ほーう」

 先生はしっかりと、私の目を見た。

「他には?」
「特に……ですかね」
「それはね、華様」

 先生は笑う。

「治りません」
「ええっ」

 叫んだのは敦子さんだった。

「び、病気なんですか!」
「治療法がない病気です」
「せ、先生、なんとかしてあげてください」

 敦子さんは先生の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いだ。

「いやいや、落ち着いてください。大抵は自然治癒します」
「ほ、ほんとうですか? 病名は」

 先生は苦笑いする。

「コイ」
「鯉?」

 私は首を傾げた。

「その発音ですと魚ですな」
「はぁ、まぁ」
「愛し愛しと言う心、の方のコイですな」

 愛し、愛し……? 糸?
 昨日も言われたなぁ、なんて思う。
 私はふと、頭の中で、その漢字を並べる。

(……、戀?)

 それって、恋?
 ぽかんとしていると、敦子さんと目があった。

「……その、華? 誰といる時にそうなるの?」
「あの、……真さん、です」
「鍋島さんの?」

 私は頷いた。
 え?
 恋?

「嘘でしょおおおおおおお!?」

 帰りの車の中、私はブツブツ言いながら胸を押さえていた。

「うそだうそだうそだ、私が真さんに恋するなんてそんなこと有り得ない、絶対別の病気だっ」
「……綺麗な方だし、あなた、優しくしてもらっているものねぇ」
「優し、ううっ」

 真さんの顔を思い出して、胸がぎゅっとなる。甘い顔。とろけそうなくらいに。

「うー……会いたい……はっ!? 違う、今のは、ちがう」

 敦子さんは少しくすくすと笑う。

「あーもー、そんなことね」
「そ、そんなこと」

 そんなこと、なの!?
 重大事件なんですけど!?

「でもね、華? あなたには樹くんがいるのだから、諦めなさい」

 私はぽかんと敦子さんを見つめた。

「もう会わないほうがいいわ」
「え、や、だ」

 私はゆるゆると首をふる。

「やです」
「華」

 たしなめるような、敦子さんの声。

「いや。だめ。よくわかんないけど、それダメな気がします」
「なによそれー」

 敦子さんは困ったように言う。

「とにかく、一度冷静になって」
「ここで降ります」

 ちょうど赤信号で停止してた車から降りる。

「ちょっと、華!?」
「先に帰ってて敦子さん、暗くなる前には帰るから!」

 叫ぶように言い残して、私は歩道に上がる。そのまま、歩き出した。
 もう九月半ばだっていうのに、街路樹の蝉はまだうるさくて、歩道のタイルはひどく暑い。

(会わなきゃ)

 少しの焦燥感。とにかく、私、真さんに会わなきゃいけない気がする。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました

もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...