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【高校編】分岐・鍋島真
傷(side真)
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9月の半ばに夏休みが明けて、僕はなんだか少しぼーっとしてしまう。昨日の試合疲れもあるのかもしれない。
(華は)
可愛かったなぁとしみじみ思い返す。もっと触れたかった。
僕の髪を乾かす華の手は、優しくて甘かった。
(あんな風に)
髪を乾かしてもらったことが、あっただろうか?
(千晶の髪は無理やり乾かしてたけどね)
しかし、秋口だってのにまだ暑い。
キャンパス内を少しおっくうに思いながら歩いていると、ふと名前を呼ばれた。
「鍋島」
「んー?」
授業で、同じ班のやつだった。
「なんか、福島教授がお前探してたよ」
「ふうん?」
僕は首を傾げた。なんの用事だろうか? 法学部の教授で、退官も間近な総白髪の柔和な人だ。そうそう呼び出しなんかされるはずはないーーというか、僕もそんなことした覚えはない。
とりあえずまぁ、先生の部屋へ向かう。ちょうど一コマぶん空いて暇だったのだ。
「教授、失礼します。鍋島です」
コンコン、とノックしてドアをあけると、そこにいたのは教授と、椅子に座るもう1人男の人だった。4、50代だろうか? そのスーツの胸元に光る霜と日差し、秋霜烈日を表すそれは、検察官の証。
(先生の教え子かな)
僕は軽く頭を下げた。
「どうも。鍋島くん?」
男の人は立ち上がる。ほんの少し、関西のイントネーション。
僕は頷く。そして同時に、僕に用事があったのはこっちの人だと感づいた。
(検察官が、僕に?)
一体なんの用事だろう。
福島先生は僕を手招きして、その乱雑な机の前の椅子に座らせた。
「いや、初めまして。東京地検の、山ノ内です」
「山ノ内さん」
山ノ内検事は頷いて、また椅子に座った。
「いや、暑いですね」
「そうですね」
僕は端的に答えた。すこし警戒してる。
「いや、すまんね鍋島くん。急に。こいつが君と話がしたいと言うもんだから」
そう言いながら、福島先生は立ち上がった。
「? 先生?」
「僕は席を外します。30分くらいで戻るから、それまでに話済ませてね」
福島先生はスタスタと部屋を出て行く。
部屋には僕たちだけが、残された。しん、とする室内。
「いや」
山ノ内検事は苦笑した。
「あんま緊張せんといてください。今からちょっとギリギリな話ををします」
「はぁ」
「君のお父さんを逮捕したいから協力してもらえませんか」
「……は、」
僕は言葉を失った。
(逮捕?)
なんで? あのひとをーー?
今更、僕を殴ってた昔の話ではないだろう。他にもなにかしてない、とは限らないけれど、おそらくーー政治絡みか。
数前の選挙で、国政に打って出て当選してる。オジーサマと仲良しこよしで国会議員様だ。
「……なんかヘタ打ちました? あのひと」
「ちょっと前の海上自衛隊の新型護衛艦建設、ジョーバンが落札したのは知ってる?」
僕は頷いた。ジョーバン重工。常盤コンツェルンを母体とする大手重工だ。
「まぁ端的に言うと、それに関する収賄容疑。ジョーバン側からは、常盤耕一郎氏に容疑がかかってる」
常盤耕一郎、常盤コンツェルンの総帥。華の祖母、敦子さんの兄にあたる人物だ。あまりの権力の集中っぷりに、常盤天皇、なんて揶揄もされている。常盤内部では、御前、という呼び方をさせることが多いらしい。
(確か、敦子さんはこの"御前"とガチンコ勝負仕掛けてたはず)
結構なドロドロっぷり、だとか聞いたけれど、敦子さんは華が樹クンと婚約してるのを武器にーーつまり、鹿王院を後ろ盾として、組織内でのし上がっているとかなんとか。
「……そー、ですか」
答えながら、僕は訝しむ。
(なぜ僕に情報を漏らした?)
息子だぞ?
「……君はお父さんの味方はしない。そう判断した」
「なぜ」
「謝りたい。ひとりの大人として」
山ノ内検事は立ち上がる。
「鍋島議員の過去を洗っていて、……もみ消された通報が一件、あった」
「もみ消し?」
「当時、君の家に勤めていた運転手の男性からの通報だ。内容はーー君が鍋島議員から暴力を受けていた、というもの」
僕は呆然と山ノ内検事を見上げた。検事は頭を下げる。
「法に携わる者として、過去に権力に屈した者がいたことを、心からおわびする」
「……今更、ですよ」
僕はただ、小さく呟く。
「今更だ」
「鍋島くん」
「帰ってください」
「鍋島、」
「帰れ!!!」
僕は立ち上がる。椅子が倒れた。目の前がくらくらする。肩で息をしながら、僕はドアを指差す。
「……帰って、ください」
「連絡を待ってます」
山ノ内検事は、僕に名刺を渡す。僕はそれを目の前でくしゃりと潰した。
ばたり、と扉が閉まる。僕は黙ってそれを見つめていた。
とにかくもう1人になりたくて、僕は家路を急ぐ。といっても、鎌倉には帰りたくない。都内のマンションのほう。
(華に会いたい)
バイクを走らせながら、脈絡もなく、そう思った。
だから、マンションの前に華がウロウロしてるのを見つけた時、僕は幻覚をみているんだと思った。バイクを止める。
「何してるの」
「あ、真さん、そのー」
なぜかワタワタと焦る華。
すこし、心が落ち着いてくる。
「……待ってて」
僕は言って、バイクを地下の駐車場に止めてから改めて地上に戻る。
「真さん!?」
華の驚いた声。
「顔色、すっごい悪いですよ!? もしかして体調不良で早退とかですか?」
「華こそなんで」
今日は平日だ。華は私服。学校は?
「えーと、なんかお休みになりまして……てか、ほんと真っ青! 大丈夫ですか」
本気で慌ててる華を抱きしめる。
「お願い、」
僕は震えている。
「そばにいて」
涙が出た。華は身体をゆらす。
「少しでいいから」
繰り返して呟く。お願い。そばにいて。
華は黙っている。蝉はうるさい。9月なのに、全然秋らしくない。
「いいですよ」
華はふと口を開いて、そう言った。
(華は)
可愛かったなぁとしみじみ思い返す。もっと触れたかった。
僕の髪を乾かす華の手は、優しくて甘かった。
(あんな風に)
髪を乾かしてもらったことが、あっただろうか?
(千晶の髪は無理やり乾かしてたけどね)
しかし、秋口だってのにまだ暑い。
キャンパス内を少しおっくうに思いながら歩いていると、ふと名前を呼ばれた。
「鍋島」
「んー?」
授業で、同じ班のやつだった。
「なんか、福島教授がお前探してたよ」
「ふうん?」
僕は首を傾げた。なんの用事だろうか? 法学部の教授で、退官も間近な総白髪の柔和な人だ。そうそう呼び出しなんかされるはずはないーーというか、僕もそんなことした覚えはない。
とりあえずまぁ、先生の部屋へ向かう。ちょうど一コマぶん空いて暇だったのだ。
「教授、失礼します。鍋島です」
コンコン、とノックしてドアをあけると、そこにいたのは教授と、椅子に座るもう1人男の人だった。4、50代だろうか? そのスーツの胸元に光る霜と日差し、秋霜烈日を表すそれは、検察官の証。
(先生の教え子かな)
僕は軽く頭を下げた。
「どうも。鍋島くん?」
男の人は立ち上がる。ほんの少し、関西のイントネーション。
僕は頷く。そして同時に、僕に用事があったのはこっちの人だと感づいた。
(検察官が、僕に?)
一体なんの用事だろう。
福島先生は僕を手招きして、その乱雑な机の前の椅子に座らせた。
「いや、初めまして。東京地検の、山ノ内です」
「山ノ内さん」
山ノ内検事は頷いて、また椅子に座った。
「いや、暑いですね」
「そうですね」
僕は端的に答えた。すこし警戒してる。
「いや、すまんね鍋島くん。急に。こいつが君と話がしたいと言うもんだから」
そう言いながら、福島先生は立ち上がった。
「? 先生?」
「僕は席を外します。30分くらいで戻るから、それまでに話済ませてね」
福島先生はスタスタと部屋を出て行く。
部屋には僕たちだけが、残された。しん、とする室内。
「いや」
山ノ内検事は苦笑した。
「あんま緊張せんといてください。今からちょっとギリギリな話ををします」
「はぁ」
「君のお父さんを逮捕したいから協力してもらえませんか」
「……は、」
僕は言葉を失った。
(逮捕?)
なんで? あのひとをーー?
今更、僕を殴ってた昔の話ではないだろう。他にもなにかしてない、とは限らないけれど、おそらくーー政治絡みか。
数前の選挙で、国政に打って出て当選してる。オジーサマと仲良しこよしで国会議員様だ。
「……なんかヘタ打ちました? あのひと」
「ちょっと前の海上自衛隊の新型護衛艦建設、ジョーバンが落札したのは知ってる?」
僕は頷いた。ジョーバン重工。常盤コンツェルンを母体とする大手重工だ。
「まぁ端的に言うと、それに関する収賄容疑。ジョーバン側からは、常盤耕一郎氏に容疑がかかってる」
常盤耕一郎、常盤コンツェルンの総帥。華の祖母、敦子さんの兄にあたる人物だ。あまりの権力の集中っぷりに、常盤天皇、なんて揶揄もされている。常盤内部では、御前、という呼び方をさせることが多いらしい。
(確か、敦子さんはこの"御前"とガチンコ勝負仕掛けてたはず)
結構なドロドロっぷり、だとか聞いたけれど、敦子さんは華が樹クンと婚約してるのを武器にーーつまり、鹿王院を後ろ盾として、組織内でのし上がっているとかなんとか。
「……そー、ですか」
答えながら、僕は訝しむ。
(なぜ僕に情報を漏らした?)
息子だぞ?
「……君はお父さんの味方はしない。そう判断した」
「なぜ」
「謝りたい。ひとりの大人として」
山ノ内検事は立ち上がる。
「鍋島議員の過去を洗っていて、……もみ消された通報が一件、あった」
「もみ消し?」
「当時、君の家に勤めていた運転手の男性からの通報だ。内容はーー君が鍋島議員から暴力を受けていた、というもの」
僕は呆然と山ノ内検事を見上げた。検事は頭を下げる。
「法に携わる者として、過去に権力に屈した者がいたことを、心からおわびする」
「……今更、ですよ」
僕はただ、小さく呟く。
「今更だ」
「鍋島くん」
「帰ってください」
「鍋島、」
「帰れ!!!」
僕は立ち上がる。椅子が倒れた。目の前がくらくらする。肩で息をしながら、僕はドアを指差す。
「……帰って、ください」
「連絡を待ってます」
山ノ内検事は、僕に名刺を渡す。僕はそれを目の前でくしゃりと潰した。
ばたり、と扉が閉まる。僕は黙ってそれを見つめていた。
とにかくもう1人になりたくて、僕は家路を急ぐ。といっても、鎌倉には帰りたくない。都内のマンションのほう。
(華に会いたい)
バイクを走らせながら、脈絡もなく、そう思った。
だから、マンションの前に華がウロウロしてるのを見つけた時、僕は幻覚をみているんだと思った。バイクを止める。
「何してるの」
「あ、真さん、そのー」
なぜかワタワタと焦る華。
すこし、心が落ち着いてくる。
「……待ってて」
僕は言って、バイクを地下の駐車場に止めてから改めて地上に戻る。
「真さん!?」
華の驚いた声。
「顔色、すっごい悪いですよ!? もしかして体調不良で早退とかですか?」
「華こそなんで」
今日は平日だ。華は私服。学校は?
「えーと、なんかお休みになりまして……てか、ほんと真っ青! 大丈夫ですか」
本気で慌ててる華を抱きしめる。
「お願い、」
僕は震えている。
「そばにいて」
涙が出た。華は身体をゆらす。
「少しでいいから」
繰り返して呟く。お願い。そばにいて。
華は黙っている。蝉はうるさい。9月なのに、全然秋らしくない。
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華はふと口を開いて、そう言った。
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