【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鍋島真

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「こちら袋ご用意してよろしいですか?」

 スーパーで店員さんに聞かれて、私は「はい」と答えたつもりで声が掠れてうまく出なかった。軽く咳払い。ちょっと喉が枯れてる。

「お願いします」

 今度は上手く声が出た。
 スーパーの袋を両手に持って、それから私は気がついた。

(……あの家、絶対鍋も包丁もないじゃん)

 Uターンして、スーパーで適当にお鍋と包丁と、薄いまな板を買った。
 相変わらず暑い陽の下を歩きながら思う。
 ほんの少し、痛いような、重いような、異物感がまだあるような下腹部。……こんなだった? 前世のことは、よく覚えてない。

(ていうか、都市伝説じゃなかったんだ……)

 優しい男の人。終わった後に抱きしめてくれる男の人ーーなんて言ったら、私のザンネンな前世の恋愛遍歴が露呈されちゃうなぁほんと。
 部屋に戻ると、真さんが半裸で立ってた。なにしてんだこの人!

「ちょっと! 服くらい来てください! 目のやり場に困るでしょ!」

 風邪ひきますよ、って言う私を真さんは抱きしめた。少し震えてて、多分寒かったわけではないよねと思う。
 ご飯を作りたかっただけなんです。
 できたての、あったかいご飯を食べてもらいたかっただけなんです。

(って言ってもカレーですけどね~)

 しかもご飯は湯煎ですし。ま、それはそれってことで。
 ご飯作ってる間、真さんは小さい子供みたいに私の周りをうろちょろした。不思議そうにジャガイモの皮むきを見つめたり、隠し味のコーヒー牛乳に全力で異を唱えたりして。いや、これ美味しいんですって。

(前世の母さんの隠し味)

 いや、私も初めて見た時は正気を疑ったけども。真さんに味見させると納得した。超不思議そうな顔してた。
 真さんはあっという間に食べ終わる。にこにこしてる。私はほっとした。

「ちょ、私まだ途中」

 食べてる最中に、腰を引き寄せられる。

「あっため直したらいい」
「この家レンジもないんですが」
「炊飯器と一緒に買いに行こう」

 ヨユーっていうか、優雅なっていうか、そんな笑みで真さんは続ける。

「でも今日は無理。僕、殴られに行かなきゃだから」

 私はぽかんと真さんを見つめる。

「華、ひとりでなんとかする気だったでしょう」

 そう言われて、私は目を伏せた。

(だって)

 これは、私のわがままなのに。

(この人が、)

 欲しいと思ってしまったのだ。強く、強く。

(恋なんかじゃない)

 そう思う。もっとどろどろして、もっときらきらした何か、だ。
 名前はわからない。
 だから、もう許婚ではいられないと、敦子さんにも樹くんにも伝える気でいた。怒られるかな。……嫌われちゃうかな。不安にも思うけれど、それでもいいと思った。

「一緒に怒られよう。嫌われよう。憎まれよう」

 真さんは言う。

「君と一緒なら、何も怖くない」

 私はじっと真さんを見上げる。その瞳には私が写っていて、そして私の瞳には真さんが写っているはずだ。

(なにが、ボロボロのみっともない鳥ですか)

 あなたはこんなに美しい。
 重ねた唇は深さを増して、私は溺れそうになる、むしろ、溺れたいと願う。

(もっと、)

 もっと欲しい。この人が欲しい。
 冷たいフローリングの床は、むしろ心地よかった。

 ふと目を開ける。

「えーと?」

 窓から差し込む夕陽。え、もうこんな時間!? ベッドサイドの時計に目をやる。17時前だ。というか、なんでベッドにーーって、そっか、そうだ途中でこっち来たんだ、って思い返して恥ずかしくなる。

(うわぁあ)

 頭を抱える。

(私、なんか、なんかっ)

 随分と積極的なことをしてしまったような、そんな気がする……。

(……服、着よ)

 ベッド周りを探すけれど、服はない。

「あ、リビングか……」

 しょうがない、と私はシーツを巻きつけてリビングへ向かう。

「起きたの」

 真さんは優雅に、ソファで本を読んでいた。

「はあ」
「なにそれその格好、えっろ。なに? もう一回する?」
「もう無理! 無理です! 死ぬ!」
「あは、ケチ」

 真さんはくすくす笑うけど、私はふと気がつく。

「あれ? スーツ?」
「そーそー。今から土下座だからね」

 せめてスーツだよね、と真さんは笑う。

「えーと、あの」
「それとこれ、書いてね」

 ローテーブルの前にある紙を指さされる。

「?」
「さっき区役所行ってきたんだー」
「なんですか?」

 ぴらりと手に取る。

「婚姻届」
「こんっ!?」

 私はぽかんと真さんを見つめる。婚姻届!?

「キツネなの?」
「いやそうではなくてですね」

 相変わらず強引だなこのヒト!

「華は未成年だから同意書がいるけど、ま、そこは敦子さんに証人になってもらえば大丈夫」
「いやはや」

 聞く耳ないですねこれは。
 ぽーっとその紙を見つめる。

「あのー、気が早くないですか?」
「手に入れる前より」

 真さんは、私の手を取る。

「入れた後のほうが、失うのが怖い」
「失う?」
「君が、どこかに行ってしまわないかなって」

 じっとその目を見た。

「どこにも行きませんよ」
「知ってる」

 真さんは笑う。

「でももう離れていたくない。無理。死ぬ」
「死ぬって」
「お願い」

 私の手を、真さんは握りしめた。

「一生僕から離れないって、誓って」
「真さ、」

 真さんはソファから立ち上がって、優雅に膝をついた。王子様が、お姫様にするみたいに、私の手を取ってにこりと微笑む。綺麗で、本当に絵になって、私は見惚れてしまう。

「僕と結婚してください」

 するりと指に嵌められたのは、やたらときらきらしい指輪で、私はぽかんと口を開いた。え、いつの間になの……?
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