296 / 702
【高校編】分岐・鍋島真
声
しおりを挟む
「こちら袋ご用意してよろしいですか?」
スーパーで店員さんに聞かれて、私は「はい」と答えたつもりで声が掠れてうまく出なかった。軽く咳払い。ちょっと喉が枯れてる。
「お願いします」
今度は上手く声が出た。
スーパーの袋を両手に持って、それから私は気がついた。
(……あの家、絶対鍋も包丁もないじゃん)
Uターンして、スーパーで適当にお鍋と包丁と、薄いまな板を買った。
相変わらず暑い陽の下を歩きながら思う。
ほんの少し、痛いような、重いような、異物感がまだあるような下腹部。……こんなだった? 前世のことは、よく覚えてない。
(ていうか、都市伝説じゃなかったんだ……)
優しい男の人。終わった後に抱きしめてくれる男の人ーーなんて言ったら、私のザンネンな前世の恋愛遍歴が露呈されちゃうなぁほんと。
部屋に戻ると、真さんが半裸で立ってた。なにしてんだこの人!
「ちょっと! 服くらい来てください! 目のやり場に困るでしょ!」
風邪ひきますよ、って言う私を真さんは抱きしめた。少し震えてて、多分寒かったわけではないよねと思う。
ご飯を作りたかっただけなんです。
できたての、あったかいご飯を食べてもらいたかっただけなんです。
(って言ってもカレーですけどね~)
しかもご飯は湯煎ですし。ま、それはそれってことで。
ご飯作ってる間、真さんは小さい子供みたいに私の周りをうろちょろした。不思議そうにジャガイモの皮むきを見つめたり、隠し味のコーヒー牛乳に全力で異を唱えたりして。いや、これ美味しいんですって。
(前世の母さんの隠し味)
いや、私も初めて見た時は正気を疑ったけども。真さんに味見させると納得した。超不思議そうな顔してた。
真さんはあっという間に食べ終わる。にこにこしてる。私はほっとした。
「ちょ、私まだ途中」
食べてる最中に、腰を引き寄せられる。
「あっため直したらいい」
「この家レンジもないんですが」
「炊飯器と一緒に買いに行こう」
ヨユーっていうか、優雅なっていうか、そんな笑みで真さんは続ける。
「でも今日は無理。僕、殴られに行かなきゃだから」
私はぽかんと真さんを見つめる。
「華、ひとりでなんとかする気だったでしょう」
そう言われて、私は目を伏せた。
(だって)
これは、私のわがままなのに。
(この人が、)
欲しいと思ってしまったのだ。強く、強く。
(恋なんかじゃない)
そう思う。もっとどろどろして、もっときらきらした何か、だ。
名前はわからない。
だから、もう許婚ではいられないと、敦子さんにも樹くんにも伝える気でいた。怒られるかな。……嫌われちゃうかな。不安にも思うけれど、それでもいいと思った。
「一緒に怒られよう。嫌われよう。憎まれよう」
真さんは言う。
「君と一緒なら、何も怖くない」
私はじっと真さんを見上げる。その瞳には私が写っていて、そして私の瞳には真さんが写っているはずだ。
(なにが、ボロボロのみっともない鳥ですか)
あなたはこんなに美しい。
重ねた唇は深さを増して、私は溺れそうになる、むしろ、溺れたいと願う。
(もっと、)
もっと欲しい。この人が欲しい。
冷たいフローリングの床は、むしろ心地よかった。
ふと目を開ける。
「えーと?」
窓から差し込む夕陽。え、もうこんな時間!? ベッドサイドの時計に目をやる。17時前だ。というか、なんでベッドにーーって、そっか、そうだ途中でこっち来たんだ、って思い返して恥ずかしくなる。
(うわぁあ)
頭を抱える。
(私、なんか、なんかっ)
随分と積極的なことをしてしまったような、そんな気がする……。
(……服、着よ)
ベッド周りを探すけれど、服はない。
「あ、リビングか……」
しょうがない、と私はシーツを巻きつけてリビングへ向かう。
「起きたの」
真さんは優雅に、ソファで本を読んでいた。
「はあ」
「なにそれその格好、えっろ。なに? もう一回する?」
「もう無理! 無理です! 死ぬ!」
「あは、ケチ」
真さんはくすくす笑うけど、私はふと気がつく。
「あれ? スーツ?」
「そーそー。今から土下座だからね」
せめてスーツだよね、と真さんは笑う。
「えーと、あの」
「それとこれ、書いてね」
ローテーブルの前にある紙を指さされる。
「?」
「さっき区役所行ってきたんだー」
「なんですか?」
ぴらりと手に取る。
「婚姻届」
「こんっ!?」
私はぽかんと真さんを見つめる。婚姻届!?
「キツネなの?」
「いやそうではなくてですね」
相変わらず強引だなこのヒト!
「華は未成年だから同意書がいるけど、ま、そこは敦子さんに証人になってもらえば大丈夫」
「いやはや」
聞く耳ないですねこれは。
ぽーっとその紙を見つめる。
「あのー、気が早くないですか?」
「手に入れる前より」
真さんは、私の手を取る。
「入れた後のほうが、失うのが怖い」
「失う?」
「君が、どこかに行ってしまわないかなって」
じっとその目を見た。
「どこにも行きませんよ」
「知ってる」
真さんは笑う。
「でももう離れていたくない。無理。死ぬ」
「死ぬって」
「お願い」
私の手を、真さんは握りしめた。
「一生僕から離れないって、誓って」
「真さ、」
真さんはソファから立ち上がって、優雅に膝をついた。王子様が、お姫様にするみたいに、私の手を取ってにこりと微笑む。綺麗で、本当に絵になって、私は見惚れてしまう。
「僕と結婚してください」
するりと指に嵌められたのは、やたらときらきらしい指輪で、私はぽかんと口を開いた。え、いつの間になの……?
スーパーで店員さんに聞かれて、私は「はい」と答えたつもりで声が掠れてうまく出なかった。軽く咳払い。ちょっと喉が枯れてる。
「お願いします」
今度は上手く声が出た。
スーパーの袋を両手に持って、それから私は気がついた。
(……あの家、絶対鍋も包丁もないじゃん)
Uターンして、スーパーで適当にお鍋と包丁と、薄いまな板を買った。
相変わらず暑い陽の下を歩きながら思う。
ほんの少し、痛いような、重いような、異物感がまだあるような下腹部。……こんなだった? 前世のことは、よく覚えてない。
(ていうか、都市伝説じゃなかったんだ……)
優しい男の人。終わった後に抱きしめてくれる男の人ーーなんて言ったら、私のザンネンな前世の恋愛遍歴が露呈されちゃうなぁほんと。
部屋に戻ると、真さんが半裸で立ってた。なにしてんだこの人!
「ちょっと! 服くらい来てください! 目のやり場に困るでしょ!」
風邪ひきますよ、って言う私を真さんは抱きしめた。少し震えてて、多分寒かったわけではないよねと思う。
ご飯を作りたかっただけなんです。
できたての、あったかいご飯を食べてもらいたかっただけなんです。
(って言ってもカレーですけどね~)
しかもご飯は湯煎ですし。ま、それはそれってことで。
ご飯作ってる間、真さんは小さい子供みたいに私の周りをうろちょろした。不思議そうにジャガイモの皮むきを見つめたり、隠し味のコーヒー牛乳に全力で異を唱えたりして。いや、これ美味しいんですって。
(前世の母さんの隠し味)
いや、私も初めて見た時は正気を疑ったけども。真さんに味見させると納得した。超不思議そうな顔してた。
真さんはあっという間に食べ終わる。にこにこしてる。私はほっとした。
「ちょ、私まだ途中」
食べてる最中に、腰を引き寄せられる。
「あっため直したらいい」
「この家レンジもないんですが」
「炊飯器と一緒に買いに行こう」
ヨユーっていうか、優雅なっていうか、そんな笑みで真さんは続ける。
「でも今日は無理。僕、殴られに行かなきゃだから」
私はぽかんと真さんを見つめる。
「華、ひとりでなんとかする気だったでしょう」
そう言われて、私は目を伏せた。
(だって)
これは、私のわがままなのに。
(この人が、)
欲しいと思ってしまったのだ。強く、強く。
(恋なんかじゃない)
そう思う。もっとどろどろして、もっときらきらした何か、だ。
名前はわからない。
だから、もう許婚ではいられないと、敦子さんにも樹くんにも伝える気でいた。怒られるかな。……嫌われちゃうかな。不安にも思うけれど、それでもいいと思った。
「一緒に怒られよう。嫌われよう。憎まれよう」
真さんは言う。
「君と一緒なら、何も怖くない」
私はじっと真さんを見上げる。その瞳には私が写っていて、そして私の瞳には真さんが写っているはずだ。
(なにが、ボロボロのみっともない鳥ですか)
あなたはこんなに美しい。
重ねた唇は深さを増して、私は溺れそうになる、むしろ、溺れたいと願う。
(もっと、)
もっと欲しい。この人が欲しい。
冷たいフローリングの床は、むしろ心地よかった。
ふと目を開ける。
「えーと?」
窓から差し込む夕陽。え、もうこんな時間!? ベッドサイドの時計に目をやる。17時前だ。というか、なんでベッドにーーって、そっか、そうだ途中でこっち来たんだ、って思い返して恥ずかしくなる。
(うわぁあ)
頭を抱える。
(私、なんか、なんかっ)
随分と積極的なことをしてしまったような、そんな気がする……。
(……服、着よ)
ベッド周りを探すけれど、服はない。
「あ、リビングか……」
しょうがない、と私はシーツを巻きつけてリビングへ向かう。
「起きたの」
真さんは優雅に、ソファで本を読んでいた。
「はあ」
「なにそれその格好、えっろ。なに? もう一回する?」
「もう無理! 無理です! 死ぬ!」
「あは、ケチ」
真さんはくすくす笑うけど、私はふと気がつく。
「あれ? スーツ?」
「そーそー。今から土下座だからね」
せめてスーツだよね、と真さんは笑う。
「えーと、あの」
「それとこれ、書いてね」
ローテーブルの前にある紙を指さされる。
「?」
「さっき区役所行ってきたんだー」
「なんですか?」
ぴらりと手に取る。
「婚姻届」
「こんっ!?」
私はぽかんと真さんを見つめる。婚姻届!?
「キツネなの?」
「いやそうではなくてですね」
相変わらず強引だなこのヒト!
「華は未成年だから同意書がいるけど、ま、そこは敦子さんに証人になってもらえば大丈夫」
「いやはや」
聞く耳ないですねこれは。
ぽーっとその紙を見つめる。
「あのー、気が早くないですか?」
「手に入れる前より」
真さんは、私の手を取る。
「入れた後のほうが、失うのが怖い」
「失う?」
「君が、どこかに行ってしまわないかなって」
じっとその目を見た。
「どこにも行きませんよ」
「知ってる」
真さんは笑う。
「でももう離れていたくない。無理。死ぬ」
「死ぬって」
「お願い」
私の手を、真さんは握りしめた。
「一生僕から離れないって、誓って」
「真さ、」
真さんはソファから立ち上がって、優雅に膝をついた。王子様が、お姫様にするみたいに、私の手を取ってにこりと微笑む。綺麗で、本当に絵になって、私は見惚れてしまう。
「僕と結婚してください」
するりと指に嵌められたのは、やたらときらきらしい指輪で、私はぽかんと口を開いた。え、いつの間になの……?
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる