【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
295 / 702
【高校編】分岐・鍋島真

(side真)

しおりを挟む
 もっと優しくしたかったのに。
 ぼんやりと、僕はそう思う。

「大丈夫?」

 僕は横向きに寝てる華の頭を撫でた。ちょっと眠そう。

「今はそんなにです、ちょっとなんか、重いっていうか」
「無理しないでね」

 猫なで声が出て僕は驚く。へー、僕こんな声出るんですね。誤魔化すみたいに、僕は華を抱きしめる。

「……何か、あったんですか?」

 とろんとした目で、華は優しく僕を撫でる。まるで、子供にするみたいに。

「わかんない」

 僕は正直に言う。

「ほんとにわかんない」
「そうですか」

 要領を得ない僕の言葉にも、華は微笑んでそう返してくれた。

「すこし眠りますか?」
「そうだね」

 僕は答える。
 そうしよう、と素直に思う。腕の中には華がいて、すでに半分目が閉じている。安心してる表情で、……僕の世界は完璧なほどに満たされてる。

「大丈夫ですよ」

 華はウトウトしながら、囁くように言った。

「こわいものは、ここには来ません」
「本当に?」
「はい、大丈夫です」

 華の優しい、たおやかな手が僕の頬を撫でる。

「おやすみなさい、真さん」

 華はすうっと目を閉じて、すでに軽く寝息を立て始めていた。眠いの、我慢してたのかな。
 僕も素直に目を閉じる。
 そして、夢を見た。
 小さい頃の夢。僕は走っている。父親は酔っ払っている。捕まったら、殴られる。

(でも、)

 小さな僕は思う。
 僕が殴られている間は、この男の注意があの小さな妹に向かうことはないのだ。

(だから、僕が殴られていたほうがマシだ)

 でも、殴られるのは、痛い。
 だから嫌で、僕は走っていた。何かに蹴つまずく。ころんで、強かに身体を打ち付けて、僕は振り向く。父親の顔は、黒くなっていて見えない。父親はなにか叫んだ。アルコールの匂いがした。頭をかばう。
 けれど、痛みはなかった。
 僕の前に、誰か立っていた。背を向けた女の子。

「はな」

 小さな僕が言う。華は振り向いた。にっこりと笑っている。

「もう大丈夫ですよ真さん」

 華は言う。
 華は、言ったんだ。

 目を覚ます。がばりと起き上がった。まだ日は高い。

「華?」

 確かにあったはずの、腕の中の華のぬくもりがない。
 僕はシーツもぐちゃぐちゃになったベッドから抜け出す。華、華、華。
 寝室を飛び出て、リビングへ行くけど華はいない。玄関にも、華の靴はなくて僕はただ立ちすくむ。
 玄関がガチャリと開いた。

「あれ、起きたんですか、って、ちょっと! 服くらい来てください! 目のやり場に困るでしょ!」

 ほんとに風邪ひきますよ、って怒ってる華を抱きしめる。両手にスーパーの袋っぽいのを持っていた。なぜか紙袋も。

「ま、まま真さん!?」

 これくらいで真っ赤になる華が愛しい。

「どこ行ってたの」
「すっごい遅いですけど、お昼ご飯、作ろうと思って」

 この家なんもないんですもん、と華は口を尖らせた。

「鍵、勝手に借りました」
「それはいいんだけど」
「というか、服! 服着てください服!」
「はいはい」

 僕は寝室まで戻って、脱ぎ散らかした服を着直す。
 リビングのキッチンで、華は忙しそうにしている。

「手伝う?」
「今日はいいです」

 断られた。でも僕は笑う。"今日は"いいです、って言ったよこの子。今日は、って。にこにこと華を見ている。アイランドキッチンだからずうっと見ていられる。てきとーに選んだけど、この部屋にして良かったなぁ。

「……なにジロジロ見てるんですか」
「いや、なんでもー?」

 ふと時計に目をやる。なんだ、まだ14時過ぎなのか。

「ていうか、華、なんでここに来てたの? 忘れ物?」
「いや、なんていうか、事ここに至ってはですね、もはや些事です。些事。どーでもいい内容でした」
「ふうん?」

 僕は首を傾げた。

「あ、炊飯器ないから、レトルトご飯買ってきました、湯煎でもいいらしいので」
「この家、鍋なんかあった?」
「買ってきましたよ、もう!」

 華は笑いながら言った。

「ほんっとなんもないんですもん、笑うしかないです」
「あは」

 僕は笑う。華は紙袋から大きめの両手鍋を取り出した。

「炊飯器、買いに行こうかな」
「そうしてください」
「一緒に選んで?」

 華は僕を見る。肩をすくめて「いいですよ」と小さく笑った。

 華が作ってくれたのはカレーで、僕は感動する。

「カレーくらいで」
「好きな子が作ってくれたカレーだよ? 感動するでしょ。あー美味し」

 華は照れたように目線を外す。

「運動したから余計美味しいね」
「……ひとこと余計です」

 つん、と華は頤をそらす。まったく可愛いなぁ。
 この家に机と呼べるのは、ソファの前のローテーブルくらいしかないから、僕たちはそこでカレーを食べている。シンプルなカレー。
 僕はぺろりと平らげて、まだ途中の華の腰を引き寄せる。

「え、あの、真さ、私まだ途中」
「あっため直したらいいよ」
「この家、レンジもないんですけど……」
「炊飯器と一緒に買おう」

 僕は華にキスしながら「でも今日は無理、僕、殴られに行かなきゃだから」と笑う。

「え、」
「華さ、ひとりでなんとかする気だったでしょう」

 僕は言う。敦子さんのこと、樹クンとのこと。

「ダメだよ」
「でも、」

 華は弱々しく僕を見上げた。

「一緒に怒られよう。嫌われよう。憎まれよう」

 僕は華に、もう一度キスをする。

「華となら、何も怖くない」

 華が僕のことを「カッコいい」と言うなら、僕はカッコイイんだ。
 勇士だと言うなら、僕はボロコーヴなんかじゃなくて勇士なんだ。

(華がいてくれるなら)

 僕は世界で一番強くなれる。
 過去にも未来にも、負けたりなんかしない。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...