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【高校編】分岐・鹿王院樹
側にいてくれるだけで(side樹)
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「わ、おかえり!」
華が笑った。少し、安心したように。
念のための安静から数日、部活に合流して残りの日程を予定通りに過ごした。もっとも、少し身体が鈍っていた感は否めないが。
そして修学旅行も明日で残り3日、というところで、元どおりの修学旅行に合流する。
残り3日とはいえ内一日は移動だから、実質2日、か。
宿泊予定のホテルに着くと、スポクラの部活勢以外の生徒はすでに着いていて、ロビーで華はなぜだかお菓子を食べていた。たくさん抱えて、ロビーの布張りのソファでリスのようにクッキーを食む。
「? なぜこんなところで」
「いやお散歩してて?」
華は立ち上がり、ほんの少し、目線を逸らしながら言う。
「それより、樹くん」
「?」
華は再び俺の目をじっと見た。
「お疲れさまでした!」
にっこり、と華は笑う。
何が何だか分からないが、華に会えたのは嬉しい。
「ただいま」
そう答えると、照れたように華は俯く。
(人前でなければ抱きしめるのだがなぁ)
ぐっと我慢する。俺たちの近くを同じ部活のやつらが通り過ぎていくが、ニヤニヤしながら軽く小突かれたりする。……ちょっと本気入ってなかったか?
まあこんなに可愛い許婚がいるんだ、嫉妬されるのもしかたあるまい、と一人で納得した。
夕食時に同じクラスの岡村とたまたま同じテーブルになる。
「よう鹿王院、大変だったらしいな」
「まぁな」
軽く肩をすくめた。
「だが大したことはない。外国だから少し念には念をいれた程度で」
ふと、華との穏やかな3日間を思い出す。
(幸せだった)
朝から晩まで、ずっと華と過ごした。あんなに長い時間、2人きりでゆっくり過ごしたのは初めてではないだろうか?
旅行には行ったことがあるが、俺に予定があったりで、なかなかこんなにゆっくりすることはなかった。
(まぁ、父さんも1度顔を見に来たけれど)
さすがに未成年だけではケガが何かあった時に、ということで、たまたまイタリアまで来ていた父親が様子を見に来てくれた。といっても、一晩だけ。
医師の説明を聞いて、まず問題なさそうだということで仕事に戻って行った。
「樹をよろしく」
そう言われた華は神妙に頷いていた。
「そういやさ、」
岡村の声でふと我に帰る。
「なんだ?」
「華さん、餌付けされてたな」
「餌付け?」
不思議に思いながら聞き返す。
「あれ? 会わなかった? ロビーにいただろ」
「ああ」
俺は頷いた。お菓子まみれの華。
「あれさ、」
岡村は笑う。
「ロビーでお前待ってたんだってさ」
「俺を?」
「オレはサッカー部より早くホテルに着いたけど、その時既にいたからなあ」
「そんなに?」
「心配してたんだろ、直接顔を見ないと安心できなかったんじゃないか?」
俺は黙り込む。
安心したように笑った華。
(心配ないと、元気だと、伝えていたのに)
それでも、心配してくれていたのか。
「それで、あんまり健気に待ってるからさ、皆、お菓子をお供えしていったみたいだぜ」
「……お供えとは」
「や、設楽地蔵って呼ばれてたから、最終」
「誰だ名付け親は」
ちょっと呆れてしまう。しまう、がーーそんなに。地蔵なんてからかわれるくらいに、じっとあそこで待っていてくれたのか。
「どうした鹿王院」
胸を押さえる俺を見て、岡村はほんの少し心配気に言う。
「いや、華が愛おしすぎて胸が痛い」
「心配して損した」
岡村は俺の皿のローストビーフを奪ってひと口で頬張った。
「む、行儀が悪いぞ」
「しーらね」
岡村は少し面白そうに笑った。それけ
続ける。
「まぁなんていうか、怪我は気をつけなきゃなぁ。オレも人のこと言えないけど」
俺は頷く。
怪我はどうしたってスポーツにはつきもの、だが、やはりしないにこしたことはない。
(心配をかけるしなぁ)
とはいえ、試合中はそういったものが二の次になりがちなのは否めない。
「怪我をしないにはどうしたらいい?」
「集中じゃねーの」
しててもするけど、と岡村は左手首を見せてくる。
「靭帯伸ばした」
「大丈夫なのか」
「いや、軽い。一週間くらい~」
靭帯伸ばすのは結構痛い。けれど、結局痛みが引くのを待つしかないのだ。
「怪我のシンドイのって、練習できなくなるとこじゃねー?」
「ああ」
同じポジションのやつが、自分より練習している、上手くなっている。これほど焦るものはない。
(だけれど)
今回は、そんな焦りは少なかった。
(華がいてくれたから)
本人にも伝えてある。華がいてくれる、それだけで助けになっているのだと。
「まー幸い、3日は修学旅行だから! 養生だと思うことにするわ」
「焦りは余計に悪化させるからなぁ」
幸い、俺自身は何週間も休むような怪我をしたことはない。やたらと頑丈なのだ。けれど、怪我に焦って余計に悪化させる人はたくさん見てきた。
「まぁ無理はするな。何かあれば言ってくれ」
「おう。そんなわけでさ、明日から荷物持ち頼むわ」
「……その前フリか」
全く構わないし、要はトランクをバスに積んでくれというお願いだろう。観光中は荷物なんてほとんどないから。
「素直に頼めばいいのに」
「いや、割と最近まで華さんとモダモダしてたお前に言われたくないぞ」
言われて苦笑する。素直になっていなかった訳ではないのだが……まぁその恩もある。しばらく荷物持ちしてやろう、と俺は笑った。
華が笑った。少し、安心したように。
念のための安静から数日、部活に合流して残りの日程を予定通りに過ごした。もっとも、少し身体が鈍っていた感は否めないが。
そして修学旅行も明日で残り3日、というところで、元どおりの修学旅行に合流する。
残り3日とはいえ内一日は移動だから、実質2日、か。
宿泊予定のホテルに着くと、スポクラの部活勢以外の生徒はすでに着いていて、ロビーで華はなぜだかお菓子を食べていた。たくさん抱えて、ロビーの布張りのソファでリスのようにクッキーを食む。
「? なぜこんなところで」
「いやお散歩してて?」
華は立ち上がり、ほんの少し、目線を逸らしながら言う。
「それより、樹くん」
「?」
華は再び俺の目をじっと見た。
「お疲れさまでした!」
にっこり、と華は笑う。
何が何だか分からないが、華に会えたのは嬉しい。
「ただいま」
そう答えると、照れたように華は俯く。
(人前でなければ抱きしめるのだがなぁ)
ぐっと我慢する。俺たちの近くを同じ部活のやつらが通り過ぎていくが、ニヤニヤしながら軽く小突かれたりする。……ちょっと本気入ってなかったか?
まあこんなに可愛い許婚がいるんだ、嫉妬されるのもしかたあるまい、と一人で納得した。
夕食時に同じクラスの岡村とたまたま同じテーブルになる。
「よう鹿王院、大変だったらしいな」
「まぁな」
軽く肩をすくめた。
「だが大したことはない。外国だから少し念には念をいれた程度で」
ふと、華との穏やかな3日間を思い出す。
(幸せだった)
朝から晩まで、ずっと華と過ごした。あんなに長い時間、2人きりでゆっくり過ごしたのは初めてではないだろうか?
旅行には行ったことがあるが、俺に予定があったりで、なかなかこんなにゆっくりすることはなかった。
(まぁ、父さんも1度顔を見に来たけれど)
さすがに未成年だけではケガが何かあった時に、ということで、たまたまイタリアまで来ていた父親が様子を見に来てくれた。といっても、一晩だけ。
医師の説明を聞いて、まず問題なさそうだということで仕事に戻って行った。
「樹をよろしく」
そう言われた華は神妙に頷いていた。
「そういやさ、」
岡村の声でふと我に帰る。
「なんだ?」
「華さん、餌付けされてたな」
「餌付け?」
不思議に思いながら聞き返す。
「あれ? 会わなかった? ロビーにいただろ」
「ああ」
俺は頷いた。お菓子まみれの華。
「あれさ、」
岡村は笑う。
「ロビーでお前待ってたんだってさ」
「俺を?」
「オレはサッカー部より早くホテルに着いたけど、その時既にいたからなあ」
「そんなに?」
「心配してたんだろ、直接顔を見ないと安心できなかったんじゃないか?」
俺は黙り込む。
安心したように笑った華。
(心配ないと、元気だと、伝えていたのに)
それでも、心配してくれていたのか。
「それで、あんまり健気に待ってるからさ、皆、お菓子をお供えしていったみたいだぜ」
「……お供えとは」
「や、設楽地蔵って呼ばれてたから、最終」
「誰だ名付け親は」
ちょっと呆れてしまう。しまう、がーーそんなに。地蔵なんてからかわれるくらいに、じっとあそこで待っていてくれたのか。
「どうした鹿王院」
胸を押さえる俺を見て、岡村はほんの少し心配気に言う。
「いや、華が愛おしすぎて胸が痛い」
「心配して損した」
岡村は俺の皿のローストビーフを奪ってひと口で頬張った。
「む、行儀が悪いぞ」
「しーらね」
岡村は少し面白そうに笑った。それけ
続ける。
「まぁなんていうか、怪我は気をつけなきゃなぁ。オレも人のこと言えないけど」
俺は頷く。
怪我はどうしたってスポーツにはつきもの、だが、やはりしないにこしたことはない。
(心配をかけるしなぁ)
とはいえ、試合中はそういったものが二の次になりがちなのは否めない。
「怪我をしないにはどうしたらいい?」
「集中じゃねーの」
しててもするけど、と岡村は左手首を見せてくる。
「靭帯伸ばした」
「大丈夫なのか」
「いや、軽い。一週間くらい~」
靭帯伸ばすのは結構痛い。けれど、結局痛みが引くのを待つしかないのだ。
「怪我のシンドイのって、練習できなくなるとこじゃねー?」
「ああ」
同じポジションのやつが、自分より練習している、上手くなっている。これほど焦るものはない。
(だけれど)
今回は、そんな焦りは少なかった。
(華がいてくれたから)
本人にも伝えてある。華がいてくれる、それだけで助けになっているのだと。
「まー幸い、3日は修学旅行だから! 養生だと思うことにするわ」
「焦りは余計に悪化させるからなぁ」
幸い、俺自身は何週間も休むような怪我をしたことはない。やたらと頑丈なのだ。けれど、怪我に焦って余計に悪化させる人はたくさん見てきた。
「まぁ無理はするな。何かあれば言ってくれ」
「おう。そんなわけでさ、明日から荷物持ち頼むわ」
「……その前フリか」
全く構わないし、要はトランクをバスに積んでくれというお願いだろう。観光中は荷物なんてほとんどないから。
「素直に頼めばいいのに」
「いや、割と最近まで華さんとモダモダしてたお前に言われたくないぞ」
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