【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・相良仁

修学旅行

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 修学旅行、華になってから初めての海外旅行。スロベニア~クロアチアの旅14日間! 美しいアドリア海と古い町並みを訪ねる感動の2週間!
 だっていうのに。

「なぜこんな目に」
「さー、日頃の行いが悪いんじゃねーの」

 仁にむぎゅうと抱きしめられる。

「いいから顔上げんな」

 たらららららら、っていうリズム良くでも鼓膜が破けそうな音に、私は耳を抑えて仁の胸に顔を埋めた。

「チ、ウージーかよ」

 うーじーが何だか分からないけど、なんかでっかい銃、的なのは知ってる。見たから。

(こっちの銀行強盗って手荒ぁ)

 そんな風に思うけど、なぜだか恐怖は全くない。

(だって仁がいるもん)

 根拠はない。仁のこと、知らないこと多すぎるしーーでも、なんでだろ。

(ほんとに、全然怖くない)

 私は首を傾げた。

 はてさて、事の起こりは数十分前にさかのぼる。修学旅行、4日目の出来事。

「あ」

 クロアチアの古い町並みを観光中、私はぽかんと口を開いた。

「両替忘れた」
「あれ、そうなの?」

 同じ班の大村さんが言う。

「さすがに市場でカードは使えないんじゃないかな」
「だよねぇ……」

 私はその広場に並ぶ、沢山の出店を眺める。出店って言っていいのか分かんないけど、とにかく色々売ってるのだ。

(特に気になるのがアレっ)

 さくらんぼ! 木箱にたっぷり入った、日本のさくらんぼとはまた違う色味と大きさの、つやっつやのさくらんぼだ。

「お金、貸そうか?」
「ううん、両替、どっか……」

 私はキョロキョロした。銀行か、両替できるところ……。

(失敗したなー)

 最初に訪れたスロベニアはユーロ通貨。ここ、クロアチアは自国通貨なのだ。すっかり頭から抜けてしまっていた。

「設楽さん」

 先生モードな仁が呆れ声で話しかけてくる。

「両替ですか」
「盗み聞きですかセンセー」
「……、いいえ?」

 仁は肩をすくめた。
 私のこの突っかかったような言い方には理由がある。

(いやー、ほんとバカらしいヤキモチなのは分かってるんだけどっ)

 あ、き、ら、か、に! 仁に好意がある感じのスタッフさんがいたのだ。
 流石は超セレブ高校の修学旅行ってことで、班に1人ずつ専属のガイドさん、カメラマンさんがついての旅行なんだけれど。
 ウチの班はガイドさんは40代くらいの女性で、かなり美人な(結婚指輪してる、ここ重要)日本人のガイドさん。カメラマンさんは20代半ばくらいかな、男性で結構男前だから大村さんは騒いでた。タイプらしい。

(ウチの班はいいんだっ)

 別の班のガイドさん……。20代半ばくらいのキレーな人。

(なんでいちいちボディタッチするのっ)

 わざとらしい上目遣い、甘えた声、なぜか横に座りに行くアグレッシブさ!
 仁の方も仕事だから無碍にできないって感じで、ちょっと引いてるけど完全に拒否はできてないみたい。

(それがなー、押したらいけるみたいに思われてそうでヤダ)

 私の仁に近づかないでほしい。
 ほんとにマジで。
 そう思うけれど、口には出せなくて、ついこんなつっけんどんな態度になってしまったのだ。

(仁は悪くない)

 こっそり「心配すんなよ」って言ってくれてるし、心配なんかしてない。単にヤキモチなだけで。
 仁は苦笑いした。

「そこ、銀行ありますから。一緒に行きましょうか」
「……はい」
「大村さんたちは、先に教会まで行っていてください。両替したら、設楽さんつれて行きますから」
「はーい」

 今日の見学のメインは、青百合にある教会のモデルになったとかいう教会なのだ。
 大村さんたちに手を振って、私は仁と近くの銀行へ向かう。石造りの大きな銀行。

「両替所よりこっちのがレートが良かった」
「おお、よく見てるね」

 ちょっと感心。私、適当にしちゃうから。

「まー、このガッコの生徒、だいたいテキトーだけどな。金持ちだしだいたいカードだし」
「そだよね」

 うちのクラスは特進科ってことで、普通のご家庭の子が多いので、そうでもないけれど。
 そんな話をしながら銀行に入って、きょろきょろと行内を見渡したとき、仁が私の腕をひいた。

「ん、仁!?」
「ちょっとこっち来い」

 言うが早いか、私を抱えて銀行のカウンターを飛び越えた仁。

(きゃぁぁあ!?)

 な、なに考えてんの!?
 窓口の眼鏡をかけた、初老の女性の驚いた顔ーーって、仁はついでにその人の頭も下げさせて、カウンターの下に潜り込んだ。
 次の瞬間には、たらららららら、って音とともに、カウンターにあった機械とかが粉々になっていた。仁がついでに屈ませた女の人が、悲鳴をあげて丸まった。
 銃声が止む。
 なにかを男が叫んだ。

(なんて言ってるんだろ)

 きっと銀行強盗さんだろうから、金を出せー! とかかなとは思うけど。
 ちらりと仁を見ると、厳しい顔をしてる。けど、私と目が会うと、にやりと笑った。

「心配すんな」
「心配はしてないけど」
「へえ?」

 不思議そうな仁に、私は笑ってみせる。

「だって、仁といるもん」

 怖くないよ、と言うと髪をぐしゃぐしゃにかき回される。

「お前ってやつはさ、ほんとに」
「もー、やめてよ何やってるの」
「あー。そうだな」

 仁は、ちらりと周りを見渡す。

「目ぇ瞑って、耳塞いで、15秒数えとけ」
「へ?」
「いいから」
「……仁は」

 私は仁をじっと見た。

「仁は、危ないことはない?」
「ないない。こんなとこで死ねるか」

 大丈夫だよあいつシロウトだから、と仁は耳元で言う。
 私は急に不安になる。何かする気だ。

「やめて。警察来るの待とう」

 きっと来るはずだ。

「誰か人質でも取られてからじゃ、遅い」

 また男が何か叫んだ。たららら、と響く音、ウルサイ!
 仁を見上げると、そっと瞼にキスされた。反射的に目を閉じると、耳元で小さく言われた。

「今から15秒。いい子だからゆっくり数えるんだぞ」

 手を取られ、耳に持っていかれた。塞げってことだろう。
 暗闇になった視界のまま、私は頷く。15秒。長い。長い。身体が震えた。

「いち、に」

 小さく声を出しながら、数えていく。さん、し、ご、ろく、……。

(いい子、だなんて)

 急に子供扱い!

「きゅう、じゅう」

(本当になんともない? 大丈夫?)

 相手は銃を持ってるのに!
 思わず眼を開いてしまう。そしてそっとカウンターから顔を出した。
 辺り一面、白い粉……消火器? ごろりと転がっていたのは消火器だから、白い粉は消火器の中身だろう。
 仁は、倒れてる男の胸に足を置いて、そして額に銃(ウージーだかなんだか)を突きつけていた。ほとんど表情はない。低い、早口の言葉で(何語だろう?)男に何かを問いかけている。
 仁と目が合う。仁はにへらと笑った。

「まだ12秒だったぞー」

 私の身体から力が抜けた。

「……それはすみませんでしたね」

 そう返した瞬間、一斉に拍手と歓声が沸き起こった。周りのお客さんや職員の人たちだ。
 駆けつけてきた職員の男の人たち数人で、銀行強盗さんはロープで縛り上げられていた。
 仁は私の方まで来て、カウンターにそのウージーとやらを置いて、カウンターに軽く体を預けて私を見る。そして笑ってこう言った。

「まだ両替できると思う?」
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