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【高校編】分岐・相良仁
もうイヤってくらい(side仁)
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『へえ、陸軍におられた』
『昔、ですが』
俺がそう答えると、その60がらみの男性警官は、ほんの少し目を細めた。
『わたしも昔、従軍経験があります』
『そうですか』
答えながら思い出だす。煌びやかなアドリア海の太陽に照らされたこの国、絵画やアニメのモデルにも選ばれるこの国は、かつて大きな民族紛争の最中にいたことを。
日本人からしたら(って、俺はイギリス人だけど)まったく同じ民族にしか見えない彼らが、かつて殺し合い憎しみあっていたことを。
『息子も軍人でね』
調書を書きながら、警官は続ける。
『はぁ』
『ISAFで作戦に参加していました』
『……僕もアフガンにいたことがあります』
そう答えると、警官は肩をすくめた。
『ご両親は生きた心地がしなかったでしょうね!』
そうなんだろうか。あの父親はよく分からない。
ふとあの青空を思い出す。乾燥しきった、宇宙まで直接いけそうな、青よりもはや紺と言っていいようなあの空。
『わたしも息子が帰ってくるまでは心配で心配で……さてできました』
警官は笑う。
『銀行強盗の逮捕にご協力いただいて、どうもありがとう』
『いえ』
銀行強盗、ね。
答えながら立ち上がる。
警察署を出ると、すっかり空は暗くなっていた。20時過ぎまで日の落ちない今の時期に。時計を見るとすでに深夜と言ってもいい時間帯だった。
小西に任せた華はどうしてるだろう。さすがに寝ているか?
ホテルに戻る。
(……二連泊の日で良かった)
ざっと学年主任に(まだ起きて待ってくれていた)経緯を説明する。といっても、強盗事件に巻き込まれた、というざっとした経緯。
「いやぁ、設楽さんも先生もご無事でなによりですよ」
安心したように主任は言う。
「設楽さんも元気に夕食ブッフェ食べてました」
思わず笑いそうになる。あいつの元気基準、食べ物になってるじゃん。
部屋に戻る。とりあえずシャワーを浴びて、ジャージだけ穿いて冷蔵庫からビールを取り出したところで、控えめにドアがノックされた。
「?」
そっとドアに近づく。ドアスコープの先にいたのは、華だった。
ドアを開けると、俺の顔を見て華は安心した顔をするーーと次には叫ぼうとしたから慌てて口を押さえて部屋に連れ込んだ。いや連れ込むつもりはなかったんだけど、叫ぼうとするから!
「お前、でかい声たてんな」
「むぐむぐっ」
俺の手から抜け出した華は「服! 着て!」とそれでも少し大きな声で言う。
「別にいーじゃん下はいてる」
「そう言う問題じゃない!」
「はいはい」
答えながらTシャツを着た。まだ暑いのに……。
「つか連れ込んじゃった。やっば懲戒免職」
「あー、ごめん」
華は少し眉を下げる。
「や、いいよいいよジョーダン」
華の頭をヨシヨシと撫でる。華はその手を取って、自分の頬に持っていった。
「良かった。怪我とかない?」
「大丈夫だよ」
無理はしてない。なにも。
「怖かった」
「華」
「仁って今までなにしてたの? 言いたくないならいいけど」
それを聞きにきたのか。俺はぐっと黙り込む。
「だから、言いたくないなら、いい」
「華、その」
「ほんとにいいの」
華は俺の手に口付けた。
「ちゃんと生きて、一緒にいてくれるならそれで」
伏せられた目。ほんの少し、優しく微笑んだ唇。
思わず抱きしめる。
「いるよ。死ぬまで一緒だし、生まれ変わっても離す気はない」
華が次にーー次なんて考えたくもないけれど、次に人になろうが鳥になろうがイルカになろうが、必ず見つけ出して側にいる。
「俺、執着すごいから」
「約束ね」
ぎゅう、と俺の背中に手を伸ばして細い声で言う華。
「不安にさせてごめん」
「ううん」
あれ以上ウージー振り回して撃ちまくってたら、流れ弾でも華に当たるかもしれなかった。だから、先に抑えるしかなくて。
(それに)
気のせいだろうか?
あの動きが、華を狙っていたような気がして。
(あの事件、洗い直しか)
考えが、表情に出ていたのだろうか。
華が不安そうに俺を見上げた。俺は笑ってみせる。
華の頬に手を当てて、そっと唇を重ねた。華の唇。割って入って、舌を絡めた。苦しげに開かれた口内を味わって、華の弱いとこを舌で舐めあげる。華の喉から漏れた高い声に反応しそうになって慌てて理性フル動員。やばいやばい。
そっと離れた。
「ずるいよ」
華は俺を見上げる。
「これ、止める?」
「いやいやいやお嬢さん」
俺はそう言ったけど、なんとなく気弱な声だったと思う。
「ダメでしょ」
「どーして」
「だめだめだめ」
華はじっと俺を見る。
「そんななってるのに?」
「なってても! だめなの! つか見んな!」
「いや、おじさん元気だなーって」
「おじさん言うな!」
そう言うと、やっと華はケタケタ笑った。ちょっと肩から力が抜ける。
「つか、寝ろよ。明日山登りだろ」
「なんちゃら湖の散策だよ。そんなざっくり山登りだなんて」
「クマ出るらしいから気をつけろよ」
「クマ!?」
「さすがにクマは無理かも。ツキノワグマの比じゃないだろこっちの」
「ひぇっ」
本気で怯えてる華を見て、俺もケタケタ笑う。そうそうクマなんか出ないよ。……え、出ないよな?
「うん、寝る……ねぇ仁」
「なんだ?」
「一緒に寝ちゃダメ? 朝早く起きてちゃんと部屋戻るから」
脳天にチョップ。
「いったーっ」
「俺が寝れないからダメ」
「ちぇ、ちょっと甘えたかっただけなのに」
「卒業したら」
華の頬にキスをする。
「もうイヤってくらい、甘えさせてやるから」
華はほんの少し頬を赤くして、「それも約束?」と首を傾げた。なんだこの可愛いの。
「約束約束」
「なぁんか軽いなぁー」
華は言うけど、俺はにやりと笑う。
覚えておけよ、ほんとにもうイヤって言わせてやるからな!
『昔、ですが』
俺がそう答えると、その60がらみの男性警官は、ほんの少し目を細めた。
『わたしも昔、従軍経験があります』
『そうですか』
答えながら思い出だす。煌びやかなアドリア海の太陽に照らされたこの国、絵画やアニメのモデルにも選ばれるこの国は、かつて大きな民族紛争の最中にいたことを。
日本人からしたら(って、俺はイギリス人だけど)まったく同じ民族にしか見えない彼らが、かつて殺し合い憎しみあっていたことを。
『息子も軍人でね』
調書を書きながら、警官は続ける。
『はぁ』
『ISAFで作戦に参加していました』
『……僕もアフガンにいたことがあります』
そう答えると、警官は肩をすくめた。
『ご両親は生きた心地がしなかったでしょうね!』
そうなんだろうか。あの父親はよく分からない。
ふとあの青空を思い出す。乾燥しきった、宇宙まで直接いけそうな、青よりもはや紺と言っていいようなあの空。
『わたしも息子が帰ってくるまでは心配で心配で……さてできました』
警官は笑う。
『銀行強盗の逮捕にご協力いただいて、どうもありがとう』
『いえ』
銀行強盗、ね。
答えながら立ち上がる。
警察署を出ると、すっかり空は暗くなっていた。20時過ぎまで日の落ちない今の時期に。時計を見るとすでに深夜と言ってもいい時間帯だった。
小西に任せた華はどうしてるだろう。さすがに寝ているか?
ホテルに戻る。
(……二連泊の日で良かった)
ざっと学年主任に(まだ起きて待ってくれていた)経緯を説明する。といっても、強盗事件に巻き込まれた、というざっとした経緯。
「いやぁ、設楽さんも先生もご無事でなによりですよ」
安心したように主任は言う。
「設楽さんも元気に夕食ブッフェ食べてました」
思わず笑いそうになる。あいつの元気基準、食べ物になってるじゃん。
部屋に戻る。とりあえずシャワーを浴びて、ジャージだけ穿いて冷蔵庫からビールを取り出したところで、控えめにドアがノックされた。
「?」
そっとドアに近づく。ドアスコープの先にいたのは、華だった。
ドアを開けると、俺の顔を見て華は安心した顔をするーーと次には叫ぼうとしたから慌てて口を押さえて部屋に連れ込んだ。いや連れ込むつもりはなかったんだけど、叫ぼうとするから!
「お前、でかい声たてんな」
「むぐむぐっ」
俺の手から抜け出した華は「服! 着て!」とそれでも少し大きな声で言う。
「別にいーじゃん下はいてる」
「そう言う問題じゃない!」
「はいはい」
答えながらTシャツを着た。まだ暑いのに……。
「つか連れ込んじゃった。やっば懲戒免職」
「あー、ごめん」
華は少し眉を下げる。
「や、いいよいいよジョーダン」
華の頭をヨシヨシと撫でる。華はその手を取って、自分の頬に持っていった。
「良かった。怪我とかない?」
「大丈夫だよ」
無理はしてない。なにも。
「怖かった」
「華」
「仁って今までなにしてたの? 言いたくないならいいけど」
それを聞きにきたのか。俺はぐっと黙り込む。
「だから、言いたくないなら、いい」
「華、その」
「ほんとにいいの」
華は俺の手に口付けた。
「ちゃんと生きて、一緒にいてくれるならそれで」
伏せられた目。ほんの少し、優しく微笑んだ唇。
思わず抱きしめる。
「いるよ。死ぬまで一緒だし、生まれ変わっても離す気はない」
華が次にーー次なんて考えたくもないけれど、次に人になろうが鳥になろうがイルカになろうが、必ず見つけ出して側にいる。
「俺、執着すごいから」
「約束ね」
ぎゅう、と俺の背中に手を伸ばして細い声で言う華。
「不安にさせてごめん」
「ううん」
あれ以上ウージー振り回して撃ちまくってたら、流れ弾でも華に当たるかもしれなかった。だから、先に抑えるしかなくて。
(それに)
気のせいだろうか?
あの動きが、華を狙っていたような気がして。
(あの事件、洗い直しか)
考えが、表情に出ていたのだろうか。
華が不安そうに俺を見上げた。俺は笑ってみせる。
華の頬に手を当てて、そっと唇を重ねた。華の唇。割って入って、舌を絡めた。苦しげに開かれた口内を味わって、華の弱いとこを舌で舐めあげる。華の喉から漏れた高い声に反応しそうになって慌てて理性フル動員。やばいやばい。
そっと離れた。
「ずるいよ」
華は俺を見上げる。
「これ、止める?」
「いやいやいやお嬢さん」
俺はそう言ったけど、なんとなく気弱な声だったと思う。
「ダメでしょ」
「どーして」
「だめだめだめ」
華はじっと俺を見る。
「そんななってるのに?」
「なってても! だめなの! つか見んな!」
「いや、おじさん元気だなーって」
「おじさん言うな!」
そう言うと、やっと華はケタケタ笑った。ちょっと肩から力が抜ける。
「つか、寝ろよ。明日山登りだろ」
「なんちゃら湖の散策だよ。そんなざっくり山登りだなんて」
「クマ出るらしいから気をつけろよ」
「クマ!?」
「さすがにクマは無理かも。ツキノワグマの比じゃないだろこっちの」
「ひぇっ」
本気で怯えてる華を見て、俺もケタケタ笑う。そうそうクマなんか出ないよ。……え、出ないよな?
「うん、寝る……ねぇ仁」
「なんだ?」
「一緒に寝ちゃダメ? 朝早く起きてちゃんと部屋戻るから」
脳天にチョップ。
「いったーっ」
「俺が寝れないからダメ」
「ちぇ、ちょっと甘えたかっただけなのに」
「卒業したら」
華の頬にキスをする。
「もうイヤってくらい、甘えさせてやるから」
華はほんの少し頬を赤くして、「それも約束?」と首を傾げた。なんだこの可愛いの。
「約束約束」
「なぁんか軽いなぁー」
華は言うけど、俺はにやりと笑う。
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