【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・黒田健

良心の発露(side健)

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「それから」

 設楽のばーさんは続ける。

「樹くんとの、ことも」

 俺はぴくりと反応した。設楽の許婚、鹿王院樹。

「これはね、……単なる政略結婚ってわけじゃないの」

 俺はじっと話を聞く。

「あの子を、華を守るためなのよ」

 淡々と続ける設楽のばーさん。

「もし、あたしが先に死んだら。あの子はウチの、それこそあのクソジジイに引き取られるはずよ」
「耕一郎サンっすか」
「そう。あたしの兄、あの子の大伯父」

 俺の目をじっと見つめる。

「あのクソジジイはね、華を鍋島さんとこに嫁がせようとしてたの」
「鍋島……?」

 鍋島千晶、設楽の友達。……ってことは、兄の方か。いつぞやの体育祭で、世話になったことがある、が。

(条件的には、鹿王院と差はないんじゃないか)

 そりゃぁ、設楽と鍋島いわく「あのヒトは女たらし」らしい(イトコのひよりも一時期お熱だった)とは聞いているけれど。

「真さんではないわ」
「ほかに兄弟が?」
「……父親の方」

 さすがに、絶句した。友達の父親?

「そんなヒトだし、そんな家なのよ。ウチは。……だから、変えたくて、華を守りたくて、あたしはここまで来てるんだけれど」

 無言の俺に、彼女は試すような目線をよこす。

「……そうね、今回の話がうまくいくことを祈ってるわ」

 俺は頷いて、それから今度こそ部屋を出た。

(クソややこしーな)

 俺はあんまり、小難しく物事を考えることは向いていないと思う。単純にややこしいと思うし、それより何より、腹が立つ。
 設楽を、そんな風に扱おうとしてる奴がこの世にいることが。

(ブッ潰す)

 俺の力で、じゃないけれどーーつか、そんなんムリだけど。結果的に設楽を守れたら、手段はなんだっていい。
 そのためになるなら、俺はなんだってする。
 設楽のばーさんの会社を出てすぐ、俺は上田さんの名刺を取り出した。その、080で始まる番号に電話をかける。

(出るかな)

 ちらりと空を見上げる。すっかり暗い。もう帰宅してるだろうか?

『もしもし』

 ふとコール音が途切れて、聞こえてきたその声に一瞬だけ息を飲んで、それから俺は要件を告げた。

 待ち合わせをしたのは、市ヶ谷の駅。すぐ近くのコーヒーチェーン店で、上田さんは軽く手を挙げる。

「なに飲む?」

 カウンターの前でそう聞かれて、俺は自分のサイフを取り出した。

「や、自分で買うっす」
「いいよ、学生なんだから」

 遠慮しないで、と微笑まれて、俺は素直にサイフをしまう。あんまり遠慮すんのも失礼かもしんねーから。

(しかしなぁ)

 正直、なんでもいい。種類がありすぎんだよなー。

(設楽といたら、)

 設楽は大抵どれにしようか迷うから、俺の分も設楽が飲みたいやつにすればいい。そうしたら設楽が両方飲めるし、俺は設楽が嬉しそうな顔をするのが見れてWIN-WINだ。
 そんなわけで何でもよかったから、適当にブレンドを選んだ。

「遠慮しなくていいんだよ? ほらこのフラペチーノ美味しそうだよ」
「……それはいらねーんで、そんならそのホットサンド頼んでいいっすか」
「もちろん」

 正直、少し腹が減っていた。ありがたく奢ってもらう。
 コーヒーとホットサンドが揃って、やたらと小さくて高いテーブルに向かい合って座る。

「くそおやじがお世話になってるみたいで」

 俺はホットサンドを数口で食べ終わると、いきなりそう言った。

「……うん。やっぱりあのひと、君のお父さんだったんだ」
「あんま似てねーっすか?」
「や、そっくり。……特に、目が」
「そーっすかね」
「うん……で、ね。例の話。僕としては、」

 上田さんは迷った目つきで、辺りを見回す。

「……正直な、心情としては。全て話してしまっていいと思ってる。少なくとも、今のままでいいとは僕も思っていない」
「なら」
「でも、それは……あの子の、華さんの、大伯父さんを」

 苦しそうに、上田さんは言う。

「僕は、あの子からこれ以上なにかを奪いたくない。失わせたくないんだ」
「それについて、なんすけど」

 俺はコーヒーを一口飲みながら言う。あちぃ。アイスコーヒーにして貰えばよかった。

「その大伯父サンっすけど、クソヤローなんで思う様してもらっていいっすよ」
「……どういうこと?」

 俺は上田さんに、設楽のばーさんから聞いた話をかいつまんで話す。要は、設楽にとってその大伯父は庇う価値もない存在だってこと。

「……というか、その大伯父サン、蹴落とした方があいつのためにはなるんす」
「そ、うなのか」

 少し呆然、と上田さんは言った。

「……設楽のために、黙ってようと決めてたんすか。例の件」

 この人は結構正義感が強い人だと思う。少なくとも、自分の目の前で不正が行われてて、それを黙って見過ごすことができないくらいには。

(それでも)

 ずっと沈黙していたのは、……設楽のためか。

「まぁ、……ね」
「俺、まだ上田さんのこと、伝えられてねーんす。設楽に」

 すんません、と俺は頭を下げた。

「や、いやいや、そんなことない。こんなこと、……言えないよ。母親を殺した男の息子が会いたがってる、なんて」
「上田さんが殺したわけじゃねーっすし」
「それでも、だよ。……、今回のことが、少しでも華さんのためになるのなら」

 上田さんは顔を上げた。

「協力は惜しみません。……お父上にも、そう伝えてもらって大丈夫です」

 上田さんはまっすぐな目線で言う。俺は黙って頭を下げた。
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