【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
544 / 702
【高校編】分岐・相良仁

向日葵(side仁)

しおりを挟む
「あのさ」

 華が振り返って言った。

「仁が刺されたとき、ヒマワリ、一緒に見れないかなーって思った」

 何百万本という向日葵。どこまでもこの太陽のような花が続いていきそうな、そんな錯覚に陥る。
 周りに人の気配はない。ここ連日が暑すぎるから、昼日中の向日葵畑なんかに来たくないのかもしれない。
 俺の数歩前には華が歩いていて、蝉の声が鼓膜にうるさくて、太陽は眩しくて金色で、入道雲がやたらとでかい。

「縁起でもねーこというなよ」

 笑って答えると、ぽろりと華の目から涙がこぼれた。

「死んじゃうかと思った」
「華」
「おいて、いかれるかと」

 ひぐっ、なんて音を出してしやくり上げる華。

「ごめんね、仁、ごめんね」
「お前のせいじゃ、」
「違うの、前世」

 華の瞳から溢れる涙を手で拭うけれど全然無理だ。あったかい涙が、次から次から溢れてきて、止まらない。

「先に死んじゃって、ごめんねぇ……」

 なにも言えず、抱きしめた。

(ごめんな、)

 こんな顔させたくないのに、っていつも思う。笑ってて欲しいのに。気がついたら泣かせてるし、……ほんとなんでなんだろうなぁ。

「華」

 少し身体を離して、その頬を両手で包み込む。まだ涙は止まらない。その熱い涙にキスをして、もう一度抱きしめた。
 しばらく泣かせて、それから落ち着いた華は「暑い」と真っ赤にした目で笑って俺の身体を押す。俺はゆっくりと離れた。

「ていうか、大丈夫なの。身体」
「だから軽傷だって~」
「何針も縫ったじゃん」

 華は眉をひそめる。

「大丈夫、お前抱くまでは死んでも死にきれねーから」

 俺の冗談めかした台詞に、華はむくれて「じゃあもう一生、そーゆーことしない」なんて言うから俺は華の手を取って笑う。

「ひでー。ヤらせろよー」
「もー、なんかチャラいなぁ」

 くすくす華が笑うから、俺は安心するし幸せになる。華の笑顔はめちゃくちゃ凄い。俺を最高に幸せにするから。メイクスミーハッピーだよほんと。

「チャラくねーよ、めっちゃ一途じゃん俺」
「……だねぇ」

 華は俺を見上げて、少し眩しそうに目を細めた。
 暑くて、華の頬は少し上気してて赤くて、少し汗かいてて、その表情は「あの日」にとても似てて俺の心臓はぎゅっと痛む。あの日、俺が華の前世、"彼女"への恋心に気がついた「あの日」、彼女は今の華と同じようなカオで俺を見ていたーー。

(あれ?)

 唐突に気がつく。あれ?

「あ、のさ」
「なに?」
「もしかして、もしかしてだけどさ」
「うん」
「お前、前世で、もしかして俺のこと好きになりかけてた?」

 "前世"で俺が"彼女"の元カレの荷物捨てたとき、「ちょっといいな」って思ってくれてたらしいのは知ってるけど。
 ……まぁそのあと、俺の不用意な一言でそれがおじゃんになったのも、知ってるけれどーーそのあと。その後も、もしかして、俺にチャンスはあったんだろうか?

「ん? ああ」

 華は笑う。

「今、思うとね……そうだったかも」
「……マジかよ」
「私も今気がついたよ」

 びっくりだよね、なんていう華の両手を握りしめたまま、俺はしゃがみこむ。

「じ、仁? 大丈夫? どしたの?」

 熱中症? そう聞いてくる華の手を、俺はぎゅうぎゅうと握りしめて離せそうにない。

(まるであの日のやり直しだ)

 そう思う。きっと、あの日、俺にほんの少しの勇気が足りなかったせいで失って喪った彼女を、取り戻すための「やり直し」ーーなんて言ったら、大げさか。

(それでも、)

 俺にとっては、なんだか酷く重要なことな気がするんだ。
 俺は華を見上げる。心配そうな目線と目が合う。今度はーー「友達」に対する視線じゃない。ちゃんと俺を「男」として見てくれてる華の目。

「……好きです」
「え、」
「好きです。大好きです。付き合ってください」

 ぽかん、と華は俺を見つめる。それから少し、笑った。

「ほんとに告白しなおされるとは」
「いーだろ。で、返事は」
「決まってるじゃん」

 照れ臭そうに「分かってるでしょ?」なんて言う華に、俺はねだる。

「言って」
「……ん」

 華も膝を折って屈む。俺と目線が合う。熱い視線。

「あの、……不束者ですが?」
「うん」
「え、まだ?」
「足りない」

 俺は言う。足りない足りない足りない。そんなんじゃ足りない。

「ええと、……私も好きです」
「うん」
「……その、大好き」
「で?」
「えー、まだー?」

 知ってるでしょ分かってるでしょ? って顔で華は言う。俺は黙って華を見る。華は観念したかのように、ほんの少し空を見上げた。
 どこまでも青い空を。

「愛して、ます」
「うん」
「ずっと一緒にいてほしい」

 切ない声で言われて、俺は華をかきいだく。
 甘い匂いと、ほんの少しの汗のかおり。

「いるよ」
「……ん」

 華の手も俺の背中にまわる。
 すっげえ熱いし、汗べとべとだし、ほんとに何やってんのとは思うけれど、でも俺はほんとに幸せすぎて、……多分泣いてる。

「泣かないで」

 そう言う華もやっぱり泣いてて、俺たちは思わず笑いあう。泣きながら。
 空を見上げる。向日葵の濃い黄色の先に広がる青い空。どこまでも青い空。
 華に目線を戻す。

(ああ、)

 泣き笑いで、微笑んでくれたから……やっぱり俺は、コイツは向日葵みたいなヤツだなと思う。
 感情は色々ごちゃごちゃしてまとまりがない。うまく言語化できない。
 ただ、愛してるって感情だけが、血液みたいに身体じゅうをぐるぐる回って止まる術を知らない。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...