【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・相良仁

夜のプールと月と波(side仁)

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「あのさ、悪いとは思ったんだけどね、でも課題に使うテキスト、学校に置きっぱだったからさ」
「だからって呼び出すなよ深夜に」

 俺は車のハンドルを握り、赤いLEDの信号機を眺めながら言う。深夜に、と言ってもまだ23時前、華からの着信で何があったのかと思いきや。

(別に良いんだけど)

 深夜だろうが早朝だろうが、華からのお願いならなんだって聞いちゃいたいのが本音ではあるんだけれど、軽口きいちゃうのは癖っていうか、なんていうか。

「遅いしなぁって、思ったんだよ? 思ったんだけどさ」
「つか学校開いてねーだろが」
「あっ」

 はっとした顔が、薄暗がりの車内でもハッキリ分かって俺は吹き出す。

「えー、じゃあ明日の課題、どうしよっ」

 夏休み中でも、華たち特進は授業がある。

「ちなみに何?」
「生物~」
「あー、案外あのにーちゃん厳しいよな」
「同僚をにーちゃん呼ばわりして」

 ぴしり、と太ももを叩かれた。めっ、て感じで。俺は苦笑いしながらちょっと幸せ。

「トージ先生厳しいんだよ、課題忘れ。下手したら三倍だよ課題……」
「しゃあねぇなぁ、俺の隠されし108の特技のうちひとつ、鍵開けで学校開けて差し上げましょう」
「そ、そんなことできんの……?」

 華のドン引きしてた顔を見てまた俺は笑った。別にできるけど、今回は普通に開ける。

「鍵持ってるんじゃーん!」
「裏門だけどなー。どーぞ」

 裏門から屋外プールの横を抜けて校舎に入る。ドア横の警報装置をきっちり切って。発報されちゃう。

「あー、あったあった」

 暗い中、スマホのライト頼りに華は自分のロッカーからテキストを取り出した。

「つうか間に合うの、明日の授業までに」
「なんとかするよー。課題3倍よりマシ」

 華は少し難しい顔で言う。ちょっと笑ってしまった。

「大変だなー、学生は」
「先生たちのが大変な気もするけどね」

 華は肩をすくめる。
 手を繋いで(華は相変わらず暗い屋外が苦手だけれど、手を繋いでると割とマシみたいだ)校舎を出ると、月が目に入った。

「雲に隠れてたのかな」

 華が見上げながら言う。んー、なんて返事をしつつ月を眺めた。少し白い、眩しいくらいの満月だ。

「ねぇ仁」
「なんだよ」
「泳ごっか」
「は?」

 返事をしたときには、華はもう屋外プールの入り口(鍵は!?)に手をかけていた。きい、と開く扉。

「あ、やっぱり。水泳部のコに聞いてたんだー、いま鍵壊れてるって」

 嬉しそうに俺を引っ張る華。

「こら、何してんだ」
「泳ごー泳ご」

 めちゃくちゃ楽しそうに笑いながら、華は言う。

「ナイトプールナイトプール」
「ナイトプールなのかこれは」

 引っ張られるように、俺もプールサイドに立った。

「水着もねーのに」
「もういいやこのままで」

 華は俺の手を離して、ぴょん、とジャンプしてそのままの服装でプールに飛び込んだ。ティーシャツにショートパンツ、まあ泳げないことはないだろうけれど!

「あっバカ」

 つうか、プールは屋外に入らないのか?

「あはは!」

 楽しそうに華は水の中ではしゃぐ。……大丈夫みたいだ。"道"じゃないから、だろうか? 前世、襲われたのは"暗い道"だったから。

「仁もおいでよー、って無理かな。怪我」
「……ああもう」

 俺は思いっきり嘆息した。めちゃくちゃ楽しそうじゃねーかよ!
 ティーシャツだけ脱いでジーンズのままプールに飛び込む。

「冷っ!」
「案外ひんやりしてるよねー」

 すいすいと泳いできた華が笑う。
 水滴が髪を彩って、それが月光でキラキラ光って、思わず目を細める。

「夜のプールって結構憧れだったんだあ」
「いいけどさ、怪談とかも割とない? 七不思議的な」
「や、やめてよう」

 華は割と怖がりだ。俺はケタケタ笑う。

「ユーレイなんていないって。死んだら生まれ変わるんだよ」
「……そうっぽいからなぁ。不思議だよね」

 華はぷかりと水面に浮かぶ。

「あー、月、きれい」

 ちょっとうっとり、って感じで小さく言う華をみながら、プールサイドに腰掛ける。

「風邪引くなよ」
「おじさんこそ」
「てめー」

 華はやっぱり楽しそうに笑った。それから、ふと真剣な目をして、俺の方に泳いでくる。
 ざばり、と上半身だけプールサイドに腕をかけて、俺の脇腹のキズに唇を沿わせた。

「キズ、増えちゃったね」

 背中の傷を見やるようにしながら、華は言う。

「傷ついて欲しくないのに」
「……お前が傷つかないなら、俺はいくらでも傷ついたっていいんだよ」

 つうか、と俺は華の濡れた髪に指を絡める。

「傷つきたい」
「……どMなの?」
「かもな!」

 明るく笑うと、華は少し睨んできた。

「やだ」
「華」
「私、仁に一方的に守られるのはなんかヤダ。ちゃんと、隣にいたい。色々ちゃんと知ってたい。ダメ?」

 そんなに頼りない? って眉を下げる華に俺は何も言えない。

(だって、)

 今度は守るって。何があっても守り抜くって決めていたのに。
 華は横にいたいと言う。黙って守られていてくれれば、俺は大満足なのにーー。
 俺は笑った。

「おいで、華」
「……ん」

 華は上がって、俺の横に座るから、抱き上げて膝の上に乗せる。

「お前はそういうやつだよなぁ」
「迷惑?」
「いや、愛してる」
「……答えになってなくない?」

 眉を寄せた華に、軽くキスをした。ひんやりした唇。

「どこから話そうかなぁ」
「……教えてくれるの?」

 軽く首をかしげる華の後ろには、大きな満月。プールは俺たちせいで波打って、その波が月の光をかき回すみたいに光っていた。
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