【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鍋島真

カエルの子は(side真)

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 怖くないと言えば嘘になる。けれど、必ず辿り着きたい「未来」がもう目の前にあるのに、怯んでる暇はない。

「やっぱりここだった、あのリス男」

 あ、リスは可愛らしすぎるからやめたんだっけ……? まぁいいや。リス男、じゃない、オトーサマはやっぱり鎌倉ココの書斎に後生大事に閉まってた。

「ばっかじゃないの」

 薄く笑う。今回の件についての国会答弁の想定問答集。おやまぁ、ご丁寧に弁護士サンのアドバイスメモ付き。
 僕はぽつりと呟く。国会で嘘ついたらいーけないんだいけないんだ。けーんじさんに言ってやろ。

(このメモの存在は)

 国会での偽証を十分に立件できるだろう。
 山ノ内さんが来てから、やにわに報道にもでてきた「今回の件」。各社マスコミのスポンサーになってる「常盤」絡みだけあって、実は報道はそんなに大きくされていないし、常盤の「と」の字も出ていない。けれど、それも時間の問題だ。
 臨時国会会期中だけれど、逮捕許諾請求もされるんじやないかな。
 ……どんな顔、するんだろう。

(思ったより、楽しくないな)

 もっとワクワクすると思った。楽しみになるんじゃないかなって。

(案外、なんていうか、虚しい)

 僕はリス男が隠してた書類の束を封筒にいれて、ーーその時、廊下を歩く音がして僕はそれを背中、服の下にとっさに隠す。

「なにをしている」

 リス男ーーじゃなかったや、ええとオトーサマが立っている。僕は笑った。

(想定外だけれど)

 不審そうなオトーサマに、僕は言う。

「常盤サンとこの華さんと婚約しました」
「……ほう」

 つかつか、と部屋に入ってきたオトーサマはソファにどかりと腰を下ろす。

「鹿王院の小倅と婚約していなかったか、あの娘は」
「諦めてもらいました」
「かなり執心していたと聞いたが」
「とても、」

 僕は言う。

「とても大事にされていました」
「……弱点になるから、大事なものは作るなと言ったのに」
「あなたとは違う」
「政治家にとって致命的だぞ、弱点というものは」
「僕は政治家になんかならない」

 オトーサマは軽く眉をあげる。

「では何になる? お前が」
「さあ」

 何になるんだろう。とりあえず、華の伴侶には違いないけれど。

「その隠し持っているソレが」

 オトーサマは無表情で言った。

「お前を強気にしたらしめているのか?」
「さあ」

 僕は肩をすくめながら、じりじりと扉に近づく。

「何の話だか」
「それを渡しなさい」

 オトーサマも立ち上がり、距離を詰め詰てくる。

「真」

 オトーサマは無表情に「微笑んで」いた。背中が凍りつきそうになる。灼きつけられた、恐怖の記憶。

(ああ、本当に)

 僕は誓う。こんな時だけれどーー絶対にこんな父親にはなりたくない。

「オトーサマ、僕はね」

 精一杯の虚飾の仮面。精一杯の虚仮威し。華は僕を勇士だと言うけれど、やっぱりボロコーヴなのかもしれない。それでも僕は闘うボロコーヴ。

「もう、大人なん、ですよっ」

 近くにあった本を投げた。大人はこんなことしない。多分だけれど。
 投擲された本は、父親の側頭部を直撃する。
 父親の目に怒りの色が増す。すくみそうになるけれど、僕は走る。父親がなにか叫ぶ。僕は封筒片手に部屋を転がり出て、千晶の部屋に向かう。

「千晶! 千晶千晶! 火事! 火事だだから出てきて!」
「な、なんですかお兄様!? 火事!?」

 慌ててテキスト片手に飛び出てきた千晶の腕を掴んで、廊下を走る。

「な、なんなんですかっお兄様!?」
「いいから走って」

 父親が追いつきそうになるから、僕は千晶が持ってたテキストを投げつける。

「ああっ宿題っ! ええ、な、なんなんですかっ火事じゃなくて親子ゲンカ!?」

 叫ぶ千晶を抱える。ぎゃあぎゃあ可愛らしく怒ってるけど無視だ。階段を落ちるように降って、玄関じゃなくて中庭に通じる窓を突き破るみたいにして、外に飛び出る。

「きゃあ、もう、なにを……っていうか雨ですし!」

 千晶は相変わらず怒ってくれててとっても可愛い。そっと地面に下ろす。

「靴も履いていないのに!」

 千晶が叫んだ。
 僕は書類が濡れないように、服の下に入れながら振り返る。父親は少し距離があるーーああ、そうか。あのひとは、老いたのだ。全力で走っても、もうハタチの青年の疾走にはついてこられないのだ。妹を抱えていたのに。
 僕はまた、千晶の手を引いて走り出す。

「まことーっ」

 父親が叫んだ。

「きさま、きさま、育ててやった恩も忘れて」

 僕は振り返らない。雨の中をひたすら、千晶の腕を掴んで走る。

(もっと早くこうすべきだったんだ)

 あんな男に縛られてた。あんな、弱々しくて、みすぼらしい、ボロコーヴみたいな男に。……ボロコーヴの子はボロコーヴ、なのかもなんだけれど。
 家の前に路駐してたクルマに、千晶を押し込めて飛び乗る。

「な、な、なんなんですかっ」
「ごめんね千晶、僕って正義感満ち溢れる男だからさ~」

 アクセルを踏み込む。ぎゅるぎゅる、とタイヤ音を響かせて僕らは出発。

「白々しい嘘を!」
「あはは」

 僕は笑う。笑う。笑う。
 千晶はびっくりした顔をしたあと、「お兄様ってそんな風に笑うんですねぇ」としみじみと言った。

「ていうか、どこに向かってるんですか?」
「ん? 僕の愛しのハニーのおうち」
「い、いとしのハニー……」

 千晶はドン引きした顔で繰り返した。それを見て僕はまた笑う。あたり一面は急な豪雨で、でも僕は晴れやかだった。
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