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【高校編】分岐・鍋島真
カエルの子は(side真)
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怖くないと言えば嘘になる。けれど、必ず辿り着きたい「未来」がもう目の前にあるのに、怯んでる暇はない。
「やっぱりここだった、あのリス男」
あ、リスは可愛らしすぎるからやめたんだっけ……? まぁいいや。リス男、じゃない、オトーサマはやっぱり鎌倉の書斎に後生大事に閉まってた。
「ばっかじゃないの」
薄く笑う。今回の件についての国会答弁の想定問答集。おやまぁ、ご丁寧に弁護士サンのアドバイスメモ付き。
僕はぽつりと呟く。国会で嘘ついたらいーけないんだいけないんだ。けーんじさんに言ってやろ。
(このメモの存在は)
国会での偽証を十分に立件できるだろう。
山ノ内さんが来てから、やにわに報道にもでてきた「今回の件」。各社マスコミのスポンサーになってる「常盤」絡みだけあって、実は報道はそんなに大きくされていないし、常盤の「と」の字も出ていない。けれど、それも時間の問題だ。
臨時国会会期中だけれど、逮捕許諾請求もされるんじやないかな。
……どんな顔、するんだろう。
(思ったより、楽しくないな)
もっとワクワクすると思った。楽しみになるんじゃないかなって。
(案外、なんていうか、虚しい)
僕はリス男が隠してた書類の束を封筒にいれて、ーーその時、廊下を歩く音がして僕はそれを背中、服の下にとっさに隠す。
「なにをしている」
リス男ーーじゃなかったや、ええとオトーサマが立っている。僕は笑った。
(想定外だけれど)
不審そうなオトーサマに、僕は言う。
「常盤サンとこの華さんと婚約しました」
「……ほう」
つかつか、と部屋に入ってきたオトーサマはソファにどかりと腰を下ろす。
「鹿王院の小倅と婚約していなかったか、あの娘は」
「諦めてもらいました」
「かなり執心していたと聞いたが」
「とても、」
僕は言う。
「とても大事にされていました」
「……弱点になるから、大事なものは作るなと言ったのに」
「あなたとは違う」
「政治家にとって致命的だぞ、弱点というものは」
「僕は政治家になんかならない」
オトーサマは軽く眉をあげる。
「では何になる? お前が」
「さあ」
何になるんだろう。とりあえず、華の伴侶には違いないけれど。
「その隠し持っているソレが」
オトーサマは無表情で言った。
「お前を強気にしたらしめているのか?」
「さあ」
僕は肩をすくめながら、じりじりと扉に近づく。
「何の話だか」
「それを渡しなさい」
オトーサマも立ち上がり、距離を詰め詰てくる。
「真」
オトーサマは無表情に「微笑んで」いた。背中が凍りつきそうになる。灼きつけられた、恐怖の記憶。
(ああ、本当に)
僕は誓う。こんな時だけれどーー絶対にこんな父親にはなりたくない。
「オトーサマ、僕はね」
精一杯の虚飾の仮面。精一杯の虚仮威し。華は僕を勇士だと言うけれど、やっぱりボロコーヴなのかもしれない。それでも僕は闘うボロコーヴ。
「もう、大人なん、ですよっ」
近くにあった本を投げた。大人はこんなことしない。多分だけれど。
投擲された本は、父親の側頭部を直撃する。
父親の目に怒りの色が増す。すくみそうになるけれど、僕は走る。父親がなにか叫ぶ。僕は封筒片手に部屋を転がり出て、千晶の部屋に向かう。
「千晶! 千晶千晶! 火事! 火事だだから出てきて!」
「な、なんですかお兄様!? 火事!?」
慌ててテキスト片手に飛び出てきた千晶の腕を掴んで、廊下を走る。
「な、なんなんですかっお兄様!?」
「いいから走って」
父親が追いつきそうになるから、僕は千晶が持ってたテキストを投げつける。
「ああっ宿題っ! ええ、な、なんなんですかっ火事じゃなくて親子ゲンカ!?」
叫ぶ千晶を抱える。ぎゃあぎゃあ可愛らしく怒ってるけど無視だ。階段を落ちるように降って、玄関じゃなくて中庭に通じる窓を突き破るみたいにして、外に飛び出る。
「きゃあ、もう、なにを……っていうか雨ですし!」
千晶は相変わらず怒ってくれててとっても可愛い。そっと地面に下ろす。
「靴も履いていないのに!」
千晶が叫んだ。
僕は書類が濡れないように、服の下に入れながら振り返る。父親は少し距離があるーーああ、そうか。あのひとは、老いたのだ。全力で走っても、もうハタチの青年の疾走にはついてこられないのだ。妹を抱えていたのに。
僕はまた、千晶の手を引いて走り出す。
「まことーっ」
父親が叫んだ。
「きさま、きさま、育ててやった恩も忘れて」
僕は振り返らない。雨の中をひたすら、千晶の腕を掴んで走る。
(もっと早くこうすべきだったんだ)
あんな男に縛られてた。あんな、弱々しくて、みすぼらしい、ボロコーヴみたいな男に。……ボロコーヴの子はボロコーヴ、なのかもなんだけれど。
家の前に路駐してたクルマに、千晶を押し込めて飛び乗る。
「な、な、なんなんですかっ」
「ごめんね千晶、僕って正義感満ち溢れる男だからさ~」
アクセルを踏み込む。ぎゅるぎゅる、とタイヤ音を響かせて僕らは出発。
「白々しい嘘を!」
「あはは」
僕は笑う。笑う。笑う。
千晶はびっくりした顔をしたあと、「お兄様ってそんな風に笑うんですねぇ」としみじみと言った。
「ていうか、どこに向かってるんですか?」
「ん? 僕の愛しのハニーのおうち」
「い、いとしのハニー……」
千晶はドン引きした顔で繰り返した。それを見て僕はまた笑う。あたり一面は急な豪雨で、でも僕は晴れやかだった。
「やっぱりここだった、あのリス男」
あ、リスは可愛らしすぎるからやめたんだっけ……? まぁいいや。リス男、じゃない、オトーサマはやっぱり鎌倉の書斎に後生大事に閉まってた。
「ばっかじゃないの」
薄く笑う。今回の件についての国会答弁の想定問答集。おやまぁ、ご丁寧に弁護士サンのアドバイスメモ付き。
僕はぽつりと呟く。国会で嘘ついたらいーけないんだいけないんだ。けーんじさんに言ってやろ。
(このメモの存在は)
国会での偽証を十分に立件できるだろう。
山ノ内さんが来てから、やにわに報道にもでてきた「今回の件」。各社マスコミのスポンサーになってる「常盤」絡みだけあって、実は報道はそんなに大きくされていないし、常盤の「と」の字も出ていない。けれど、それも時間の問題だ。
臨時国会会期中だけれど、逮捕許諾請求もされるんじやないかな。
……どんな顔、するんだろう。
(思ったより、楽しくないな)
もっとワクワクすると思った。楽しみになるんじゃないかなって。
(案外、なんていうか、虚しい)
僕はリス男が隠してた書類の束を封筒にいれて、ーーその時、廊下を歩く音がして僕はそれを背中、服の下にとっさに隠す。
「なにをしている」
リス男ーーじゃなかったや、ええとオトーサマが立っている。僕は笑った。
(想定外だけれど)
不審そうなオトーサマに、僕は言う。
「常盤サンとこの華さんと婚約しました」
「……ほう」
つかつか、と部屋に入ってきたオトーサマはソファにどかりと腰を下ろす。
「鹿王院の小倅と婚約していなかったか、あの娘は」
「諦めてもらいました」
「かなり執心していたと聞いたが」
「とても、」
僕は言う。
「とても大事にされていました」
「……弱点になるから、大事なものは作るなと言ったのに」
「あなたとは違う」
「政治家にとって致命的だぞ、弱点というものは」
「僕は政治家になんかならない」
オトーサマは軽く眉をあげる。
「では何になる? お前が」
「さあ」
何になるんだろう。とりあえず、華の伴侶には違いないけれど。
「その隠し持っているソレが」
オトーサマは無表情で言った。
「お前を強気にしたらしめているのか?」
「さあ」
僕は肩をすくめながら、じりじりと扉に近づく。
「何の話だか」
「それを渡しなさい」
オトーサマも立ち上がり、距離を詰め詰てくる。
「真」
オトーサマは無表情に「微笑んで」いた。背中が凍りつきそうになる。灼きつけられた、恐怖の記憶。
(ああ、本当に)
僕は誓う。こんな時だけれどーー絶対にこんな父親にはなりたくない。
「オトーサマ、僕はね」
精一杯の虚飾の仮面。精一杯の虚仮威し。華は僕を勇士だと言うけれど、やっぱりボロコーヴなのかもしれない。それでも僕は闘うボロコーヴ。
「もう、大人なん、ですよっ」
近くにあった本を投げた。大人はこんなことしない。多分だけれど。
投擲された本は、父親の側頭部を直撃する。
父親の目に怒りの色が増す。すくみそうになるけれど、僕は走る。父親がなにか叫ぶ。僕は封筒片手に部屋を転がり出て、千晶の部屋に向かう。
「千晶! 千晶千晶! 火事! 火事だだから出てきて!」
「な、なんですかお兄様!? 火事!?」
慌ててテキスト片手に飛び出てきた千晶の腕を掴んで、廊下を走る。
「な、なんなんですかっお兄様!?」
「いいから走って」
父親が追いつきそうになるから、僕は千晶が持ってたテキストを投げつける。
「ああっ宿題っ! ええ、な、なんなんですかっ火事じゃなくて親子ゲンカ!?」
叫ぶ千晶を抱える。ぎゃあぎゃあ可愛らしく怒ってるけど無視だ。階段を落ちるように降って、玄関じゃなくて中庭に通じる窓を突き破るみたいにして、外に飛び出る。
「きゃあ、もう、なにを……っていうか雨ですし!」
千晶は相変わらず怒ってくれててとっても可愛い。そっと地面に下ろす。
「靴も履いていないのに!」
千晶が叫んだ。
僕は書類が濡れないように、服の下に入れながら振り返る。父親は少し距離があるーーああ、そうか。あのひとは、老いたのだ。全力で走っても、もうハタチの青年の疾走にはついてこられないのだ。妹を抱えていたのに。
僕はまた、千晶の手を引いて走り出す。
「まことーっ」
父親が叫んだ。
「きさま、きさま、育ててやった恩も忘れて」
僕は振り返らない。雨の中をひたすら、千晶の腕を掴んで走る。
(もっと早くこうすべきだったんだ)
あんな男に縛られてた。あんな、弱々しくて、みすぼらしい、ボロコーヴみたいな男に。……ボロコーヴの子はボロコーヴ、なのかもなんだけれど。
家の前に路駐してたクルマに、千晶を押し込めて飛び乗る。
「な、な、なんなんですかっ」
「ごめんね千晶、僕って正義感満ち溢れる男だからさ~」
アクセルを踏み込む。ぎゅるぎゅる、とタイヤ音を響かせて僕らは出発。
「白々しい嘘を!」
「あはは」
僕は笑う。笑う。笑う。
千晶はびっくりした顔をしたあと、「お兄様ってそんな風に笑うんですねぇ」としみじみと言った。
「ていうか、どこに向かってるんですか?」
「ん? 僕の愛しのハニーのおうち」
「い、いとしのハニー……」
千晶はドン引きした顔で繰り返した。それを見て僕はまた笑う。あたり一面は急な豪雨で、でも僕は晴れやかだった。
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