304 / 702
【高校編】分岐・鍋島真
カエルの子は(side真)
しおりを挟む
怖くないと言えば嘘になる。けれど、必ず辿り着きたい「未来」がもう目の前にあるのに、怯んでる暇はない。
「やっぱりここだった、あのリス男」
あ、リスは可愛らしすぎるからやめたんだっけ……? まぁいいや。リス男、じゃない、オトーサマはやっぱり鎌倉の書斎に後生大事に閉まってた。
「ばっかじゃないの」
薄く笑う。今回の件についての国会答弁の想定問答集。おやまぁ、ご丁寧に弁護士サンのアドバイスメモ付き。
僕はぽつりと呟く。国会で嘘ついたらいーけないんだいけないんだ。けーんじさんに言ってやろ。
(このメモの存在は)
国会での偽証を十分に立件できるだろう。
山ノ内さんが来てから、やにわに報道にもでてきた「今回の件」。各社マスコミのスポンサーになってる「常盤」絡みだけあって、実は報道はそんなに大きくされていないし、常盤の「と」の字も出ていない。けれど、それも時間の問題だ。
臨時国会会期中だけれど、逮捕許諾請求もされるんじやないかな。
……どんな顔、するんだろう。
(思ったより、楽しくないな)
もっとワクワクすると思った。楽しみになるんじゃないかなって。
(案外、なんていうか、虚しい)
僕はリス男が隠してた書類の束を封筒にいれて、ーーその時、廊下を歩く音がして僕はそれを背中、服の下にとっさに隠す。
「なにをしている」
リス男ーーじゃなかったや、ええとオトーサマが立っている。僕は笑った。
(想定外だけれど)
不審そうなオトーサマに、僕は言う。
「常盤サンとこの華さんと婚約しました」
「……ほう」
つかつか、と部屋に入ってきたオトーサマはソファにどかりと腰を下ろす。
「鹿王院の小倅と婚約していなかったか、あの娘は」
「諦めてもらいました」
「かなり執心していたと聞いたが」
「とても、」
僕は言う。
「とても大事にされていました」
「……弱点になるから、大事なものは作るなと言ったのに」
「あなたとは違う」
「政治家にとって致命的だぞ、弱点というものは」
「僕は政治家になんかならない」
オトーサマは軽く眉をあげる。
「では何になる? お前が」
「さあ」
何になるんだろう。とりあえず、華の伴侶には違いないけれど。
「その隠し持っているソレが」
オトーサマは無表情で言った。
「お前を強気にしたらしめているのか?」
「さあ」
僕は肩をすくめながら、じりじりと扉に近づく。
「何の話だか」
「それを渡しなさい」
オトーサマも立ち上がり、距離を詰め詰てくる。
「真」
オトーサマは無表情に「微笑んで」いた。背中が凍りつきそうになる。灼きつけられた、恐怖の記憶。
(ああ、本当に)
僕は誓う。こんな時だけれどーー絶対にこんな父親にはなりたくない。
「オトーサマ、僕はね」
精一杯の虚飾の仮面。精一杯の虚仮威し。華は僕を勇士だと言うけれど、やっぱりボロコーヴなのかもしれない。それでも僕は闘うボロコーヴ。
「もう、大人なん、ですよっ」
近くにあった本を投げた。大人はこんなことしない。多分だけれど。
投擲された本は、父親の側頭部を直撃する。
父親の目に怒りの色が増す。すくみそうになるけれど、僕は走る。父親がなにか叫ぶ。僕は封筒片手に部屋を転がり出て、千晶の部屋に向かう。
「千晶! 千晶千晶! 火事! 火事だだから出てきて!」
「な、なんですかお兄様!? 火事!?」
慌ててテキスト片手に飛び出てきた千晶の腕を掴んで、廊下を走る。
「な、なんなんですかっお兄様!?」
「いいから走って」
父親が追いつきそうになるから、僕は千晶が持ってたテキストを投げつける。
「ああっ宿題っ! ええ、な、なんなんですかっ火事じゃなくて親子ゲンカ!?」
叫ぶ千晶を抱える。ぎゃあぎゃあ可愛らしく怒ってるけど無視だ。階段を落ちるように降って、玄関じゃなくて中庭に通じる窓を突き破るみたいにして、外に飛び出る。
「きゃあ、もう、なにを……っていうか雨ですし!」
千晶は相変わらず怒ってくれててとっても可愛い。そっと地面に下ろす。
「靴も履いていないのに!」
千晶が叫んだ。
僕は書類が濡れないように、服の下に入れながら振り返る。父親は少し距離があるーーああ、そうか。あのひとは、老いたのだ。全力で走っても、もうハタチの青年の疾走にはついてこられないのだ。妹を抱えていたのに。
僕はまた、千晶の手を引いて走り出す。
「まことーっ」
父親が叫んだ。
「きさま、きさま、育ててやった恩も忘れて」
僕は振り返らない。雨の中をひたすら、千晶の腕を掴んで走る。
(もっと早くこうすべきだったんだ)
あんな男に縛られてた。あんな、弱々しくて、みすぼらしい、ボロコーヴみたいな男に。……ボロコーヴの子はボロコーヴ、なのかもなんだけれど。
家の前に路駐してたクルマに、千晶を押し込めて飛び乗る。
「な、な、なんなんですかっ」
「ごめんね千晶、僕って正義感満ち溢れる男だからさ~」
アクセルを踏み込む。ぎゅるぎゅる、とタイヤ音を響かせて僕らは出発。
「白々しい嘘を!」
「あはは」
僕は笑う。笑う。笑う。
千晶はびっくりした顔をしたあと、「お兄様ってそんな風に笑うんですねぇ」としみじみと言った。
「ていうか、どこに向かってるんですか?」
「ん? 僕の愛しのハニーのおうち」
「い、いとしのハニー……」
千晶はドン引きした顔で繰り返した。それを見て僕はまた笑う。あたり一面は急な豪雨で、でも僕は晴れやかだった。
「やっぱりここだった、あのリス男」
あ、リスは可愛らしすぎるからやめたんだっけ……? まぁいいや。リス男、じゃない、オトーサマはやっぱり鎌倉の書斎に後生大事に閉まってた。
「ばっかじゃないの」
薄く笑う。今回の件についての国会答弁の想定問答集。おやまぁ、ご丁寧に弁護士サンのアドバイスメモ付き。
僕はぽつりと呟く。国会で嘘ついたらいーけないんだいけないんだ。けーんじさんに言ってやろ。
(このメモの存在は)
国会での偽証を十分に立件できるだろう。
山ノ内さんが来てから、やにわに報道にもでてきた「今回の件」。各社マスコミのスポンサーになってる「常盤」絡みだけあって、実は報道はそんなに大きくされていないし、常盤の「と」の字も出ていない。けれど、それも時間の問題だ。
臨時国会会期中だけれど、逮捕許諾請求もされるんじやないかな。
……どんな顔、するんだろう。
(思ったより、楽しくないな)
もっとワクワクすると思った。楽しみになるんじゃないかなって。
(案外、なんていうか、虚しい)
僕はリス男が隠してた書類の束を封筒にいれて、ーーその時、廊下を歩く音がして僕はそれを背中、服の下にとっさに隠す。
「なにをしている」
リス男ーーじゃなかったや、ええとオトーサマが立っている。僕は笑った。
(想定外だけれど)
不審そうなオトーサマに、僕は言う。
「常盤サンとこの華さんと婚約しました」
「……ほう」
つかつか、と部屋に入ってきたオトーサマはソファにどかりと腰を下ろす。
「鹿王院の小倅と婚約していなかったか、あの娘は」
「諦めてもらいました」
「かなり執心していたと聞いたが」
「とても、」
僕は言う。
「とても大事にされていました」
「……弱点になるから、大事なものは作るなと言ったのに」
「あなたとは違う」
「政治家にとって致命的だぞ、弱点というものは」
「僕は政治家になんかならない」
オトーサマは軽く眉をあげる。
「では何になる? お前が」
「さあ」
何になるんだろう。とりあえず、華の伴侶には違いないけれど。
「その隠し持っているソレが」
オトーサマは無表情で言った。
「お前を強気にしたらしめているのか?」
「さあ」
僕は肩をすくめながら、じりじりと扉に近づく。
「何の話だか」
「それを渡しなさい」
オトーサマも立ち上がり、距離を詰め詰てくる。
「真」
オトーサマは無表情に「微笑んで」いた。背中が凍りつきそうになる。灼きつけられた、恐怖の記憶。
(ああ、本当に)
僕は誓う。こんな時だけれどーー絶対にこんな父親にはなりたくない。
「オトーサマ、僕はね」
精一杯の虚飾の仮面。精一杯の虚仮威し。華は僕を勇士だと言うけれど、やっぱりボロコーヴなのかもしれない。それでも僕は闘うボロコーヴ。
「もう、大人なん、ですよっ」
近くにあった本を投げた。大人はこんなことしない。多分だけれど。
投擲された本は、父親の側頭部を直撃する。
父親の目に怒りの色が増す。すくみそうになるけれど、僕は走る。父親がなにか叫ぶ。僕は封筒片手に部屋を転がり出て、千晶の部屋に向かう。
「千晶! 千晶千晶! 火事! 火事だだから出てきて!」
「な、なんですかお兄様!? 火事!?」
慌ててテキスト片手に飛び出てきた千晶の腕を掴んで、廊下を走る。
「な、なんなんですかっお兄様!?」
「いいから走って」
父親が追いつきそうになるから、僕は千晶が持ってたテキストを投げつける。
「ああっ宿題っ! ええ、な、なんなんですかっ火事じゃなくて親子ゲンカ!?」
叫ぶ千晶を抱える。ぎゃあぎゃあ可愛らしく怒ってるけど無視だ。階段を落ちるように降って、玄関じゃなくて中庭に通じる窓を突き破るみたいにして、外に飛び出る。
「きゃあ、もう、なにを……っていうか雨ですし!」
千晶は相変わらず怒ってくれててとっても可愛い。そっと地面に下ろす。
「靴も履いていないのに!」
千晶が叫んだ。
僕は書類が濡れないように、服の下に入れながら振り返る。父親は少し距離があるーーああ、そうか。あのひとは、老いたのだ。全力で走っても、もうハタチの青年の疾走にはついてこられないのだ。妹を抱えていたのに。
僕はまた、千晶の手を引いて走り出す。
「まことーっ」
父親が叫んだ。
「きさま、きさま、育ててやった恩も忘れて」
僕は振り返らない。雨の中をひたすら、千晶の腕を掴んで走る。
(もっと早くこうすべきだったんだ)
あんな男に縛られてた。あんな、弱々しくて、みすぼらしい、ボロコーヴみたいな男に。……ボロコーヴの子はボロコーヴ、なのかもなんだけれど。
家の前に路駐してたクルマに、千晶を押し込めて飛び乗る。
「な、な、なんなんですかっ」
「ごめんね千晶、僕って正義感満ち溢れる男だからさ~」
アクセルを踏み込む。ぎゅるぎゅる、とタイヤ音を響かせて僕らは出発。
「白々しい嘘を!」
「あはは」
僕は笑う。笑う。笑う。
千晶はびっくりした顔をしたあと、「お兄様ってそんな風に笑うんですねぇ」としみじみと言った。
「ていうか、どこに向かってるんですか?」
「ん? 僕の愛しのハニーのおうち」
「い、いとしのハニー……」
千晶はドン引きした顔で繰り返した。それを見て僕はまた笑う。あたり一面は急な豪雨で、でも僕は晴れやかだった。
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる