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【高校編】分岐・鍋島真
約束(side真)
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「ちょっとだけって言ったじゃないですかっ」
ぷんすか怒る華は可愛らしい。僕が笑うと、華は時計を見て「敦子さんに怒られるっ!」と叫んでいる。その顔を見て、やっぱり僕は笑う。ほんとうに素っ頓狂なカオをしちゃう子だなぁ。
「華だって時間忘れてたくせに?」
「う」
そんな一言で真っ赤になって黙るこの子が愛おしい。
(名残惜しいけれど、)
僕は華のこめかみに唇を落とす。本当は、ひと晩でもふた晩でも、抱き潰してやりたいところだけれど。
(さすがに帰さないとなぁ)
無断外泊はダメでしょう。結婚前に敦子サンからの信用失いたくないしね。
「あ、そうだ」
僕は立ち上がり、本棚に置いておいた鍵を華に渡す。
「かぎ?」
「ここの合鍵。持っててね」
「あー、はい。……うわぁ」
華は鍵を見ながら、ほんの少し幸せそうに笑う。
「合鍵なんか、もらったの初めてです」
照れ臭そうに言うから、僕は嬉しいと同時に問い質したくなる。今までどんな恋愛してきたの? ……樹クン以外だよね? 樹クンだとすれば、華はもう真綿に包まれるように大事に大事にされていただろうから。僕が入る余裕なんか、ないくらいに。
(いや、)
僕は、すぐにそれを否定した。
それでも奪っていたと思う。見つけていたはずだ。僕にとっての唯一だって。誰のものであろうと、どこにいようと、姿かたちが違おうと。
……誰だろう?
(ハジメテだったくせにさ、)
華の身体はどこまでも真っ白なそれで、僕以外誰も知らないはずでーーそれは断言できる。
なのに、妙に「慣れて」いた。キスも、それから、その先の全ての行為そのものに。
胸の奥がちりりと痛む。熾り火のように。
「ま、ことさん?」
「もう少し」
「え、や、ほんと、帰らなきゃ」
僕は華を抱きしめて、ぺろりと首筋を舐めあげた。ぴくりと震える身体、甘い息と声。
(鎮めて欲しい)
この熾り火のような感情。だから、もう少し、僕といて。
「ほんとにほんとに、ちょっとだけって言ったじゃないですかっ」
「あは、ごめんねー?」
「もー、ほんとにっ」
「でも着信とかないよね?」
車の助手席でまだぷんすかしてる華に言うと「あ、ほんとだ」と不思議そうにスマホの画面に目をやる。
「まだお仕事なのかなぁ」
「……お忙しいねぇ?」
原因を作ったのは僕なのに、すっとぼけてそんな風に返す。
「そーなんですよ。最近特に忙しいみたいで」
心配げに寄せられた眉。僕は赤信号で停止したのをいいことに、その眉間をぐりぐりと親指で強めに押した。
「いたたたたたたっ!?」
「シワになるからやめなさい」
「な、なりませんよこれくらいで」
華は痛そうに眉間を撫でる。それから、ふと気がついたように窓越しに空を眺めた。
「なんか、さみしいですねぇ」
「何が?」
「さっきまで、花火で夜空が騒がしかったのに」
「ああ、」
僕もフロントガラスから軽く空を眺める。さっきまで赤だの青だの白だのと、騒がしかった夜空。
「ああ、でもほら、……見えるかな」
軽く指を指す。
「あれ、火星」
「へっ」
「少し上がアルタイル、……夏の大三角」
華はぽかんと空を見ている。もっと東側には秋の四辺形。
「もう少し暗いところへ行けば、星が綺麗だよ」
僕はついそんな話をしながら、同時にちょっと後悔していた。いきなり星の話するとかさあ、なんかキモくない? そう思うけれど。
「……きれい、なんでしょうねえ」
けれど、そんな心配は杞憂だった。
華は目を細めてガラス越しの空を見上げている。信号が青になって、僕はアクセルを踏んだ。
「そっか、あるんですよねぇ」
しみじみとした口調で、華は言った。
「見えてないだけで。花火みたいに、派手でないだけで」
「昼間だってあるよ。見えてないだけ」
「ですねぇ」
華は引くどころか、なんていうか、ちょっと感動した、みたいなカオをしてるから僕は笑う。
「……なんで笑うんですか」
「いや、普通ヒくでしょ?」
急に星の話なんて、と僕は言う。だから、他の人にはこんな話したことなかった。
「なんでですか? 全然知らないですけど、でも」
華は笑う。
「真さんから星の話聞くの、結構好きですよ? 私」
華は言う。
「……とてもひと晩では語り尽くせないから、っていうか一生華を軟禁しないとハナシ、おわんないかも」
「それはちょうど良かったです」
華はふふ、と笑った。
「真さん相手に結婚なんか、もうそんな感じになると勝手に思ってましたから、私」
「……そ?」
「あ、でも、軟禁はイヤです。軟禁は」
「監禁ならいいの」
「余計に! ダメです!」
やっぱり華はぷんすかと怒った。あはは、やっぱり素っ頓狂なカオだよねこの子。
華の家の横に車を停めた時、ちょうどオトートくん、というかまぁ親戚に当たる男の子が帰宅したところだった。
「あ、お帰り圭くん」
車の窓を開けて華が言う。圭クンは可愛らしく微笑んで(華がよく言う、ウチの弟は可愛いんだ天使だもはやこの世のものではない、と)「おかえりハナ」と華の髪を撫でる。
(へえ?)
僕はハンドルにもたれかかって、それを見つめた。……へー。なるほどね。
それから圭クンはちらりと僕を見て、ものすごく冷たい目で「こんばんは鍋島さん」と低く言った。
「なんだか、ハナがお世話になったみたいで?」
わざわざ過去形にしてくるところが、なかなか手強そう。
「これからもお世話し続けるんだよ、"オトート"くん?」
華は不思議そうに僕を見る。
「むしろお世話してるの私ですよね?」
ご飯作ってますし、と華が言う。その背後で圭クンはほとんど無表情で僕を見ていた。
……やだなー、この家に華を帰したくない。無理矢理どう、ってのはないと思うけれど、気分的に。
(やっぱ早く結婚しよ)
僕だけのものにしよう。うん、それがいいそれがいい。
そんな訳で僕は鎌倉の家に帰宅して、まっすぐオトーサマの書斎に向かった。山内検事との約束を果たさなきゃですからね。
ぷんすか怒る華は可愛らしい。僕が笑うと、華は時計を見て「敦子さんに怒られるっ!」と叫んでいる。その顔を見て、やっぱり僕は笑う。ほんとうに素っ頓狂なカオをしちゃう子だなぁ。
「華だって時間忘れてたくせに?」
「う」
そんな一言で真っ赤になって黙るこの子が愛おしい。
(名残惜しいけれど、)
僕は華のこめかみに唇を落とす。本当は、ひと晩でもふた晩でも、抱き潰してやりたいところだけれど。
(さすがに帰さないとなぁ)
無断外泊はダメでしょう。結婚前に敦子サンからの信用失いたくないしね。
「あ、そうだ」
僕は立ち上がり、本棚に置いておいた鍵を華に渡す。
「かぎ?」
「ここの合鍵。持っててね」
「あー、はい。……うわぁ」
華は鍵を見ながら、ほんの少し幸せそうに笑う。
「合鍵なんか、もらったの初めてです」
照れ臭そうに言うから、僕は嬉しいと同時に問い質したくなる。今までどんな恋愛してきたの? ……樹クン以外だよね? 樹クンだとすれば、華はもう真綿に包まれるように大事に大事にされていただろうから。僕が入る余裕なんか、ないくらいに。
(いや、)
僕は、すぐにそれを否定した。
それでも奪っていたと思う。見つけていたはずだ。僕にとっての唯一だって。誰のものであろうと、どこにいようと、姿かたちが違おうと。
……誰だろう?
(ハジメテだったくせにさ、)
華の身体はどこまでも真っ白なそれで、僕以外誰も知らないはずでーーそれは断言できる。
なのに、妙に「慣れて」いた。キスも、それから、その先の全ての行為そのものに。
胸の奥がちりりと痛む。熾り火のように。
「ま、ことさん?」
「もう少し」
「え、や、ほんと、帰らなきゃ」
僕は華を抱きしめて、ぺろりと首筋を舐めあげた。ぴくりと震える身体、甘い息と声。
(鎮めて欲しい)
この熾り火のような感情。だから、もう少し、僕といて。
「ほんとにほんとに、ちょっとだけって言ったじゃないですかっ」
「あは、ごめんねー?」
「もー、ほんとにっ」
「でも着信とかないよね?」
車の助手席でまだぷんすかしてる華に言うと「あ、ほんとだ」と不思議そうにスマホの画面に目をやる。
「まだお仕事なのかなぁ」
「……お忙しいねぇ?」
原因を作ったのは僕なのに、すっとぼけてそんな風に返す。
「そーなんですよ。最近特に忙しいみたいで」
心配げに寄せられた眉。僕は赤信号で停止したのをいいことに、その眉間をぐりぐりと親指で強めに押した。
「いたたたたたたっ!?」
「シワになるからやめなさい」
「な、なりませんよこれくらいで」
華は痛そうに眉間を撫でる。それから、ふと気がついたように窓越しに空を眺めた。
「なんか、さみしいですねぇ」
「何が?」
「さっきまで、花火で夜空が騒がしかったのに」
「ああ、」
僕もフロントガラスから軽く空を眺める。さっきまで赤だの青だの白だのと、騒がしかった夜空。
「ああ、でもほら、……見えるかな」
軽く指を指す。
「あれ、火星」
「へっ」
「少し上がアルタイル、……夏の大三角」
華はぽかんと空を見ている。もっと東側には秋の四辺形。
「もう少し暗いところへ行けば、星が綺麗だよ」
僕はついそんな話をしながら、同時にちょっと後悔していた。いきなり星の話するとかさあ、なんかキモくない? そう思うけれど。
「……きれい、なんでしょうねえ」
けれど、そんな心配は杞憂だった。
華は目を細めてガラス越しの空を見上げている。信号が青になって、僕はアクセルを踏んだ。
「そっか、あるんですよねぇ」
しみじみとした口調で、華は言った。
「見えてないだけで。花火みたいに、派手でないだけで」
「昼間だってあるよ。見えてないだけ」
「ですねぇ」
華は引くどころか、なんていうか、ちょっと感動した、みたいなカオをしてるから僕は笑う。
「……なんで笑うんですか」
「いや、普通ヒくでしょ?」
急に星の話なんて、と僕は言う。だから、他の人にはこんな話したことなかった。
「なんでですか? 全然知らないですけど、でも」
華は笑う。
「真さんから星の話聞くの、結構好きですよ? 私」
華は言う。
「……とてもひと晩では語り尽くせないから、っていうか一生華を軟禁しないとハナシ、おわんないかも」
「それはちょうど良かったです」
華はふふ、と笑った。
「真さん相手に結婚なんか、もうそんな感じになると勝手に思ってましたから、私」
「……そ?」
「あ、でも、軟禁はイヤです。軟禁は」
「監禁ならいいの」
「余計に! ダメです!」
やっぱり華はぷんすかと怒った。あはは、やっぱり素っ頓狂なカオだよねこの子。
華の家の横に車を停めた時、ちょうどオトートくん、というかまぁ親戚に当たる男の子が帰宅したところだった。
「あ、お帰り圭くん」
車の窓を開けて華が言う。圭クンは可愛らしく微笑んで(華がよく言う、ウチの弟は可愛いんだ天使だもはやこの世のものではない、と)「おかえりハナ」と華の髪を撫でる。
(へえ?)
僕はハンドルにもたれかかって、それを見つめた。……へー。なるほどね。
それから圭クンはちらりと僕を見て、ものすごく冷たい目で「こんばんは鍋島さん」と低く言った。
「なんだか、ハナがお世話になったみたいで?」
わざわざ過去形にしてくるところが、なかなか手強そう。
「これからもお世話し続けるんだよ、"オトート"くん?」
華は不思議そうに僕を見る。
「むしろお世話してるの私ですよね?」
ご飯作ってますし、と華が言う。その背後で圭クンはほとんど無表情で僕を見ていた。
……やだなー、この家に華を帰したくない。無理矢理どう、ってのはないと思うけれど、気分的に。
(やっぱ早く結婚しよ)
僕だけのものにしよう。うん、それがいいそれがいい。
そんな訳で僕は鎌倉の家に帰宅して、まっすぐオトーサマの書斎に向かった。山内検事との約束を果たさなきゃですからね。
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