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【高校編】分岐・鹿王院樹
アルバイト
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「どーしても人手が足りなくて!」
って、昔成り行きでバイトした回転寿司屋さんの店長さんから連絡が来たのは、今朝のことだった。
二つ返事でオーケーして、学校の夏休み課外の後に久々のアルバイトです。
「お寿司食べて行って!」
その帰りに部活帰りの樹くんが迎えにきてくれて(今回は樹くんは部活で不参加)私たちは店長さんのお言葉に甘えてお寿司を食べていくことにしたのだ。
「はい、アルバイト代」
店長さんがテーブルに持ってきてくれた封筒を、私は恭しく受け取った。わーい! お給料お給料!
「ありがとうございます!」
「ほんと助かったよ~」
店長さんに両手で拝まれながら、私はブンブンと手をふった。そんなにお役には立ててない気もする……!
店長さんが去って行って、私はご機嫌でその封筒をカバンにしまった。
「嬉しそうだな」
「自分で稼いだお金って、なんか、達成感ある」
えへへ、と笑うと樹くんは少し目を細めて「そうだな」とタマゴを口に運んだ。
すこし食べたところで、樹くんのスマホが震えた。
「佐賀が到着したようだ」
「あ、りょーかい」
運転手の佐賀さん。待たせるのも悪いのでもういこう、と立ち上がる。
「あ」
「どうした?」
「更衣室に忘れ物しちゃった」
気がついて良かった。といっても、ボールペンなんだけど、気に入ってるやつだから。多分、借りたお店の制服のポケットに入れっぱなしにしてしまった。
「とってくるね、先に車乗ってて。私、そのまま裏口から出て駐車場行くよ」
「分かった」
樹くんに手を振って、ロッカールームへ戻る。
お借りした棚の制服のポケットに、やはりというか、ボールペンはささったままだった。
「良かったぁ」
「ねえねえ」
ふと、聞きなれない声がして振り向くと、知らない男の人ーーっていっても、まだ未成年っぽい感じの子が立っていた。
アッシュブロンドの髪に、たくさんのピアス。ニヤニヤと笑ってて、私は思わず一歩引いた。
(ぜ、絶対スタッフさんじゃないっ)
このお店のスタッフさんは、こんな髪色は禁止だし。そうなるとお客さん!? こんなとこまで入ってきてーー!
「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!?」
「そーなの? だれもいなかったから」
「今の時間は忙しいですから……って違う、だれもいなくても入っちゃダメです!」
とりあえず追い出して、店長さんに報告して、なんて思ってる間に、気がついたら距離が詰められていた。
「バイト終わり? オレと遊ばない?」
私を見下ろす冷たい目。その目の奥に、なんだか変な感情が見え隠れしててゾッとした。なんか、ちょっと、ピンチなような!
「あ、あそびません、ここから」
出て行って、と言おうとした口を手で塞がれた。そのまま肩を押されて、事務机に押し倒される。ガタガタという音が部屋に響いた。
「んー!?」
「ダイジョブダイジョブ、きもちーことするだけだから」
「んんんんん!」
「鍵はしめてあるよ」
私は目を見開く。
(いつの間に!?)
なんとか暴れて抜け出そうとする。なのに、簡単にこの人は片手で、私の両手を掴んで押さえつけた。
「声出したら殴るよ、痛いよ?」
私の口から手を離しながら、その人は笑って言う。多分、本気でそうする人だ。何のためらいもなく。
ぞく、として震えてしまった。……体が言うことを聞かない。
(こ、えが、出ない)
騒がなきゃなのに。悲鳴をあげなきゃなのに。助けを呼ばなきゃなのに。
「あは、怯えちゃってカーワイー。あ、ほんとにオッパイ大きーね。触っていい? あの子の言ったとおり、」
やだ!
ぽろぽろ、と涙だけが出る。声は出てくれないのに。
(樹くん!)
パニックで、樹くんの名前しか浮かばない。
助けて、助けて、助けて!
そう思った次の瞬間に、扉が蹴破られた。
「あっれー? あいつの王子様? なんでここに」
心底不思議そうな声。蹴破られた扉の向こうには、樹くん。
「その手を離せ」
低い、静かな声。本気で怒ってる声。
「? ごめん混乱してる」
そう呟いた男の手の力が緩んだのを見計らって、私はなんとか抜け出した。
駆け寄る樹くんに抱き寄せられるように、腕の中へーー。ひどく安心して、ぽろりと涙がこぼれた。
男は追ってくることもなく、本気で不思議そうに私たちを見ている。
「聞いてた話とちょっと違うみたい?」
「何が違うのですか」
大人の声がして目線をあげると、知らない男の人。
「?」
「こいつ回収します」
その人は淡々と言った。
「すこしおハナシ聞かないと。相良にも連絡してあります」
「お願いします」
樹くんとその人の間で、なんだか話がまとまってしまった。あれ、なんでしょかこれ? 相良って、仁のこと?
ひょい、と樹くんに抱えられた。お姫様だっこ。
「い、樹くん、歩けるよ」
「ダメだ」
そのままスタスタ歩く。スタッフ用の裏口から出て、抱えられたまま車の後部座席に座らされた。
「怖い思いをさせた」
樹くんの手が頬を撫でる。優しい目。それでも、なんだかとても痛そうな目をしててこっちが辛くなる。
「大丈夫だよ」
きゅ、と樹くんの胸にしがみつく。
「樹くんきてくれたもの」
「……すまない、まさか店内であんなことになるとは思わなくて、俺もあの人たちも油断していた」
間に合って良かった、と小さく呟く樹くん。
(ん?)
色々と疑問点が……。あの人たち、って誰? あと、なんで仁?
(それから、あの人が言ってた"あの子"って誰!?)
いやもう、……なんか混乱してるし、なによりですね、嫌な予感しかしないんですけど。
って、昔成り行きでバイトした回転寿司屋さんの店長さんから連絡が来たのは、今朝のことだった。
二つ返事でオーケーして、学校の夏休み課外の後に久々のアルバイトです。
「お寿司食べて行って!」
その帰りに部活帰りの樹くんが迎えにきてくれて(今回は樹くんは部活で不参加)私たちは店長さんのお言葉に甘えてお寿司を食べていくことにしたのだ。
「はい、アルバイト代」
店長さんがテーブルに持ってきてくれた封筒を、私は恭しく受け取った。わーい! お給料お給料!
「ありがとうございます!」
「ほんと助かったよ~」
店長さんに両手で拝まれながら、私はブンブンと手をふった。そんなにお役には立ててない気もする……!
店長さんが去って行って、私はご機嫌でその封筒をカバンにしまった。
「嬉しそうだな」
「自分で稼いだお金って、なんか、達成感ある」
えへへ、と笑うと樹くんは少し目を細めて「そうだな」とタマゴを口に運んだ。
すこし食べたところで、樹くんのスマホが震えた。
「佐賀が到着したようだ」
「あ、りょーかい」
運転手の佐賀さん。待たせるのも悪いのでもういこう、と立ち上がる。
「あ」
「どうした?」
「更衣室に忘れ物しちゃった」
気がついて良かった。といっても、ボールペンなんだけど、気に入ってるやつだから。多分、借りたお店の制服のポケットに入れっぱなしにしてしまった。
「とってくるね、先に車乗ってて。私、そのまま裏口から出て駐車場行くよ」
「分かった」
樹くんに手を振って、ロッカールームへ戻る。
お借りした棚の制服のポケットに、やはりというか、ボールペンはささったままだった。
「良かったぁ」
「ねえねえ」
ふと、聞きなれない声がして振り向くと、知らない男の人ーーっていっても、まだ未成年っぽい感じの子が立っていた。
アッシュブロンドの髪に、たくさんのピアス。ニヤニヤと笑ってて、私は思わず一歩引いた。
(ぜ、絶対スタッフさんじゃないっ)
このお店のスタッフさんは、こんな髪色は禁止だし。そうなるとお客さん!? こんなとこまで入ってきてーー!
「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!?」
「そーなの? だれもいなかったから」
「今の時間は忙しいですから……って違う、だれもいなくても入っちゃダメです!」
とりあえず追い出して、店長さんに報告して、なんて思ってる間に、気がついたら距離が詰められていた。
「バイト終わり? オレと遊ばない?」
私を見下ろす冷たい目。その目の奥に、なんだか変な感情が見え隠れしててゾッとした。なんか、ちょっと、ピンチなような!
「あ、あそびません、ここから」
出て行って、と言おうとした口を手で塞がれた。そのまま肩を押されて、事務机に押し倒される。ガタガタという音が部屋に響いた。
「んー!?」
「ダイジョブダイジョブ、きもちーことするだけだから」
「んんんんん!」
「鍵はしめてあるよ」
私は目を見開く。
(いつの間に!?)
なんとか暴れて抜け出そうとする。なのに、簡単にこの人は片手で、私の両手を掴んで押さえつけた。
「声出したら殴るよ、痛いよ?」
私の口から手を離しながら、その人は笑って言う。多分、本気でそうする人だ。何のためらいもなく。
ぞく、として震えてしまった。……体が言うことを聞かない。
(こ、えが、出ない)
騒がなきゃなのに。悲鳴をあげなきゃなのに。助けを呼ばなきゃなのに。
「あは、怯えちゃってカーワイー。あ、ほんとにオッパイ大きーね。触っていい? あの子の言ったとおり、」
やだ!
ぽろぽろ、と涙だけが出る。声は出てくれないのに。
(樹くん!)
パニックで、樹くんの名前しか浮かばない。
助けて、助けて、助けて!
そう思った次の瞬間に、扉が蹴破られた。
「あっれー? あいつの王子様? なんでここに」
心底不思議そうな声。蹴破られた扉の向こうには、樹くん。
「その手を離せ」
低い、静かな声。本気で怒ってる声。
「? ごめん混乱してる」
そう呟いた男の手の力が緩んだのを見計らって、私はなんとか抜け出した。
駆け寄る樹くんに抱き寄せられるように、腕の中へーー。ひどく安心して、ぽろりと涙がこぼれた。
男は追ってくることもなく、本気で不思議そうに私たちを見ている。
「聞いてた話とちょっと違うみたい?」
「何が違うのですか」
大人の声がして目線をあげると、知らない男の人。
「?」
「こいつ回収します」
その人は淡々と言った。
「すこしおハナシ聞かないと。相良にも連絡してあります」
「お願いします」
樹くんとその人の間で、なんだか話がまとまってしまった。あれ、なんでしょかこれ? 相良って、仁のこと?
ひょい、と樹くんに抱えられた。お姫様だっこ。
「い、樹くん、歩けるよ」
「ダメだ」
そのままスタスタ歩く。スタッフ用の裏口から出て、抱えられたまま車の後部座席に座らされた。
「怖い思いをさせた」
樹くんの手が頬を撫でる。優しい目。それでも、なんだかとても痛そうな目をしててこっちが辛くなる。
「大丈夫だよ」
きゅ、と樹くんの胸にしがみつく。
「樹くんきてくれたもの」
「……すまない、まさか店内であんなことになるとは思わなくて、俺もあの人たちも油断していた」
間に合って良かった、と小さく呟く樹くん。
(ん?)
色々と疑問点が……。あの人たち、って誰? あと、なんで仁?
(それから、あの人が言ってた"あの子"って誰!?)
いやもう、……なんか混乱してるし、なによりですね、嫌な予感しかしないんですけど。
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