【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鍋島真

繋いで(side真)

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 僕が姿を見せた時、リス男(父親)は無表情で僕を見た。その瞳はとてもじゃないけれど、前の僕だったら直視に耐えなかったかもしれない。

「こんにちはお父様」
「……元気そうで何よりだ」

 父親は簡素なパイプ椅子に座っていた。優雅に足を組んで、オープンテラスでノンビリしてるような佇まいで。
 白くて無機質な部屋。銀鼠色の事務机が"「"型に2つ、上が山ノ内さんの机、左の縦線が彼の事務官の机。書類がこれでもか、と積んであって、事務官はノートパソコンで調書をとっている。
 部屋にほかにあるものといえば、安っぽいロッカーに、少しホコリっぽい黄緑のブラインドに、畳まれた何脚かのパイプ椅子。
 父親は検事の机の前に置かれたパイプ椅子にエラソーに座っていた。コソ泥だろうが国会議員様だろうが、いちどこの部屋に呼び出されれば、皆平等にこのパイプ椅子に座る。
 
(しかし、この場に及んでも偉そうなのは、ある意味スゴイよな)

 まじまじ、と父親を見るけれど、父親は僕のことなんかどうでも良さそうだった。何をしに来た、とも聞かれなかった。検事からの取り調べの最中なのに。

「……では鍋島議員、これに関しては"全く知らない"、そう仰るんですね?」

 山ノ内検事の言葉に、父親は鷹揚に頷いた。検事の机に置かれた、例の書類。

「その通りだ。ワタシはそんな書類、知らん。見たこともない」
「議員の顧問弁護士サンの直筆メモも書いてありますが?」
「そんなものいくらでも偽造できるだろう」
「ご自身の指紋もついておられましたが」
「……」

 父親は少しイライラとブラインド越しに空を見た。秋になり始めた空は少し高くて、眩しい。

「オトーサマ」

 僕は発音した。この人をもはや父親とは思っていないけれど、便宜上「お」と「と」と「う」と「さ」と「ま」を発音しなくちゃいけなかったから。

「どーぞ」

 ばさり、と僕は雑誌の、その白黒のページを開いてオトーサマに見えるように検事の机に置いてあげた。

「……なんだこれは」
「オトーサマが常盤の御前と楽しく会合されてるところを激写した写真と、その場にいたコンパニオンの女性の証言で構成された記事でーす」

 オトーサマは僕を見た。僕は肩をすくめる。だいたい、この人は僕をまだ子どもだと思ってたっぽいんだよなぁ。

「僕が写真撮るのは難しそーだったんで、さくっと週刊誌にリークしちゃいましたてへっ」
「……真」

 父親の視線に、色が混じる。怒りの赤、そんな感じの色が。

「何が楽しい」
「別に」
「何がしたい」
「オトーサマ」

 軽く首を傾ける。

「僕はね、正義を信奉してるんですよ」
「初耳だな」
「でしょうね」
「お前は悪人顔だよ、俺によく似ている」

 目を細めて言うオトーサマに、僕はゆったりと微笑んでみせる。できるだけ優雅に。できるだけ余裕たっぷりに。
 眉をひそめるオトーサマ。

「そう、僕はね結局、ワルモノなんですよ、オトーサマ。だからね、悪巧みだってしちゃうんです」

 軽く手を広げた僕に、訝しそうな目線がぶつかる。

「今頃、常盤の本社では取締役会が開かれています」
「……」
「耕一郎氏は、解任されるでしょうね」
「そう上手くいくかな?」
「行くんですよオトーサマ」

 僕は微笑みを崩さない。もう少しだ。

「こと此の期に及んで、が動かないのはなぜだと思います?」
「……貴様」
「取引したんですよ、僕はあのヒトと」

 オトーサマの表情が凍りつく。

「僕にも千晶にも、興味がないあのヒト。興味がないのは、オトーサマに対しても同じですよね? だって、まだオトーサマのはいるから。同腹腹違い、まだいるから。 オトーサマは一番優秀な駒だったけど、いなくなってもオジーサマは痛くも痒くもない」

 言葉を続ける。畳み掛ける。

「オジーサマに関して僕は捜査に協力しない。そのかわり、オトーサマのこの件に対して口を挟まない」

 まぁウソだけど。でももう、オトーサマに真偽の確かめようはない。この人は今からもう拘束されるだろうから。
 僕は「勝ち誇った」表情を作る。

「泥舟に乗るアホがどこにいます? ゴゼンは解任される」

 とんとん、と僕は雑誌を叩いた。

「次のページ、見てみます? 僕に対する虐待に関しての記事になってますよ」
「……な、」
「安達、覚えてます? あなたが別荘の管理人においやった、元、あなた専属の運転手」

 僕は微笑んだ。

「彼の証言もバッチリ掲載」
「……」

 無言で僕を見つめるオトーサマ。その目は少し揺れていた。

「ねえオトーサマ、今回不起訴になったって、もう再選はムリですよ」

 僕は回り込んで、オトーサマの座るパイプ椅子の前にしゃがんだ。オトーサマの顔を下から見上げる。

「ネタは上がってんだ、って感じです。ねえオトーサマ」

 僕は首を傾げた。

「この雑誌、持って行っていいですよ」
「……どこに」
東京拘置所小菅。ヒマでしょ、たぶん」

 オトーサマは検事の顔を見て、僕を見て、目線を泳がせて、それからやっと、うなだれた。
 検事の部屋を出て、僕はしゃがみこむ。

(あれー?)

 結構、疲れてるみたいだな、僕。

「真さん」

 目線を上げると、華がいた。いたっていうか、連れてきてたんだけど。別室で待機してもらってたはずなのに。
 華は首から白いプラスチックの入館証をぶら下げて、僕の前にしゃがみこむ。

「……お疲れさまでした」

 そう言って笑ってくれるから、僕は立ち上がる。

「疲れてなんかないよ」
「そうですか」

 穏やかな華の声。僕は彼女の手をひいて、立ち上がらせる。
 それから僕らは、歩き出した。
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