【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

射す光

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 青い。
 それだけしか、浮かばなかった。

 樹くんが「福島に行こう」と言い出したのは、昨日の夕方。もう夏休みも終わる、って日のこと。
 ヒグラシの声が聞こえる濡れ縁で、ぼうっとアイスを舐めながら外を眺めていると、部活から帰宅してきた樹くんがぽすりと横に座った。

「おかえり」
「ただいま」
「食べる?」
「ん」

 返事をするのが早いか、樹くんは私の唇をぺろりと舐めた。それから、また唇を重ねて啄まれて、ねじこまれた舌は私の口内を舐めあげて、うっとりしそうな私は慌てて抵抗する。

「あ、アイスだよ」
「なんだ、華のことかと思った」

 少しいたずらっぽく言う樹くん。もう!

「ところでな、華」
「うん」
「福島行かないか」
「福島?」

 私は首を傾げた。

「部活? トレセン?」
「今回はサッカーではなくて」

 樹くんは笑う。福島にはおっきなサッカー施設……? なんていうんだろう、時々合宿だ試合だで行ってるスポーツ施設がある。

「? じゃあなんで?」
「水族館に行かないか」
「あるの?」
「いいのがあるんだ」

 樹くんは少しうっとりと言う。

「メンダコが」
「めんだこ?」
「オオメンダコが」

 なんじゃそりゃ。まぁきっと、タコなんだろう。名前がタコだもん。

「展示されている。生きてるのが展示されるのなんか滅多にない。いま行かないと」
「あ、そう?」

 アイスを食べながら返事する。そのタコは美味しいのかな。

「明日明後日なら時間がとれそうなんだ」
「明日!?」

 急だ。急だけれど、…….悲しいかな、樹くんより私はずっとヒマなのだ。まぁ敢えて言うなら塾があるけれど、別の日に振り替えてもらえば問題ない。

「いいよ」
「そうか」

 樹くんは素直に喜んだ。なにこれこの顔可愛いぞ……?
 そんなわけで、翌日には私と樹くんは新幹線に乗っていた。手を繋いで。

(でもなぁ)

 私はあっという間に過ぎていく車窓を見ながら思う。あー、でもこれもどっかで見張られてんのかな、なんて。

「華」
「なぁに?」

 ぽん、と頭を撫でられた。

「旅行の時なんかは、相良さんたちは遠慮してもらってるぞ」
「へっ」
「特例だ、俺といるから」
「樹くんといるときはいいの?」
「目を離せないがな」

 樹くんは目を細める。うう、だからそんなトラブル体質なんかしてないってば。
 そんなこんなで辿り着いた水族館、私は天井を見上げてぽかん、としていた。

「ほえー」
「きれいだな」

 横にいる樹くんも、天井をみあげてそう言った。
 通り抜け型の水槽、たいていカマボコみたいなトンネル型のそこは、ここでは珍しく三角形のトンネルだ。
 自然光が差し込んでいて、それが水と魚に反射して、きらきらと輝いている。
 水はどこまでも青くて、ついぽうっと眺めてしまう。銀色に小さく光る魚たちの群れが頭上を通り過ぎていった。

「マイワシだな」
「ほーん」

 なんと活きが良さそうな……。

「美味しそうとか思っちゃう」
「それだけ良い状態なんだろう」

 樹くんは感心したように言う。

「水量もこれだけあれば……」
「ちょっとまってね水槽これ以上ムリだからね」

 ていうか、水族館の大水槽みたいなのはさすがに作らないよね!?

「……」
「返事をして!」

 ひゃー! って顔で樹くんを見上げると、楽しそうに笑われた。

「さすがに冗談だ」
「だよね」

 ほっ、と息をつく。

「今はな」
「今は!?」
「さあ行くぞ華、オオメンダコが待っている」
「タコはいいのタコは!」

 冗談なんだか本気なんだか、な口調で樹くんは言って笑って、歩き出す。
 深海の生き物のコーナーまで来て、私と樹くんはなんだか無言になってしまう。暗い、少ししんとした展示室。モーター音が響く。
 しかし、変わった生き物って面白いよなー……。進化の過程はどうなってるんだろ。

「いた」

 樹くんの声が跳ねる。
 水槽の中にいたのは、……これ、タコ? 思っていたタコとはちょっと違う。フヨフヨした、なんだろう、四角っぽくて頭だけタコで……。色は赤い。茹でてないのに……?

「???」
「可愛いなぁ」
「え、あ、うん……」

 樹くんの可愛い基準、相変わらずよく分かんないなぁ。

「ウサギみたいだ」
「そう?」

 まぁ、耳……あれ耳なの? 的な部分がフヨフヨと水流に揺れているのは、まぁ、可愛い、のかもしれない。

「えーっ、カワイイ!」
「カワイイ~~~なにこれー!」

 その時背後から同じ年くらいの女の子2人がやってきて、私たちと並んで水槽を覗き込む。

「カワイイ」
「カワイイ」

 きゃっきゃ、と言い合うふたり。え、もしかしてコレ可愛いのが世界のスタンダードなの……?
 2人はスマホで写真を撮りまくって(フラッシュは禁止)そのあと楽しげに去っていった。そうか、この生き物、世間的にはカワイイのか。
 難しい顔をしていると、樹くんが横で笑った。

「どうしたの?」
「いや、」

 繋いでいた手を、またきゅっと握られた。

「華のそういうところ、好きだなと思って」
「?」
「俺のワガママに付き合ってくれるだろう。興味がそこまでなくても、こうして理解しようとしてくれている」
「あ、まー、それは」

 なんでだろ?

(単純に、知りたいから?)

 樹くんの好きなもの、とか。……違うかな。

「一緒にいて楽しいから」

 私は水槽を見ながら答えた。
 多分、それだけ。

「そうか」
「うん」

 水槽のなかのメンダコが、水流に乗ってふよりと泳いだ。その泳いでる姿は、たしかにちょっとカワイイかも、なんて思ったのだった。
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