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【高校編】分岐・鹿王院樹

ヒーロー(side樹)

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 つまるところ家永は「桜澤青花とは関係ない」と答えてるらしい。

「お、お店に入る時に家永先輩に声をかけられてっ」

 桜澤は、わざとらしい表情と声でそう言った。

「それで、……あの先輩、中学の時から怖くてっ。一緒にご飯、て言われて怖くて断れなくてぇ」

 うるうる、とした瞳に心底怖気がした。

(よくもまぁ、ここまで)

 じ、と桜澤を見る。

(何を考えているんだ?)

 分からないのが、余計に怖い。
 俺は無言で立ち上がる。警察署の、なんというのだろうか、普段は相談室などとして使われているらしい簡素な部屋。
 茶色い革張りのソファに、ガラスのローテーブル。
 捕まったわけでもなんでもなく、単に「話を聞くため」に呼び出されたという桜澤に、俺はそこで話を聞いていた。
 俺も手伝っている祖母のカイシャの顧問の弁護士、その人の大学の同期だとかいうヒトが警察の偉いさんで、そこから融通を利かせてもらった形だ。

「い、樹クンっ?」
「証拠がないからな」

 俺は桜澤を見ずに言った。

「華を転校させることも視野に入れている」
「えっ」

 桜澤は心底嬉しそうな顔をした。腹が立つ。一体、誰のせいだと?

「や、やっとわかってくれたんだねっ樹クン、あの女の正体に」

 女性に暴力を振るってはいけない。女性だけではなく、ヒトにそんなことをしてはいけない。そんな理性がなければ、俺は多分こいつを殴り倒していた。
 代わりに睨みつける。

「華を守るためだ」
「え?」
「お前から」

 軽く深呼吸をする。ここまで言っているのに、まだ何も理解できていないカオ。
 ふと、以前真さんに言われた言葉を思い出すーー「腹芸のひとつも使えなくてどうするの?」。

(なるほどな、)

 軽く天を仰ぐ。

(こういう時に、使うのか)

 息を思い切り吐き出した。もう一度ソファに座る。

「……桜澤」

 できるだけ、柔らかな表情と声を心がける。桜澤はとても嬉しそうに笑った。

「教えてほしい、設楽華は桜澤にとってなんなんだ?」
「ええと、」
「……"前世"とやらは、それに関連があるのか?」

 桜澤はきょとん、とした後、まるで「花が開くように」笑った。
 その顔を見て、俺はとても頭が痛くなる。

(なるほど)

 そうだったのか、と初めて気づいた。
 我慢が限界をこえると、俺はどうやら頭痛がしてくるタイプらしい。
 怒りが顔に出ないように気をつけながら、俺は桜澤から話を聞いた。
 華から聞いていなければ、到底信用できないような、そんな「夢物語」を。


 警察署を出て、送って欲しそうな顔をしてる桜澤を無視して帰路につく。

「お帰り」

 華はのんびりと部屋で机に向かっていた。夏課題だろうか、特進クラスなので大変そうだ。

「華、」
「なあに?」
「桜澤に会ってきた」

 華の手が止まる。シャープペンシルを持っていた手がほんの少し、震えた。

「悪役令嬢、なんだそうだな」

 その言葉に、華は目を見開く。

「設楽華は悪役令嬢なんだ、と桜澤は言っていた」

 華は無言で俺を見つめる。その上品な猫のような瞳が揺れた。

「華は俺を騙しているそうだ」
「樹く、」

 華はゆるゆると首を振る。

「俺だけではなく、周りの人間全員を」
「あの、きいて」
「まったくひどい話だ」

 華の表情が凍る。
 俺は華を抱きあげた。華いわく、「お姫様抱っこ」。

「華になら騙されていようが殺されようが構わないのに」
「……へ?」
「というか、華にそんなことできるわけがないのに」

 思い返してもバカらしくて、つい肩を揺らして笑ってしまった。こんなに表情が出てしまう華が、誰かを騙しおおせるだなんて、そんなこと。

「ゲームの話だ? シナリオだ? そんなもの知るか」

 俺は華の額に、自分のそれを重ねた。すぐ近くに、華の潤んだ目。大好きな、愛おしい、いつもまっすぐに俺を見てくれるその瞳。

「そんなものーークソ喰らえだ」

 華はぐしゃぐしゃになった顔で、そんなカオさえも可愛らしくてたまらない表情で、俺に抱きついた。

(ゲームだのシナリオだのと、)

 うるさいな、と俺は思う。

(ここは現実だ)

 目の前に華がいて、俺は華を愛していて、それは絶対に確実なことで、……そうじゃなければ、この感情はなんだ? こんなに暖かくて、切なくて、苦しくて、甘い感情は。
 ゆっくりと、華をベッドに横たえた。何度もキスをして、その涙に口付けて、ゆっくりと頭を撫でる。

「愛してる」

 華は頷くけれど、泣きすぎて声がうまく出ないようだった。

(これが、)

 やっと納得した。これが、華がずっと怯えていた「何か」だったんだろう。

(桜澤青花ーー自分こそヒロインなのだと、本人は言う)

 そして、俺が「ヒーロー」なのだと。

(ヒーロー?)

 ふざけるな、そんなもの存在しない。俺はそんな訳の分からないものじゃない。
 俺はひとりの人間で、いつも悩んでて、うまくいかなくて、大好きなひとさえ、こうやって泣かせている。ずっと不安にさせていたんだろう。怖がらせていたんだろう。

(華にとっての、なら)

 俺はヒーローとやらにだってなりたい、なんて陳腐なことさえ思ってしまう。

(やっと追いついた)

 そう思う。やっと華に追いついた。

「不安にさせた、苦しませた、……ひとりにして済まなかった」

 涙目の華は不思議そうに俺を見る。俺はふっと微笑んだ。
 華は小さく口を開く。

「……怖かった。あの子に、樹くん、とられるんじゃ、ないか、って」

 俺を見る潤んだ瞳。

(そんな事、あるわけがないのに)

 微笑んで、もう一度唇を重ねた。
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