【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
665 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

ヒーロー(side樹)

しおりを挟む
 つまるところ家永は「桜澤青花とは関係ない」と答えてるらしい。

「お、お店に入る時に家永先輩に声をかけられてっ」

 桜澤は、わざとらしい表情と声でそう言った。

「それで、……あの先輩、中学の時から怖くてっ。一緒にご飯、て言われて怖くて断れなくてぇ」

 うるうる、とした瞳に心底怖気がした。

(よくもまぁ、ここまで)

 じ、と桜澤を見る。

(何を考えているんだ?)

 分からないのが、余計に怖い。
 俺は無言で立ち上がる。警察署の、なんというのだろうか、普段は相談室などとして使われているらしい簡素な部屋。
 茶色い革張りのソファに、ガラスのローテーブル。
 捕まったわけでもなんでもなく、単に「話を聞くため」に呼び出されたという桜澤に、俺はそこで話を聞いていた。
 俺も手伝っている祖母のカイシャの顧問の弁護士、その人の大学の同期だとかいうヒトが警察の偉いさんで、そこから融通を利かせてもらった形だ。

「い、樹クンっ?」
「証拠がないからな」

 俺は桜澤を見ずに言った。

「華を転校させることも視野に入れている」
「えっ」

 桜澤は心底嬉しそうな顔をした。腹が立つ。一体、誰のせいだと?

「や、やっとわかってくれたんだねっ樹クン、あの女の正体に」

 女性に暴力を振るってはいけない。女性だけではなく、ヒトにそんなことをしてはいけない。そんな理性がなければ、俺は多分こいつを殴り倒していた。
 代わりに睨みつける。

「華を守るためだ」
「え?」
「お前から」

 軽く深呼吸をする。ここまで言っているのに、まだ何も理解できていないカオ。
 ふと、以前真さんに言われた言葉を思い出すーー「腹芸のひとつも使えなくてどうするの?」。

(なるほどな、)

 軽く天を仰ぐ。

(こういう時に、使うのか)

 息を思い切り吐き出した。もう一度ソファに座る。

「……桜澤」

 できるだけ、柔らかな表情と声を心がける。桜澤はとても嬉しそうに笑った。

「教えてほしい、設楽華は桜澤にとってなんなんだ?」
「ええと、」
「……"前世"とやらは、それに関連があるのか?」

 桜澤はきょとん、とした後、まるで「花が開くように」笑った。
 その顔を見て、俺はとても頭が痛くなる。

(なるほど)

 そうだったのか、と初めて気づいた。
 我慢が限界をこえると、俺はどうやら頭痛がしてくるタイプらしい。
 怒りが顔に出ないように気をつけながら、俺は桜澤から話を聞いた。
 華から聞いていなければ、到底信用できないような、そんな「夢物語」を。


 警察署を出て、送って欲しそうな顔をしてる桜澤を無視して帰路につく。

「お帰り」

 華はのんびりと部屋で机に向かっていた。夏課題だろうか、特進クラスなので大変そうだ。

「華、」
「なあに?」
「桜澤に会ってきた」

 華の手が止まる。シャープペンシルを持っていた手がほんの少し、震えた。

「悪役令嬢、なんだそうだな」

 その言葉に、華は目を見開く。

「設楽華は悪役令嬢なんだ、と桜澤は言っていた」

 華は無言で俺を見つめる。その上品な猫のような瞳が揺れた。

「華は俺を騙しているそうだ」
「樹く、」

 華はゆるゆると首を振る。

「俺だけではなく、周りの人間全員を」
「あの、きいて」
「まったくひどい話だ」

 華の表情が凍る。
 俺は華を抱きあげた。華いわく、「お姫様抱っこ」。

「華になら騙されていようが殺されようが構わないのに」
「……へ?」
「というか、華にそんなことできるわけがないのに」

 思い返してもバカらしくて、つい肩を揺らして笑ってしまった。こんなに表情が出てしまう華が、誰かを騙しおおせるだなんて、そんなこと。

「ゲームの話だ? シナリオだ? そんなもの知るか」

 俺は華の額に、自分のそれを重ねた。すぐ近くに、華の潤んだ目。大好きな、愛おしい、いつもまっすぐに俺を見てくれるその瞳。

「そんなものーークソ喰らえだ」

 華はぐしゃぐしゃになった顔で、そんなカオさえも可愛らしくてたまらない表情で、俺に抱きついた。

(ゲームだのシナリオだのと、)

 うるさいな、と俺は思う。

(ここは現実だ)

 目の前に華がいて、俺は華を愛していて、それは絶対に確実なことで、……そうじゃなければ、この感情はなんだ? こんなに暖かくて、切なくて、苦しくて、甘い感情は。
 ゆっくりと、華をベッドに横たえた。何度もキスをして、その涙に口付けて、ゆっくりと頭を撫でる。

「愛してる」

 華は頷くけれど、泣きすぎて声がうまく出ないようだった。

(これが、)

 やっと納得した。これが、華がずっと怯えていた「何か」だったんだろう。

(桜澤青花ーー自分こそヒロインなのだと、本人は言う)

 そして、俺が「ヒーロー」なのだと。

(ヒーロー?)

 ふざけるな、そんなもの存在しない。俺はそんな訳の分からないものじゃない。
 俺はひとりの人間で、いつも悩んでて、うまくいかなくて、大好きなひとさえ、こうやって泣かせている。ずっと不安にさせていたんだろう。怖がらせていたんだろう。

(華にとっての、なら)

 俺はヒーローとやらにだってなりたい、なんて陳腐なことさえ思ってしまう。

(やっと追いついた)

 そう思う。やっと華に追いついた。

「不安にさせた、苦しませた、……ひとりにして済まなかった」

 涙目の華は不思議そうに俺を見る。俺はふっと微笑んだ。
 華は小さく口を開く。

「……怖かった。あの子に、樹くん、とられるんじゃ、ないか、って」

 俺を見る潤んだ瞳。

(そんな事、あるわけがないのに)

 微笑んで、もう一度唇を重ねた。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました

もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...