【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

海の底

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 めちゃくちゃテンションが上がってる私を見て、樹くんはホッとしたように眉を下げた。

「好きそうだなと思ったんだ」

 ダメ元で連絡したら、たまたまキャンセルが出ていて、と樹くんは天井をーー水槽を見上げながら言った。
 水族館の、ナイトイベント。

(こういうの、来てみたかったんだよねっ)

 まさか連れてきてもらえるなんて!
 夕方からはイベント参加者で「夜の水族館」を探検して、飼育員さんから解説を聞いたり、餌やりを体験したり。
 今回は高校生以上のイベントだったせいか、まったりゆったりとした感じでイベントは進んでいった。
 人が少ない水族館は、少し異次元的な雰囲気があって、ちょっとドキドキだ。

「では今から就寝でーす」

 飼育員さんに指定されたエリアに簡易的なベットマットをしいて、ごろりと横になる。私たちはとってもラッキーなことに、例の水槽トンネルの中!

「水の中にいるみたいだねぇ」

 私がそう言うと、樹くんも頬を緩めた。

「そうだなぁ」

 そのまま無言で、ふたりで並んでぼうっと水面を見上げていた。

(……昼間ほどじゃないけれど、明るいなぁ)

 月の光、かなあ。

「……今日は満月らしいから」

 樹くんがぽつり、と言った。

「明るいな」
「そうだねぇ」

 キラキラと月光で揺れる水面が、少し眩しいくらいだ。

「今日は大潮で」
「うん」

 ぽつぽつ、と話す。少し離れたところにいる参加者さんたちの会話も、さざめきのように聞こえて心地いい。

「大潮に産卵する生き物は多いんだ」
「へー」
「カニとか、亀とか」
「なんで?」
「浜に上がりやすいからではないか」
「あー、そっか」

 大潮は、それだけ潮が満ちるということだから。

「それから、シーズンは過ぎているがサンゴも大潮の時期に産卵する」
「サンゴって……卵?」

 え、よく考えたら、あれ、なに? 水草ともちょっと違うし。

「植物?」
「いや、どちらかというとクラゲやイソギンチャクやなんかに近い生き物だ」
「ほえー」

 クラゲ、クラゲねぇ。

「一度は見てみたいんだが、こう」

 樹くんは片手を上にあげた。水槽からの青い光で、それは影になる。

「白くてキラキラした卵が、水中を漂って」
「うん」

 私は想像した。
 色とりどりのサンゴから、白くてキラキラした卵が次々にうまれて、潮に乗って漂っていく。

「綺麗だろうと、思うんだ」

 ふ、と下ろした手で、私の手を握る。私はきゅうと握り返して、水槽を見つめていた。
 魚たちは泳ぎ続けている。昼間より活発そうなのもいるくらい。

「夜の海って、寂しいイメージあったけど、こうしてみると賑やかだね」
「夜行性の生き物も多いからなぁ」

 樹くんも、青い水を見つめている。

「全然寂しくないぞ」
「みたいだね」
「死んだら、」

 唐突な話にぎょっとして、樹くんを見つめるけど、樹くんはいつも通りのトーン。

「死んだら、花畑なんかより海底のほうがいい」
「そう?」
「絶対楽しい」
「うーん」

 私は横向きに寝返って、樹くんをみた。樹くんは軽く頭を傾けて、私を見つめる。

「じゃあ、私も海底にする」

 樹くんは、少し驚いたように目をみはった。

「樹くんと一緒の方がいいや。お花畑よりも」

 まぁそんなとこ、ないんですけども。と昔死んだことのある人間としては思う。死んだら生まれ変わるのです。どうやら。
 ま、転生先は、選べないけれどね。

(それでも、)

 私は思う。ひとりでお花畑でのんびり暮らすより、海底でカニとかサンゴの産卵見てるほうがいいや。
 樹くんもいるなら、さらにいい。というか、ベストじゃんそれ。樹くん、独り占め! なんてね。
 樹くんは、ふ、と笑って私の手に力をこめた。

「……ずっとひとりだったから」
「?」
「小さい頃」

 樹くんは相変わらずの微笑み。

「華と会うまで、寂しかったんだ、俺は。……自覚は、なかったけれど」

 樹くんはご両親と離れて育ったから。

「樹くん」
「ありがとう」

 樹くんは、優しく目を細めた。

「一緒にいることを選んでくれて、ありがとう」

 私は、ーー私は、何も言えなかった。ただ、頷いた。視界がぐちゃぐちゃになる。

「なんで泣くんだ」
「わ、かんない」
「華」

 そうっとそうっと、樹くんは私の頭に触れて、ゆっくりと撫でてくれる。

「もうひとりじゃない、と思った時、少しだけ、強くなれた気がして」
「うん」
「華がいて良かった」

 私は頷きながら、うまく樹くんの顔が見れなくて天井をーー水槽を見上げた。
 月光できらめく水の中を、すうっと大きな影が横切って、「カラスエイだな」と樹くんが小さく言った。
 それがとても穏やかな響きだったから、私はまた目の奥が熱くなった。
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