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【高校編】分岐・山ノ内瑛
記憶
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柚木くんが「ほんなら、あんま人おらんとこいこ」と案内してくれたのは、大きい通りから一本路地に入った、古い雑居ビルの2階にあるカフェだった。
「ここ、ねーちゃんバイトしてんねん」
そう言って「closed」と書かれた札をまるっと無視して、柚木くんは古い、木製の扉に手をかけた。
からん、と古そうなドアベルが音を立てて扉が開いた瞬間、ふんわりと香るコーヒーの香りに思わず目を瞬く。
「おー、ええニオイやなぁ」
「せやろ」
関西人同士(?)だからか、アキラくんと柚木くんは道中ですっかり意気投合していた。
店内は、古そうな大きな木製のテーブルが所狭しと並んでいる。エアプランツや多肉植物が置いてあって、女の子が好きそうな雰囲気のお店だった。
「すんません、午後は16時からでーーって、あれ、友達?」
入ってすぐに、木製のカウンターの向こうにいた、柚木くんのお姉さんらしい女性にそう聞かれる。
「せやねん。つか、ねーちゃん覚えとらん? 設楽さんや」
「……あっ」
お姉さんはそう言ったあと、小走りにカウンターから出てくる。
「華ちゃんっ」
「わ、」
ぎゅうっと抱きしめられて、私はアワアワとしてしまう。
(ご、ごめんなさいー!)
お姉さんがちょっと涙目なので、余計に罪悪感が……。
「元気やったあ? ごめんな、お見舞いも行かれへんで……」
「ねーちゃん、設楽さんなぁ、覚えてないねんて」
「あ、そうなん? せやね、昔の話やもんね」
お姉さんは眉を下げた。
「ごめんな」
「いえ、その……」
私は目線をウロウロさせた。
「良ければ、お姉さんも聞いてもらえませんか」
私はお店を見回す。今は、私たち以外にお客さんはいないようだった。……まぁ、閉店中のはずだからなぁ。
私の表情に何か感じたのか、お姉さんは頷いて「カウンターでええ?」と微笑んだ。
私たちは、並んでカウンターに座る。お姉さんは開店作業をしながららしく、カップを洗ったりしつつ話を聞いてくれるみたいだった。
「はい」
「あ、すみません」
目の前にカチャリと置かれた、美味しそうなコーヒー。
「ウチのブレンド、美味しいんやで」
「いただきます」
ありがたく口に含む。酸味を抑えて、苦味が強めなのが好みにぴったりで私は笑ってしまう。
「おいしー!」
「あ、いけるクチ? ふふ」
お姉さんは嬉しそうだった。アキラくんは「すんません、砂糖だけください」と素直に手を上げていた。
「オコチャマね、えーと?」
「山ノ内っす」
「カレシ?」
聞かれてうなずく。
「あ、指輪やん。ええなぁラブラブやん高校生~」
はあ、とお姉さんは目を細めた。
「社会人はあかんわ。なんも出会いないわ」
「お客さんとかでおらんの、イケメン」
柚木くんの問に、お姉さんは思い切り眉をしかめた。
「こんな店にくんの、大抵カップルや」
「そらそやな」
くくく、と笑う柚木くんはデコピンされていた。仲良しなんだなぁ。
「それで、ええと」
優しく話を促してくれるお姉さんに甘えて、私は正直に口を開く。
「"私"が……というよりは、"お母さん"が事件に巻き込まれたのは、2人とも知ってることだと思う、んですが」
整理しながら、ゆっくりと話す。
「実は、私、それより前の記憶がなくて」
「……その、無いっていうのは、昔のことやから忘れた、とかやなくて?」
柚木くんの言葉に、私はうなずく。
「ほんとに。まるっきり、……病院で起きて、それより前のことを忘れてたの」
代わりに前世の記憶が戻っていた、のだけれど……。
「そ、っか」
少し気まずそうに、柚木くんは言う。
「まぁ、……あんなことに巻き込まれたんや。忘れてて……忘れてたほうが、ええのかもしれん」
「せやね」
うなずく柚木姉弟に、私は「でも」と首を振った。
「実は、……柚木くんに会って。少し、思い出したことが」
「え、オレ? なに?」
私はアキラくんの手を握る。握り返されて、ふう、と落ち着く。
「小4の遠足、迷子に、ならんかった……?」
恐る恐る聞いた質問に、柚木くんは首を傾げた。
「え、あったかなそんなん」
私は胸に不安が広がっていくのを感じた。
(どうしよう)
全部、私の妄想だったらーー私は、今以上に、自分の記憶に自信がなくなってしまう。
「あったで」
お姉さんがきゅ、とカップを布巾で拭きながら答えた。
「ドングリ大量に持って帰ってきよった時やろ」
「あ、それですそれ!」
私は思わず身を乗り出した。
「ドングリ集めてて、迷子なって」
「幼稚園児やないねんって、なぁ?」
苦笑いするお姉さんを見ながら、私はゆるゆると腰を下ろした。……じゃあ、やっぱりこれ、私っていうか、華の記憶っていうか、……私の記憶か。
「よう覚えてたなぁ」
感心する柚木くんに、私は笑った。
「同じ班やったやん。私班長やって、めっちゃ心配……した……」
私はぽかん、としながらアキラくんを見つめた。
「華」
「……うん」
思わず、自分の口に手をやる。……いま、関西弁喋ってた。
(アキラくんのがうつったわけじゃ、なくて?)
呆然としてる私たちを、不思議そうに柚木姉弟は見つめていた。
「ここ、ねーちゃんバイトしてんねん」
そう言って「closed」と書かれた札をまるっと無視して、柚木くんは古い、木製の扉に手をかけた。
からん、と古そうなドアベルが音を立てて扉が開いた瞬間、ふんわりと香るコーヒーの香りに思わず目を瞬く。
「おー、ええニオイやなぁ」
「せやろ」
関西人同士(?)だからか、アキラくんと柚木くんは道中ですっかり意気投合していた。
店内は、古そうな大きな木製のテーブルが所狭しと並んでいる。エアプランツや多肉植物が置いてあって、女の子が好きそうな雰囲気のお店だった。
「すんません、午後は16時からでーーって、あれ、友達?」
入ってすぐに、木製のカウンターの向こうにいた、柚木くんのお姉さんらしい女性にそう聞かれる。
「せやねん。つか、ねーちゃん覚えとらん? 設楽さんや」
「……あっ」
お姉さんはそう言ったあと、小走りにカウンターから出てくる。
「華ちゃんっ」
「わ、」
ぎゅうっと抱きしめられて、私はアワアワとしてしまう。
(ご、ごめんなさいー!)
お姉さんがちょっと涙目なので、余計に罪悪感が……。
「元気やったあ? ごめんな、お見舞いも行かれへんで……」
「ねーちゃん、設楽さんなぁ、覚えてないねんて」
「あ、そうなん? せやね、昔の話やもんね」
お姉さんは眉を下げた。
「ごめんな」
「いえ、その……」
私は目線をウロウロさせた。
「良ければ、お姉さんも聞いてもらえませんか」
私はお店を見回す。今は、私たち以外にお客さんはいないようだった。……まぁ、閉店中のはずだからなぁ。
私の表情に何か感じたのか、お姉さんは頷いて「カウンターでええ?」と微笑んだ。
私たちは、並んでカウンターに座る。お姉さんは開店作業をしながららしく、カップを洗ったりしつつ話を聞いてくれるみたいだった。
「はい」
「あ、すみません」
目の前にカチャリと置かれた、美味しそうなコーヒー。
「ウチのブレンド、美味しいんやで」
「いただきます」
ありがたく口に含む。酸味を抑えて、苦味が強めなのが好みにぴったりで私は笑ってしまう。
「おいしー!」
「あ、いけるクチ? ふふ」
お姉さんは嬉しそうだった。アキラくんは「すんません、砂糖だけください」と素直に手を上げていた。
「オコチャマね、えーと?」
「山ノ内っす」
「カレシ?」
聞かれてうなずく。
「あ、指輪やん。ええなぁラブラブやん高校生~」
はあ、とお姉さんは目を細めた。
「社会人はあかんわ。なんも出会いないわ」
「お客さんとかでおらんの、イケメン」
柚木くんの問に、お姉さんは思い切り眉をしかめた。
「こんな店にくんの、大抵カップルや」
「そらそやな」
くくく、と笑う柚木くんはデコピンされていた。仲良しなんだなぁ。
「それで、ええと」
優しく話を促してくれるお姉さんに甘えて、私は正直に口を開く。
「"私"が……というよりは、"お母さん"が事件に巻き込まれたのは、2人とも知ってることだと思う、んですが」
整理しながら、ゆっくりと話す。
「実は、私、それより前の記憶がなくて」
「……その、無いっていうのは、昔のことやから忘れた、とかやなくて?」
柚木くんの言葉に、私はうなずく。
「ほんとに。まるっきり、……病院で起きて、それより前のことを忘れてたの」
代わりに前世の記憶が戻っていた、のだけれど……。
「そ、っか」
少し気まずそうに、柚木くんは言う。
「まぁ、……あんなことに巻き込まれたんや。忘れてて……忘れてたほうが、ええのかもしれん」
「せやね」
うなずく柚木姉弟に、私は「でも」と首を振った。
「実は、……柚木くんに会って。少し、思い出したことが」
「え、オレ? なに?」
私はアキラくんの手を握る。握り返されて、ふう、と落ち着く。
「小4の遠足、迷子に、ならんかった……?」
恐る恐る聞いた質問に、柚木くんは首を傾げた。
「え、あったかなそんなん」
私は胸に不安が広がっていくのを感じた。
(どうしよう)
全部、私の妄想だったらーー私は、今以上に、自分の記憶に自信がなくなってしまう。
「あったで」
お姉さんがきゅ、とカップを布巾で拭きながら答えた。
「ドングリ大量に持って帰ってきよった時やろ」
「あ、それですそれ!」
私は思わず身を乗り出した。
「ドングリ集めてて、迷子なって」
「幼稚園児やないねんって、なぁ?」
苦笑いするお姉さんを見ながら、私はゆるゆると腰を下ろした。……じゃあ、やっぱりこれ、私っていうか、華の記憶っていうか、……私の記憶か。
「よう覚えてたなぁ」
感心する柚木くんに、私は笑った。
「同じ班やったやん。私班長やって、めっちゃ心配……した……」
私はぽかん、としながらアキラくんを見つめた。
「華」
「……うん」
思わず、自分の口に手をやる。……いま、関西弁喋ってた。
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