【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

初めて(三人称視点)

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 ぐったり、と車のシートでウトウトしている華の額に、樹は優しく触れた。

「熱はないみたいだ」
「うーん、多分緊張の糸が切れた感じかなぁ」

 そう告げる華の表情は、少し疲れが溜まっているようで、樹は少し胸が痛くなる。

(華には苦労なんかさせたくないのに)

 そう、強く思う。
 いつだか彼女に告げた、「ただ俺の横で笑っていてほしい」という言葉はいまでも変わらない。苦労なんかさせたくない。辛い思いなんかさせたくない。いつだってーーけれど、彼女はどうやらそれを望んではいないのだ、と少し気がつき始めていた。
 彼女は守られているだけの存在ではなくて、自分も戦う、そんな人間なのだと。

「まさか副会長も当選しちゃうなんて想定外だったんだもの」
「まぁなぁ」

 選挙結果の発表から1ヶ月ほど経ったが、引き継ぎだけでてんやわんやだ。
 しかも、華はその上校則の改革まで進めようとしていた。そのためのアンケート作り、OG会への根回し、……幸いなことに校内からの反発は少なかった。ただ、対OG会はなかなか骨が折れるようだ、と樹は見ている。

「OG会との折衝、厳しければ俺も手伝おうか」
「えっいいよダメだよ」

 華は驚いたように樹を見て、首を振った。

「これ以上、樹くん忙しくしたら身体壊すよ」
「そんなこともないが」
「それにねー、」

 えへへ、と華は笑う。

「副会長、ちょっとやる気あるんだ」
「なぜ」

 樹は心底不思議に思い尋ねた。自分のやりたい、風紀活動に集中できた方がいいのではないかと思ったからだ。

「あのね、……練習? みたいな」
「練習?」
「樹くん、いつか言ってたでしょう? 覚えてる?」

 華は首を傾げた。

「サッカー選手になっても、多分家の仕事は手伝わさせられる、って」
「ああ」

 どのタイミングで、かは樹は失念していたが、たしかに言った記憶があったーーというか、そうなるであろうとなかば確信していた。

「だからね、そのお手伝いする練習に、少しはなるかなぁって」

 副会長って、会長のサポートだもんね、と華は言う。樹は、なんとも言えない感情に襲われる。
 実際のところ、副会長職が将来の練習になるかどうか、それは分からないがーーけれど、そう思っていてくれる、それが樹の胸を熱くしたし、素直に嬉しかった。けれど、それと同時にまた別のことも思った。

(だからといって、余計な心労は負わせたくない)

 本当は、華の苦労は全部自分が背負ってしまいたい。

(……だけれど、やはりそれは華の望むところではないのだろうなぁ)

 そう思いながらやわやわと華の頭を撫でていると、ふ、と彼女は笑った。

「ごめんね、心配かけて」
「いや」
「今日はしっかりやるからね!」
「そんなに気合をいれることはないぞ」
「いやぁ」

 入れなきゃでしょ、と笑う華は赤い、というよりは真紅の振袖。大きな牡丹の模様に、抑えた金糸で彩られた帯、この日のために彼女の祖母があつらえたものだった。
 樹は常々、華には赤が似合うと思っている。その点、彼女の祖母とは気があうと考えていた。

「婚約披露パーティーだもん」
「延び延びになってしまったなぁ」

 感慨深く、樹は言う。タイミングがなかなか合わなかった。それはおおむね、樹と彼の両親とのスケジュールのせいだった。
 樹の両親は多忙を極める。たまの帰国の際に予定を組もうとしても、その予定と樹の予定が組み合わない。
 樹は樹で、部活の試合をはじめ、年代別代表の合宿や試合、それから自分の祖母に押し付けられた「会社の業務」なんかをこなしていると、そもそも丸一日フリーな日程が存在すること自体がレアだった。
 たいていは華と過ごすことに消費されるたまの「休み」と、やっと自分の両親の「休み」が重なった。

「結婚式は、もう2人で挙げよう」
「えー、いいの?」
「構わないさ、どうせ卒業したら披露宴をするんだ」

 そっと華のこめかみに口付ける。

「他人の予定になんか、合わせてられるか」
「えへへ」

 甘えるように自分を見上げる瞳に、樹は場もわきまえず華を押し倒したい衝動に襲われる。ぐっと我慢をして、あと数ヶ月で終わる「オトモダチ期間」について思いを馳せた。華のいう「特別なお友達」ーーたしかに、時々そうとでも考えなくてはとっくの昔に華は……と考えて、樹は頭を振った。煩悩に負けている場合ではない。
 車はやがて、パーティーの行われるホテルに到着する。
 樹は華を連れて、ゆっくりと歩いた。

「控え室みたいなとこあるのかな」
「あるのはあるらしいが」

 樹は答えながら考えていた。喜んでくれるだろうか?

「ちょっと付き合ってほしい」
「? どこへ?」

 樹は、華の手を引いて歩き出す。

「あれ、ここ」
「覚えていたか」

 樹は微笑んだ。

「覚えてるよー。樹くんと初めて会った場所だもん」

 ホテルの日本庭園。錦鯉が泳ぐ池の側には、桜の木。
 今は、桜の葉もほとんど茶色く、散らんばかりの表情を見せている。他にも、他に植えられた楓や、色づきかけた七竈が秋の風情を彩っていた。

「……そこの桜の下に立っていたな」

 樹は、池にかかった石の橋を華を連れて渡る。ゆっくり、ゆっくりと。

「そうだねぇ、あんまり話さなかったよね最初」

 のんびりと華はそう返した。初めて会った日のことを思い出し、知らず頬に笑みが浮かぶ。

「うむ。とても緊張していた」
「なんで?」

 桜の木の下に到着し、樹は足を止めた。それから華を見つめる。

「こんなに」

 樹は、さらりと華の髪を梳いた。

「綺麗な女の子は初めてで」
「……褒めすぎ?」
「話しているともっと好きになった」
「え、と、樹くん?」
「側にいると、もっともっと好きになった」
「あのうー?」

 照れながら不思議そうに、華は樹を見上げる。樹は目を細めた。

「正直に言おう、初めは一目惚れだった」
「へえ!?」

 驚いたように、華は樹を見つめる。

「だが、恋ではなく愛になったのは、華の内面に触れてから」

 ぽかん、と自分を見つめる華をみながら、我ながらなんてクサイ台詞を吐いているんだろう、と樹は思う。けれど、本当のことだから、伝えておきたい。

「華の全部を愛してる。だから、華の全部を、俺にくれーーください」

 俺の全部もあげるから、そう思いながら、樹はなんとか、そう言った。
 緊張して、樹はほとんど無造作といっていい仕草でスーツのポケットからそれを取り出した。数ヶ月前に注文していた、婚約指輪。

「あ」

 華が目を丸くする。
 その間に、樹は華の左手薬指にすうっと指輪をはめた。
 ふう、と一呼吸置く。

「結婚してください」

 華は丸くした目をさらに丸くしてーーそれから、ゆっくりと頷いた。
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