675 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹
初めて(三人称視点)
しおりを挟む
ぐったり、と車のシートでウトウトしている華の額に、樹は優しく触れた。
「熱はないみたいだ」
「うーん、多分緊張の糸が切れた感じかなぁ」
そう告げる華の表情は、少し疲れが溜まっているようで、樹は少し胸が痛くなる。
(華には苦労なんかさせたくないのに)
そう、強く思う。
いつだか彼女に告げた、「ただ俺の横で笑っていてほしい」という言葉はいまでも変わらない。苦労なんかさせたくない。辛い思いなんかさせたくない。いつだってーーけれど、彼女はどうやらそれを望んではいないのだ、と少し気がつき始めていた。
彼女は守られているだけの存在ではなくて、自分も戦う、そんな人間なのだと。
「まさか副会長も当選しちゃうなんて想定外だったんだもの」
「まぁなぁ」
選挙結果の発表から1ヶ月ほど経ったが、引き継ぎだけでてんやわんやだ。
しかも、華はその上校則の改革まで進めようとしていた。そのためのアンケート作り、OG会への根回し、……幸いなことに校内からの反発は少なかった。ただ、対OG会はなかなか骨が折れるようだ、と樹は見ている。
「OG会との折衝、厳しければ俺も手伝おうか」
「えっいいよダメだよ」
華は驚いたように樹を見て、首を振った。
「これ以上、樹くん忙しくしたら身体壊すよ」
「そんなこともないが」
「それにねー、」
えへへ、と華は笑う。
「副会長、ちょっとやる気あるんだ」
「なぜ」
樹は心底不思議に思い尋ねた。自分のやりたい、風紀活動に集中できた方がいいのではないかと思ったからだ。
「あのね、……練習? みたいな」
「練習?」
「樹くん、いつか言ってたでしょう? 覚えてる?」
華は首を傾げた。
「サッカー選手になっても、多分家の仕事は手伝わさせられる、って」
「ああ」
どのタイミングで、かは樹は失念していたが、たしかに言った記憶があったーーというか、そうなるであろうとなかば確信していた。
「だからね、そのお手伝いする練習に、少しはなるかなぁって」
副会長って、会長のサポートだもんね、と華は言う。樹は、なんとも言えない感情に襲われる。
実際のところ、副会長職が将来の練習になるかどうか、それは分からないがーーけれど、そう思っていてくれる、それが樹の胸を熱くしたし、素直に嬉しかった。けれど、それと同時にまた別のことも思った。
(だからといって、余計な心労は負わせたくない)
本当は、華の苦労は全部自分が背負ってしまいたい。
(……だけれど、やはりそれは華の望むところではないのだろうなぁ)
そう思いながらやわやわと華の頭を撫でていると、ふ、と彼女は笑った。
「ごめんね、心配かけて」
「いや」
「今日はしっかりやるからね!」
「そんなに気合をいれることはないぞ」
「いやぁ」
入れなきゃでしょ、と笑う華は赤い、というよりは真紅の振袖。大きな牡丹の模様に、抑えた金糸で彩られた帯、この日のために彼女の祖母があつらえたものだった。
樹は常々、華には赤が似合うと思っている。その点、彼女の祖母とは気があうと考えていた。
「婚約披露パーティーだもん」
「延び延びになってしまったなぁ」
感慨深く、樹は言う。タイミングがなかなか合わなかった。それはおおむね、樹と彼の両親とのスケジュールのせいだった。
樹の両親は多忙を極める。たまの帰国の際に予定を組もうとしても、その予定と樹の予定が組み合わない。
樹は樹で、部活の試合をはじめ、年代別代表の合宿や試合、それから自分の祖母に押し付けられた「会社の業務」なんかをこなしていると、そもそも丸一日フリーな日程が存在すること自体がレアだった。
たいていは華と過ごすことに消費されるたまの「休み」と、やっと自分の両親の「休み」が重なった。
「結婚式は、もう2人で挙げよう」
「えー、いいの?」
「構わないさ、どうせ卒業したら披露宴をするんだ」
そっと華のこめかみに口付ける。
「他人の予定になんか、合わせてられるか」
「えへへ」
甘えるように自分を見上げる瞳に、樹は場もわきまえず華を押し倒したい衝動に襲われる。ぐっと我慢をして、あと数ヶ月で終わる「オトモダチ期間」について思いを馳せた。華のいう「特別なお友達」ーーたしかに、時々そうとでも考えなくてはとっくの昔に華は……と考えて、樹は頭を振った。煩悩に負けている場合ではない。
車はやがて、パーティーの行われるホテルに到着する。
樹は華を連れて、ゆっくりと歩いた。
「控え室みたいなとこあるのかな」
「あるのはあるらしいが」
樹は答えながら考えていた。喜んでくれるだろうか?
「ちょっと付き合ってほしい」
「? どこへ?」
樹は、華の手を引いて歩き出す。
「あれ、ここ」
「覚えていたか」
樹は微笑んだ。
「覚えてるよー。樹くんと初めて会った場所だもん」
ホテルの日本庭園。錦鯉が泳ぐ池の側には、桜の木。
今は、桜の葉もほとんど茶色く、散らんばかりの表情を見せている。他にも、他に植えられた楓や、色づきかけた七竈が秋の風情を彩っていた。
「……そこの桜の下に立っていたな」
樹は、池にかかった石の橋を華を連れて渡る。ゆっくり、ゆっくりと。
「そうだねぇ、あんまり話さなかったよね最初」
のんびりと華はそう返した。初めて会った日のことを思い出し、知らず頬に笑みが浮かぶ。
「うむ。とても緊張していた」
「なんで?」
桜の木の下に到着し、樹は足を止めた。それから華を見つめる。
「こんなに」
樹は、さらりと華の髪を梳いた。
「綺麗な女の子は初めてで」
「……褒めすぎ?」
「話しているともっと好きになった」
「え、と、樹くん?」
「側にいると、もっともっと好きになった」
「あのうー?」
照れながら不思議そうに、華は樹を見上げる。樹は目を細めた。
「正直に言おう、初めは一目惚れだった」
「へえ!?」
驚いたように、華は樹を見つめる。
「だが、恋ではなく愛になったのは、華の内面に触れてから」
ぽかん、と自分を見つめる華をみながら、我ながらなんてクサイ台詞を吐いているんだろう、と樹は思う。けれど、本当のことだから、伝えておきたい。
「華の全部を愛してる。だから、華の全部を、俺にくれーーください」
俺の全部もあげるから、そう思いながら、樹はなんとか、そう言った。
緊張して、樹はほとんど無造作といっていい仕草でスーツのポケットからそれを取り出した。数ヶ月前に注文していた、婚約指輪。
「あ」
華が目を丸くする。
その間に、樹は華の左手薬指にすうっと指輪をはめた。
ふう、と一呼吸置く。
「結婚してください」
華は丸くした目をさらに丸くしてーーそれから、ゆっくりと頷いた。
「熱はないみたいだ」
「うーん、多分緊張の糸が切れた感じかなぁ」
そう告げる華の表情は、少し疲れが溜まっているようで、樹は少し胸が痛くなる。
(華には苦労なんかさせたくないのに)
そう、強く思う。
いつだか彼女に告げた、「ただ俺の横で笑っていてほしい」という言葉はいまでも変わらない。苦労なんかさせたくない。辛い思いなんかさせたくない。いつだってーーけれど、彼女はどうやらそれを望んではいないのだ、と少し気がつき始めていた。
彼女は守られているだけの存在ではなくて、自分も戦う、そんな人間なのだと。
「まさか副会長も当選しちゃうなんて想定外だったんだもの」
「まぁなぁ」
選挙結果の発表から1ヶ月ほど経ったが、引き継ぎだけでてんやわんやだ。
しかも、華はその上校則の改革まで進めようとしていた。そのためのアンケート作り、OG会への根回し、……幸いなことに校内からの反発は少なかった。ただ、対OG会はなかなか骨が折れるようだ、と樹は見ている。
「OG会との折衝、厳しければ俺も手伝おうか」
「えっいいよダメだよ」
華は驚いたように樹を見て、首を振った。
「これ以上、樹くん忙しくしたら身体壊すよ」
「そんなこともないが」
「それにねー、」
えへへ、と華は笑う。
「副会長、ちょっとやる気あるんだ」
「なぜ」
樹は心底不思議に思い尋ねた。自分のやりたい、風紀活動に集中できた方がいいのではないかと思ったからだ。
「あのね、……練習? みたいな」
「練習?」
「樹くん、いつか言ってたでしょう? 覚えてる?」
華は首を傾げた。
「サッカー選手になっても、多分家の仕事は手伝わさせられる、って」
「ああ」
どのタイミングで、かは樹は失念していたが、たしかに言った記憶があったーーというか、そうなるであろうとなかば確信していた。
「だからね、そのお手伝いする練習に、少しはなるかなぁって」
副会長って、会長のサポートだもんね、と華は言う。樹は、なんとも言えない感情に襲われる。
実際のところ、副会長職が将来の練習になるかどうか、それは分からないがーーけれど、そう思っていてくれる、それが樹の胸を熱くしたし、素直に嬉しかった。けれど、それと同時にまた別のことも思った。
(だからといって、余計な心労は負わせたくない)
本当は、華の苦労は全部自分が背負ってしまいたい。
(……だけれど、やはりそれは華の望むところではないのだろうなぁ)
そう思いながらやわやわと華の頭を撫でていると、ふ、と彼女は笑った。
「ごめんね、心配かけて」
「いや」
「今日はしっかりやるからね!」
「そんなに気合をいれることはないぞ」
「いやぁ」
入れなきゃでしょ、と笑う華は赤い、というよりは真紅の振袖。大きな牡丹の模様に、抑えた金糸で彩られた帯、この日のために彼女の祖母があつらえたものだった。
樹は常々、華には赤が似合うと思っている。その点、彼女の祖母とは気があうと考えていた。
「婚約披露パーティーだもん」
「延び延びになってしまったなぁ」
感慨深く、樹は言う。タイミングがなかなか合わなかった。それはおおむね、樹と彼の両親とのスケジュールのせいだった。
樹の両親は多忙を極める。たまの帰国の際に予定を組もうとしても、その予定と樹の予定が組み合わない。
樹は樹で、部活の試合をはじめ、年代別代表の合宿や試合、それから自分の祖母に押し付けられた「会社の業務」なんかをこなしていると、そもそも丸一日フリーな日程が存在すること自体がレアだった。
たいていは華と過ごすことに消費されるたまの「休み」と、やっと自分の両親の「休み」が重なった。
「結婚式は、もう2人で挙げよう」
「えー、いいの?」
「構わないさ、どうせ卒業したら披露宴をするんだ」
そっと華のこめかみに口付ける。
「他人の予定になんか、合わせてられるか」
「えへへ」
甘えるように自分を見上げる瞳に、樹は場もわきまえず華を押し倒したい衝動に襲われる。ぐっと我慢をして、あと数ヶ月で終わる「オトモダチ期間」について思いを馳せた。華のいう「特別なお友達」ーーたしかに、時々そうとでも考えなくてはとっくの昔に華は……と考えて、樹は頭を振った。煩悩に負けている場合ではない。
車はやがて、パーティーの行われるホテルに到着する。
樹は華を連れて、ゆっくりと歩いた。
「控え室みたいなとこあるのかな」
「あるのはあるらしいが」
樹は答えながら考えていた。喜んでくれるだろうか?
「ちょっと付き合ってほしい」
「? どこへ?」
樹は、華の手を引いて歩き出す。
「あれ、ここ」
「覚えていたか」
樹は微笑んだ。
「覚えてるよー。樹くんと初めて会った場所だもん」
ホテルの日本庭園。錦鯉が泳ぐ池の側には、桜の木。
今は、桜の葉もほとんど茶色く、散らんばかりの表情を見せている。他にも、他に植えられた楓や、色づきかけた七竈が秋の風情を彩っていた。
「……そこの桜の下に立っていたな」
樹は、池にかかった石の橋を華を連れて渡る。ゆっくり、ゆっくりと。
「そうだねぇ、あんまり話さなかったよね最初」
のんびりと華はそう返した。初めて会った日のことを思い出し、知らず頬に笑みが浮かぶ。
「うむ。とても緊張していた」
「なんで?」
桜の木の下に到着し、樹は足を止めた。それから華を見つめる。
「こんなに」
樹は、さらりと華の髪を梳いた。
「綺麗な女の子は初めてで」
「……褒めすぎ?」
「話しているともっと好きになった」
「え、と、樹くん?」
「側にいると、もっともっと好きになった」
「あのうー?」
照れながら不思議そうに、華は樹を見上げる。樹は目を細めた。
「正直に言おう、初めは一目惚れだった」
「へえ!?」
驚いたように、華は樹を見つめる。
「だが、恋ではなく愛になったのは、華の内面に触れてから」
ぽかん、と自分を見つめる華をみながら、我ながらなんてクサイ台詞を吐いているんだろう、と樹は思う。けれど、本当のことだから、伝えておきたい。
「華の全部を愛してる。だから、華の全部を、俺にくれーーください」
俺の全部もあげるから、そう思いながら、樹はなんとか、そう言った。
緊張して、樹はほとんど無造作といっていい仕草でスーツのポケットからそれを取り出した。数ヶ月前に注文していた、婚約指輪。
「あ」
華が目を丸くする。
その間に、樹は華の左手薬指にすうっと指輪をはめた。
ふう、と一呼吸置く。
「結婚してください」
華は丸くした目をさらに丸くしてーーそれから、ゆっくりと頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる