【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

臥待月

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 婚約披露パーティー以降、全然樹くんに会えてない。
 プロポーズされたとき、ほんとにかっこ悪いんだけど、目から涙がぴゃっと出た。ぽろぽろとかじゃなくて、だーだー出た。せっかくお化粧してたのに、って泣きながら言うと、樹くんは笑って抱きしめてくれた。その指先が冷たくて、ああ樹くんも緊張してくれていたんだなぁって……それが、だいたい1ヶ月前くらいの話。

「分かってるの忙しいのあの人は」
「大変そうだよねー」

 授業と授業の合間の休み時間、大村さんとそんな話になる。
 窓からは銀杏の木々が、晩秋の陽射しで金色に光っていた。もうじきに冬が来る。

「学校では会うんだよ、昼休みとか」
「でも生徒会だよね」
「そうなの」

 私はかるくため息。
 放課後部活がある樹くんのために、昼休みは生徒会室で(みんなで!)ランチ会みたいにして話し合いがあるんだけれど。

「会えるの、そこだけー」
「家に帰ってくるんじゃないの」
「帰ってくるよ? 帰ってくるけど」

 私は寂しくて、ほんの少しだけ、眉を寄せた。

「お仕事なんだもの」
「お仕事?」

 私は頷く。なにやら会社がバタついているらしくて、会社の方に行ってたり部屋でパソコンと睨めっこしてたり。

「なにしてるんだろー」
「だから、お仕事でしょう?」
「んー」

 そう言われたらもう何とも返せないんだけどさ。

「まぁ、そんな時期あるよ」
「あるのー?」

 大村さんは私の頬をムニムニと触りながら言う。

「設楽さんも今忙しいんだし。今はそっちに集中したら」
「……だね」

 私は肩をすくめて微笑んだ。

「幸い、最近はあのよく分かんないイチネンセーの来襲もないんでしょう?」
「うん」

 頷きながら、それでもちょっと思う。……余計に怖くない?
 桜澤青花の来襲は、このところなりを潜めていた。

(なんで?)

 ありがたいけれど、……嵐の前の静けさって感じでちょっと怖いんだよなぁ。

「とはいえ、ちくちくはあるよ」
「あるよね、ムカつくよ」

 大村さんは眉を寄せた。

「本人が何も言わないのがムカつく」

 取り巻きの男子くんたちが遠巻きにヒソヒソしたりしてるだけ。

「ハッキリ言われないほうがストレスだったりするんだよなぁ」

 委員会での忙しさもあいまって、ほんの少し体調不良。

「生理も遅れてるんだよなぁ、ストレスかなぁ」
「……ご懐妊?」

 ひっそり、と言ってくる大村さんの頭にかるくチョップ。

「そんな関係じゃありません! オトモダチだよっ、オトモダチっ」
「もー、往生際悪いなぁ」

 ラブラブなくせに、と大村さんが笑う。

「そう言えば見たよ、アンケートの集計結果」
「ありがと」

 私は微笑む。アンケート……女子の校則改定に関するアンケートだ。

「賛成7割」
「反対は10%もいなかったから」

 どちらでもない、が2割。

「あとはOG会の賛成を取り付けるだけだよっ」
「そこが一番難しそうだよね、……あ、先生来た」

 次の授業、古典の先生が教室に入ってきて、私たちは席に戻る。

(そーなんだよね、私もやること多いんだ)

 けれど。
 だけれど。

(やっぱり、寂しいよー……)


 その日帰宅しても、晩ご飯に樹くんは姿を表さなかった。

「……」
「むすっとしない、ハナ」

 圭くんに怒られた。

「……はーい」
「ごめんなさいね、華ちゃん」

 樹くんのおばあちゃん、静子さんはほんの少し、眉を下げた。

「あの子ねぇ、自分からやるって言った件があるから、今てんやわんやなのよ」
「樹くんから?」

 静子さんは目を細めた。

「そうなのよー。でもね、もうじきですから」

 私は少し首をかしげる。なにか、……含みが、あるような。

 その日の深夜……って言っても、まだ23時は回ってなかったと思う。なんだか眠たくなった私はさっさと布団に入る。
 なんとなく、月を眺めたくて、ベッド横のカーテンを開けたまま横たわった。

「……さみしーよー」

 黒と濃紺をない混ぜにしたような空には、金色の月。満月でもなければ三日月でもない。キラキラしている。
 それを眺めていると、ふと睡魔に襲われる。

(……カーテンしめなきゃ)

 そう、思っているのに目蓋はひどく重かった。
 そのまま眠ってーー夢を見た。樹くんとふたり、ノンビリしてる夢だった。

(願望が出るっていうからなぁ)

 夢の中なのに、私はそれが夢だってことをハッキリ自覚してて、ちょっと笑ってしまう。
 ふと、人の気配がして、まぶたを持ち上げる。やわやわと、私の頭に触れる優しい手。

「……樹くん?」
「すまない、起こしてしまったか」

 薄暗がりの中で、スーツ姿の樹くんが苦笑したのがわかった。

「ううん」
「どうしても、華の顔が見たくて」
「私も」

 思わず口走る。

「私も、会いたかったよ」

 両手を伸ばす。樹くんが、ぎゅうと抱きしめてくれた。

「華」

 とても、落ち着いた声で呼ばれた。
 なあに、と開こうとした口に、樹くんは唇を重ねて、舌を滑り込ませて来る。
 キスを重ねながら、樹くんは穏やかな声で何度も私を呼んだ。
 ぎしり、と2人分の体重でベッドが軋む。
 酸欠になりそうになりながら、私の上にいる樹くんの顔を見つめた。
 穏やかで、優しくて、理知的な瞳だった。

「……スーツ、シワになっちゃうよ」
「そうだな」

 樹くんは静かに微笑んで、ジャケットを脱いだ。だけれどそれは、丁寧にかけられることなくベッド下に投げるように落とされた。
 樹くんの肩越しに、さっきの月が見える。

(ああ、)

 私は古典の授業を思い出す。そうだ、この月は、臥待月と言ったのだ。
 重なる唇が、とても熱い。

「華」

 樹くんは、そっと私の頬に触れた。
 優しい声だった。名前を呼ぶことが、とても嬉しいと、そう言っているような、声だった。
 オトモダチ、という濃くて太いラインを引いたつもりだったけれど、……そういうのを越える時、もしかしたらヒトは酷く冷静なのかもしれない。理性的で、穏やかで。

「ねえ、樹くん」

 キスの波の合間に、私は小さく言った。不思議そうに私を見る樹くんに、私は「カーテン閉めて」とお願いをする。
 上半身を起こして、カーテンを閉めながら、樹くんはネクタイをしゅるりと外した。


 鹿王院ホールディングスが、ジョーバン重工……大伯父様の会社に敵対的買収を行ったと知ったのは、その翌朝のニュースのことだった。
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