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【高校編】分岐・鹿王院樹
【三人称視点】レールを外れて
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目の前に樹が立った時、常盤耕一郎、御前と呼ばれる男、は軽く目線を上げただけだった。
「おお、鹿王院の。元気が有り余っておるみたいだな」
「……御前」
樹は冷たく耕一郎を見下ろした。しかしなお、耕一郎は傲然と椅子に深く座り、何の焦燥も浮かべず口を歪めた。
「余計なことをしてくれる。敦子の入れ知恵か」
「いえ、俺が決めて俺が主導しました」
耕一郎はほんの少しだけ、意外そうに樹を見上げた。
「ほう」
「……お力添えはいただきましたが」
「そうか」
耕一郎は立ち上がり、樹を見つめた。
「どうせこれだけではないのだろう」
「はい」
「どこを動かした」
樹は答えない。耕一郎は軽く鼻を鳴らした。
(どこを突いてくる気だ?)
弁護士と話し合わなくてはいけない。
目の前に立つ少年ーーもはやそうは呼ぶまい、男には若さがある、と耕一郎は思った。自分にもかつてあり、そして削るように失っていったエネルギー。
「老骨には堪える」
「申し訳ありません」
「ふん」
なお悠然とした態度を崩そうとせず、耕一郎は歩き出す。
「ひとつ」
ふと、立ち止まり耕一郎は振り返った。
「なぜ急に動こうと思った?」
「もともと準備はしていました」
「ほう」
楽しげに耕一郎は笑う。
「けれど、……あなたが華を傷つけようとしたから」
意外そうに耕一郎は笑った。
「女のためか!」
「いけませんか」
「いや」
楽しげに肩を揺らしながら、耕一郎は歩き出す。
「あいつの孫らしい、と思っただけだ。……鹿王院の」
「はい」
「早死にするなよ」
「……はい」
ぱたり、と扉が閉まって、樹は軽く、頭を下げた。
じきに合流した祖母と、その友人である常盤敦子と今後について話し合い、とっぷり日が暮れた頃に樹は立ち上がる。
「では、明日も朝練があるのでこれくらいで」
「……急に高校生らしさを出すのやめてくれる?」
敦子が笑うと、祖母の静子も楽しげに笑った。
「はぁ」
「でも、そうねぇ」
敦子は目を細めた。
「もう、少年だなんて言えないわね」
「?」
「ちゃんとオトコになったわねぇ、って。こないだまでオネショしてたのにね」
「してたしてた」
くすくすと笑う2人に、樹は肩をすくめる。本気で相手をすると余計に消耗するのは分かっていた。
「それより」
樹は、祖母に向き直る。
「約束は守っていただけるんでしょうね?」
「もちろんよ」
祖母は微笑んだ。
「さすがに、ここまでされちゃあねぇ」
「約束?」
敦子が首をかしげる。
「常盤を鹿王院の傘下にする、その突破口を開いたならば、好きに生きていい、と」
「まー」
敦子はカラカラと笑った。
「あなた、もしかして跡を継がない気なの?」
「言ってませんでしたか」
樹は不思議そうに言う。
「サッカー選手になりたい、と伝えたはずかと」
「言ってた! 言ってたわよ小学生の時に!」
「はぁ」
敦子は楽しげに言い放ち「華は知ってるの?」と首をかしげる。
「いえ、これから」
「どうするの? セレブな生活じゃなきゃイヤ! ちゃんと跡ついで! って言われたら」
樹は少し頬を緩め「華が?」と問い返す。敦子は「ないわね」と面白げに答えた。
「では、本当に。好きに生きていきます、これからは」
「そうなさい」
祖母がそう答え、樹は軽く背伸びをした。
「遠慮も、配慮も、もうしません」
「お好きになさい」
ひらひら、と手を振る祖母ふたりを残し、樹は退室した。残された2人は書類を手に取り、ああでもないこうでもない、と話し出す。
帰宅して、樹はふと自分の恋人に触れたくなった。ひと目顔を見るだけでもいい、と勝手に部屋に入る。
月明かりの下、華は眠っていた。規則的に上下する胸部、軽く閉じられた瞳。
さらりと髪を撫でた。
安堵が広がる。
(もうこれで、あの男が華に手を出すことはないはずだ)
守り切れた。
今度は、あの女からだ。桜澤青花。
(徹底的に)
きっちりと証拠を掴んで、二度と華に近づけない。
ふ、と華の睫毛が揺れた。現れた瞳に、樹は素直に綺麗な瞳だなと感じた。
「すまない、起こしてしまったか」
顔だけみたくて、と謝ると、華は笑った。すべて見通すような笑みだったから、樹は甘えたくなってしまう。
両手を伸ばして自分を見つめる華が愛おしくて、抱きしめて唇を重ねた。
カーテンの隙間から、空が白んでいるのが見えた。
「跡を継がないことにした」
ぽつり、と話す。腕の中の華はもぞりと身体を動かして、樹を見上げた。
アンフェアだっただろうか、と少しだけ思う。だけれど華は「そっかぁ」と言っただけで、甘えるように樹にすり寄る。
「良かったねぇ、サッカーに専念できるねぇ」
眠たげに言う華の口元は、優しげに緩んでいて。
樹はそっと華の髪を撫でて、その身体中にキスを落とす。
(かならず、守りきる)
そう誓いながら、樹は華を抱きしめなおす。柔らかな素肌が、とても暖かかった。
「おお、鹿王院の。元気が有り余っておるみたいだな」
「……御前」
樹は冷たく耕一郎を見下ろした。しかしなお、耕一郎は傲然と椅子に深く座り、何の焦燥も浮かべず口を歪めた。
「余計なことをしてくれる。敦子の入れ知恵か」
「いえ、俺が決めて俺が主導しました」
耕一郎はほんの少しだけ、意外そうに樹を見上げた。
「ほう」
「……お力添えはいただきましたが」
「そうか」
耕一郎は立ち上がり、樹を見つめた。
「どうせこれだけではないのだろう」
「はい」
「どこを動かした」
樹は答えない。耕一郎は軽く鼻を鳴らした。
(どこを突いてくる気だ?)
弁護士と話し合わなくてはいけない。
目の前に立つ少年ーーもはやそうは呼ぶまい、男には若さがある、と耕一郎は思った。自分にもかつてあり、そして削るように失っていったエネルギー。
「老骨には堪える」
「申し訳ありません」
「ふん」
なお悠然とした態度を崩そうとせず、耕一郎は歩き出す。
「ひとつ」
ふと、立ち止まり耕一郎は振り返った。
「なぜ急に動こうと思った?」
「もともと準備はしていました」
「ほう」
楽しげに耕一郎は笑う。
「けれど、……あなたが華を傷つけようとしたから」
意外そうに耕一郎は笑った。
「女のためか!」
「いけませんか」
「いや」
楽しげに肩を揺らしながら、耕一郎は歩き出す。
「あいつの孫らしい、と思っただけだ。……鹿王院の」
「はい」
「早死にするなよ」
「……はい」
ぱたり、と扉が閉まって、樹は軽く、頭を下げた。
じきに合流した祖母と、その友人である常盤敦子と今後について話し合い、とっぷり日が暮れた頃に樹は立ち上がる。
「では、明日も朝練があるのでこれくらいで」
「……急に高校生らしさを出すのやめてくれる?」
敦子が笑うと、祖母の静子も楽しげに笑った。
「はぁ」
「でも、そうねぇ」
敦子は目を細めた。
「もう、少年だなんて言えないわね」
「?」
「ちゃんとオトコになったわねぇ、って。こないだまでオネショしてたのにね」
「してたしてた」
くすくすと笑う2人に、樹は肩をすくめる。本気で相手をすると余計に消耗するのは分かっていた。
「それより」
樹は、祖母に向き直る。
「約束は守っていただけるんでしょうね?」
「もちろんよ」
祖母は微笑んだ。
「さすがに、ここまでされちゃあねぇ」
「約束?」
敦子が首をかしげる。
「常盤を鹿王院の傘下にする、その突破口を開いたならば、好きに生きていい、と」
「まー」
敦子はカラカラと笑った。
「あなた、もしかして跡を継がない気なの?」
「言ってませんでしたか」
樹は不思議そうに言う。
「サッカー選手になりたい、と伝えたはずかと」
「言ってた! 言ってたわよ小学生の時に!」
「はぁ」
敦子は楽しげに言い放ち「華は知ってるの?」と首をかしげる。
「いえ、これから」
「どうするの? セレブな生活じゃなきゃイヤ! ちゃんと跡ついで! って言われたら」
樹は少し頬を緩め「華が?」と問い返す。敦子は「ないわね」と面白げに答えた。
「では、本当に。好きに生きていきます、これからは」
「そうなさい」
祖母がそう答え、樹は軽く背伸びをした。
「遠慮も、配慮も、もうしません」
「お好きになさい」
ひらひら、と手を振る祖母ふたりを残し、樹は退室した。残された2人は書類を手に取り、ああでもないこうでもない、と話し出す。
帰宅して、樹はふと自分の恋人に触れたくなった。ひと目顔を見るだけでもいい、と勝手に部屋に入る。
月明かりの下、華は眠っていた。規則的に上下する胸部、軽く閉じられた瞳。
さらりと髪を撫でた。
安堵が広がる。
(もうこれで、あの男が華に手を出すことはないはずだ)
守り切れた。
今度は、あの女からだ。桜澤青花。
(徹底的に)
きっちりと証拠を掴んで、二度と華に近づけない。
ふ、と華の睫毛が揺れた。現れた瞳に、樹は素直に綺麗な瞳だなと感じた。
「すまない、起こしてしまったか」
顔だけみたくて、と謝ると、華は笑った。すべて見通すような笑みだったから、樹は甘えたくなってしまう。
両手を伸ばして自分を見つめる華が愛おしくて、抱きしめて唇を重ねた。
カーテンの隙間から、空が白んでいるのが見えた。
「跡を継がないことにした」
ぽつり、と話す。腕の中の華はもぞりと身体を動かして、樹を見上げた。
アンフェアだっただろうか、と少しだけ思う。だけれど華は「そっかぁ」と言っただけで、甘えるように樹にすり寄る。
「良かったねぇ、サッカーに専念できるねぇ」
眠たげに言う華の口元は、優しげに緩んでいて。
樹はそっと華の髪を撫でて、その身体中にキスを落とす。
(かならず、守りきる)
そう誓いながら、樹は華を抱きしめなおす。柔らかな素肌が、とても暖かかった。
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