【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
677 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

【三人称視点】レールを外れて

しおりを挟む
 目の前に樹が立った時、常盤耕一郎、御前と呼ばれる男、は軽く目線を上げただけだった。

「おお、鹿王院の。元気が有り余っておるみたいだな」
「……御前」

 樹は冷たく耕一郎を見下ろした。しかしなお、耕一郎は傲然と椅子に深く座り、何の焦燥も浮かべず口を歪めた。

「余計なことをしてくれる。敦子の入れ知恵か」
「いえ、俺が決めて俺が主導しました」

 耕一郎はほんの少しだけ、意外そうに樹を見上げた。

「ほう」
「……お力添えはいただきましたが」
「そうか」

 耕一郎は立ち上がり、樹を見つめた。

「どうせこれだけではないのだろう」
「はい」
「どこを動かした」

 樹は答えない。耕一郎は軽く鼻を鳴らした。

(どこを突いてくる気だ?)

 弁護士と話し合わなくてはいけない。
 目の前に立つ少年ーーもはやそうは呼ぶまい、男には若さがある、と耕一郎は思った。自分にもかつてあり、そして削るように失っていったエネルギー。

「老骨には堪える」
「申し訳ありません」
「ふん」

 なお悠然とした態度を崩そうとせず、耕一郎は歩き出す。

「ひとつ」

 ふと、立ち止まり耕一郎は振り返った。

「なぜ急に動こうと思った?」
「もともと準備はしていました」
「ほう」

 楽しげに耕一郎は笑う。

「けれど、……あなたが華を傷つけようとしたから」

 意外そうに耕一郎は笑った。

「女のためか!」
「いけませんか」
「いや」

 楽しげに肩を揺らしながら、耕一郎は歩き出す。

「あいつの孫らしい、と思っただけだ。……鹿王院の」
「はい」
「早死にするなよ」
「……はい」

 ぱたり、と扉が閉まって、樹は軽く、頭を下げた。
 じきに合流した祖母と、その友人である常盤敦子と今後について話し合い、とっぷり日が暮れた頃に樹は立ち上がる。

「では、明日も朝練があるのでこれくらいで」
「……急に高校生らしさを出すのやめてくれる?」

 敦子が笑うと、祖母の静子も楽しげに笑った。

「はぁ」
「でも、そうねぇ」

 敦子は目を細めた。

「もう、少年だなんて言えないわね」
「?」
「ちゃんとオトコになったわねぇ、って。こないだまでオネショしてたのにね」
「してたしてた」

 くすくすと笑う2人に、樹は肩をすくめる。本気で相手をすると余計に消耗するのは分かっていた。

「それより」

 樹は、祖母に向き直る。

「約束は守っていただけるんでしょうね?」
「もちろんよ」

 祖母は微笑んだ。

「さすがに、ここまでされちゃあねぇ」
「約束?」

 敦子が首をかしげる。

「常盤を鹿王院の傘下にする、その突破口を開いたならば、好きに生きていい、と」
「まー」

 敦子はカラカラと笑った。

「あなた、もしかして跡を継がない気なの?」
「言ってませんでしたか」

 樹は不思議そうに言う。

「サッカー選手になりたい、と伝えたはずかと」
「言ってた! 言ってたわよ小学生の時に!」
「はぁ」

 敦子は楽しげに言い放ち「華は知ってるの?」と首をかしげる。

「いえ、これから」
「どうするの? セレブな生活じゃなきゃイヤ! ちゃんと跡ついで! って言われたら」

 樹は少し頬を緩め「華が?」と問い返す。敦子は「ないわね」と面白げに答えた。

「では、本当に。好きに生きていきます、これからは」
「そうなさい」

 祖母がそう答え、樹は軽く背伸びをした。

「遠慮も、配慮も、もうしません」
「お好きになさい」

 ひらひら、と手を振る祖母ふたりを残し、樹は退室した。残された2人は書類を手に取り、ああでもないこうでもない、と話し出す。

 帰宅して、樹はふと自分の恋人に触れたくなった。ひと目顔を見るだけでもいい、と勝手に部屋に入る。
 月明かりの下、華は眠っていた。規則的に上下する胸部、軽く閉じられた瞳。
 さらりと髪を撫でた。
 安堵が広がる。

(もうこれで、あの男が華に手を出すことはないはずだ)

 守り切れた。
 今度は、あの女からだ。桜澤青花。

(徹底的に)

 きっちりと証拠を掴んで、二度と華に近づけない。
 ふ、と華の睫毛が揺れた。現れた瞳に、樹は素直に綺麗な瞳だなと感じた。

「すまない、起こしてしまったか」

 顔だけみたくて、と謝ると、華は笑った。すべて見通すような笑みだったから、樹は甘えたくなってしまう。
 両手を伸ばして自分を見つめる華が愛おしくて、抱きしめて唇を重ねた。



 カーテンの隙間から、空が白んでいるのが見えた。

「跡を継がないことにした」

 ぽつり、と話す。腕の中の華はもぞりと身体を動かして、樹を見上げた。
 アンフェアだっただろうか、と少しだけ思う。だけれど華は「そっかぁ」と言っただけで、甘えるように樹にすり寄る。

「良かったねぇ、サッカーに専念できるねぇ」

 眠たげに言う華の口元は、優しげに緩んでいて。
 樹はそっと華の髪を撫でて、その身体中にキスを落とす。

(かならず、守りきる)

 そう誓いながら、樹は華を抱きしめなおす。柔らかな素肌が、とても暖かかった。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...