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【高校編】分岐・相良仁
【三人称視点】ヒロイン、及びヒーローについて
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桜澤青花には記憶があった。
前世の記憶。ふつうに考えれば噴飯物(おかしい、って意味の方で)だけれど、残念ながら彼女に関しては本当のことだった。
その「かつて」、青花は半グレのリーダー格の人間のオンナだった。
青花はその男の横で、色々見てきた。薬、売春、恫喝、闇金、貧困ビジネス、出会い系サイト。いろんな人間が、ダメになった。殺されたり自殺した。そうならなくても、人としてはもう生きていられない身体になっていくのを、青花は優越感に浸りながら眺めていた。
(どう? あたしのオトコは)
あたしのオトコは、この街でいちばん強い。
ある日、青花は自分のオトコが誰かを殺すために薬を手に入れた話を聞いた。
「なんの薬?」
何気なく尋ねた青花に、オトコは笑った。
「んー? 心臓のオクスリ」
「心臓の?」
問い返す青花を、愛おしそうにオトコは抱きしめた。
「そーだよ。これ、毎日飲ませんの」
「それ、死ぬの?」
「死ぬよ、そりゃ。心臓動かすクスリだもん、健康な人間が毎日飲んでりゃ心臓に負担がかかる」
オトコは、手を握りしめて、その後勢いよく開いた。
「ばあん」
「え、ば、爆発?」
戸惑う青花の髪を、オトコは目を細めて撫でた。
「んなわけねーじゃん。可愛いなぁお前は」
青花は照れたように目をそらした。そういう仕草が、オトコは好きだって知ってたから。
「止まるの。負荷がかかりすぎて」
「でも、それ、バレない?」
ケーサツに、と尋ねる青花に、オトコは楽しそうに口を歪めた。
「なぁ、ケンコーでなんの薬も飲んでないはずの、まだ若い人間が急に心臓止まって、病院に担ぎ込まれたとしてさ?」
「うん」
「医者は何すると思う?」
「え?」
青花はぽかん、とオトコを見上げた。
「心臓マッサージ?」
「もちろんそれも。けれど、心臓動かすために薬、使うよな? 心臓動かす薬」
それも血管に直接ちゅーっと注入、とオトコは身振りを添えて哄笑する。
「そうなりゃどうなる? あとで警察が調べたとき、心臓動かすオクスリの成分たぁっぷりで、どうしてそれが死因なんだって思う?」
「へぇ」
「良くあるハナシだよ、これ」
オトコは自慢げに言った。
「なぁ、年間何人が心不全で死んでると思う? そのうち何割が原因不明の心不全なんだと思う?」
「心不全?」
「突き詰めりゃ、この世に遍くある死の全てが心不全だ。心臓止まりゃそれは心不全なんだからーー」
そんなことを、今、青花は思い出していた。スマホにはSNSの画面。メッセージの送り先は、青花が憎む女の親戚。
(あの子も、設楽華を憎んでいるに違いないわ)
突然奪われた日常。ズタズタにされたプライド。見下される辛さーー復讐心。
(よく分かる)
青花は目を細めた。思う通りならば、乗ってくるはずだ。この計画に。
(薬は、あいつに用意させたらいい)
最近「パパ活」で知り合った医者。何かと使えそうで、たっぷりサービスしてあげた。
青花の唇が、三日月のように歪む。
『設楽華が、憎くはありませんか』
青花の親指は、スラスラとその文面をタップした。
それからしばらく経って、青花はイライラと廊下を歩いていた。
(なに、あの態度)
生徒会選挙での、演説。せっかく邪魔してあげたのに、あれじゃ台無しじゃないーーと、唇を噛む。
(薬も効いてるのか分からないし)
見たところ、元気そうだったーーと爪を噛むと、ふと、少し離れた廊下のロッカーで、自分と同じ一年生が密やかに話すのを聞いた。
(……水泳部の子たちじゃない)
設楽華の、取り巻きだ。
「ねえ、設楽先輩、体調悪いんだって」
「え、そうなの?」
思わず聞き耳を立てる。なに、体調不良?
「ストレスかなぁ、ってみんな心配してて」
「できるだけフォローできたらしようね、みんなで、選挙」
「もちろん」
声は遠ざかって行く。
(なぁんだ)
青花はほくそ笑んだ。なぁんだ、効いてるんじゃない、そう小さく呟いて、クスクスと笑った。
※※※※
放課後。
相良仁が自らの根城である社会科第二準備室でコーヒーを飲んでいると、愛しの恋人の元・許婚がズカズカと入ってきた。
「相良さん」
「ハイ」
仁にとって、この鹿王院樹という男はなんだか苦手な対象だった。恋人の元許婚というのもあるし、人間的にもなんだか剃りが合わない、気がしている。
「あの卵は、……華が止めたのですか」
仁は肩をすくめながら、あーあこれだから嫌なんだ、と心の中でひとりごちる。何だかんだ言って、コイツは華の行動が、なんとなく分かるんだからーー。
「その通りです」
「……何事もなかったから良かったものの」
樹の眉間がきつく寄せられる。
(まーだ好きなの?)
仁は胸がざわつくのを覚えて、苦笑する。嫉妬だ。子供相手にーー。
「まだ直接的な証拠は掴めませんか」
「なかなかズル賢いキツネみたいで」
端的に答える。桜澤青花のことは、単なるコドモだとも莫迦だとも思ってはいけない。尻尾がなかなか掴めない。掴んだと思っても、それは巧妙なフェイクだったりする。
「……俺の方でも、動こうと思います」
「何をする気ですか?」
危険なことなら止めなくては、と思うが樹は肩をすくめる。
「大丈夫です、ただ、少し情報が欲しいだけ」
「情報」
情報、情報ねぇ、と仁は小さく繰り返す。
「はい。とりあえずはーー虎穴に入ろうと思います」
「……キミね、割と顔に出るから難しいと思うよ」
「なかなか腑に落ちないのですが」
樹は苦笑した。
「あの女は、俺の反応などどうでもいいんです」
「ん?」
「俺の表情など、見てもいない。気持ちを察そうとも、していない」
「まぁ」
仁にも、それは思い当たる節があった。
(要は、シナリオ通り動けば満足ってことか?)
あの女は、ヒロイン様なのだから。
「とりあえず、話をしてーーなにかヒントを掴もうかと」
「無理はしないでくださいよ」
その言葉に樹は頷いて、足早に準備室を出て行く。仁はほんの少しだけ、眉を寄せて宙を睨んだ。
前世の記憶。ふつうに考えれば噴飯物(おかしい、って意味の方で)だけれど、残念ながら彼女に関しては本当のことだった。
その「かつて」、青花は半グレのリーダー格の人間のオンナだった。
青花はその男の横で、色々見てきた。薬、売春、恫喝、闇金、貧困ビジネス、出会い系サイト。いろんな人間が、ダメになった。殺されたり自殺した。そうならなくても、人としてはもう生きていられない身体になっていくのを、青花は優越感に浸りながら眺めていた。
(どう? あたしのオトコは)
あたしのオトコは、この街でいちばん強い。
ある日、青花は自分のオトコが誰かを殺すために薬を手に入れた話を聞いた。
「なんの薬?」
何気なく尋ねた青花に、オトコは笑った。
「んー? 心臓のオクスリ」
「心臓の?」
問い返す青花を、愛おしそうにオトコは抱きしめた。
「そーだよ。これ、毎日飲ませんの」
「それ、死ぬの?」
「死ぬよ、そりゃ。心臓動かすクスリだもん、健康な人間が毎日飲んでりゃ心臓に負担がかかる」
オトコは、手を握りしめて、その後勢いよく開いた。
「ばあん」
「え、ば、爆発?」
戸惑う青花の髪を、オトコは目を細めて撫でた。
「んなわけねーじゃん。可愛いなぁお前は」
青花は照れたように目をそらした。そういう仕草が、オトコは好きだって知ってたから。
「止まるの。負荷がかかりすぎて」
「でも、それ、バレない?」
ケーサツに、と尋ねる青花に、オトコは楽しそうに口を歪めた。
「なぁ、ケンコーでなんの薬も飲んでないはずの、まだ若い人間が急に心臓止まって、病院に担ぎ込まれたとしてさ?」
「うん」
「医者は何すると思う?」
「え?」
青花はぽかん、とオトコを見上げた。
「心臓マッサージ?」
「もちろんそれも。けれど、心臓動かすために薬、使うよな? 心臓動かす薬」
それも血管に直接ちゅーっと注入、とオトコは身振りを添えて哄笑する。
「そうなりゃどうなる? あとで警察が調べたとき、心臓動かすオクスリの成分たぁっぷりで、どうしてそれが死因なんだって思う?」
「へぇ」
「良くあるハナシだよ、これ」
オトコは自慢げに言った。
「なぁ、年間何人が心不全で死んでると思う? そのうち何割が原因不明の心不全なんだと思う?」
「心不全?」
「突き詰めりゃ、この世に遍くある死の全てが心不全だ。心臓止まりゃそれは心不全なんだからーー」
そんなことを、今、青花は思い出していた。スマホにはSNSの画面。メッセージの送り先は、青花が憎む女の親戚。
(あの子も、設楽華を憎んでいるに違いないわ)
突然奪われた日常。ズタズタにされたプライド。見下される辛さーー復讐心。
(よく分かる)
青花は目を細めた。思う通りならば、乗ってくるはずだ。この計画に。
(薬は、あいつに用意させたらいい)
最近「パパ活」で知り合った医者。何かと使えそうで、たっぷりサービスしてあげた。
青花の唇が、三日月のように歪む。
『設楽華が、憎くはありませんか』
青花の親指は、スラスラとその文面をタップした。
それからしばらく経って、青花はイライラと廊下を歩いていた。
(なに、あの態度)
生徒会選挙での、演説。せっかく邪魔してあげたのに、あれじゃ台無しじゃないーーと、唇を噛む。
(薬も効いてるのか分からないし)
見たところ、元気そうだったーーと爪を噛むと、ふと、少し離れた廊下のロッカーで、自分と同じ一年生が密やかに話すのを聞いた。
(……水泳部の子たちじゃない)
設楽華の、取り巻きだ。
「ねえ、設楽先輩、体調悪いんだって」
「え、そうなの?」
思わず聞き耳を立てる。なに、体調不良?
「ストレスかなぁ、ってみんな心配してて」
「できるだけフォローできたらしようね、みんなで、選挙」
「もちろん」
声は遠ざかって行く。
(なぁんだ)
青花はほくそ笑んだ。なぁんだ、効いてるんじゃない、そう小さく呟いて、クスクスと笑った。
※※※※
放課後。
相良仁が自らの根城である社会科第二準備室でコーヒーを飲んでいると、愛しの恋人の元・許婚がズカズカと入ってきた。
「相良さん」
「ハイ」
仁にとって、この鹿王院樹という男はなんだか苦手な対象だった。恋人の元許婚というのもあるし、人間的にもなんだか剃りが合わない、気がしている。
「あの卵は、……華が止めたのですか」
仁は肩をすくめながら、あーあこれだから嫌なんだ、と心の中でひとりごちる。何だかんだ言って、コイツは華の行動が、なんとなく分かるんだからーー。
「その通りです」
「……何事もなかったから良かったものの」
樹の眉間がきつく寄せられる。
(まーだ好きなの?)
仁は胸がざわつくのを覚えて、苦笑する。嫉妬だ。子供相手にーー。
「まだ直接的な証拠は掴めませんか」
「なかなかズル賢いキツネみたいで」
端的に答える。桜澤青花のことは、単なるコドモだとも莫迦だとも思ってはいけない。尻尾がなかなか掴めない。掴んだと思っても、それは巧妙なフェイクだったりする。
「……俺の方でも、動こうと思います」
「何をする気ですか?」
危険なことなら止めなくては、と思うが樹は肩をすくめる。
「大丈夫です、ただ、少し情報が欲しいだけ」
「情報」
情報、情報ねぇ、と仁は小さく繰り返す。
「はい。とりあえずはーー虎穴に入ろうと思います」
「……キミね、割と顔に出るから難しいと思うよ」
「なかなか腑に落ちないのですが」
樹は苦笑した。
「あの女は、俺の反応などどうでもいいんです」
「ん?」
「俺の表情など、見てもいない。気持ちを察そうとも、していない」
「まぁ」
仁にも、それは思い当たる節があった。
(要は、シナリオ通り動けば満足ってことか?)
あの女は、ヒロイン様なのだから。
「とりあえず、話をしてーーなにかヒントを掴もうかと」
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