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【高校編】分岐・鍋島真

甘酒と夜桜

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 夜桜はぼんやりと光る。

「昔さ」

 ぽつり、と真さんは言った。

「はい」

 右手は真さんと繋いで、左手で紙コップに入ったアルコール0.00(要は米麹)なホット甘酒をちびちび飲みながら、桜の間を歩いていく。あたりは喧騒でいっぱいで、桜を見てるんだか見てないんだか分からない。

「千晶が死のうとしたとき」
「……はい」

 小さく頷く。千晶ちゃんが「前世の記憶」を取り戻したきっかけは、小学生の時の、彼女自身の「自殺未遂」だったから。

(本人いわく、大したことは無いケガだったらしいけれど)

 それでも、今もその傷跡は千晶ちゃんの左手首に残っていた。
 いつも腕時計やなんかで隠されてる、それ。

(真さんはーー)

 どんな気持ちだったんだろう。

「見つけたのは僕で、病院に連れてったのも僕」
「そうだったんですね」
「もしあの後、松影ルナが死んでなかったら」

 久保に殺されたルナ。
 私は思い返すーーあの日、黒田くんとアキラくんと見上げた夜桜。

(ずいぶん、昔のことのように感じる)

 それでも、時折、澱のように胸の底を舞うことがある。そこには、どこかに「助けられなかった」という韜晦がある、気がするーー警察への通報を、躊躇わなければ、とか。

(そんな、詮無いことを)

 春の、少し生温い風がさらりと通り抜けて行く。桜をほんの少し揺らして、けれどまだ花びらは散らなかった。
 ふんわり、と枝が揺れて、光が拡散した。
 真さんは立ち止まり、桜を仰ぐ。
 私も釣られて、空を見上げる。明るくライトアップされた、薄い桜色の向こうに、暗い夜空。

「もし、死んでなかったら?」

 久保に、殺されていなかったら。
 あの、冷たい海に帰っていなかったらーー。

「僕はきっと、松影ルナ、殺していただろうね」

 私はなにもいえなかった。きっとそうだったんだろうな、とは思う。

「もし、華が」
「はい」
「あの結石ちゃんに傷つけられたら、しかも、もし、それで」

 ふ、と真さんは黙った。少し考えるそぶりをして、それから「それ少しちょーだい」と甘酒を指差す。

「え、甘いですよ?」
「うん、いいよ」

 しょうがないなぁ、と渋々渡すと、ひと口だけ口をつけて、ものすごく嫌そうに「甘っ」と呟いた。

「甘くする必要性」
「ありますあります」

 美味しいですよ、と口を尖らせるけと、真さんは薄く笑った。

「華、愛してるからね」
「はぁ」
「華、華、華」
「連呼しないでください」
「ふっふ」

 真さんはそれきり別の話を始めて、再び青花について触れようとはしなかった。

 それからしばらくは、びっくりするくらい、何も起きなかった。
 青花はなにやら忙しそうで、私としては願ったり叶ったりなんだけれどーー。

 そんなこんなで、5月末に修学旅行があって(なんとスロベニア&クロアチア2週間の旅)パスポート見られないようにしなきゃなぁ~苗字違うから怪しまれちゃうな~、なんて思いつつも滅茶苦茶楽しんで、帰国したら家の玄関先で真さんに拉致られた。

「華さぁ」
「はい」

 ものすごく不服そうに、真さんは車のアクセルを踏み込む。

「なーにめちゃくちゃ楽しかったですう超エンジョイしました、みたいな顔して帰国してるの?」
「えぇ~」

 とんだ言いがかりだ。すぐさま言い返す。

「てか、しちゃダメなんですかっ」
「ダメじゃないけどムカつく」
「じゃあ逆に。どんな顔してたら良かったんですか?」

 む、と真さんの車、その助手席で真さんを睨みあげると「寂しかった、とかさ」と小さく言われた。

(……なんですかそれは)

 そんな、子供みたいな。
 その声に、なんだか胸がぎゅうと痛んだ。
 小さく、真さんの服の裾を掴む。

「……そりゃ、もちろん、会いたかったですよ?」

 真さんは視線を前から動かさずに「ふーん?」と答えてそれから少しだけ、唇を上げた。とても綺麗に。

「?」
「良かったね、華」
「なにがです」
「僕運転中じゃなかったら押し倒してたよあはは」
「あははじゃないですよ……!」

 今の会話のどの辺に欲情したんだか分からない!

「もう絶対妊娠してたね」
「いや少し黙ってください……!」

 ものすごく楽しげな真さんに、私は少し安心する。「あー、日本に帰ってきたなぁ」なんて思うから、相当私も毒されてる。しかもその毒がなんだか心地いいんだから、やっぱり私はどうかしちゃってるんだ。
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