【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
480 / 702
【高校編】分岐・黒田健

【side健】少しずつ

しおりを挟む
 近所でアライグマが出たらしくて、かーさんは大騒ぎしていた。

「アライグマぁ?」

 俺の脳内では、なんだか可愛らしくてデフォルメされたアニメーションの黄色いタヌキみたいな生き物が、水で餌を洗っている。なんとなく、ほのぼのというか、牧歌的というか。

「噛むらしいのよ」

 かーさんはいかにアライグマという生き物が獰猛で恐ろしいものか、ということを噛んで含めるように俺に説明する。

「犬歯で噛まれると、刃物で切られたみたいになるらしいの」
「へえ」

 見た目は可愛らしいのにな、と首を傾げた。

「猫や鳩くらいなら、襲って食べちゃうんですって」
「肉食なんか」
「雑食? 元々アメリカの生き物らしいんだけど、あちらでは犬も襲うらしいのよ」
「犬ねぇ」
「シェパードよ、シェパード」

 思ったよりでかい生き物にもいくんだな、(単に怖くて噛みついただけかもだけど)と俺は頷く。

「病気も持ってるみたいだし、それに人間が襲われたこともあるのよ」

 噛んでくるのよ、痛いのよ、とかーさんは繰り返し言う。

「分ーったよ、気ぃつけるわ」

 俺よりかーさんが気を付けろよ、と思うし実際に口に出す。

「あら」

 心配してくれてるの、とかーさんほ笑った。
 その日、設楽と会う予定があって、何気なくそれについて話す。獰猛なアライグマ。

「えー、アライグマ? あの、尻尾がしましまの?」
「おう」
「明るい茶色の」

 耳が三角で、後ろ足で立って、と設楽は考えるそぶりをする。

「あー、多分それレッサーパンダ」
「あー」

 設楽は首を傾げて「アライグマ、案外怖い生き物なんだね」と呟く。

「ていうか鎌倉にいるんだね」
「山ばっかだかんな。暮らしやすいんじゃねーの」
「まぁそうかもねぇ」

 それから設楽はほんの少しだけ、悲しそうな口調で「でも人間が連れてきたのにね」と呟いた。

 それが梅雨明けくらいの出来事で、夏に差し掛かってセミもずいぶん煩く鳴き始めて、日差しが痛くなり始めた頃、近所で犬が殺される。
 外飼いにしてたわけじゃなくて、夕方の涼しい刻限、買い物に行ったわずか30分くらいの間、庭で放していたらしい。
 猫くらいの大きさの、小型犬。

「ほら、夕方でもまだアスファルト熱いでしょう、この季節」

 かーさんは気遣わしげに言う。

「でもお外出たい、ってワンちゃんが言ったから。少しだけお庭に出して、買い物から帰ってきたらお散歩いくつもりだったらしいの」

 アライグマかしら、とかーさんほ言う。さあな、と俺は答えた。

(鳩、カラス、猫、……次は犬)

 犬より大きな生き物は?
 クマとかじゃない限り、次は人間だ。

(クマにいけよ、クマに)

 素手で挑んどけ……とは思うけれど、そうは行かないんだろう。

(誰でもよかった、とか)

 そんなことを言いながら、理性のリミッターを外すタイミングは、理性的に決めている。
 自分より弱くて。
 自分でも殺せそうな誰かに。

「その飼い主のひと、警察には」
「言ったらしいわよ」

 俺は頷いた。それから時計をみる。午後20時45分、晩飯を食べ終わったばかり。
 部屋に戻って、設楽に電話をかける。すぐに出てくれた。少し、嬉しそうな声音で。
 ……それだけで、少し胸が痛んで、あったかくなる。

「いま大丈夫か」
『うん、どうしたの』
「いや、……」

 どう聞いたもんか。

「こないだの。桜澤……あの後何か接触あったか?」
『ん? 私に対しては、あんまり」

 あんまり、ってことは何かあるんだな、と少しひっかかる。けれど、今はとりあえず話の続きを促した。

『けど、……樹くんとかと、話してるのは見かける』
「鹿王院と?」
『うん、でも、なんだろう』

 設楽は少し言いにくそうにした。

『なんていうか、演技してるかんじ?』
「演技?」
『そう』

 電話の向こうで、設楽は少しどう表現したらいいものか迷ったかんじで、口ごもる。

「嘘くさい感じっつーことか?」
『あ、そうそう。それ』

 設楽はきっと、電話の向こうでは勢いよく頷いてるだろう、と思うと可愛らしい。

『樹くんと話せて嬉しい、っていう演技をしてる、みたいな……?』

 分かるかな、と自信なさげな設楽に、俺は「ニュアンスはわかる」とつたえる。

(そーいや鹿王院のこと知ってたな)

 設楽もなんか、隠してる節がある。桜澤に何かされた、とかじゃなくて。

(前世とやらに関連してる?)

 ほとんどカンだけど、なんとなくそう思う。……電話じゃねーほうがいいな。

「設楽、次いつ会える?」
『ええと土日ならどっちでも……ねぇ』

 設楽は少し嬉しそうに言う。

『春くらいにさ、横浜にね、新しいパンケーキ屋さんできたの知ってる?』

 設楽が言うその店の名前には聞き覚えがあって、思わず笑ってしまう。

『どしたの?』
「いや」

 テレビに出てたんだよ、と俺は言う。

「設楽好きそうな店だなと」
『あは、ばればれだー』

 楽しげな設楽。

「いーよ。そこ行こう」

 日曜の午後ならいける、と伝えて電話を切った。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...