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【高校編】分岐・黒田健
【side健】少しずつ
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近所でアライグマが出たらしくて、かーさんは大騒ぎしていた。
「アライグマぁ?」
俺の脳内では、なんだか可愛らしくてデフォルメされたアニメーションの黄色いタヌキみたいな生き物が、水で餌を洗っている。なんとなく、ほのぼのというか、牧歌的というか。
「噛むらしいのよ」
かーさんはいかにアライグマという生き物が獰猛で恐ろしいものか、ということを噛んで含めるように俺に説明する。
「犬歯で噛まれると、刃物で切られたみたいになるらしいの」
「へえ」
見た目は可愛らしいのにな、と首を傾げた。
「猫や鳩くらいなら、襲って食べちゃうんですって」
「肉食なんか」
「雑食? 元々アメリカの生き物らしいんだけど、あちらでは犬も襲うらしいのよ」
「犬ねぇ」
「シェパードよ、シェパード」
思ったよりでかい生き物にもいくんだな、(単に怖くて噛みついただけかもだけど)と俺は頷く。
「病気も持ってるみたいだし、それに人間が襲われたこともあるのよ」
噛んでくるのよ、痛いのよ、とかーさんは繰り返し言う。
「分ーったよ、気ぃつけるわ」
俺よりかーさんが気を付けろよ、と思うし実際に口に出す。
「あら」
心配してくれてるの、とかーさんほ笑った。
その日、設楽と会う予定があって、何気なくそれについて話す。獰猛なアライグマ。
「えー、アライグマ? あの、尻尾がしましまの?」
「おう」
「明るい茶色の」
耳が三角で、後ろ足で立って、と設楽は考えるそぶりをする。
「あー、多分それレッサーパンダ」
「あー」
設楽は首を傾げて「アライグマ、案外怖い生き物なんだね」と呟く。
「ていうか鎌倉にいるんだね」
「山ばっかだかんな。暮らしやすいんじゃねーの」
「まぁそうかもねぇ」
それから設楽はほんの少しだけ、悲しそうな口調で「でも人間が連れてきたのにね」と呟いた。
それが梅雨明けくらいの出来事で、夏に差し掛かってセミもずいぶん煩く鳴き始めて、日差しが痛くなり始めた頃、近所で犬が殺される。
外飼いにしてたわけじゃなくて、夕方の涼しい刻限、買い物に行ったわずか30分くらいの間、庭で放していたらしい。
猫くらいの大きさの、小型犬。
「ほら、夕方でもまだアスファルト熱いでしょう、この季節」
かーさんは気遣わしげに言う。
「でもお外出たい、ってワンちゃんが言ったから。少しだけお庭に出して、買い物から帰ってきたらお散歩いくつもりだったらしいの」
アライグマかしら、とかーさんほ言う。さあな、と俺は答えた。
(鳩、カラス、猫、……次は犬)
犬より大きな生き物は?
クマとかじゃない限り、次は人間だ。
(クマにいけよ、クマに)
素手で挑んどけ……とは思うけれど、そうは行かないんだろう。
(誰でもよかった、とか)
そんなことを言いながら、理性のリミッターを外すタイミングは、理性的に決めている。
自分より弱くて。
自分でも殺せそうな誰かに。
「その飼い主のひと、警察には」
「言ったらしいわよ」
俺は頷いた。それから時計をみる。午後20時45分、晩飯を食べ終わったばかり。
部屋に戻って、設楽に電話をかける。すぐに出てくれた。少し、嬉しそうな声音で。
……それだけで、少し胸が痛んで、あったかくなる。
「いま大丈夫か」
『うん、どうしたの』
「いや、……」
どう聞いたもんか。
「こないだの。桜澤……あの後何か接触あったか?」
『ん? 私に対しては、あんまり」
あんまり、ってことは何かあるんだな、と少しひっかかる。けれど、今はとりあえず話の続きを促した。
『けど、……樹くんとかと、話してるのは見かける』
「鹿王院と?」
『うん、でも、なんだろう』
設楽は少し言いにくそうにした。
『なんていうか、演技してるかんじ?』
「演技?」
『そう』
電話の向こうで、設楽は少しどう表現したらいいものか迷ったかんじで、口ごもる。
「嘘くさい感じっつーことか?」
『あ、そうそう。それ』
設楽はきっと、電話の向こうでは勢いよく頷いてるだろう、と思うと可愛らしい。
『樹くんと話せて嬉しい、っていう演技をしてる、みたいな……?』
分かるかな、と自信なさげな設楽に、俺は「ニュアンスはわかる」とつたえる。
(そーいや鹿王院のこと知ってたな)
設楽もなんか、隠してる節がある。桜澤に何かされた、とかじゃなくて。
(前世とやらに関連してる?)
ほとんどカンだけど、なんとなくそう思う。……電話じゃねーほうがいいな。
「設楽、次いつ会える?」
『ええと土日ならどっちでも……ねぇ』
設楽は少し嬉しそうに言う。
『春くらいにさ、横浜にね、新しいパンケーキ屋さんできたの知ってる?』
設楽が言うその店の名前には聞き覚えがあって、思わず笑ってしまう。
『どしたの?』
「いや」
テレビに出てたんだよ、と俺は言う。
「設楽好きそうな店だなと」
『あは、ばればれだー』
楽しげな設楽。
「いーよ。そこ行こう」
日曜の午後ならいける、と伝えて電話を切った。
「アライグマぁ?」
俺の脳内では、なんだか可愛らしくてデフォルメされたアニメーションの黄色いタヌキみたいな生き物が、水で餌を洗っている。なんとなく、ほのぼのというか、牧歌的というか。
「噛むらしいのよ」
かーさんはいかにアライグマという生き物が獰猛で恐ろしいものか、ということを噛んで含めるように俺に説明する。
「犬歯で噛まれると、刃物で切られたみたいになるらしいの」
「へえ」
見た目は可愛らしいのにな、と首を傾げた。
「猫や鳩くらいなら、襲って食べちゃうんですって」
「肉食なんか」
「雑食? 元々アメリカの生き物らしいんだけど、あちらでは犬も襲うらしいのよ」
「犬ねぇ」
「シェパードよ、シェパード」
思ったよりでかい生き物にもいくんだな、(単に怖くて噛みついただけかもだけど)と俺は頷く。
「病気も持ってるみたいだし、それに人間が襲われたこともあるのよ」
噛んでくるのよ、痛いのよ、とかーさんは繰り返し言う。
「分ーったよ、気ぃつけるわ」
俺よりかーさんが気を付けろよ、と思うし実際に口に出す。
「あら」
心配してくれてるの、とかーさんほ笑った。
その日、設楽と会う予定があって、何気なくそれについて話す。獰猛なアライグマ。
「えー、アライグマ? あの、尻尾がしましまの?」
「おう」
「明るい茶色の」
耳が三角で、後ろ足で立って、と設楽は考えるそぶりをする。
「あー、多分それレッサーパンダ」
「あー」
設楽は首を傾げて「アライグマ、案外怖い生き物なんだね」と呟く。
「ていうか鎌倉にいるんだね」
「山ばっかだかんな。暮らしやすいんじゃねーの」
「まぁそうかもねぇ」
それから設楽はほんの少しだけ、悲しそうな口調で「でも人間が連れてきたのにね」と呟いた。
それが梅雨明けくらいの出来事で、夏に差し掛かってセミもずいぶん煩く鳴き始めて、日差しが痛くなり始めた頃、近所で犬が殺される。
外飼いにしてたわけじゃなくて、夕方の涼しい刻限、買い物に行ったわずか30分くらいの間、庭で放していたらしい。
猫くらいの大きさの、小型犬。
「ほら、夕方でもまだアスファルト熱いでしょう、この季節」
かーさんは気遣わしげに言う。
「でもお外出たい、ってワンちゃんが言ったから。少しだけお庭に出して、買い物から帰ってきたらお散歩いくつもりだったらしいの」
アライグマかしら、とかーさんほ言う。さあな、と俺は答えた。
(鳩、カラス、猫、……次は犬)
犬より大きな生き物は?
クマとかじゃない限り、次は人間だ。
(クマにいけよ、クマに)
素手で挑んどけ……とは思うけれど、そうは行かないんだろう。
(誰でもよかった、とか)
そんなことを言いながら、理性のリミッターを外すタイミングは、理性的に決めている。
自分より弱くて。
自分でも殺せそうな誰かに。
「その飼い主のひと、警察には」
「言ったらしいわよ」
俺は頷いた。それから時計をみる。午後20時45分、晩飯を食べ終わったばかり。
部屋に戻って、設楽に電話をかける。すぐに出てくれた。少し、嬉しそうな声音で。
……それだけで、少し胸が痛んで、あったかくなる。
「いま大丈夫か」
『うん、どうしたの』
「いや、……」
どう聞いたもんか。
「こないだの。桜澤……あの後何か接触あったか?」
『ん? 私に対しては、あんまり」
あんまり、ってことは何かあるんだな、と少しひっかかる。けれど、今はとりあえず話の続きを促した。
『けど、……樹くんとかと、話してるのは見かける』
「鹿王院と?」
『うん、でも、なんだろう』
設楽は少し言いにくそうにした。
『なんていうか、演技してるかんじ?』
「演技?」
『そう』
電話の向こうで、設楽は少しどう表現したらいいものか迷ったかんじで、口ごもる。
「嘘くさい感じっつーことか?」
『あ、そうそう。それ』
設楽はきっと、電話の向こうでは勢いよく頷いてるだろう、と思うと可愛らしい。
『樹くんと話せて嬉しい、っていう演技をしてる、みたいな……?』
分かるかな、と自信なさげな設楽に、俺は「ニュアンスはわかる」とつたえる。
(そーいや鹿王院のこと知ってたな)
設楽もなんか、隠してる節がある。桜澤に何かされた、とかじゃなくて。
(前世とやらに関連してる?)
ほとんどカンだけど、なんとなくそう思う。……電話じゃねーほうがいいな。
「設楽、次いつ会える?」
『ええと土日ならどっちでも……ねぇ』
設楽は少し嬉しそうに言う。
『春くらいにさ、横浜にね、新しいパンケーキ屋さんできたの知ってる?』
設楽が言うその店の名前には聞き覚えがあって、思わず笑ってしまう。
『どしたの?』
「いや」
テレビに出てたんだよ、と俺は言う。
「設楽好きそうな店だなと」
『あは、ばればれだー』
楽しげな設楽。
「いーよ。そこ行こう」
日曜の午後ならいける、と伝えて電話を切った。
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