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【高校編】分岐・相良仁
【三人称視点】善哉
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「誰ですかそれ」
慌てふためく署長に、華が声をかけた。署長は不思議そうな顔をする。
「はい?」
「いや、その……イギリス貴族様?」
首を傾げた華に、署長は首を傾げた。
「あなたの婚約者では?」
「いやその、知らないです」
「ほら、ほら署長!」
白井は少し裏返った声で言う。
「なんらかの間違いですよ!」
言いながら考える。
そりゃそうだ、こいつは「勘当されかけの、見放された性悪女」なんだーー青花が言うには。だから、そんなことがあるわけがない。
「ですから、ほら、今から取り調べですし署長は」
「いやでも……この名前に見覚えは? ええと、The Right……ええいイギリス貴族はいちいち名前が長いんだ」
署長は軽く舌打ちをすると制服のポケットとからメモを取り出した。
「The Right Honourable Liam Alexander Load Asher of Warwickshire」
メモを見ながら、署長がスラスラと読み上げるのを、白井は眉をひそめて聞いていた。誰だか知らないが、偉そうな名前しやがって。
華はぽかんとしている。
「ご存知ないですか? この方のご子息があなたの婚約者だそうです」
「はぁ……まぁ、なんか急に婚約とか決められちゃう家なんで、あはは」
「それは」
署長が声を低くする。
「重大な人権侵害ですよ、設楽さん」
白井は少し意外に思った。てっきり出世だけを追い求めていると思い込んでいたキャリア様が、案外と自分にない「正義感」とやらを持ち合わせているように感じた。
(まあ、関係ない)
白井は切り替える。どうせなにかの間違いだ。さっさと手篭めにしてしまえばいい。
(あとは)
想像するだけで楽しいことが待っているーーその時だった。
「重大な人権侵害で悪ぅございましたね」
突然した声に振り返る。開けっぱなしにしていた扉によりかかり、いまさらのように彼はコンコン、と扉を叩いた。
「開いてたからお邪魔しましたよ」
「ジン遅いよ」
その男に向かって、華は笑いながら言う。白井はきょろきょろと、男と華を見比べた。誰だろう、と署長と顔を見合わせる。
「……誰だ、こんなところまで」
白井が言うと、彼は「それの息子です」と皮肉げに口角を上げた。
それーー目線の先には、署長のメモ。
「アッシャー卿!?」
署長の言葉に白井は目をむいた。日本人ではないのか? そう言われれば、たしかに少し雰囲気は違った。
「相良で結構。日本名です」
「はぁ、その」
「ねぇそんなの聞いてないんだけど」
口を挟む華に、男はーー相良は笑った。
「また説明するから」
「はーい」
「設楽さん」
署長が気遣わしげに声を上げた。婚約のことを気にしていたのだろう。
華は笑う。
「大丈夫です、知ってる人でした」
「……そうですか」
華の雰囲気に、少しばかり安心したように、けれど明らかに随分と年上の相良にチラチラと目線をやりつつ、署長はこたえる。
「オラ華帰るぞ」
「はーい」
カツ丼の最後の一口を食べ終わった華は、のんびりと返事をする。丁寧に手を合わせて「ご馳走様でした」とまで。
それから顔を上げて微笑んだ。
「ねぇ仁」
「なんだよ」
「デザートにさぁ、とむら屋のぜんざい食べに行かない?」
「お前さぁ」
呆れたように、相良は華を抱き上げた。横向きに、大事そうに、お姫様のように。
「ぎゃあ下ろして」
「だーめ。あ、ねぇ署長サン」
「は」
慌てたように姿勢を正す署長に、相良は笑った。華はバタついている。
「これ、秘密にしといてくださいね?」
「はい?」
「国際問題になりかねないなぁ、なんて僕なんかは愚考するわけでありまして、あはは」
「……はい」
署長の答えに満足したのか、相良はついっと踵を返す。
「あ」
「は、まだ何か」
「この件の捜査に何か問題はありませんでした?」
「というと」
「洗い直しを」
相良は冷たい目で言う。
「この事件が起きたという時間、こいつは京都にいましたので」
「……はい?」
「アリバイがある、という話ですよ。では」
どこで捜査資料を、などはもはや分からなかった。どこの筋で入手したのだろう。
(なんで)
そして深く混乱した。青花から聞いていた話と違いすぎる。
ふ、と射抜くような視線に目を上げる。ばちりと署長と視線がかち合った。
警察は「減点主義」的なところがある。キャリアと呼ばれる総合職は、とみにそれが顕著だ。つまり、失点は即自身の評価にーー出世に、影響する。
できるだけ早く、リカバリーしなくてはいけない。特に、それが明らかな不正であった場合。
「……少し話をしようか、白井」
白井は息を飲んだ。
どうやって切り抜ければいい?
(助けて)
なぜだか頭に浮かぶのは、青花のことばかり。
慌てふためく署長に、華が声をかけた。署長は不思議そうな顔をする。
「はい?」
「いや、その……イギリス貴族様?」
首を傾げた華に、署長は首を傾げた。
「あなたの婚約者では?」
「いやその、知らないです」
「ほら、ほら署長!」
白井は少し裏返った声で言う。
「なんらかの間違いですよ!」
言いながら考える。
そりゃそうだ、こいつは「勘当されかけの、見放された性悪女」なんだーー青花が言うには。だから、そんなことがあるわけがない。
「ですから、ほら、今から取り調べですし署長は」
「いやでも……この名前に見覚えは? ええと、The Right……ええいイギリス貴族はいちいち名前が長いんだ」
署長は軽く舌打ちをすると制服のポケットとからメモを取り出した。
「The Right Honourable Liam Alexander Load Asher of Warwickshire」
メモを見ながら、署長がスラスラと読み上げるのを、白井は眉をひそめて聞いていた。誰だか知らないが、偉そうな名前しやがって。
華はぽかんとしている。
「ご存知ないですか? この方のご子息があなたの婚約者だそうです」
「はぁ……まぁ、なんか急に婚約とか決められちゃう家なんで、あはは」
「それは」
署長が声を低くする。
「重大な人権侵害ですよ、設楽さん」
白井は少し意外に思った。てっきり出世だけを追い求めていると思い込んでいたキャリア様が、案外と自分にない「正義感」とやらを持ち合わせているように感じた。
(まあ、関係ない)
白井は切り替える。どうせなにかの間違いだ。さっさと手篭めにしてしまえばいい。
(あとは)
想像するだけで楽しいことが待っているーーその時だった。
「重大な人権侵害で悪ぅございましたね」
突然した声に振り返る。開けっぱなしにしていた扉によりかかり、いまさらのように彼はコンコン、と扉を叩いた。
「開いてたからお邪魔しましたよ」
「ジン遅いよ」
その男に向かって、華は笑いながら言う。白井はきょろきょろと、男と華を見比べた。誰だろう、と署長と顔を見合わせる。
「……誰だ、こんなところまで」
白井が言うと、彼は「それの息子です」と皮肉げに口角を上げた。
それーー目線の先には、署長のメモ。
「アッシャー卿!?」
署長の言葉に白井は目をむいた。日本人ではないのか? そう言われれば、たしかに少し雰囲気は違った。
「相良で結構。日本名です」
「はぁ、その」
「ねぇそんなの聞いてないんだけど」
口を挟む華に、男はーー相良は笑った。
「また説明するから」
「はーい」
「設楽さん」
署長が気遣わしげに声を上げた。婚約のことを気にしていたのだろう。
華は笑う。
「大丈夫です、知ってる人でした」
「……そうですか」
華の雰囲気に、少しばかり安心したように、けれど明らかに随分と年上の相良にチラチラと目線をやりつつ、署長はこたえる。
「オラ華帰るぞ」
「はーい」
カツ丼の最後の一口を食べ終わった華は、のんびりと返事をする。丁寧に手を合わせて「ご馳走様でした」とまで。
それから顔を上げて微笑んだ。
「ねぇ仁」
「なんだよ」
「デザートにさぁ、とむら屋のぜんざい食べに行かない?」
「お前さぁ」
呆れたように、相良は華を抱き上げた。横向きに、大事そうに、お姫様のように。
「ぎゃあ下ろして」
「だーめ。あ、ねぇ署長サン」
「は」
慌てたように姿勢を正す署長に、相良は笑った。華はバタついている。
「これ、秘密にしといてくださいね?」
「はい?」
「国際問題になりかねないなぁ、なんて僕なんかは愚考するわけでありまして、あはは」
「……はい」
署長の答えに満足したのか、相良はついっと踵を返す。
「あ」
「は、まだ何か」
「この件の捜査に何か問題はありませんでした?」
「というと」
「洗い直しを」
相良は冷たい目で言う。
「この事件が起きたという時間、こいつは京都にいましたので」
「……はい?」
「アリバイがある、という話ですよ。では」
どこで捜査資料を、などはもはや分からなかった。どこの筋で入手したのだろう。
(なんで)
そして深く混乱した。青花から聞いていた話と違いすぎる。
ふ、と射抜くような視線に目を上げる。ばちりと署長と視線がかち合った。
警察は「減点主義」的なところがある。キャリアと呼ばれる総合職は、とみにそれが顕著だ。つまり、失点は即自身の評価にーー出世に、影響する。
できるだけ早く、リカバリーしなくてはいけない。特に、それが明らかな不正であった場合。
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白井は息を飲んだ。
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