【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・相良仁

【三人称視点】逮捕

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「これっていわゆる、クサイ飯ってやつ、なんですかねぇ」

 のんびりとした口調で、少女は目の前に置かれたカツ丼を眺めている。
 カツ丼が置かれているのは、古臭い灰色の事務用机。そこにカツ丼を置いた張本人、白井は全く慌てていない少女に、少し苛つきに似た呆れを覚えていた。

(まったく、これだからお嬢様って生き物は)

 まぁ、すぐに事態を把握させてやるよ、と白井は思う。

(そしてーー)

 想像するだけで、白井は笑いそうになる。楽しくて。愉悦で。

(とりあえずのチャンスは、今だけだ)

 そう思いながら、白井は目の前の少女……設楽華を眺めながら、ほんの刹那、この話を持ちかけられた時のことを思い返していた。

 白井は警察官だ。階級は巡査部長で……もっとも部長と言っても何かしらエライわけではない。巡査の上が巡査部長なだけだ。その上が警部補。
 そんな巡査部長な白井は、また「刑事」とも呼ばれる立場にあった。
 けれども、白井は何か社会正義の実現のためだとか、悪をこらしめたいだとか、そんな信念があって警察官という職を拝命したわけではない。
 単に、安定してそうだったからだ。

(官舎もあるし)

 安定していて、安く住めるところがある。それだけが、白井が警察官を志した理由だった。
 だから、自身の手を犯罪に染めることに、何ら羞恥も戸惑いもなかった。
 だから「パパ活」で出会った女子高生に、手を出すことに躊躇はなかった。
 だから、そこで知り合った桜澤青花という少女に「この話」を持ちかけられた時、白井は二つ返事で了承した。
 なんて美味しい話だ、と思いながら。

「白井さんにはぁ、テキトーな罪をでっち上げてほしいのぉ」

 青花は楽しげに笑いながら言った。

「証拠も証人も物証も、ぜえんぶこっちで準備するから」

 青花の笑みは更に深まって行く。白井はその表情から目が離せない。なんて、可愛くて、はかなくて、すてきな女の子なんだろう。そう思いながら。

「それでね、白井さん。設楽華にこう持ちかけて欲しいの」

 青花のたおやかな指が、白井の頬に触れる。それだけで白井は達してしまいそうになる。

「『逮捕されたくなければ、言うことを聞け』って」

 青花の指は、つうっと肌を伝い、白井の首にうつる。

「それでねそれでね」

 はしゃぎながら、青花は続ける。

「設楽華にパパ活させんの。本番ありで」

 嬉しげに首を傾げる青花。

「もちろんお金は白井さん、もらっていいよ」

 首を優しく撫でていた指先は、再び頬にうつる。そして、すうっと移動して、耳たぶへ。

「ていうか、白井さんも、設楽華、好きにしていいよ」

 耳の穴に、ふう、と息を吹きかけられ、そしてそっと囁かれた。

「欲しかったでしょ? 女子高生奴隷」

 その一連の会話を思い返すだけで、白井は酷く陶酔する。愉悦で胸が躍る。よだれを垂らすのを我慢しながら、白井は改めて目の前にいる設楽華を眺めた。
 青花が「無駄な贅肉」と呼ぶ、豊満な胸部、反対にほっそりしとした腰回り、白い肌を彩る長い睫毛と、ぱっちりとした瞳。モノトーンのようなかんばせに、唇だけが紅く。
 白井は、学校帰りの華に声をかけて、ここ、自らの勤務先の警察署、その取り調べ室まで彼女を連れてきた。

(この子の護衛だとかいう女は煩かったけれどーー)

 なんのことはない。逮捕状は、本物だ。
 青花から渡された「証拠」は、青花の「ともだち」の医者に書いてもらったという怪我の診断書。「証人」は青花のこれまた「お友達」なサラリーマン。

(横断歩道から、設楽華に突き落とされた、という事件の捏造、だ)

 所詮は書類仕事。謀殺される仕事の中で、これだけ揃っていれば、決裁はなんなく通った。

(まだいるんかね)

 皮肉気に白井は笑った。

(勘当寸前、なんだっけか)

 青花から、そう聞いている。設楽華は、実家から勘当寸前なのだ、と。

(だから、何をしても大丈夫だと)

 むしろ、勘当するのにかえって好都合だと放置するんじゃないか、と青花は言っていた。
 つまり、あの「護衛」は額面通りに受け取ってはいけない。要は、設楽華が余計なことをしないように、という「見張り」の側面が強いのだろうと思う。無視して構わない。護衛なんてものは。

(さて)

 すう、と白井は息を吸い込む。
 取り調べは、一人でやるわけではない。どうしたって、複数人が担当する。

(だから、いま。食事を運んできた、このタイミングしか、ない)

 取り調べ室の扉すらも開いている。だから、外に聞こえないように、小さな小さな声で、いま、この少女を脅すしかーーそう決めて、口を開きかけた時だった。

「白井さん!」

 後輩が部屋に飛び込んでくる。白井はチッと舌打ちをこらえ、後輩を見遣る。

「どうした?」
「下に、弁護士が」
「……弁護士ぃ?」

 思わず華を振り返り、見つめる。いつの間にやら、もぐもぐと食事を始めていた。
 やや呆れつつ、もう一度後輩を見る。

「確かか?」

 そんなはずはない、と白井は思う。なぜなら、この少女は勘当されるところなのだから。

「確かというか」

 後輩は明らかに狼狽えていた。

「弁護団というか」
「弁護団ん?」
「10人ほどいます」

 白井は思わず口をぽかん、と開いた。

(勘当する予定のコムスメのために、そんなに?)

 そんなはずが、そんなはずは、と混乱している白井の耳に、小さな華の呟きがふと聞こえる。

「まだかなぁ」

 食べ終わっちゃうじゃん、と続けて口を尖らせる。
 明らかに、誰かを待っている口調だった。誰かーー信頼できる、誰か。

(……許婚だとかいう鹿王院の息子か?)

 いや、カタチだけなんだ、と青花がーーと白井が考えたその瞬間、奇声のような声で自分を呼ぶ声がした。

「白井くんっっっ」

 ばたばた、と部屋に駆け込んできたのはここの署長だ。警察庁からの出向組、いわゆる「キャリア」、まだ30代のはずだ。
 その署長は顔色をなくして、ひたすらに荒い呼吸で、また白井を呼ぶ。

「白井くんっっっ! い、一体何をしたくれたのかねっ!?」
「な、なにを、とは」
「一体誰をこんな、こんな狭っ苦しい部屋に押し込んでッ」

 ぐるり、と身体を反転させて署長は華に「申し訳ありませんご足労をおかけしております」とよく分からない挨拶をした。華の方も戸惑っているのか、曖昧に頷いただけで、食事を続けている。

「あの、署長?」

 声をかける白井を睨みつけ、署長は口を開いた。

「抗議が! 入って! いるんだよ! 厳重に!」
「ど、どこから」
「国だよ、国ッ」

 国? と白井は戸惑う。こんなコムスメひとりのために?

「正確にはイギリス大使館ッ」
「い、イギリス……?」
「そちらのお嬢様はね!」

 署長は泡を飛ばす。

「英国の貴族様の婚約者でらっしゃるそうだよ!」

 ぽかん、とする白井の背後で、華がカツ丼を少し吹き出していた。
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