【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・相良仁

【sideシュリ】

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 華が少しだけ遅く帰宅した日、敦子おばさんはいつもに比べてものすごく早く帰ってきた。

「おかえりー」
「おかえりじゃないわよ、大丈夫なの?」
「すぐ相良さん来てくれたもの」

 すまして紅茶を飲んでる華の顔をまじまじと見る。思わず口を開いた。

「なにがあったの?」
「大したことじゃないよ」
「大したことよ!」

 敦子さんは半ば呆れ顔で、両手を腰に当てて華を見ている。

「この子ね、警察署につれてかれたのよ。傷害事件の捜査で」
「え、何かされたの?」

 腰を浮かせたあたしを見て、華は「ううん」と首を振る。

「私が被疑者? ってやつ?」

 あはは、と華は笑うけれど、華がそんなことする訳がない。
 なら。

「……ねえそれって」
「うん」
「桜澤青花ってヒト絡んでる?」

 あたしの言葉に、華は顔色をなくした。

「シュリちゃんも何かされたの!?」

 慌てて半ば立ち上がって、あたしを見て。
 胸がぎゅうっと痛んだ。

(ビンゴだ)

 調べて調べて、たどり着いた。やっと。その人物が、今回の騒動にも関わってる。
 桜澤青花が、あたしに「薬」を送りつけていた犯人だと、あたしは確信する。

(やっと……)

 ふ、と息を吐き出す。

「……まぁ。でも大したことないわよ」
「でも」
「SNSでメッセージ来ただけ。直接何かされたわけじゃない」

 あたしが首を振ると、華はしぶしぶという感じで座った。
 敦子おばさんは難しい顔をしている。

「報告自体は聞いてるけれど。その桜澤さん……なにがしたいの?」
「どうせ薄汚い嫉妬よ」

 自分自身で答えながら、あたしはまるで自分のことを開陳してるみたいな気分になる。

「樹様の許婚で、常盤のお嬢様で、人生困ったことがなさそうなボケーっとした女に対して」
「後半は悪口だよね?」
「事実よ。まぁ許婚云々はもはや実体はないにしても」

 華は少し笑った。あたしがいつも通りだから安心したんだろうと思う。

「まぁ、……近いうちに何らかの手は打つわ。華」
「うう、ありがとうございます」

 華は少しほっとしたように笑う。

「私だけじゃなくて、ちょっと樹くんのストレスにもなってるみたいで」
「樹くんの?」
「あー、なんていうか、多少しつこいみたいでというか?」
「あの子も苦労性よね……あ」

 おばさんは手を打つ。

「許婚云々で思い出した」

 そして華をじっと見る。

「あなた、イギリスの貴族様から婚約の打診が来ているのだけれど、何か知ってる? どこで見染められたのかしら」

 華は紅茶を吹き出した。

「汚いわね!」

 あたしはテーブルの紅茶を拭いてあげる。華はまだ軽く咳き込みながら「ごめん」と目を細めた。

「ええと、敦子さん。その方のお名前って、いちおうお聴きしても?」
「お父様がアッシャー閣下。伯爵様ね。あなたにご結婚の話があるのが、御子息のジーン・アッシャー卿。聞き覚えある?」
「……いやなるほど」

 華は少し頭を傾げて、それから「お受けします」と小さく微笑んだ。
 あたしは驚いてティーカップをティーソーサーにカシャンと置いてしまう。

「え!?」

 ぽかんと華を見つめた。あの護衛と付き合ってるんじゃないの!?
 華は照れたように笑う。その顔を見て、おばさまは「ん?」と喉から声を出した。

「なに、華。存じ上げてる方なの?」
「存じ上げてるというかなんというか、はぁ」
「えー、なにー? 早く言いなさいよ」

 というか早くご紹介して、と言う敦子おばさんに、華は「いやぁまだ早いかなーって、あは」とごまかすように首を振った。

「ご挨拶できていないの、失礼じゃない」
「いやそうなんだけど、うん、まぁ……聞いてみます」
「やだわ、ほんとに。どこで知り合ったのよ」
「えへへ」

 華の反応を見てて思う。どうやら華はそのお貴族様とやらに本気らしい。

(残念ね護衛サン)

 華は遠くのお貴族様に持ってかれそうよ?
 ちょっとだけ同情した。
 部屋に帰って、あたしはその箱を取り出す。桜澤青花から送られてきた薬、封筒にはいったままの、大量の「それ」。
 あたしはそれから、引き出しから処方された皮膚科の紙袋を、取り出す。ビタミン剤が入ってるそれを、ゴミ箱に投げ入れた。もう必要ないから。
 吐き気がするし、自分じゃ飲みたくない。
 お母さまには、飲まされていたけれど。
 あたしがお母さまのミニチュアのお人形だった頃。
 お腹いっぱいご飯が食べられなかった頃。
 あたしは「お肌のため」だって言われながら、吐き気に耐えながらこのビタミン剤を毎日飲んできた。
 毎日毎日。

 翌日、華が帰宅してすぐにあたしは玄関を飛び出した。

「うおっ」
「フラれた可哀想な護衛さん、少し話があるんだけれど」
「……なんだよ」

 フラれたってのに元気そうなその護衛サン、相良さんに声をかける。
 相良さんはあたしを車に乗せてくれた。華がさっきまで座ってただろう助手席に。

「単刀直入に、はいこれ」
「なんだよ」

 あたしが渡した薬のシートを見て、相良さんは眉をひそめた。


「心臓悪い?」

 心配そうになったトーンに、あたしは苦笑する。このひと、根はいいやつなんだろうな。
 でも、これたけで何の薬か分かるなんて、と少しだけあたしは感心して、同じくらいにムカついた。
 
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