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【高校編】分岐・相良仁
【side仁】献身
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常盤朱里からその錠剤のシートを渡されたとき、一瞬浮かんだのは「心臓悪い?」で、それを否定された瞬間に嫌な予感が心の中を黒くした。
「……誰に渡された?」
「SNS経由で連絡来たの。華に飲ませるように」
「いつ?」
「夏くらい」
そんなに前に?
「調べるから情報一式頂戴」
「犯人は桜澤青花よ」
断言するシュリを俺は見つめる。いやまぁ、そうだろうけど。なんで存在を知ってる?
「調べたから」
「警察へは?」
「届けてないわ」
シュリは窓の外を見ていて、俺の方に視線を向けることはない。
「なんで」
「分からなかったから」
「なにが」
「誰が犯人か」
シュリの目線が、ようやく俺の方に向く。
「ソレが入った封書が届いた時点で、あたしにわかってたのは"あたしが犯人じゃない"ってこと、ただその一点」
俺は黙って話を聞いている。
「華の周りにいる、……いえ、少なくとも華に関連がある人間全てに犯人の可能性があった」
シュリは淡々と話す。
「もちろんアナタにもね? 護衛さん」
俺は黙って頷く。
「その容疑の範囲には、敦子叔母様も入っていたわ」
「なぜ」
側から見ていて、あの人は結構な孫バカなような気がしているけれど。なんせ、わざわざ護衛まで付けているくらいだ。
「最愛の娘を奪っていった男にそっくりの孫が憎かった、じゃ通じない?」
「なるほどね」
そういう見方もあるわけか。
「もちろんそんなことは無いわ。敦子叔母様は華を愛してるんだと思う。でも最初の時点ではそれでも容疑の範囲に入れていた」
シュリは俺の目を睨むみたいに見据えている。
「敦子叔母様は懇意にされてるお医者様もいるし、常盤の傘下には製薬会社もある。薬の入手は容易だわ」
淡々とした調子で続けられる、それ。
「だから警察へは行けなかった。常盤敦子が本気を出せばあたしの訴えなんか秒で握りつぶせる」
軽く頷いた。
「樹さまも、圭も。婚約破棄された怨み、自分を向かない逆恨み、いくらでも可能性はあった。99.99%違ったところで0.01%可能性があれば疑うしかなかった。華を守りたかったから」
華を守りたかった。
そう言って薄く唇を歪めるシュリは、ふ、と目線を錠剤に向ける。
「それの副作用知ってる?」
反射的にシュリに詰め寄った。視界が赤い。助手席側のドアを拳で殴る。まさか、まさか、まさか。
(まさか)
華の吐き気。
シュリは顔色ひとつ変えなかった。
「やめてくださる? あたし男に迫られる趣味はないの」
「飲ませてたのか」
酷く冷たい声だった。自分から出てると思えない。ぐるぐると視界が回る。
「ええ」
涼しい顔でシュリは言う。
「守りたかったってのは嘘か」
「嘘なもんですか」
至近距離でもシュリは目を逸らさない。強い瞳で俺を睨み返す。
「席に戻って。男は嫌いなの。いい? 華に飲ませてたのは、正真正銘のビタミン剤」
「ビタミン剤?」
ふ、と記憶が過る。「ビタミン剤で吐き気とか起きるわよ、あなたとあたし体質が似てるから」。そう言ったのは、この少女だった。
すとん、と運転席に戻るとシュリはちらりとこちらを見てから続ける。
「ねえあなた、華のことになると少し頭に血が昇りすぎじゃない?」
「……自覚してる」
「護衛失格ね」
「返す言葉もございません」
しおらしい俺に満足したのか、シュリは「ふん」と軽くため息をついた。
「……なんでビタミン剤をわざわざ?」
「華が犯人の可能性があったから」
「……は?」
「華の緩慢な自殺、それもあたしを犯人として仕立て上げて、の可能性もあった。それだけあたしが嫌われて憎まれてる可能性があった」
シュリは俯く。かつて、自分が華にしたこと、圭にしたこと、そのあたりを思い返しているのか?
「あたしは願ってた。華が犯人じゃないことを。なにも知らないで、笑っててって。何も知らないで、あたしに薬を飲まされててって願ってた」
シュリの顔が歪む。泣きそうに、泣いているようにも見えた。
「そうじゃなきゃーーあたしは、華にそこまでするほどに憎まれてるってことだから」
けれど、シュリの表情はすぐに戻った。さすが筋金入りのお嬢様だ、と思う。自分の感情を押さえつけることに慣れている。
なんとなく、シュリの今までを想像した。ずっとそうやってきたんだろう、と。
「それは、耐えられない想像だったから」
訥々と紡がれた言葉には、もう感情は感じられない。
「……」
「……とにかく、華自身ですら吐き気を感じててもらわなきゃいけなかった。どこかにいるはずの犯人にも"華は薬を飲まされてて副作用が出てる"っていう認識を持ってもらわなきゃいけなかった。そうじゃなきゃ、別の手段を取られる」
シュリはちらり、と俺を見る。
「だから華にビタミン剤飲ませてた。体調悪くなる概算は高いと踏んだの。あたしたちは体質が似てたから」
常盤敦子、常盤朱里の叔母姪間にある体質。孫である華も、また同じ。
「その一方で、あたしは調べて調べて調べて、……興信所まで使ったのよ? 全くお金がかかってしかたなかったわ」
シュリは肩をすくめた。
「たどり着いたのは桜澤青花。あと一押し足りないところで、今回の事件よ。やっと確信が持てた」
シュリは分厚いA4サイズの茶封筒を俺に押し付ける。
「あとは任せたわよ護衛さん。そっちにある情報と合わせて、華を守り切って。何かしらはあるんでしょ?」
俺は黙って頷いた。
(ずっと)
半年という短くない期間、シュリは自分以外の全てを疑って生きてきた。
いちばん大切な、華のことさえ。
ただ、華を守るためだけに。
「いい? その女を一生塀から出さないくらいの気概を持って頂戴」
「ガンバリマス」
シュリは笑った。
年相応の微笑みで、俺はぽかんとそれを見つめる。
「なによ」
「いや、笑うんだなと」
「あっは、バカじゃないの!?」
シュリは笑う。
「あたしだって笑うわよ! ……あ」
気がついたように、シュリは楽しげに俺を見た。
「失恋したわねロリコン」
「ロリコンじゃないですって……」
言いながら俺は思う。黙ってるのはなんだか申し訳なかった。
「あのさ」
「なによ」
「俺、日本人じゃないんだ」
「……?」
「イギリス生まれのイギリス人で」
「……はぁあ!?」
シュリはガタリと大袈裟くらいに驚いて、それから……やっぱり笑った。
「貴族様には見えないけど!?」
「よく言われます」
「あっは、おーかし……」
それから俺を見て「まだ認めてないからね」と釘をさして、車から降りていった。
「さて」
俺は封筒を助手席において、それから少しだけ目を閉じた。
やらなきゃいけないことが、たくさんある。
「……誰に渡された?」
「SNS経由で連絡来たの。華に飲ませるように」
「いつ?」
「夏くらい」
そんなに前に?
「調べるから情報一式頂戴」
「犯人は桜澤青花よ」
断言するシュリを俺は見つめる。いやまぁ、そうだろうけど。なんで存在を知ってる?
「調べたから」
「警察へは?」
「届けてないわ」
シュリは窓の外を見ていて、俺の方に視線を向けることはない。
「なんで」
「分からなかったから」
「なにが」
「誰が犯人か」
シュリの目線が、ようやく俺の方に向く。
「ソレが入った封書が届いた時点で、あたしにわかってたのは"あたしが犯人じゃない"ってこと、ただその一点」
俺は黙って話を聞いている。
「華の周りにいる、……いえ、少なくとも華に関連がある人間全てに犯人の可能性があった」
シュリは淡々と話す。
「もちろんアナタにもね? 護衛さん」
俺は黙って頷く。
「その容疑の範囲には、敦子叔母様も入っていたわ」
「なぜ」
側から見ていて、あの人は結構な孫バカなような気がしているけれど。なんせ、わざわざ護衛まで付けているくらいだ。
「最愛の娘を奪っていった男にそっくりの孫が憎かった、じゃ通じない?」
「なるほどね」
そういう見方もあるわけか。
「もちろんそんなことは無いわ。敦子叔母様は華を愛してるんだと思う。でも最初の時点ではそれでも容疑の範囲に入れていた」
シュリは俺の目を睨むみたいに見据えている。
「敦子叔母様は懇意にされてるお医者様もいるし、常盤の傘下には製薬会社もある。薬の入手は容易だわ」
淡々とした調子で続けられる、それ。
「だから警察へは行けなかった。常盤敦子が本気を出せばあたしの訴えなんか秒で握りつぶせる」
軽く頷いた。
「樹さまも、圭も。婚約破棄された怨み、自分を向かない逆恨み、いくらでも可能性はあった。99.99%違ったところで0.01%可能性があれば疑うしかなかった。華を守りたかったから」
華を守りたかった。
そう言って薄く唇を歪めるシュリは、ふ、と目線を錠剤に向ける。
「それの副作用知ってる?」
反射的にシュリに詰め寄った。視界が赤い。助手席側のドアを拳で殴る。まさか、まさか、まさか。
(まさか)
華の吐き気。
シュリは顔色ひとつ変えなかった。
「やめてくださる? あたし男に迫られる趣味はないの」
「飲ませてたのか」
酷く冷たい声だった。自分から出てると思えない。ぐるぐると視界が回る。
「ええ」
涼しい顔でシュリは言う。
「守りたかったってのは嘘か」
「嘘なもんですか」
至近距離でもシュリは目を逸らさない。強い瞳で俺を睨み返す。
「席に戻って。男は嫌いなの。いい? 華に飲ませてたのは、正真正銘のビタミン剤」
「ビタミン剤?」
ふ、と記憶が過る。「ビタミン剤で吐き気とか起きるわよ、あなたとあたし体質が似てるから」。そう言ったのは、この少女だった。
すとん、と運転席に戻るとシュリはちらりとこちらを見てから続ける。
「ねえあなた、華のことになると少し頭に血が昇りすぎじゃない?」
「……自覚してる」
「護衛失格ね」
「返す言葉もございません」
しおらしい俺に満足したのか、シュリは「ふん」と軽くため息をついた。
「……なんでビタミン剤をわざわざ?」
「華が犯人の可能性があったから」
「……は?」
「華の緩慢な自殺、それもあたしを犯人として仕立て上げて、の可能性もあった。それだけあたしが嫌われて憎まれてる可能性があった」
シュリは俯く。かつて、自分が華にしたこと、圭にしたこと、そのあたりを思い返しているのか?
「あたしは願ってた。華が犯人じゃないことを。なにも知らないで、笑っててって。何も知らないで、あたしに薬を飲まされててって願ってた」
シュリの顔が歪む。泣きそうに、泣いているようにも見えた。
「そうじゃなきゃーーあたしは、華にそこまでするほどに憎まれてるってことだから」
けれど、シュリの表情はすぐに戻った。さすが筋金入りのお嬢様だ、と思う。自分の感情を押さえつけることに慣れている。
なんとなく、シュリの今までを想像した。ずっとそうやってきたんだろう、と。
「それは、耐えられない想像だったから」
訥々と紡がれた言葉には、もう感情は感じられない。
「……」
「……とにかく、華自身ですら吐き気を感じててもらわなきゃいけなかった。どこかにいるはずの犯人にも"華は薬を飲まされてて副作用が出てる"っていう認識を持ってもらわなきゃいけなかった。そうじゃなきゃ、別の手段を取られる」
シュリはちらり、と俺を見る。
「だから華にビタミン剤飲ませてた。体調悪くなる概算は高いと踏んだの。あたしたちは体質が似てたから」
常盤敦子、常盤朱里の叔母姪間にある体質。孫である華も、また同じ。
「その一方で、あたしは調べて調べて調べて、……興信所まで使ったのよ? 全くお金がかかってしかたなかったわ」
シュリは肩をすくめた。
「たどり着いたのは桜澤青花。あと一押し足りないところで、今回の事件よ。やっと確信が持てた」
シュリは分厚いA4サイズの茶封筒を俺に押し付ける。
「あとは任せたわよ護衛さん。そっちにある情報と合わせて、華を守り切って。何かしらはあるんでしょ?」
俺は黙って頷いた。
(ずっと)
半年という短くない期間、シュリは自分以外の全てを疑って生きてきた。
いちばん大切な、華のことさえ。
ただ、華を守るためだけに。
「いい? その女を一生塀から出さないくらいの気概を持って頂戴」
「ガンバリマス」
シュリは笑った。
年相応の微笑みで、俺はぽかんとそれを見つめる。
「なによ」
「いや、笑うんだなと」
「あっは、バカじゃないの!?」
シュリは笑う。
「あたしだって笑うわよ! ……あ」
気がついたように、シュリは楽しげに俺を見た。
「失恋したわねロリコン」
「ロリコンじゃないですって……」
言いながら俺は思う。黙ってるのはなんだか申し訳なかった。
「あのさ」
「なによ」
「俺、日本人じゃないんだ」
「……?」
「イギリス生まれのイギリス人で」
「……はぁあ!?」
シュリはガタリと大袈裟くらいに驚いて、それから……やっぱり笑った。
「貴族様には見えないけど!?」
「よく言われます」
「あっは、おーかし……」
それから俺を見て「まだ認めてないからね」と釘をさして、車から降りていった。
「さて」
俺は封筒を助手席において、それから少しだけ目を閉じた。
やらなきゃいけないことが、たくさんある。
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