【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
574 / 702
【高校編】分岐・相良仁

【side仁】献身

しおりを挟む
 常盤朱里からその錠剤のシートを渡されたとき、一瞬浮かんだのは「心臓悪い?」で、それを否定された瞬間に嫌な予感が心の中を黒くした。

「……誰に渡された?」
「SNS経由で連絡来たの。華に飲ませるように」
「いつ?」
「夏くらい」

 そんなに前に?

「調べるから情報一式頂戴」
「犯人は桜澤青花よ」

 断言するシュリを俺は見つめる。いやまぁ、そうだろうけど。なんで存在を知ってる?

「調べたから」
「警察へは?」
「届けてないわ」

 シュリは窓の外を見ていて、俺の方に視線を向けることはない。

「なんで」
「分からなかったから」
「なにが」
「誰が犯人か」

 シュリの目線が、ようやく俺の方に向く。

「ソレが入った封書が届いた時点で、あたしにわかってたのは"あたしが犯人じゃない"ってこと、ただその一点」

 俺は黙って話を聞いている。

「華の周りにいる、……いえ、少なくとも華に関連がある人間全てに犯人の可能性があった」

 シュリは淡々と話す。

「もちろんアナタにもね? 護衛さん」

 俺は黙って頷く。

「その容疑の範囲には、敦子叔母様も入っていたわ」
「なぜ」

 側から見ていて、あの人は結構な孫バカなような気がしているけれど。なんせ、わざわざ護衛まで付けているくらいだ。

「最愛の娘を奪っていった男にそっくりの孫が憎かった、じゃ通じない?」
「なるほどね」

 そういう見方もあるわけか。

「もちろんそんなことは無いわ。敦子叔母様は華を愛してるんだと思う。でも最初の時点ではそれでも容疑の範囲に入れていた」

 シュリは俺の目を睨むみたいに見据えている。

「敦子叔母様は懇意にされてるお医者様もいるし、常盤の傘下には製薬会社もある。薬の入手は容易だわ」

 淡々とした調子で続けられる、それ。

「だから警察へは行けなかった。常盤敦子が本気を出せばあたしの訴えなんか秒で握りつぶせる」

 軽く頷いた。

「樹さまも、圭も。婚約破棄された怨み、自分を向かない逆恨み、いくらでも可能性はあった。99.99%フォーナイン違ったところで0.01%可能性があれば疑うしかなかった。華を守りたかったから」

 華を守りたかった。
 そう言って薄く唇を歪めるシュリは、ふ、と目線を錠剤に向ける。

「それの副作用知ってる?」

 反射的にシュリに詰め寄った。視界が赤い。助手席側のドアを拳で殴る。まさか、まさか、まさか。

(まさか)

 華の吐き気。
 シュリは顔色ひとつ変えなかった。

「やめてくださる? あたし男に迫られる趣味はないの」
「飲ませてたのか」

 酷く冷たい声だった。自分から出てると思えない。ぐるぐると視界が回る。

「ええ」

 涼しい顔でシュリは言う。

「守りたかったってのは嘘か」
「嘘なもんですか」

 至近距離でもシュリは目を逸らさない。強い瞳で俺を睨み返す。

「席に戻って。男は嫌いなの。いい? 華に飲ませてたのは、正真正銘のビタミン剤」
「ビタミン剤?」

 ふ、と記憶が過る。「ビタミン剤で吐き気とか起きるわよ、あなたとあたし体質が似てるから」。そう言ったのは、この少女だった。
 すとん、と運転席に戻るとシュリはちらりとこちらを見てから続ける。

「ねえあなた、華のことになると少し頭に血が昇りすぎじゃない?」
「……自覚してる」
「護衛失格ね」
「返す言葉もございません」

 しおらしい俺に満足したのか、シュリは「ふん」と軽くため息をついた。

「……なんでビタミン剤をわざわざ?」
「華が犯人の可能性があったから」
「……は?」
「華の緩慢な自殺、それもあたしを犯人として仕立て上げて、の可能性もあった。それだけあたしが嫌われて憎まれてる可能性があった」

 シュリは俯く。かつて、自分が華にしたこと、圭にしたこと、そのあたりを思い返しているのか?

「あたしは願ってた。華が犯人じゃないことを。なにも知らないで、笑っててって。何も知らないで、あたしに薬を飲まされててって願ってた」

 シュリの顔が歪む。泣きそうに、泣いているようにも見えた。

「そうじゃなきゃーーあたしは、華にそこまでするほどに憎まれてるってことだから」

 けれど、シュリの表情はすぐに戻った。さすが筋金入りのお嬢様だ、と思う。自分の感情を押さえつけることに慣れている。
 なんとなく、シュリの今までを想像した。ずっとそうやってきたんだろう、と。

「それは、耐えられない想像だったから」

 訥々と紡がれた言葉には、もう感情は感じられない。

「……」
「……とにかく、華自身ですら吐き気を感じててもらわなきゃいけなかった。どこかにいるはずの犯人にも"華は薬を飲まされてて副作用が出てる"っていう認識を持ってもらわなきゃいけなかった。そうじゃなきゃ、別の手段を取られる」

 シュリはちらり、と俺を見る。

「だから華にビタミン剤飲ませてた。体調悪くなる概算は高いと踏んだの。あたしたちは体質が似てたから」

 常盤敦子、常盤朱里の叔母姪間にある体質。孫である華も、また同じ。

「その一方で、あたしは調べて調べて調べて、……興信所まで使ったのよ? 全くお金がかかってしかたなかったわ」

 シュリは肩をすくめた。

「たどり着いたのは桜澤青花。あと一押し足りないところで、今回の事件よ。やっと確信が持てた」

 シュリは分厚いA4サイズの茶封筒を俺に押し付ける。

「あとは任せたわよ護衛さん。そっちにある情報と合わせて、華を守り切って。何かしらはあるんでしょ?」

 俺は黙って頷いた。

(ずっと)

 半年という短くない期間、シュリは自分以外の全てを疑って生きてきた。
 いちばん大切な、華のことさえ。
 ただ、華を守るためだけに。

「いい? その女を一生塀から出さないくらいの気概を持って頂戴」
「ガンバリマス」

 シュリは笑った。
 年相応の微笑みで、俺はぽかんとそれを見つめる。

「なによ」
「いや、笑うんだなと」
「あっは、バカじゃないの!?」

 シュリは笑う。

「あたしだって笑うわよ! ……あ」

 気がついたように、シュリは楽しげに俺を見た。

「失恋したわねロリコン」
「ロリコンじゃないですって……」

 言いながら俺は思う。黙ってるのはなんだか申し訳なかった。

「あのさ」
「なによ」
「俺、日本人じゃないんだ」
「……?」
「イギリス生まれのイギリス人で」
「……はぁあ!?」

 シュリはガタリと大袈裟くらいに驚いて、それから……やっぱり笑った。

「貴族様には見えないけど!?」
「よく言われます」
「あっは、おーかし……」

 それから俺を見て「まだ認めてないからね」と釘をさして、車から降りていった。

「さて」

 俺は封筒を助手席において、それから少しだけ目を閉じた。
 やらなきゃいけないことが、たくさんある。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...