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【高校編】分岐・鹿王院樹
【番外編】夏の日(中)
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「……ってまぁ、そんなことがあってね」
ひよりちゃん達が来てくれた日の夜、私と樹くんは広縁の籐椅子にならんで座って、のんびり話していた。
少し蒸し暑いけれど、日中の熱風とは違う柔らかな風が風鈴をちりん、と揺らす。
なんだかレトロなエメラルドグリーンの扇風機が、ゆったりと首を振りながら羽を回していた。
「ふむ」
樹くんは軽く首を傾げた。
「要は大友が意地を張ってるんだな?」
「そういうことになりますねー」
樹くんは「まぁなんとかなるだろう」と小さく笑う。
「? 何が知ってるの?」
「秋月とはたまに話すが」
「そうなんだ」
ふたりともスポクラにいるから、なにかと話す機会はあるのかな。
ん、と樹くんは頷いた後に続けた。
「周りの空気というか、気配を読むのが上手だな」
「ああうん、それは」
昔から、そういう器用なところはあった。
「好きな女性の気持ちが自分に向いてないこともわかってたんだろう。でも逆に」
「うん」
「向いてると知ったら、チャンスを逃すような男でもないと思うが」
「そーかなー」
なんやかんや優柔不断なのでは、と思うんだけれど。
「樹くんは応援行かないんだよね?」
甲子園、と言うと樹くんが肩をすくめた。
「うむ。俺も合宿があるし、……というか、スポクラはほぼ不参加だな」
「合宿かぁ」
学校の部活のじゃなくて、年代別の代表のほうらしかった。20歳以下の。
(パパってすごいよね?)
お腹の赤ちゃんに、心の中で話しかける。
(あなたも運動、得意だといいんだけれど)
……ママに似ませんように。
そんなお願いをしてる私に、樹くんは気遣わしげに言う。
「なにかあればすぐに連絡しろ」
「はーい」
ふと、樹くんの手が優しくお腹に触れた。うにょんとお腹の中で赤ちゃんが動く。
「……名前をそろそろ考えなくては」
「そうだねえ」
なにがいいかなぁ、って私は言うけれど、実はすでに考えてあったりするのです。安易なネーミングだけれどね。
「華」
「なぁに」
「実は少し考えている名前があって」
「え、そうなの?」
私はよいしょ、と樹くんに向き直る。
「実は私も」
「そうなのか?」
うん、と私は笑った。
「じゃあせーので発表しよう」
「うむ」
このあと、せーので言い合った名前がたまたま同じで、私たちは少しだけ笑う。樹くんも結構単純なとこあるよね。
甲子園が開幕して、私は家のテレビでそれを見つめる。興味を惹かれたらしい樹くんのおばあちゃん、静子さんも一緒だ。
リビングのソファで、ならんでテレビを見つめる。買ったばかりのこのテレビ、画面がやたらと綺麗で大きいから、ものすごく迫力ある。
「……あつそー」
お手伝いさんの吉田さんが作ってくれたタコ焼き(急に食べたくなっちゃったのです、軽い食べづわりだけまだ続いていて)をもぐもぐと食べながら思わずそう呟く。
「樹もそうだけれど、こんな炎天下にスポーツやろうって気になるのが凄いわ」
ドームですべきよこんなの、と静子さんは口を尖らせた。
「ですよねぇ~」
「ねー」
暑いところ嫌いの私たちは妙にそのあたり、気が合った。
まぁ私たちが暑いとこ好きだろうが嫌いだろうが、球児達はくっきりとした大きな入道雲の下、白球をおいかけてキラキラと汗を散らす。
我らが(?)青百合学園は順調に勝ち進み、今日は準々決勝。
エースに頼りっきり、というよりは継投していくチームみたいで、ピッチャーの層は厚い。秋月くんはというと、ポジションはショート。
「ショートってなんでしょうね」
「さぁ」
テレビ画面では「遊」と漢字で一文字。キャッチャーが「捕」で、ファーストが「一」だから、遊んでるわけじゃなくて何か関係あるんだろうけれど。
「まぁ見てれば分かるでしょ」
「ですかね」
いままで何試合か見てて、未だに分かってないんですが……タコ焼きを頬張りながら頷く。ほんと絶品だよなぁこのタコ焼き。外はかりっと、中はとろぉっと。
相変わらず野球のルールがよく分からないまま試合は進む。両チーム無得点のままで、けれど白熱してるのは分かる。
「あ」
「あら」
8回表、相手チーム攻撃。ツーアウト1、3塁の場面で、三番手の青百合のピッチャーが、違和感を覚えたように肘をおさえた。
タイムをとって、選手たちが駆け寄る。
『どうしましたかね』
『トラブルでしょうか……あ、交代のようです』
『青百合は誰に……ああ秋月くんですね。ショートの秋月』
テレビのアナウンスに、私は「ええ!?」と思わず叫ぶ。
テレビ画面の中央では、背番号6をつけた秋月くんが投球練習を始めていた。
『ええと、秋月くんはピッチャーは公式戦では未経験です』
み、未経験で甲子園で投げるの!?
静子さんは「大変ね~」とのんびりしていた。
画面の中の秋月くんは、割と落ち着いた目をしてる。見慣れたはずの穏やかなはずの瞳が、ぎらぎらと光ってる。まるで見たことない人みたいだった。
ひよりちゃん達が来てくれた日の夜、私と樹くんは広縁の籐椅子にならんで座って、のんびり話していた。
少し蒸し暑いけれど、日中の熱風とは違う柔らかな風が風鈴をちりん、と揺らす。
なんだかレトロなエメラルドグリーンの扇風機が、ゆったりと首を振りながら羽を回していた。
「ふむ」
樹くんは軽く首を傾げた。
「要は大友が意地を張ってるんだな?」
「そういうことになりますねー」
樹くんは「まぁなんとかなるだろう」と小さく笑う。
「? 何が知ってるの?」
「秋月とはたまに話すが」
「そうなんだ」
ふたりともスポクラにいるから、なにかと話す機会はあるのかな。
ん、と樹くんは頷いた後に続けた。
「周りの空気というか、気配を読むのが上手だな」
「ああうん、それは」
昔から、そういう器用なところはあった。
「好きな女性の気持ちが自分に向いてないこともわかってたんだろう。でも逆に」
「うん」
「向いてると知ったら、チャンスを逃すような男でもないと思うが」
「そーかなー」
なんやかんや優柔不断なのでは、と思うんだけれど。
「樹くんは応援行かないんだよね?」
甲子園、と言うと樹くんが肩をすくめた。
「うむ。俺も合宿があるし、……というか、スポクラはほぼ不参加だな」
「合宿かぁ」
学校の部活のじゃなくて、年代別の代表のほうらしかった。20歳以下の。
(パパってすごいよね?)
お腹の赤ちゃんに、心の中で話しかける。
(あなたも運動、得意だといいんだけれど)
……ママに似ませんように。
そんなお願いをしてる私に、樹くんは気遣わしげに言う。
「なにかあればすぐに連絡しろ」
「はーい」
ふと、樹くんの手が優しくお腹に触れた。うにょんとお腹の中で赤ちゃんが動く。
「……名前をそろそろ考えなくては」
「そうだねえ」
なにがいいかなぁ、って私は言うけれど、実はすでに考えてあったりするのです。安易なネーミングだけれどね。
「華」
「なぁに」
「実は少し考えている名前があって」
「え、そうなの?」
私はよいしょ、と樹くんに向き直る。
「実は私も」
「そうなのか?」
うん、と私は笑った。
「じゃあせーので発表しよう」
「うむ」
このあと、せーので言い合った名前がたまたま同じで、私たちは少しだけ笑う。樹くんも結構単純なとこあるよね。
甲子園が開幕して、私は家のテレビでそれを見つめる。興味を惹かれたらしい樹くんのおばあちゃん、静子さんも一緒だ。
リビングのソファで、ならんでテレビを見つめる。買ったばかりのこのテレビ、画面がやたらと綺麗で大きいから、ものすごく迫力ある。
「……あつそー」
お手伝いさんの吉田さんが作ってくれたタコ焼き(急に食べたくなっちゃったのです、軽い食べづわりだけまだ続いていて)をもぐもぐと食べながら思わずそう呟く。
「樹もそうだけれど、こんな炎天下にスポーツやろうって気になるのが凄いわ」
ドームですべきよこんなの、と静子さんは口を尖らせた。
「ですよねぇ~」
「ねー」
暑いところ嫌いの私たちは妙にそのあたり、気が合った。
まぁ私たちが暑いとこ好きだろうが嫌いだろうが、球児達はくっきりとした大きな入道雲の下、白球をおいかけてキラキラと汗を散らす。
我らが(?)青百合学園は順調に勝ち進み、今日は準々決勝。
エースに頼りっきり、というよりは継投していくチームみたいで、ピッチャーの層は厚い。秋月くんはというと、ポジションはショート。
「ショートってなんでしょうね」
「さぁ」
テレビ画面では「遊」と漢字で一文字。キャッチャーが「捕」で、ファーストが「一」だから、遊んでるわけじゃなくて何か関係あるんだろうけれど。
「まぁ見てれば分かるでしょ」
「ですかね」
いままで何試合か見てて、未だに分かってないんですが……タコ焼きを頬張りながら頷く。ほんと絶品だよなぁこのタコ焼き。外はかりっと、中はとろぉっと。
相変わらず野球のルールがよく分からないまま試合は進む。両チーム無得点のままで、けれど白熱してるのは分かる。
「あ」
「あら」
8回表、相手チーム攻撃。ツーアウト1、3塁の場面で、三番手の青百合のピッチャーが、違和感を覚えたように肘をおさえた。
タイムをとって、選手たちが駆け寄る。
『どうしましたかね』
『トラブルでしょうか……あ、交代のようです』
『青百合は誰に……ああ秋月くんですね。ショートの秋月』
テレビのアナウンスに、私は「ええ!?」と思わず叫ぶ。
テレビ画面の中央では、背番号6をつけた秋月くんが投球練習を始めていた。
『ええと、秋月くんはピッチャーは公式戦では未経験です』
み、未経験で甲子園で投げるの!?
静子さんは「大変ね~」とのんびりしていた。
画面の中の秋月くんは、割と落ち着いた目をしてる。見慣れたはずの穏やかなはずの瞳が、ぎらぎらと光ってる。まるで見たことない人みたいだった。
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