691 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹
【番外編】夏の日(上)
しおりを挟む
家のリビングでちくちく縫い物をしてると、インターフォンが鳴り響いた。
「?」
「見てまいります」
お手伝いさんの吉田さんが立ってくれる。
私はぼけっとそれをソファに座ったまま見送った。お腹でぐるんと赤ちゃんが動くのが分かった。
青百合を去って、10日ほど。
なんとなく、生活のペースにも慣れてきた。……といっても、夏休みなんだけれどね。
樹くんは毎日部活、と、なんだか自分でビジネス始めてたみたいだった。「会社のお手伝い」させられてた時の人脈とかを活かして、とのことだけど……。
(簿記とかとろうかぁ)
少しは役に立ちたいし、と思ったところでガラリとドアが開く。
「華さま、お友達がいらしてます」
「やっほー華ちゃん」
「よう」
手を振ってるのは、なんだか日焼けしてるひよりちゃんと、それ以上に真っ黒になってる黒田くんだった。
「わ、きてくれたの」
「これお土産~」
ひよりちゃんが持ってきてくれたのは、美味しそうなゼリー。
ぱかりと箱を開けると、きらきらと宝石みたいなフルーツがたっぷり乗った何種類かのゼリー。
「フルーツすごい~」
「お茶おいれしますね」
吉田さんが微笑んで、ひよりちゃんは私の横に座った。
「お腹すごい大きくなったね!?」
「なんか急にね~」
まだまだ大きくなるらしいのだから、人間の身体ってすごいと思う。
「妊娠線できちゃって」
「あー、きいたことある」
ひよりちゃんはチラとお腹を見て、優しくお腹を撫でてくれた。うにょん、と赤ちゃんも動く。
「あ、うわ、動いた!?」
「うん」
「ひゃーすごー」
ひよりちゃんは妙なハイテンションだ。
「それ、赤ん坊のか」
黒田くんがローテーブルに置いてあった裁縫セットを見ながら言う。
「あ、うん。そーなんだ」
私はさっきまでチクチク塗ってたそれを手に取った。
手縫いのスタイ。
「ちょっとね、手作りとか憧れてて」
「そーなの?」
ひよりちゃんは少し不思議そう。
前世でね、と私は心の中で微笑む。友達の赤ちゃんとか付けてて、少し羨ましかったんだよね。
それに。
「産まれたら出来ないと思うからさー」
「そう?」
「絶対」
三時間細切れ睡眠が私を待ってるのですよ……。
「大変なんだねぇ」
そんな風に優しく笑うひよりちゃんは、なんだかモジモジしていて、私は首を傾げた。
「どうしたの?」
「んー、ええとねっ」
ひよりちゃんはしばらく悩んだそぶりをした後、私を見た。
「?」
真っ赤な頬。というか、どっか少し泣きそうな顔。
「ど、どうしたの?」
少し慌てた私に、ひよりちゃんは思い切ったように言った。
「どうしよう華ちゃん、わたし、秋月くんのこと好きになっちゃったの、かも……」
私はぽかんとして、それから黒田くんと顔を見合わせる。黒田くんは少し呆れたような顔と声で「今更かよ」と肩を竦めて笑った。
「今更ってなによ健」
「いや、だってなぁ」
黒田くんは困ったように頭をかく。
「……ちょっと待って華ちゃんも何でそんな顔してるの?」
「や、だって。ねぇ」
「なぁ」
黒田くんとそう言い合うと、ひよりちゃんは不思議そうにしたあと顔を真っ赤にして「ええ!?」と頬に手を当てた。
「もしかしてさぁ」
「うん」
「もしかして、もしかして、なんだけど」
「うん」
「……秋月くん、わたしのこと、好き?」
「お答えはできませんねぇ」
答えながらニヤニヤと笑ってしまう。
「い、いつから?」
「さー、いつからでしょうねぇ」
「……その言い方だと、結構前だったり……?」
(良かったねぇ秋月くん!)
小学校からの同級生、秋月くん。ひよりちゃんにずっと片思いしてた秋月くん。
(ついに想いがかないそう!)
にまにまとひよりちゃんを見ていると、ひよりちゃんは何故だか青い顔をしていた。
「……どうしたの?」
「だ、だって!」
青い顔のまま、首を振る。
「そ、そんなの、余計に。甲子園出たから寄ってきてる女どもと、わたし、一緒とか思われちゃうもん」
「へ?」
女どもって。
たしかに秋月くんたち野球部は、今年甲子園に出ることになってる。もうすぐ開幕で、全校応援でみんな西宮まで行くらしいのだ。
「そんな風に思われるくらいなら、告白なんかしたくない!」
ひよりちゃんはムッとした顔で黙り込む。え?
「甲子園決まってから、秋月告られまくりなんだよ」
元々カオいいしな、と黒田くんは言い添えた。
「……そーなの。その噂聞いてたら、なんかこう」
ひよりちゃんは話を引き取って、それから胸をおさえる。
「ぎゅっとしちゃって。苦しくて、あ、わたし秋月くん好きなんだって」
「……だいたい秋月がいつまでもウジウジしてっからいけねーんだよな」
黒田くんはポツリと言って「てめーも訳わかんねぇこと言うな」とひよりちゃんを軽く睨む。相変わらず、いとこにはあまり容赦がない。
「つうか、お前が設楽の……じゃねぇな、鹿王院か。鹿王院と俺に相談があるとか言うから何事かと思えば」
「黒田くんに鹿王院って言われるの違和感」
樹くんのことどう呼ぶのかな? と思ってたら黒田くんは笑った。
「鹿王院のことは樹って呼ぶことにする」
「仲良しだよね」
謎に仲良いんだよなぁ、樹くんと黒田くん……。
「なによー! すっごい悩んでるんだからね、わたし!」
ひよりちゃんは頬を膨らませて涙目。
私はうーん、と首を傾げた。
(秋月くんはひよりちゃんに告白なんかされたら、理由なんかどうだっていいと思うんだけれど)
思うんだけれど、なぁ。
「?」
「見てまいります」
お手伝いさんの吉田さんが立ってくれる。
私はぼけっとそれをソファに座ったまま見送った。お腹でぐるんと赤ちゃんが動くのが分かった。
青百合を去って、10日ほど。
なんとなく、生活のペースにも慣れてきた。……といっても、夏休みなんだけれどね。
樹くんは毎日部活、と、なんだか自分でビジネス始めてたみたいだった。「会社のお手伝い」させられてた時の人脈とかを活かして、とのことだけど……。
(簿記とかとろうかぁ)
少しは役に立ちたいし、と思ったところでガラリとドアが開く。
「華さま、お友達がいらしてます」
「やっほー華ちゃん」
「よう」
手を振ってるのは、なんだか日焼けしてるひよりちゃんと、それ以上に真っ黒になってる黒田くんだった。
「わ、きてくれたの」
「これお土産~」
ひよりちゃんが持ってきてくれたのは、美味しそうなゼリー。
ぱかりと箱を開けると、きらきらと宝石みたいなフルーツがたっぷり乗った何種類かのゼリー。
「フルーツすごい~」
「お茶おいれしますね」
吉田さんが微笑んで、ひよりちゃんは私の横に座った。
「お腹すごい大きくなったね!?」
「なんか急にね~」
まだまだ大きくなるらしいのだから、人間の身体ってすごいと思う。
「妊娠線できちゃって」
「あー、きいたことある」
ひよりちゃんはチラとお腹を見て、優しくお腹を撫でてくれた。うにょん、と赤ちゃんも動く。
「あ、うわ、動いた!?」
「うん」
「ひゃーすごー」
ひよりちゃんは妙なハイテンションだ。
「それ、赤ん坊のか」
黒田くんがローテーブルに置いてあった裁縫セットを見ながら言う。
「あ、うん。そーなんだ」
私はさっきまでチクチク塗ってたそれを手に取った。
手縫いのスタイ。
「ちょっとね、手作りとか憧れてて」
「そーなの?」
ひよりちゃんは少し不思議そう。
前世でね、と私は心の中で微笑む。友達の赤ちゃんとか付けてて、少し羨ましかったんだよね。
それに。
「産まれたら出来ないと思うからさー」
「そう?」
「絶対」
三時間細切れ睡眠が私を待ってるのですよ……。
「大変なんだねぇ」
そんな風に優しく笑うひよりちゃんは、なんだかモジモジしていて、私は首を傾げた。
「どうしたの?」
「んー、ええとねっ」
ひよりちゃんはしばらく悩んだそぶりをした後、私を見た。
「?」
真っ赤な頬。というか、どっか少し泣きそうな顔。
「ど、どうしたの?」
少し慌てた私に、ひよりちゃんは思い切ったように言った。
「どうしよう華ちゃん、わたし、秋月くんのこと好きになっちゃったの、かも……」
私はぽかんとして、それから黒田くんと顔を見合わせる。黒田くんは少し呆れたような顔と声で「今更かよ」と肩を竦めて笑った。
「今更ってなによ健」
「いや、だってなぁ」
黒田くんは困ったように頭をかく。
「……ちょっと待って華ちゃんも何でそんな顔してるの?」
「や、だって。ねぇ」
「なぁ」
黒田くんとそう言い合うと、ひよりちゃんは不思議そうにしたあと顔を真っ赤にして「ええ!?」と頬に手を当てた。
「もしかしてさぁ」
「うん」
「もしかして、もしかして、なんだけど」
「うん」
「……秋月くん、わたしのこと、好き?」
「お答えはできませんねぇ」
答えながらニヤニヤと笑ってしまう。
「い、いつから?」
「さー、いつからでしょうねぇ」
「……その言い方だと、結構前だったり……?」
(良かったねぇ秋月くん!)
小学校からの同級生、秋月くん。ひよりちゃんにずっと片思いしてた秋月くん。
(ついに想いがかないそう!)
にまにまとひよりちゃんを見ていると、ひよりちゃんは何故だか青い顔をしていた。
「……どうしたの?」
「だ、だって!」
青い顔のまま、首を振る。
「そ、そんなの、余計に。甲子園出たから寄ってきてる女どもと、わたし、一緒とか思われちゃうもん」
「へ?」
女どもって。
たしかに秋月くんたち野球部は、今年甲子園に出ることになってる。もうすぐ開幕で、全校応援でみんな西宮まで行くらしいのだ。
「そんな風に思われるくらいなら、告白なんかしたくない!」
ひよりちゃんはムッとした顔で黙り込む。え?
「甲子園決まってから、秋月告られまくりなんだよ」
元々カオいいしな、と黒田くんは言い添えた。
「……そーなの。その噂聞いてたら、なんかこう」
ひよりちゃんは話を引き取って、それから胸をおさえる。
「ぎゅっとしちゃって。苦しくて、あ、わたし秋月くん好きなんだって」
「……だいたい秋月がいつまでもウジウジしてっからいけねーんだよな」
黒田くんはポツリと言って「てめーも訳わかんねぇこと言うな」とひよりちゃんを軽く睨む。相変わらず、いとこにはあまり容赦がない。
「つうか、お前が設楽の……じゃねぇな、鹿王院か。鹿王院と俺に相談があるとか言うから何事かと思えば」
「黒田くんに鹿王院って言われるの違和感」
樹くんのことどう呼ぶのかな? と思ってたら黒田くんは笑った。
「鹿王院のことは樹って呼ぶことにする」
「仲良しだよね」
謎に仲良いんだよなぁ、樹くんと黒田くん……。
「なによー! すっごい悩んでるんだからね、わたし!」
ひよりちゃんは頬を膨らませて涙目。
私はうーん、と首を傾げた。
(秋月くんはひよりちゃんに告白なんかされたら、理由なんかどうだっていいと思うんだけれど)
思うんだけれど、なぁ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,065
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる