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【高校編】分岐・鹿王院樹

【番外編】夏の日(上)

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 家のリビングでちくちく縫い物をしてると、インターフォンが鳴り響いた。

「?」
「見てまいります」

 お手伝いさんの吉田さんが立ってくれる。
 私はぼけっとそれをソファに座ったまま見送った。お腹でぐるんと赤ちゃんが動くのが分かった。
 青百合を去って、10日ほど。
 なんとなく、生活のペースにも慣れてきた。……といっても、夏休みなんだけれどね。
 樹くんは毎日部活、と、なんだか自分でビジネス始めてたみたいだった。「会社のお手伝い」させられてた時の人脈とかを活かして、とのことだけど……。

(簿記とかとろうかぁ)

 少しは役に立ちたいし、と思ったところでガラリとドアが開く。

「華さま、お友達がいらしてます」
「やっほー華ちゃん」
「よう」

 手を振ってるのは、なんだか日焼けしてるひよりちゃんと、それ以上に真っ黒になってる黒田くんだった。

「わ、きてくれたの」
「これお土産~」

 ひよりちゃんが持ってきてくれたのは、美味しそうなゼリー。
 ぱかりと箱を開けると、きらきらと宝石みたいなフルーツがたっぷり乗った何種類かのゼリー。

「フルーツすごい~」
「お茶おいれしますね」

 吉田さんが微笑んで、ひよりちゃんは私の横に座った。

「お腹すごい大きくなったね!?」
「なんか急にね~」

 まだまだ大きくなるらしいのだから、人間の身体ってすごいと思う。

「妊娠線できちゃって」
「あー、きいたことある」

 ひよりちゃんはチラとお腹を見て、優しくお腹を撫でてくれた。うにょん、と赤ちゃんも動く。

「あ、うわ、動いた!?」
「うん」
「ひゃーすごー」

 ひよりちゃんは妙なハイテンションだ。

「それ、赤ん坊のか」

 黒田くんがローテーブルに置いてあった裁縫セットを見ながら言う。

「あ、うん。そーなんだ」

 私はさっきまでチクチク塗ってたそれを手に取った。
 手縫いのスタイ。

「ちょっとね、手作りとか憧れてて」
「そーなの?」

 ひよりちゃんは少し不思議そう。
 前世でね、と私は心の中で微笑む。友達の赤ちゃんとか付けてて、少し羨ましかったんだよね。
 それに。

「産まれたら出来ないと思うからさー」
「そう?」
「絶対」

 三時間細切れ睡眠が私を待ってるのですよ……。

「大変なんだねぇ」

 そんな風に優しく笑うひよりちゃんは、なんだかモジモジしていて、私は首を傾げた。

「どうしたの?」
「んー、ええとねっ」

 ひよりちゃんはしばらく悩んだそぶりをした後、私を見た。

「?」

 真っ赤な頬。というか、どっか少し泣きそうな顔。

「ど、どうしたの?」

 少し慌てた私に、ひよりちゃんは思い切ったように言った。

「どうしよう華ちゃん、わたし、秋月くんのこと好きになっちゃったの、かも……」

 私はぽかんとして、それから黒田くんと顔を見合わせる。黒田くんは少し呆れたような顔と声で「今更かよ」と肩を竦めて笑った。

「今更ってなによ健」
「いや、だってなぁ」

 黒田くんは困ったように頭をかく。

「……ちょっと待って華ちゃんも何でそんな顔してるの?」
「や、だって。ねぇ」
「なぁ」

 黒田くんとそう言い合うと、ひよりちゃんは不思議そうにしたあと顔を真っ赤にして「ええ!?」と頬に手を当てた。

「もしかしてさぁ」
「うん」
「もしかして、もしかして、なんだけど」
「うん」
「……秋月くん、わたしのこと、好き?」
「お答えはできませんねぇ」

 答えながらニヤニヤと笑ってしまう。

「い、いつから?」
「さー、いつからでしょうねぇ」
「……その言い方だと、結構前だったり……?」

(良かったねぇ秋月くん!)

 小学校からの同級生、秋月くん。ひよりちゃんにずっと片思いしてた秋月くん。

(ついに想いがかないそう!)

 にまにまとひよりちゃんを見ていると、ひよりちゃんは何故だか青い顔をしていた。

「……どうしたの?」
「だ、だって!」

 青い顔のまま、首を振る。

「そ、そんなの、余計に。甲子園出たから寄ってきてる女どもと、わたし、一緒とか思われちゃうもん」
「へ?」

 女どもって。
 たしかに秋月くんたち野球部は、今年甲子園に出ることになってる。もうすぐ開幕で、全校応援でみんな西宮まで行くらしいのだ。

「そんな風に思われるくらいなら、告白なんかしたくない!」

 ひよりちゃんはムッとした顔で黙り込む。え?

「甲子園決まってから、秋月告られまくりなんだよ」

 元々カオいいしな、と黒田くんは言い添えた。

「……そーなの。その噂聞いてたら、なんかこう」

 ひよりちゃんは話を引き取って、それから胸をおさえる。

「ぎゅっとしちゃって。苦しくて、あ、わたし秋月くん好きなんだって」
「……だいたい秋月がいつまでもウジウジしてっからいけねーんだよな」

 黒田くんはポツリと言って「てめーも訳わかんねぇこと言うな」とひよりちゃんを軽く睨む。相変わらず、いとこにはあまり容赦がない。

「つうか、お前が設楽の……じゃねぇな、鹿王院か。鹿王院と俺に相談があるとか言うから何事かと思えば」
「黒田くんに鹿王院って言われるの違和感」

 樹くんのことどう呼ぶのかな? と思ってたら黒田くんは笑った。

「鹿王院のことは樹って呼ぶことにする」
「仲良しだよね」

 謎に仲良いんだよなぁ、樹くんと黒田くん……。

「なによー! すっごい悩んでるんだからね、わたし!」

 ひよりちゃんは頬を膨らませて涙目。
 私はうーん、と首を傾げた。

(秋月くんはひよりちゃんに告白なんかされたら、理由なんかどうだっていいと思うんだけれど)

 思うんだけれど、なぁ。
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