【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鍋島真

秘密

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「……お腹痛い気がする」

 同じクラスの女の子がそう呟いたのは、私が鎖骨を見せないように細心の注意を払いながら体育着に着替えてる、そんな時だった。

「? 大丈夫? 女子日ガーリーデイ?」

 私は首を傾げた。
 なんでかウチのクラスでは生理の日のことをgirly dayと呼ぶならわしなのです。誰が言い始めたんだっけか。

「ううん、違って。なんかこの辺。いたた」
「え、なんか変なもの食べた?」
「ちが、ええと、いたたたたたっ」

 そこからは、なんだか大騒ぎになった。

「保健室の小西先生!?」
「いやこれもう救急車じゃないっ!?」

 あまりの痛がりように、慌てて近くにいた先生を呼んで、救急車を呼んでもらった。
 結果として、その子は急性虫垂炎。いわゆる、盲腸ってやつだった。

「これでいいかなぁ」

 大村さんが持ってるのは、小さなブーケ。

「まあ定番?」
「花瓶あるかな」
「病院で貸してくれたりするけど」
「百均で買ってく?」

 クラスの数人で、わいわいとその総合病院へ向かったのは、その子が運ばれてから3日後。

「思ったより元気そうじゃん」
「いやもう、大変だったんだよー!?」

 病室で、その子はぷんすかと口を膨らませた。

「全身麻酔だし!」
「麻酔なしで手術のが怖いじゃん」
「そりゃそーなんだけどっ……わ、お花。ありがと」

 手術もすっかり成功したっていうその子は、まぁ痛々しかったけど思ったよりは元気そう。やっぱり若いからかなー、……って身体的には私も同じ年なんだけれど。

「嬉しい! ……けど、さっき花瓶使っちゃった」
「あ、まじ?」

 ベッドサイドの棚にある花瓶には、すでにお花が活けてある。

「どうしよ」
「あ、私借りてくるよ」

 私はそう言って立ち上がる。エレベーターホール近くにナースステーションがあった。もしかしたら、花瓶貸してくれるかもだし。

「ごめん」
「いーよいーよ」

 病室を出て、ナースステーションへ向かう。きゅっきゅというリノリウムの音。

(…….入院中思い出すなぁ)

 私はぼんやりと思い返す。小学五年生直前の春休み、突然目覚めたら「悪役令嬢」になってたあの日のこと。

(まぁ、まさかこんな未来が待ってるなんて思いもしなかったけれど)

 恋なのか愛なのか、それとも両方なのか違うのか、よく分からないドロドロした何か……苦しくて狂おしくて切なくて、でもそれが心地良くて気持ちいい、そんな感情でいっぱいになるヒトと出会って、執着して執着されて、それがやっぱり幸せだと思える毎日を過ごしてるだなんて。
 ナースステーションは受付で、男の人が何かの手続きをしていた。
 受付にはひとりだけで、花瓶くらいで奥の人たちを(なんだか忙しそう)呼びつけるのも申し訳ないし、少し待つことにした。
 なんとなく、窓から外をのぞく。

(秋めいてはきたよなあ)

 まだまだ暑いけれど、空の雰囲気がすっかり秋だ。
 ふ、と四階のその窓から、地上を知ってる人影が通っていくことに気がつく。

「?」

 私は窓ガラスに張り付くようにそのヒトを見つめた。
 やけに形のいい後頭部、すっと伸びた背中にやたらと優雅な歩き方。

「……真さん」

 思わず呟く。なにしてるのあの人?

(体調悪いとか?)

 嫌な想像に、心臓がサッと冷えた。だって普通の風邪ならこんな病院来ないしーーと、手に持ったお菓子の箱と花束で、お見舞いに来たのだと気がつく。
 ほっと息をついた。

(誰のかな)

 友達とか、それこそ謎にやってるお仕事の関係とか?

(気にしても仕方ないのに)

 やけに気になる。
 なんだか、気になる。……オンナの勘、妻のカン? これは真さんが隠してる「なにか」だって思った。
 それも、私関係だ。
 だって真さん、何考えてるかわからないけれど、最近やたらと細かく報告してくるようになってきてた。

(私が泣いたからかなぁ)

 手放さないでって。
 留学のこと、秘密にしてた訳じゃないんだろうけれど、結果的にそんな感じになってしまった。
 それに真さん的に思うことがあったのか、割と些細なことも教えてくれるようになってーーそれが、なんだか、くすぐったくて嬉しい。
 だから、もし今日お見舞いの予定があったのなら初めから教えてくれているはずだ。
 今日は誰々のお見舞いにいくからね、って。

(でも、それでも桜澤青花のことについては何も教えてくれない)

 それは私を巻き込まないためなのか、傷つけないためなのか、分からないし詮索しようとも思わない。
 思わないはずなのに、気がつけば私はエレベーター横の階段へ向かっていた。エレベーターで鉢合わせするとマズイ。階段を急いで降りて、なんとかロビーにいる真さんを見つけた。
 慣れた様子で真さんはエレベーターに乗り込む。降りてきた人はいたけれど、乗ったのは真さんひとり。
 閉まったエレベーターの前に立つ。
 階数表示は同じリズムで登って行って、やがて「7」で止まった。
 私は一度四階のナースステーションで花瓶をかりて、何食わぬ顔で友達の部屋に戻った。

「あ、ごめん、忘れ物した」

 病院近くの駅で、私はそう言ってみんなから離れる。

「ついていこうかー?」
「ううん、いい! 帰ってて!」

 私は小走りで病院へ戻る。
 エレベーターで乗り込んで、7階へ向かった。降りたところには、予想通りナースステーションがある。

「すみません」
「はい?」
「この人なんですけど」

 見せたのは、スマホの真さんと私が写ってる写真。

「こちらにお見舞い来てましたよね? 忘れ物しちゃったみたいで、時計なんですけど。見てもらえませんか」
「ああ、はい。磯ケ村さんの」

 看護師さんはパタパタとナースステーションを出てきた。そこで、ちょうど通りがかった同じ年くらいの男の子に声をかける。

「あ、小野くん、ちょうどよかった。ごめんね、あのお見舞いのお兄さん、忘れ物してない?」
「鍋島さん? ええと、どうかなぁ」

 そう言って、ふと視線を上げる。ばちりと目があった。

「……ハナ、さん?」

 私は目を瞬く。この人が、お見舞いの相手、なのだろうか?
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