【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鍋島真

【番外編】冬の日(side???)

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 同僚はヤバイ。
 同じ私立大学で働く、つい先日准教授になった鍋島のことだ。
 顔もいいしすらっとした体格は中性的でありながらきっちり男だし、頭もいいし回転速いしなんなら声までいい。
 でも一番ヤバイのは嫁フェチなこと。

「鍋島先生って、綺麗だけどヤバイですよね」

 レジュメを束にして、ウチのゼミの生徒が苦笑いする。

「ヤバイ?」
「先生の部屋、奥さんだらけ」

 一般教養で先生の授業取ってた時ですけど、と彼は思い出すように言った。

「あー」

 オレは苦笑い。

「赤ちゃんの写真あったんで、お子さんですか? って聞いたら奥さんの幼少期でした」
「あれオレが知ってる時よりヤバさが加速してる」
「あはは」

 彼は快活に笑って大学からオレに与えられた小さな個室を出て行く。
 壁の左右には本がみっしり詰まったスチール製の本棚、背後の窓には埃の積もったブラインド、書類やらなんやらが所狭しと積み上げられた、安っぽいスチールデスク。
 ブラインドの向こう、窓ガラスの外では裸になった落葉樹が冬風に耐えている。
 鍋島とオレの立場は、結構違う。オレは講師だし、鍋島はさっさとお偉くなってしまった。
 けど、なんだかウマがあって、時々飲んだりもする。
 オレの研究対象は源氏物語。
 鍋島の研究対象はよく理解できない宇宙の、……なんだっけ、重力の伸び縮み……?

「重力波による空間の伸び縮み」
「ううん」
「重力のある物体の近くでは空間が歪む。一般相対性理論」
「ほえん」

 学食で、たまたま会った鍋島はカレーを食べながら黙々とそんな話をする。へえ。よくわからん。

「つうか、学食珍しいね鍋島。いつも愛妻弁当なのに」
「……うん、まぁ」

 少し考えるようにして、それからほんの少し、そのやたらと綺麗な唇を笑みの形に動かした。

「まだ、他の人には秘密ね」

 しい、とそのやたら優雅な人差し指を、血の色が透けているような唇に当てて。

「なにが?」
「うちの奥さん、ツワリ酷くて」
「へっ!? あ、2人目? おめでと」
「うん」

 嬉しそうな鍋島。

「雀蜂ふたりめ」
「雀蜂?」

 何かの比喩だろうか?
 鍋島は肩をすくめた。

「そんな訳でカレーです」
「ふうん」
「ここぞとばかりに毎日カレーばっか食べてる」
「カレー好きだっけ?」
「いや?」

 鍋島は首を傾げた。

「毎日カレー食べてたらどうなるかなぁって」
「……へえ」

 理系って変わってんな、と言うと鍋島は破顔した。

「そうかなぁ」

 鍋島は少し微笑む。優雅で閑雅。整いすぎてて怖い。

(こんなヒトだったのかなぁ)

 オレはぼんやりと思う。光源氏。

「……なに」
「いや?」

 じろじろ鍋島を見てるオレに、鍋島は訝しそうな目つき。

「なんでも」
「へえん?」

 綺麗な顔立ちで、女生徒から圧倒的人気を誇る鍋島だけれど、光の君との大きな違いは嫁一筋なとこだろう。下手すると、奥さんしか女性知らないかもしれないなぁ。

「奥さんってさ、どこで出会ったの?」
「なにそれ急に」

 鍋島の目がすっと細められる。

「うちの奥さんの個人情報とか気になるの?」
「いや、単にお前みたいのとよく結婚したよなっていう」
「失礼だなきみ」

 鍋島は口を尖らせる。

「僕と華は出会った瞬間フォーリンラブ、それ以来らぶらぶいちゃいちゃしてんだよ僕たちは」

 完全に恋する男の目をしてて、少しオレは閉口。

「う、うん……」
「まぁ端的に言うと妹の友達だね」
「あ、そ」

 案外まとも(?)な出会いで安心した。街中で見かけて一目惚れして拉致監禁とかじゃなくて……。鍋島ならあり得る。

「いま何歳だっけ、奥さん」
「今年25」
「あ、四つ下……んん?」
「なんだよ」
「上のお子さんもうすぐ小学生?」
「うん」
「10代で産ませてんじゃねーか」
「いいじゃん結婚してたよ僕ら」

 さらりとすごいことを言う。

「あの子が16の時に籍だけ」
「は? あー、法改正前か。てか、なにJK嫁にしてんだバカなの?」
「合法的に色々したかったんだよ!」
「ダメなやつだ!」

 てか、やっぱこいつ嫁しか知らないな多分。奥さんは会ったことないけど、鍋島並みに変なヒトに違いない。

「もったい無いとかなかったの?」
「なにが」
「そんなに早く結婚して。お前、女の子と遊びたい放題できたかもだよその顔面」
「顔面。顔面、ねぇ」

 鍋島は自分の頬を撫でた。それから笑う。

「世界中の女の子が束になっても、華には敵わないかな」
「……あ、そ」

 ラブラブなことで、とひとつ嘆息。オレも結婚したいなぁ。

「ところでもうすぐバレンタインだけど、華はチョコくれるかな? 毎年くれないんだけど今年こそくれるかなぁ」
「……なんかせつねぇな、お前」
「そうかな」

 鍋島は笑って、ぱくりとカレーを食べた。その仕草さえサマになってて、凡庸なオレとしてはとても羨ましいと思った。
 学食の大きなはめ殺しの窓の外は、寒そうな木枯しが吹き荒んでいる。

「まだまだ寒いよなぁ」
「でもまぁ、結構あっという間に春になったりするよね」
「年々早くなるよな」

 体感、というと鍋島も笑った。

「桜が咲いたらお花見行かなきゃ」

 ぽつり、と鍋島は言う。

「美月が喜ぶからね」
「ふーん」

 確か上のお子さんの名前。
 そう言って笑う鍋島は、恋する男ってよりは結構パパな顔をしてて、オレはなんだかそれがとても面白いと思ってしまったのだった。
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