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【高校編】分岐・鍋島真
【番外編】秋の日(side真)
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僕の手を握っている、小さな手。
7歳になる娘、美月と僕は、2人並んで、黙って地面を見つめていた。
家の近所の公園。
地面で死んでる雀蜂を見つけて、美月は黙り込んでしまったのだった。
僕の手をぎゅうっと握ったまま。
ぴゅう、と晩秋の風が吹く。かさかさと落ち葉を散らして、それは舞い上がる。
「……ばらの香りがしていたの」
「?」
「パパとママ、あたしのこと埋めてくれたでしょう?」
こうやって死んでいたから。
美月は蜂を指差して、はっきりとそう言った。
「へえ?」
「そのときに、あたし。この人たちのところへ行きたいなって思ったの」
「……へーえ」
僕は首を傾げて、まじまじと娘を見つめる。
まだ、華が僕のものになる前。
千晶のところに遊びにきた華と、あの鎌倉の家の庭で話したことがある。
薔薇の植え込みの前、死んでいた雀蜂。
僕らはそれを、土に埋めた。
そのことを、美月はなんでか知っている。
(華が話した?)
いちいち、あんなことを?
でも案外、子供ってふとしたことを覚えている。……でもそんな話、するだろうか。
「なんで僕に教えてくれたの、美月」
「だってママは、信じてくれなさそうなんだもの」
うふふと美月は笑う。
「……でもさ、美月。パパとしては"天国でこの人たちがパパとママがいいってきーめた"みたいなハートフルドキドキスピリチュアルストーリーみたいなのには、正直吐き気がするんだけれど」
そうじゃなきゃ、僕があのクソリスを父親に決めてこの世界に来たみたいじゃないか。あの齧歯類。
「へえ、パパ。意外」
美月はあまり7歳らしくない顔で笑う。優雅に。
「それはもちろん、当然よ。あたしが美しいから、特別だから、あたしは選ぶことができただけ」
「なるほどね」
僕は頷いた。なるほど君は特別に美しい。
僕と華の、スペシャルなミックス。
わずか7歳のこの女の子は、信じられないくらいに「綺麗」だった。
華にも似て、僕にも似て。
「ねー、こら、ふたり!」
公園の入り口から、僕らを呼ぶ声。
「もう暗くなるよ、帰っておいで」
わざわざ呼びに来てくれたっぽい華は、手に買い物袋を下げている。ついでに寄ってくれたっぽい。
「あ、ママー!」
さっきまでの大人びた表情をかなぐり捨てて、甘えた100%で美月は華に駆け寄っていく。
「あのね、蜂さんが死んじゃってたからね、見てたの」
糖衣を纏った甘い甘い声。
美月は華が大好きで、まぁなんていうか、故に僕とはちょっとしたライバル関係にいるところもあるかもしれない。
「あ、そうなの? でも生きてたら刺されるから触っちゃダメよ」
「はぁい」
華は美月と手を繋いで、僕のところまで。
「あ、ほんとだ。もうそんな季節ですか。寒いですもんね」
埋めてあげましょうか、って華は言った。僕らはまた、蜂を埋める。
「なむなむ」
誰の真似なのか、拝む美月を、華は愛おしそうに見つめた。
この綺麗な娘の前世は、本人の申告によると雀蜂。
前世。
前世、ねえ。
華は優しく娘を見つめている。
(前世の記憶、か)
僕は目を細めた。
もしそんなものが、あるとすれば。
「……なんですか? また何か悪だくんでます?」
「いやぁ? ヒトの記憶なんか所詮電気信号なのかなって」
「ん?」
「君はいつまでも僕に敬語だねぇ」
「は? ああ、癖です。敬意はないですよ」
「ないのかよ」
僕のツッコミに、華は破顔。
「うっそー。めっちゃ尊敬してます、パパ」
「嘘っぽいなー」
「嘘じゃないですよ~」
華は立ち上がり、片手に買い物袋、片手に美月の手、で歩いていく。
「ばんごはん、なぁに? ママ」
「ハンバーグ~」
「わぁい」
「お野菜も食べてね」
「えー」
僕の少し前を、そんな会話をしながら2人は歩く。
夕陽は沈みかけてて、少し風が冷たい。
朱金色に蕩けていく夕陽を、僕はなんとなく見つめる。雲は朱色に溶けそう。
なんとなく立ち止まった僕に、華と美月が振り返る。
「パパー、早く~」
美月が言う。
「帰ろうよ~」
「分かったよ」
僕はサクサク歩いて、美月の空いてた手を繋ぐ。美月は満足そうに前を向いた。
「小学生なのに、まだまだ甘えんぼだね美月は」
「大丈夫、もうすぐお姉ちゃんになるから」
「?」
不思議そうな、華。
僕はじっと華を見るけれど、華は首を振った。ふたり目の予定は、特にないはず、なんだけれどな?
「次は男の子だよ」
「弟が欲しいのね、美月は」
ふふ、と華は笑う。
美月は僕を見て目細めた。
「だって、さっきの蜂、男の子だったんだもの」
「……へえん」
なるほどね。
「なになに? なんの話?」
「ひみつー!」
はしゃぐ美月と、不思議そうな華と、なんだか狐に摘まれた気分な僕と……もしかしたら、華のお腹にいるかもしれない、美月の弟と。
晩秋の住宅街、北風が吹いていくそんな中を僕らは手を繋いで歩いていく。
あの角を曲がれば、自宅が見える。
今日の晩ご飯は、ハンバーグらしい。
7歳になる娘、美月と僕は、2人並んで、黙って地面を見つめていた。
家の近所の公園。
地面で死んでる雀蜂を見つけて、美月は黙り込んでしまったのだった。
僕の手をぎゅうっと握ったまま。
ぴゅう、と晩秋の風が吹く。かさかさと落ち葉を散らして、それは舞い上がる。
「……ばらの香りがしていたの」
「?」
「パパとママ、あたしのこと埋めてくれたでしょう?」
こうやって死んでいたから。
美月は蜂を指差して、はっきりとそう言った。
「へえ?」
「そのときに、あたし。この人たちのところへ行きたいなって思ったの」
「……へーえ」
僕は首を傾げて、まじまじと娘を見つめる。
まだ、華が僕のものになる前。
千晶のところに遊びにきた華と、あの鎌倉の家の庭で話したことがある。
薔薇の植え込みの前、死んでいた雀蜂。
僕らはそれを、土に埋めた。
そのことを、美月はなんでか知っている。
(華が話した?)
いちいち、あんなことを?
でも案外、子供ってふとしたことを覚えている。……でもそんな話、するだろうか。
「なんで僕に教えてくれたの、美月」
「だってママは、信じてくれなさそうなんだもの」
うふふと美月は笑う。
「……でもさ、美月。パパとしては"天国でこの人たちがパパとママがいいってきーめた"みたいなハートフルドキドキスピリチュアルストーリーみたいなのには、正直吐き気がするんだけれど」
そうじゃなきゃ、僕があのクソリスを父親に決めてこの世界に来たみたいじゃないか。あの齧歯類。
「へえ、パパ。意外」
美月はあまり7歳らしくない顔で笑う。優雅に。
「それはもちろん、当然よ。あたしが美しいから、特別だから、あたしは選ぶことができただけ」
「なるほどね」
僕は頷いた。なるほど君は特別に美しい。
僕と華の、スペシャルなミックス。
わずか7歳のこの女の子は、信じられないくらいに「綺麗」だった。
華にも似て、僕にも似て。
「ねー、こら、ふたり!」
公園の入り口から、僕らを呼ぶ声。
「もう暗くなるよ、帰っておいで」
わざわざ呼びに来てくれたっぽい華は、手に買い物袋を下げている。ついでに寄ってくれたっぽい。
「あ、ママー!」
さっきまでの大人びた表情をかなぐり捨てて、甘えた100%で美月は華に駆け寄っていく。
「あのね、蜂さんが死んじゃってたからね、見てたの」
糖衣を纏った甘い甘い声。
美月は華が大好きで、まぁなんていうか、故に僕とはちょっとしたライバル関係にいるところもあるかもしれない。
「あ、そうなの? でも生きてたら刺されるから触っちゃダメよ」
「はぁい」
華は美月と手を繋いで、僕のところまで。
「あ、ほんとだ。もうそんな季節ですか。寒いですもんね」
埋めてあげましょうか、って華は言った。僕らはまた、蜂を埋める。
「なむなむ」
誰の真似なのか、拝む美月を、華は愛おしそうに見つめた。
この綺麗な娘の前世は、本人の申告によると雀蜂。
前世。
前世、ねえ。
華は優しく娘を見つめている。
(前世の記憶、か)
僕は目を細めた。
もしそんなものが、あるとすれば。
「……なんですか? また何か悪だくんでます?」
「いやぁ? ヒトの記憶なんか所詮電気信号なのかなって」
「ん?」
「君はいつまでも僕に敬語だねぇ」
「は? ああ、癖です。敬意はないですよ」
「ないのかよ」
僕のツッコミに、華は破顔。
「うっそー。めっちゃ尊敬してます、パパ」
「嘘っぽいなー」
「嘘じゃないですよ~」
華は立ち上がり、片手に買い物袋、片手に美月の手、で歩いていく。
「ばんごはん、なぁに? ママ」
「ハンバーグ~」
「わぁい」
「お野菜も食べてね」
「えー」
僕の少し前を、そんな会話をしながら2人は歩く。
夕陽は沈みかけてて、少し風が冷たい。
朱金色に蕩けていく夕陽を、僕はなんとなく見つめる。雲は朱色に溶けそう。
なんとなく立ち止まった僕に、華と美月が振り返る。
「パパー、早く~」
美月が言う。
「帰ろうよ~」
「分かったよ」
僕はサクサク歩いて、美月の空いてた手を繋ぐ。美月は満足そうに前を向いた。
「小学生なのに、まだまだ甘えんぼだね美月は」
「大丈夫、もうすぐお姉ちゃんになるから」
「?」
不思議そうな、華。
僕はじっと華を見るけれど、華は首を振った。ふたり目の予定は、特にないはず、なんだけれどな?
「次は男の子だよ」
「弟が欲しいのね、美月は」
ふふ、と華は笑う。
美月は僕を見て目細めた。
「だって、さっきの蜂、男の子だったんだもの」
「……へえん」
なるほどね。
「なになに? なんの話?」
「ひみつー!」
はしゃぐ美月と、不思議そうな華と、なんだか狐に摘まれた気分な僕と……もしかしたら、華のお腹にいるかもしれない、美月の弟と。
晩秋の住宅街、北風が吹いていくそんな中を僕らは手を繋いで歩いていく。
あの角を曲がれば、自宅が見える。
今日の晩ご飯は、ハンバーグらしい。
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